『仁王』ディレクター安田氏がセッションを実施
2017年2月27日~3月3日(現地時間)、アメリカ・サンフランシスコ モスコーニセンターにて、ゲームクリエイターの技術交流を目的とした世界最大規模のセッション、GDC(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス)2017が開催。開催4日目となる3月2日、コーエーテクモゲームスのPS4用アクションRPG『仁王』のディレクター・安田文彦氏によるセッション“'Nioh': Talking with Samurai”が行われた。『仁王』といえば、2005年に開発が発表されてからソフト発売に至るまでに12年の歳月を要したことでおなじみだが、もうひとつ、積極的な体験版施策も大きな特徴と言える。安田文彦氏のセッションは、おもにこの体験版施策によって得られた知見を改めて振り返る内容となった。
コンセプトとターゲットにこだわることの重要性
古典的になってしまっていた“侍ゲーム”を現代のアクションゲームとして蘇らせる挑戦であったという『仁王』。多くのゲームファンが知るところではあるが、シブサワ・コウ氏によってそのタイトルが発表されたのは、2005年。コーエーで開発されていたが、なかなかうまくいかずに休止。その後、コーエーとテクモが合併したことにより、2011年にTeam NINJAが開発を引き継ぐことになったタイトルだ。安田氏によると、「2011年当初は、『NINJA GAIDEN』をベースにした“SAMURAI GAIDEN”とでもいうべきアクションゲームだった」とのことだが、ゲームとしての独自性の不足から、ここでも一度開発がストップしてしまったという。
開発が再始動したのは、2014年。Team NINJAのスタジオヘッドである早矢仕洋介氏を含め、安田氏など、8名程度のチームでの再始動となった。その後、東京ゲームショウ2015でのお披露目を経て、2017年2月についに発売を迎えることとなった。
2014年に安田氏がプロジェクトに参加して最初に行ったことは、『仁王』のコンセプトとターゲットを明確にすること。安田氏によると、個人的には「万人受けするような、キャッチ―で手軽なタイトルを作る必要はない」と結論付けていたとのこと。そのうえで、欧米のAAAタイトルとも異なるアプローチで、コアゲーマー向けの内容にすることが、Team NINJAにとっても相応しいと考えていたという。そのときに決定されたゲームのコンセプトは、“戦国死にゲー”。サムライを主人公に、Team NINJAだからこそできる歯ごたえのあるゲームを目指すことになった。この、ターゲットとコンセプトの決定に関して安田氏は、「『NINJA GAIDEN 3』や『 YAIBA: NINJA GAIDEN Z』は、コンセプトや、そこから制作したゲームがターゲットであるコアゲームのプレイヤーの期待に添えていなかったことで、失敗に終わってしまった。その反省を踏まえて『仁王』では、決定したコンセプトとターゲットをつねに意識しながら、開発を進めることを決めました」と語った。
体験版配信を活かしたゲーム作り
本格的な『仁王』開発にあたって序盤に決めた施策が、体験版の配信。開発のプロセスでは、予算や技術的な制約のなかで、つねに取捨選択を迫られることになるが、これによってコンセプトやターゲットの期待とのズレが生じることはよくあることだ。この対策として体験施策を行うことで、プレイヤーと何度か直接のコミュニケーションを取りながら『仁王』開発を進めることを決めたという。
この体験版は、よくある発売直線に配信されるものではなくて、開発を進めるうえで、プレイヤーに確認をしたいという気持ちが強かったことから、フィードバックを反映できる開発中期の段階で複数回の配信が行われた。現代のゲームの多くは短くても2~3年の開発期間を要するが、その期間に、当初定めたゲームの方向性や、プレイヤーの期待からズレが生じていないかを確認することはとても重要だと考えたという。とくにタイトル発表から10年以上におよぶ期間があった『仁王』については、とくに早い段階で、期待してくれている多くのファンの声を聴きたかったとのことだ。
実際の体験版配信のスケジュールは以下の写真の通り。2016年4月にアルファ体験版、同年の8月にベータ体験版が配信。そして2017年1月に最終の体験が配信された。安田氏によると、アルファ版とベータ版については、想定通りユーザーの意見収集が主目的だったが、最終の体験版は予約促進向けのプロモーション的な意味合いが強かったという。
アルファ版のアンケート結果について安田氏は、「欧米では非常にポジティブに受け入れられた一方、日本を含むアジア地域では非常に反応が悪かった。これはゲームの難度に対する考えかたの違いや、体験版の楽しみかたの違いが大きな原因だと思っている」と分析。ただし、チュートリアルが足りないといった声や、プレイヤーの操作に関する指摘は、全世界で共通していたという。
なお、体験版の反応については、オンラインアンケートでは絶対量が不足しており、Twitterやネット掲示板などで、ポジティブ、ネガティブな意見を能動的に取りに行く必要があったとのこと。そうした意見を踏まえて3カ月後にベータ体験版が配信されたわけだが、上記の改善を施した結果、最初の体験版のアンケートよりも明らかにポジティブな声が多くなった。
プレイヤーの意見を聴くことの難しさ
プレイヤーの意見を集めてゲームを改善していこうとするときに最初に起こったのは、「開発チームがプレイヤーの意見の影響を受けすぎてしまう」という問題だったという。「プレイヤーがAといっているから、Aにしようとか、このボス戦が難しいと言っているから簡単にしようとか、そういった声すら出ていた」ということに危機感を覚えた安田氏。改めてチームに、「アンケートで集まった意見や提案はそれ自体が答えではなくて、あくまでも問題提起だと考えてほしい。それを受けて対応策を考え抜いて、適切な答えを出すのが開発者の役目である」ということを伝え、チームメンバーに徹底した。
具体的な例としては、耐久度というあまり評判のよくなかったパロメーターがあったが、これを無くしてほしいという意見が多かったものの、完全に無くするのではなくて、少し違うパロメーターに置き換えることで、同じような効果でありながらプレイヤーに嫌われる要素を軽減。また、オープンワールドにしてほしいというユーザーの声も強かったが、このゲームは何度もプレイヤーがゲームオーバーになって、何度もロードするゲームであるため、ロード時間の短さを優先して不採用にしたという。なお、安田氏によると、不具合や調整が足りない要素の修正は比較的楽だったが、判断が難しかったのは、難度の設計に関する項目。判断に迷うたびに、このゲームのコンセプトやターゲットを思い返すようにしていたようだ。
また、「体験版施策を振り返って重要だった」と語られたのは、プレイヤーに対してフィードバックを公開したこと。これは意見を出してくれたプレイヤーや、体験版を遊んだプレイヤーとのコミュニケーションであって、「我々がプレイヤーの声を聴き、ゲームをより良く改善していくという約束」の意味があったと安田氏は説明した。
体験版施策のメリットとデメリット
『仁王』の体験版施策を振り返って、安田氏が感じたというメリットとデメリットは以下の通り。メリットについては、よく語られることでもあり、“ゲーム内容を改善する目安となる”ということを想像しやすくもあるが、興味深いのは体験のデメリットについてだ。なお、安田氏はこの項目意外の予想外のメリットとして、欧米での『仁王』体験版の好評を受けて、ソニー・インタラクティブエンタテインメントが欧米向けのパブリッシングに協力的になってくれたことを挙げていた。
<体験版施策のメリット>
●プレイヤーの反応を見て、ゲーム開発の軌道修正ができたこと
●開発チームの経験として非常によかった。プレイヤーの声を受けて、開発者自身が答えを探すことができるようになった。これは、ソフト発売後のアップデートや、DLC制作にも役立っている
●新規タイトルにも関わらず、発売前からファンが存在する良い状況を作ることができた
<体験版施策のデメリット>
●ネタバレになってしまう。プレイヤーが初めて体験する楽しみを奪ってしまう
●開発チームへの負担が非常に大きくなってしまった
●体験版を配信している期間中は、ネットの反応やプレイ動画を見るため、スタッフが誰も仕事をしなくなってしまった(ただしこれは、プレイヤーのリアルタイムの反応が感じられる、楽しい体験でもあった)
上記のように『仁王』体験版施策のメリットとデメリットを総括した安田氏だが、「アルファ版デモは、無料でどんなプレイヤーでもプレイできるように配信していたが、これはもう少し対象者を限定してもよかったかもしれない」とコメント。なぜかというと、「『仁王』は非常に歯ごたえがある内容であるがゆえに、無料で遊べる場合、数分遊んで“おもしろくない”という反応になってしまったり、すぐに手を放してしまうプレイヤーが多かったように感じているから」とのこと。
最後に安田氏は、「体験版施策を実施することが正しいかどうかは、まだ我々にも正解かどうかはわからない。ただし、プレイヤーの声に耳を傾けることは間違いなく要求されるし、その声に向き合う覚悟があるのであれば、実施の意味があると思う」と発言。また、「『仁王』については、批評やセールスの面でも結果が出ているので、日本市場に関しては成功したと思っている」と語った。
「今回のような体験版施策は、私や開発チームにとって非常にユニークな経験だった。もっとも大きな収穫は、我々の掲げたコンセプトや目指していたことが正しかったと感じられ、(ゲーム開発の途上で)自信を持てたり、強いモチベーションを持てたことは、大きな収穫だったと思う。プレイヤーの皆さんとコミュニケーションを取ることでTeam NINJAの強みに気づかされたし、プレイヤーのことも詳しく知ることができた。この貴重な経験を今後のゲーム制作に活かしていきたい」と語り、セッションの締めとした。