“GAME ON”は来場者10万人を突破

 2016年3月2日~5月30日まで、日本科学未来館にて開催中のテレビゲームをテーマにした企画展“GAME ON ~ゲームってなんでおもしろい?~”。レトロゲームにはじまり、この10月に発売されるPlayStation VRがいち早く試遊できるなど、ゲームファン注目の催しとなっているが、ゴールデンウイーク初日の4月29日には記念特別シンポジウム“テクノロジーとエンターテイメントのスリリングな未来”が実施された。スペシャルゲストとして招かれたのは、大阪大学教授 工学博士にしてロボット研究者の石黒浩氏と、ゲームデザイナーの水口哲也氏、そしてソニー・インタラクティブエンタテインメント ワールドワイド・スタジオ プレジデントの吉田修平氏。それぞれ各人の視点からテクノロジーとエンターテイメントの未来について語った。司会は、日本科学未来館 展示企画開発課長の内田まほろ氏が担当した。

 ちなみに、シンポジウムが実施された4月29日に、ちょうど“GAME ON”が来場者10万人を達成したとのことで、同イベントの人気の高さをうかがわせる。

▲左から日本科学未来館 展示企画開発課長の内田まほろ氏、ソニー・インタラクティブエンタテインメント ワールドワイド・スタジオ プレジデントの吉田修平氏、水口哲也氏、ロボット研究者の石黒浩氏。

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VRがクリエイティビティを解放する

 奇しくもほぼ同年代という石黒氏、水口氏、吉田氏。トークはいま彼らと切っても切り離すことのできない「コンピューターといつ関わることになったのか?」という、司会役の内田氏の質問からスタート。吉田氏と石黒氏が「田舎に住んでいたので、コンピューターに触れたのは大学に入ってから」と共通して答えたのに対して、吉田氏いわく「都会生まれ」の水口氏は、小学校4年生のときにおもちゃ屋の友だちの家にいって、アタリの『PONG(ポン)』に遭遇。「テレビに機械がついていて、テレビ以外の使われかたをされているのを初めて見て驚いた」と回想。「たしかに昔は、テレビはテレビ以外の使われかたってされていなかったなあ」などと記者が感慨にふけっていると、吉田氏も記憶を喚起されたようで、「機械を開けて中に紙を挟んで、途中で玉が変化できるようにしたのですが、機械がすぐに壊れてしまい悲しかったです」と、三つ子の魂百まで的なエンジニア気質らしいエピソードを披露。さらにそれにかぶせるように石黒氏が、「僕らの“ゲーム”は虫でした。アリの集団を見てプチプチしていましたが、それがブロック崩しに似ていますよね。虫の世界がゲームに近い」と、独特の感性で語り、会場を笑わせた。

 そんなエールの交換(?)を経て、トークは本題へ。取り上げられたテーマは、当然のようにいまゲーム業界でもっともアツいテクノロジーのVR(ヴァーチャル・リアリティ)。VRは今年になって騒がれだしたが、その歴史は古く25年以上前から研究対象だったと口火を切った水口氏が、「いよいよVRが生活の中に入り込みそうな雰囲気になってきましたね」と話を向けると、吉田氏がPlayStation VRの開発経緯を改めて告げた。吉田氏は、PlayStation VRの開発がスタートしたのは2011年で、プレイステーションフォーマットでは、3Dグラフィックでゲームを開発していたが、将来VRになればいいなと思っていたクリエイターが世界中にたくさんいたと、まずは前提を説明。それがPlayStation Moveの発売を契機に、「これにヘッドマウントディスプレイをつければ、これでVRができる」と発想したクリエイターが、みずからの意思で簡易VRを作って遊び始めたという動きを紹介。それを吉田氏が開発スタジオにいって遊ばせてもらい、「『ゴッド・オブ・ウォー』のクレイトスの足が見える!」ということで、興奮したという体験などが語られた。さすがにプレイステーション3ではスペックが足りないので、新世代機のプレイステーション4で……ということで、いまのPlayStation VRへとつながっていったのだという。そんな吉田氏の話を聞いていると、いかにVRが開発者主導のテクノロジーだったかがうかがえる。海外で取材をすると、クリエイターたちのVRに対する熱量の高さに驚かされるが、海外クリエイターにとっては、3DグラフィックをVRで表現するというのは、ある意味で自然の流れだったのかもしれない。吉田氏の「この仕事をしていて楽しくてしょうがないです。VRの仕事は新しい発見が毎日のようにあります」との言葉は、世界中のクリエイターの言葉を代弁するものであるのかもしれない。ちなみに、水口氏にとってVRの普及は肌感覚よりも早かったそうで、「ここ数年進化の角度がずれ始めていて、直線的に進化していたものが、やや上にカーブし始めているデータがありますね」とのことだ。

 球状の部屋に入ると360度全部を見渡せる“全方位ディスプレイ”を、1996年に開発していた石黒氏にとっても、VRにはこだわりがあるようで、「(VRは)いつかは出てくると思っていましたが、360度ディスプレイのほうが正直自然だと思っていますし、頭に(ヘッドマウントディスプレイを)かぶるのもちょっとたいへんかと。ただ、コンテンツが出てきたのでよくなっているとは思います」と研究者らしいコメントした。それに対して、吉田氏が「ずっとVRをやっていた研究者にとって、我々ゲームクリエイターが作るコンテンツっていいと思いませんか?」と、ゲームコンテンツの成果を口にすると、石黒氏から興味深い意見が聞かれた。

 石黒氏によると、ニンテンドウ64で『スーパーマリオ64』がリリースされたときに、三人称視点によるマリオの動きは、人間の脳内表現をしっかりと反映していたものだったので、けっこう自然に反応できたのだという。レースゲームもまたしかりで、一人称視点よりも、少し引いた視点のほうが操作しやすい。これは、「自分の身体感覚を観察してしまったほうが反応しやすいから」というのが石黒氏の意見。これに対してVRに関しては、「提示すべき情報と、脳の中で再構成している情報と、どのへんで折り合いを付けるかが疑問」(石黒氏)なのだという。要は新しい技術であるVRに見合った最適な表現方法が見出されてないということなのだろう。理想は、リアルな世界の体験をVRでもしっかりと再現されるような装置で100%しっかりと伝えることだが、「到底それは未来の話となりそう」と石黒氏。VRではこれまでの二次元表現の世界から、1歩直接的な表現に近づいたわけであるが、どこで表現の折り合いを付けるかは未知数。つまり、VRに関しても「『スーパーマリオ64』のような、2次元の世界を人間の脳の中の3次元の表象に素直に置き換えられるようなコントロールに近い物を作らなければいけない」と、石黒氏は提案する。

 石黒氏は、“GAME ON”で体験したPlayStation VRのタイトルに関して、大いに気に入りはしたものの、それでもまだ若干“現実世界との違い”を感じたという。「100%リアルな世界ではなくて、脳内表現と少しずれているところがある」というのだ。「それを埋めるための表現が見つかったときに、VRは爆発的に普及するのではないかと思っています。それを見つけたいです」と石黒氏。

 そんな石黒氏の言葉に刺激を受けたかのように、水口氏が言葉をつなげる。「映像に関わるクリエイターたちの最大のフラストレーションは、(みずからの表現を)スクエアな画面に押し込めないといけないという不自由さでした。これは映画が誕生して130年ずっと変わってきませんでした」(水口氏)というのだ。もちろん、この“不自由さ”が、ある意味でクリエイティブを産んだという一面があることは水口氏も認めつつも、「本来クリエイターのクリエイティブには画面の枠は存在しないし、境目もない。マルチボーダーで共感覚的で、もやっとしたイメージから始まって、それがだんだん頭の中でソリッドになっていくんです。それを画面の中に収めるときに、クリエイターは最大の壁に直面する」と、まさにクリエイターでしかわかりえないような悩みを吐露。水口氏が『Rez』を開発したときは、頭の中にVRのイメージがあったが、「これを(画面の中に)押し込めなきゃ」というのが、かなりつらかったという。これがVRでは、“スクエアな画面”を取り払って、クリエイティブをダイレクトに表現できるというのだ。VRで、「人間のクリエイティブにとって大きなイノベーション(革新)が始まるんだな」と水口氏は実感しているという。

 それを受けて石黒氏は、「2次元の世界で3人称視点がよかったのは、身体感覚を素直に取り込んでいたから」と、さきほどの意見を反芻しつつ、「VRはすごくいいけど、“自分の手足がどこにあるのだろう?”という感覚がある」とコメント。手足もその世界に入っているかのような感覚があったら、2次元のゲームよりも、もっともっとすごい興奮があるのではないかと続けた。

 VR空間では、自分の手足を確認したくなるというのは、おそらく1人称視点のVRを体験した人ならば、誰しも感じるであろう感慨で(記者も何度もVR空間で手を確認したくなってしまいました)、となると、「手があると感覚が欲しくなる」(水口氏)との言葉にも納得できる。フィードバックがないと不自然に感じられるという、感覚の連鎖が続いていくのだという。まあ、感覚がないと不自然に感じられるほど、VRがリアルということなのだろう。そのへんの課題をクリアーしたのが、『Rez Infinite』における全身で触覚が体験できるシナスタジア・スーツで、“音楽で振動を体験してみよう”がテーマになっているのだとか。

 そのうえで水口氏は、VRコンテンツを開発していて実感するのは、VRにはふたつの方向に可能性があると語る。ひとつは“スーパーリアル”、そしてもうひとつが“スーパーアンリアル”だ。「現実を模倣する世界(スーパーリアル)とイマジネーションの世界(スーパーアンリアル)の両極でいろいろなものが出てくるんだろうな」と水口氏。ちなみに、“スーパーリアル”と“スーパーアンリアル”は別段新しい考えでもないそうで、コンピューターグラフィックの父とも言われるアイバン・サザランド氏が、1960年代に「CGはこれから先どこに向かいますか?」という質問に対して答えた「超具象的な世界(現実を模倣する世界)と抽象的な世界の両極」に呼応するものになっているという。「これはイマジネーションの鏡」(水口氏)とのことで、クリエイティブの表現方法としては、ある種普遍的なものと言えるのかもしれない。吉田氏も、「『Rez Infinite』のように抽象的な世界でも、現実と同じ感覚が得られれば、それが“存在する”という感覚が得られますよね」と共感する。

アンドロイドはVRの夢を見るか

 ここで“新しい世界を経験”というキーワードをフックに、司会の内田まほろ氏が吉田氏にアンドロイドになった体験を問いかける。日本テレビで放送されたバラエティ番組『マツコとマツコ』にて“マツコロイド”をご覧になった方からご存じのことかと思うが、石黒氏の作るアンドロイドでは、人間がアンドロイドになりきって遠隔操作をすることが可能。吉田氏もシンポジウムの前にアンドロイドを体験したようで、「女性のアンドロイドだったので、どうしゃべったらいいのか戸惑いました」と率直にひと言。どうやら、「アンドロイドもVRだ」と発言しているらしい石黒氏は、「PlayStation VRはプレイヤーのまわりの世界が変わりますが、アンドロイドはまったく逆で、現実の世界にバーチャルなものが出てくる。うまく組み合わせれば双方向にできる気がするんです」と興味深い発言。

 アンドロイド体験に関して吉田氏が「アンドロイドの中に入って感じるのは、自分を表現できる新しい手段を得られること」と語ると、石黒氏が、かつて水口氏がアンドロイドになったときのことを振り返り、「誰がアンドロイドになったかわからなかった」とコメント。そのとき水口氏はまったく別人格になったという。女性アンドロイドの“ジェミノイドF”になったことがあるという水口氏は、「完全に人格がロストしてしまった」らしい。「中身は完全に女性なんです。アンドロイドが乗り移ると、自分が現実世界で架空の存在になれる」と石黒氏。水口氏は石黒氏の研究に対して「人の基本的なものをキレイにむき出しにしてくれる。サイエンティストの領域において、アーティストと同じことをしている。本質を露呈する。これはアーティストがやっていること」と高く評価。本質はなんなのかと突きつけられるのだという。

 ここで、アンドロイドを切り口に水口氏が石黒氏に問いかける。ここ1、2年アンドロイドが話題になるが、アンドロイドとAIを組み合わせたときに、「どんな未来がイメージされるか?」というのだ。それに対して石黒氏は、「人間は想像する動物で、見ているものはすごく少ない。頭の中でどう構成するかが人間のすべてだと思えてきている。想像を引き出すためのミニマムな条件は何かということが、ロボットやアンドロイド、人工知能を作るときにいちばん重要」と返答。さらに、それはゲームにおいても重要だというのだ。ゲームを通して、“すごい世界がある”と想像させられるような力ということだ。

 ただし、「“人間は想像する動物である”とは言いながらも、自由には想像できない」と石黒氏は指摘する。たとえばゲームにおいても、ストーリーを選択できることで大抵の人は満足してしまって、「好きにストーリーを作りない」と言われても、ほとんどできないという。「想像するのは人間の力ですが、本当の意味でストーリーを作り出して、自由な世界を構成することはほとんどできない」と、石黒氏はなかなかに手きびしい。人間は選択肢を選ぶことで満足感を抱いていて、その折り合いの中でうまく作られているのがゲームだったり、アンドロイドだったりするのだという。石黒氏によると、ゲームがこれだけ人気があるのは人の本質を見抜いた視点があるからで、「ストーリーと想像がキーワードとしてある」とのこと。そこに人工知能が加わることで、ゲームはより魅力的になるのではないかと、石黒氏は見ている。

 さて、吉田氏は、最近マイクロソフトの人工知能“りんな”と会話をするのが楽しいそうだが、話をするときに、とてもいい返しがあるときと、「何か勘違いしているな」と思うときがあるという。勘違いをしている返しをされたときは冷めてしまうらしいが、それに対して石黒氏は、「まだちゃんとした下地がまだできてないのかもしれません」とひと言。単にしゃべるだけではだめで、人工知能に意識を感じさせるところまで、人の脳内活動に研究がおよんでいないという。そして、「的確な例がわかりませんが」と前置きした上で、「いいことを言うエージェントは破綻しやすい」という。“エージェント”というのは、アンドロイドと近似値かと思われるが、これはどういうことかというと、石黒氏の研究室にいるエリカというアンドロイドは、「どうせ私のことをロボットだと思っているでしょう?」といった具合にネガティブなことしか言わないが、やたらと人間らしさが感じられるという。理想的な人間像に近づけようとすると、いまの人間には足りないが、ネガティブなほうに振るとまともな会話が成立しやすいのだという。「これを作ってどうするのか? という問題はありますが」と石黒氏は笑う。

VRとARは融合する?

 ここで話題はふたたびVR関連に。水口氏が話題にしたのはAR(拡張現実)とMR(複合現実)。ARデバイスやMRデバイスは、現実空間を見ながらも仮想の事象を映すことを可能としているが、「いまの進化のスピードを見ていると、あと10年もすれば現実のものになる」と水口氏。それに対して吉田氏も、「VRとARは融合すると言われますよね」としつつ、「VRの中に現実のものを取り込んで、それを触れるようにするのはすごく楽しいですし、ふつうに見ていた世界にないものを、コンピューター・グラフィックスで追加してあげて、ARで乗せるのも楽しい。それができるようになるのを、開発者は、目指しているところはありますね」と語る。それに対して水口氏も、「1回VRに持って行かれて、ARになってまた開かれてリアルなものとの接着が起こってくる。これをやるのがクリエイターの役割ではないか」と予想する。

 ちなみに、今回のシンポジウムで石黒氏が折に触れ言及していたのが “ストーリー”。それは“ストーリー”が、いま石黒氏がいちばん注目しているテーマであるかららしいが、ここでちょっと唐突とも言える切り込みかたで石黒氏がストーリーについて語り始める。「けっきょく最後に残るのはストーリー」だというのだ。ロボットとVRが融合したら、いちばん重要になるのがストーリーを展開できる技術。それが人間の想像力とあいまって、ハッピーな世界を作るというのだ。とはいえ、それでもつねに技術と現実とのギャップはあり、そのときは「ネガティブなエージェントを作ったほうが絶対にいい」と石黒氏は、先ほど開示した意見をふたたび展開。ネガティブにすると技術のボロをうまく解釈してくれるからだ。「ネガティブな要素はリアリティーをもたらすのに都合がいい」という。ゲームもときに、殺人や窃盗といったネガティブなテーマを取り扱うことが多いが、それは「のめり込みやすいし、ふだん起こらないから解釈をつけやすい」(石黒氏)というのがその理由。ネガティブなことは現実にはあまり起こらないので、現実とのギャップを埋めやすいのだという。

 それに対して水口氏が、“これから気をつけないといけないこと”として、ハッとさせられる指摘をする。最近水口氏はFPSをプレイしたらしいのだが、「飛び散ったりとか、けっこう、うわーっと思う瞬間があった」という。飛び散ることに関しては、いままではごまかすことでクリエイティブは乗り越えてきたが、そろそろごまかせないところに入り始めたというのだ。となると、「クリエイターのモラルも問われるし、プレイする側もルールが必要になる。いままでは気軽にできたことに躊躇するだろう」と水口氏。実際にこれから先は、「撃ったらたいへんなことになってしまうとか考えさせられる時代になるのではないか」(水口氏)という。吉田氏も「撃てなくなるんじゃないでしょうか」とひと言。会場で水口氏も口にしていた通り、VRなどにより表現がよりリアルになるこの時代においては、年齢制限なども含めて、今後いろいろと議論を重ねて最適な方向を探る必要がありそうだ。

10年先に取り組みたいこと

 さて、シンポジウムもいよいよ終盤。司会役の内田氏から「それぞれのやりたいことで、10年先くらいの話をお願いします」と振られた3氏は、それぞれ思い思いのビジョンを開示。それがなかなかに刺激的でして……。

吉田氏
 「10年先までの想像力はないのですが、もっと近い先に実現しそうで楽しみなのが、Googleストリートビューの先にあるフォトグラメトリーです。これは、ひとつの場所に対して写真を大量に撮影すると、視差情報でジオメトリ処理を駆使して、コンピューターグラフィックで立体的に再現するというテクノロジーです。そして、VRデバイスを使って、その立体空間の中を自由に動けるんです。将来は、スマホで撮影した写真をサーバーにアップして、世界中の都市をデジタイズしてしまえる。何年か先には、VRヘッドセットを使って、あたかもそこにいるかのように歩き回れるのではないかと。それがすごく楽しみです」

水口氏
 「いくつかあるのですが、まずはクルマ。クルマは“モビリティ(mobility)”ですが、僕らの手にあるのは“モバイル(mobile)”とよく言いますが、要は“移動”です。つぎのモバイルは手のひらではなくて、モバイルの中に入ることだと思っています。それはクルマと言えばクルマなのですが。自分の好きなときに好きなことをやっていられる。授業もモバイルの中で受けられるし、会議をしながらもそれぞれが自分の好きなところにいて、会話を共有できている。ARの未来などを考えると極めて自然なことです。今日、こうしてシンポジウムに集まっているのも、無理して集まっている。(会場から笑い)。本当は家でゆっくりしたいんだけど、ここに来ないと話が聞けないから。自分好きなところにいて、この状況がシェアできたら最高ですよね。そういうふうになる。物事が“量子化”した。物事がばらばらに分解できて、その粒がたくさんになっていたのが、ゆるやかに連携してユナイトしている状態ですね。それは幸せな時代です」

石黒氏
 「やっぱり思ったのが、人はストーリーに縛られているということ。ストーリーがすべて。僕らの経験というのもストーリーだし、何が人たらしめているかというとストーリーなんですね。哲っちゃん(水口氏のこと)は“無理して来ている”と言っていましたが、無理を無理だと思わなければいいんです。無理をしないとストーリーを選択できないんです。選択をしないと。テレビをダラダラみていても、何もしていないのといっしょで、テレビをつけていたらたくさんストーリーが入ってくるはずなのに、自分のものにはならない。無理と思わずに無理ができる世界が来るといいなと。集中力を働かせて何かをして、いろんなところからストーリーを切り取るという作業をしているのですが、それをいやいややっているのではない。自分がストーリーを作りたいんだという、素直な思いからそれができるような世界が来てほしい。そういう目的で使えるようなVRのシステムであってほしいですね」

VRに対する依存はないのか?

 シンポジウムでは、“クラブMiraikan”という、未来館でより深く科学技術に触れてもらうためのメンバーシップ・プログラムに所属している会員さんも参加。その“クラブMiraikan”の子どもたちから寄せられた質問に対して、吉田氏、水口氏、石黒氏が返答するというコーナーも展開された。お子さんならではのストレートな質問ばかりで、3氏の返答も真摯。

Q.「VRの依存などに対する心配はないのですか?」
A.吉田氏
 「VRはふだんできないことを体験できたり、ふだん行けないところに行けたりする装置なので、きっとふだんの生活より楽しいと思う人もいっぱいでてくると思います。なので、できればそっちにいたい、あるいはデジタルなキャラクターと会って話しをして、“また会いたい”という人は出てくると思います。依存症が起こり得るかというと、それは絶対に起こり得ます。ただ、何事もやり過ぎはよくないので、そういう人がいたら、君も周りの人に“やり過ぎはよくないよ”と注意をしてあげてください。一方で、VRで何をやるかによります。たとえば、遠く離れている人とVRで会って、何かいっしょにモノを作ったりということもあるかもしれないですよね。便利なツールなので。それはいいことかもしれません。ツールなので使いようだと思います」

Q.「どうしてゲームを作るのですか?」
A.水口氏
 「答えはシンプルなのですが、モノを作って表現したいというクリエイターとしての純粋な気持ちがあります。映画とか音楽とかある程度完成されていると思うのですが、ゲームは完成されていないんですね。僕は、ゲームは体験を作るものだと思っていて、これって形が決まっていなくてつねに進化するんですね。8bitの時代から、いまVRが来て、この先もある。技術の進化にあわせて、新しい体験がデザインできる。これをエンターテインメントとして作って、世界中の人に届けられるというのがたまらなく楽しいですね。日本でテレビ番組を作っても、日本の方しか見ないですよね。でも、作ったゲームをたとえばPlayStation Storeに置くと、世界中の人がダウンロードできる。世界がつながっているので。ゲームは、クリエイティブとしては世界最高峰ではないかと思っています。映像もあって、音楽もあって、体験もあって、キャラクターも作れて、お話も作れて、さらに人工知能そのほか……際限がないですからね。レベルはこれから高くなっていくと思います」

Q.「リアルとバーチャルの境界はどこでしょうか?」
A.石黒氏
 「言葉遊びになってしまうのですが、目の前に人がいるという感覚があったとしても、その感覚をごまかせるような技術がでてくるかもしれません。映画を見ても、どれがリアルでどれがCGか、なかなか判然としません。僕らみたいに目が悪くなると、目の前に座っている皆さんがアンドロイドか、人間か区別が付きません。人間の感覚にVRの技術が追いついてきたら、だんだんその境目はわからなくなるかもしれないですね。そこらへんに境界があるのかなと。ただ、そういう境界があろうがなかろうが、そんなに問題があるのかと僕は思っちゃうんです。僕が不思議なのは、なぜそれを区別しないといけないのかということです。お酒を飲むと世界がぜんぜん変わってしまうんだけど、そのとき何がリアルで何がバーチャルか、ぜんぜんわからなくなる。リアルとバーチャルの区別がつかなくなる世界は、もしかして10年後くらいにはきているかもしれないです」

※注:石黒氏の発言は、質問を寄せてくれたお子さんとのやり取りなどを経て発されたもので、それは極めて味わい深いものであったのですが、ここは文字ベースということもあり、要旨を抜粋して構成しました。

 最後は、シンポジウムを締めくくる形で、ゲスト陣から“ひと言”が寄せられた。水口氏からは「モノを作ったり表現したりして、人とつながることに積極的になってほしい」、石黒氏からは「吉田さんと水口さんにお願いしたいのは、自分のストーリーを見つけられるVRを作ってほしい」といった発言が聞かれた。そして吉田氏からは「人は限られた中でしか経験できないのですが、VRだとすごくたくさんのいい経験が誰でもできるようになる。いまの子どもたちは、我々よりも何十倍も、人の経験をものすごく早い段階からできます。それは人間の成長にとってすばらしいことだと思います。そういう世界になると、ほかの人の気持ちがわかったりできる。引いてはやさしい世界になるのではないかと楽しみにしています」と、VRに対するビジョンが語られた。

 というわけで、吉田氏、石黒氏、水口氏によるシンポジウムもこれで終了。司会の内田氏が若干苦笑しつつ認めていたとおり、トークは多岐に渡り微妙に拡散気味だったものの、それも個性的な皆さんならではで、その内容は極めて刺激的。VRの今後や課題について考えさせられることも多い。テクノロジーとエンターテイメントの未来に思いを馳せることができた、1時間30分だった。