『世界一長い5分間』パッケージビジュアル公開!

 日本一ソフトウェアより2016年7月28日発売予定のプレイステーション Vita用新作タイトル『世界一長い5分間』。本作は、魔王(ラスボス)との戦いを目の前にして、これまでの冒険や必殺技の記憶を失ってしまった勇者が、記憶を取り戻しながら魔王と戦う、RPG要素をふんだんに取り入れたアドベンチャーゲームだ。この度、本作のパッケージビジュアルが公開された。

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▲公開された本作のパッケージビジュアル。大きな月を背景に、魔王城へ向かう主人公たちの姿が描かれている。
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▲ゲームを開始するやいなや、いきなりの魔王戦! しかし、主人公である勇者は魔法や必殺技も忘れてしまった!?

 今回は、本作を開発する新鋭クリエイター集団“SYUPRO-DX”(シュープロデラックス)の3名に、本作の開発秘話を直撃インタビュー! 元芸人志望という異色の経歴を持つクリエイターの正体とはいったい!?

※本インタビューは、週刊ファミ通4月21日号に掲載されたものに、増補改訂を行ったものです。

SYUPRO-DX(シュープロデラックス)って?

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 『あなたってよく見るとドブネズミみたいな顔してるわね』、『奴は四天王の中で最も金持ち』、『彼女は最後にそう言った』など、スマートフォンのゲームアプリで多くの名作を世に送り出しているクリエイター集団、SYUPRO-DX(シュープロデラックス)。昔ながらのゲームファンにもなじみ深いドット絵のグラフィックに、ちょっとシュールな世界観と泣けるストーリーが共存する作品の数々は、30代以上のファミコン世代のみならず、中高生から大きな支持を集めている。

メンバーは全員同級生! 元芸人たちがゲームを作り始めた理由とは

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▲写真左から、SYUPRO-DX代表 浜中剛氏、企画・シナリオ担当 横田純氏、サウンド担当 入間川幸成氏。(文中は浜中、横田、入間川)

――いきなりですが、浜中さんと横田さんは芸人を目指していたとお聞きしたんですが?

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▲ゲーム制作では、企画とシナリオを担当している横田氏。横田氏が、浜中氏を芸人養成所に誘ったのが、すべての始まり(?)だった。

横田 僕と浜中は高校の同級生だったので、卒業後に僕が誘って、人力舎の養成所に入ったんです。「いっしょに天下取ってやろうぜ」と言って(笑)。でも、僕は講師を怒らせて、土下座してすぐに辞めてしまったんですよ。その後、しばらくは劇団に入っていました。

入間川 どっちがボケだったの?

横田 コンビを組んでいたときは、浜中がボケで僕がツッコミ。ふつうにお笑い芸人になりたくて、コントなどを作っていましたね。ふたりで脚本も書いたりして。

浜中 横田に誘われて入った養成所だったのに、彼は入学早々講師と喧嘩して、「俳優になりたい」って言って辞めたんです。

横田 いやー、ダメだね、そんなヤツは!(笑) それで、浜中とはほぼケンカ別れ。

浜中 その後、僕は「手に職をつけよう」と考えて、システムエンジニアの専門学校へ通い、ふつうに就職したんです。

横田 それから5年くらい音信不通だったかな?

浜中 あるときに、僕がぜんぜんログインしていなかったmixiをたまたま見たら、偶然その前日に、横田が「浜中の夢を見た」っていう記事をアップしていたんです。なんだかスピリチュアルなものを感じたので、これはもう会おうと(笑)。そして「アプリ作ろうよ」と、今度は僕が彼を誘いました。

横田 最初は怖かったですね。あのときのことを恨まれていると思っていたので(笑)。その後作った、ウチの第1作目の『THE・土下座』というゲームには、養成所の講師に土下座した経験が役に立っていると思います(笑)。芸人を目指していたときには、通常ではできないような経験もいっぱいできたので、それがゲーム作りに役立った部分は大きいですね。

浜中 最初は横田にシナリオを書かせるんじゃなくて、声を当ててもらっていたんです。だから、アプリの何作品かは、“CV.横田純”という表示が出ていますよ。

――なるほど。入間川さんは、どんな経緯で参加されたんですか?

入間川 僕は小中学校が浜中といっしょだったので、同級生から彼が何をしているのかはなんとなく聞いていたんですよ。「なんか土下座のゲームを作っているらしいぞ」って(笑)。

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▲小中学校で入間川氏と、高校では横田氏と同級生だった浜中氏。氏がふたりを引き合わせ、自身も代表兼プログラマーを務めることで、数々の名作が生まれた。

浜中 僕も、入間川がバンドをやっていることは聞いていたんです。ゲーム作りには音楽を作れる人が必要なので、ライブハウスへ行って、口説いて参加してもらいました。僕は学生時代から、ずっとふたりのことは天才だと思っていたので。