いかに見せずに想像させるか

 2016年3月14日~18日(現地時間)、アメリカ・サンフランシスコ モスコーニセンターにて、ゲームクリエイターの技術交流を目的とした世界最大規模のセッション、GDC(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス)2016が開催。開催2日目の3月15日に、“The Game Narrative Summit”のひとつとして行われたのが、サム・バーロウ氏による“Making 'Her Story' - Telling a Story Using The Player's Imagination”。サム・バーロウ氏は『サイレントヒル シャッタードメモリーズ』のゲームデザインとシナリオを担当したことでもおなじみのクリエイターで、昨年(2015年)にリリースされ高い評価を得た『Her Story』 は、女性参考人の映像記録をもとに、事件の謎を解き明かす推理アドベンチャーゲーム。同作の制作手法を考察したのが本セッションだ。

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※ 『Her Story』とても非推理ゲーム的な、しかし極上の推理体験ゲーム。

『Her Story』に見る、想像力こそがリアリティーを喚起する最大の力になる【GDC 2016】_01

 『サイレントヒル シャッタードメモリーズ』後、開発中止になったタイトルを経て独立したバーロウ氏は、「リアリティーに基づいた、心理的に負担のある個人的なストーリーを作る努力をしてきた」と説明。そのうえで、「自分はなぜインタラクティブストーリーに惹かれるのか」、「何を特別なものと感じるのか」、「ストーリーテリングにもっとも大事なことは何か」といった点を改めて考えたのだとか。そのうえで、“すべてのストーリーテリングには言外の意味がある”との認識に至り、それを推し進めたのが『Her Story』だという。

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『Her Story』に見る、想像力こそがリアリティーを喚起する最大の力になる【GDC 2016】_03

 人は作り物のコンテンツに対してどこまでリアルに感じるのか? ヒントとなるのが“想像力”。草むらが揺れているのを、風のせいか蛇が潜んでいると思うかは想像力次第。インタラクティブ性を活かして、想像力を掻き立てるのだという。たとえば、映画で登場人物に感情移入をしていると、ある一定の行動を期待するようになり、関係値が深くなる。気持ちが入って、よりリアルに感じられるようになるのだ。相互作用という点において、ゲームだけではなくて、映画のような従来型のエンターテインメントコンテンツも、広義の意味でのインタラクティブ性を利用していたというバーロウ氏の指摘は極めて興味深い。

 作家のアーネスト・ヘミングウェイも「書きたいことの8分の1しか水面には出さずに、ほかの部分は見えないようにした。その見えない部分を使って想像力をかきたてた」と語ったとおり、想像力のキモとなるのは、“いかに見せないか”。「映画は見えるものを記録する媒体だが、ストーリーは見える部分ではなくて、見せない部分によって語られます。私にとって、この“見せないアート”が重要でした」とバーロウ氏。

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 では、ビデオゲームの場合はどうなのか? リアリティーという見地に立てば、“仮想現実”を構築し得るビデオゲームはこれに勝るコンテンツはない。だが、一方で、リアルな空間を描写することで、想像力を削ぐことになるのも事実。「ストーリーをユーザーの経験として扱うため、すべてを見せてしまう」(バーロウ氏)のだ。

 そこで『Her Story』では、極端な方向に推し進めて、できる限りプレイヤーの想像力を引き出すことを考えたという。たとえば、尋問では、プレイヤーは言外の意味に気づいて彼女の気持ちを察し、隠された部分を理解する……といった具合だ。断片の映像記録によりジグソーパズル的に情報が得られるので、プレイヤーは自分でストーリーを組み立てないといけなくなるのだ。

 ゲームならではのインタラクティブ空間も、有利に働くとバーロウ氏は言う。いまや、映画やテレビ、書籍にコミック、ゲームと、現代人は史上もっとも多くのストーリーに囲まれている。ミステリにしてもありとあらゆるプロットが出尽くしている。新鮮なものを作り出すのは容易ではない。その点インタラクティブ空間であれば、既存のジャンルでも新鮮なコンテンツが作れるというのだ。インタラクティブ空間であれば、プレイヤーをストーリー体験から無理やり離して、想像力を強制することも可能だ。「ストーリーは感情に思考が重なったものであり、キャラクターの行動を自分のことのように感じつつも、そこには距離があって自分自身を振り返ることができる」ものだとバーロウ氏。そのうえで、「ホロデッキ(現実と変わりない世界を作り出すことが出来る装置)でストーリーに完全に没入できるというが、私は偽のリアリティーとしか思えない。そこで感情と思考の層が同時にある経験ができるとは思わない」と発言すると、会場からは期せずして拍手が湧いていた。

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 さて、『Her Story』の開発では、方向性がある程度固まった段階で、リサーチへ。半年間はPCから離れて充電し、警察の尋問手法などのリサーチに没頭したという。ただし、本作はあくまでも女性のストーリーにしたかったので、警察は物語には一切登場せず、キャラクターの言葉で彼女のストーリーを語らせるようにしたという。

 講演では、『Her Story』に影響を与えたコンテンツとして、映画『氷の微笑』が挙げられた。フレーミングやライティングなどが映画には珍しい手法が取り入れられており、本物と感じさせるものになっている。そこからヒントを得たという。作家、J・Gバラードの本を読むときのスタイルも参考になった。バラードは、本をそのまま読むのではなくて、目についたおもしろいテーマや言葉を拾って読むらしい。そうすると、作家が書いた手法に近づけるそうだ。ある種フローチャート的な流れを捨てることで、有機的に読むことにより、読み手と書き手が近づけるというのだ。

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 最後にバーロウ氏は、『Her Story』を作り始めたときは、「より深くプレイヤーの想像力に関わることで、プレイヤーがストーリーに個人的に関わってくることを証明したかった」とコメント。さらに、「作り手の経験をプレイヤーと共有することで、プレイヤーの想像力に力を与え、それが作り手にも力を与えることになります」とコメントを締めくくった。

 人間の想像力のメカニズムを突き詰めたからこそ、『Her Story』は独特のリアリティーを獲得し得たと言えそうだ。

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