『街~運命の交差点~』、『428~封鎖された渋谷で~』トークショー開催! 麻野一哉氏、イシイジロウ氏、御法川実役・北上史欧氏が開発秘話を披露

2015年10月31日に行われた『街~運命の交差点~』、『428~封鎖された渋谷で~』トークイベントのリポートをお届け。

●ゲームの舞台となる渋谷で行われたトークイベントをリポート

 2015年10月31日、東京・渋谷の旧渋谷区総合庁舎にて、“マチとシブヤの記憶 『街~運命の交差点~』、『428~封鎖された渋谷で~』スペシャルトークイベント”が開催。『街~運命の交差点~』の総監督を務めた麻野一哉氏、『428~封鎖された渋谷で~』の総監督を務めたイシイジロウ氏が、ゲームの舞台である渋谷の地で、開発秘話を語った。

▲解体が決まっている旧渋谷区総合庁舎。

 このトークショーは、解体目前の旧渋谷区総合庁舎を舞台に実施されたイベント“渋谷のたまご さよなら区庁舎”(開催期間は2015年10月25日~11月3日)の一環として行われたもの。開催当日の午前10時から配布が開始された整理券は、あっという間になくなってしまったという(朝6時半から並んだという強者も!)。来場者の中には、『街』の雨宮桂馬の格好をしたファンや、『街』と『428』に登場するキャベツ教のコスプレをしたファンもおり、来場者の両作に対する強い愛が感じられた。

 本記事では、2時間半にもわたった、この充実のトークショーのリポートをお届けする。

▲『街~運命の交差点~』総監督 麻野一哉氏。

▲『428~封鎖された渋谷で~』総監督 イシイジロウ氏。

▲司会は週刊ファミ通編集部の世界三大三代川(左)が担当。

▲トークショーの舞台は、旧渋谷区総合庁舎の議場だった部屋。蜘蛛の巣のような、糸を用いたアートが展示されていた。

■舞台はなぜ渋谷だったのか

 ゲームの舞台に渋谷を選んだ理由を聞かれた麻野氏は、ちょうど“コギャル”などで渋谷がマスコミに取り上げられている時期で、若者の街としていいと思った、と当時を振り返った。また、当時チュンソフトの社長であった中村光一氏が、渋谷にあるファンタジアというゲームセンターが大好きで、大学時代から通い詰めていたことと、『街』のシナリオを手掛けた長坂秀佳氏が、わりと渋谷に近い場所に住んでいたこと、この2点が大きかったとも語った。

 一方の『428』は、当初から『街』の流れを汲む作品として考えられていたため、渋谷を舞台にすることは最初から頭にあった、とイシイ氏。撮影チームからは「渋谷は撮影が難しい(規制などがある)」と言われ、悩みもしたそうだが、やはり渋谷がよかったとのこと。

 撮影の思い出として、麻野氏は、篠田正志がはりつけにされるシーンの撮影は「かなり無茶をした」とコメント。イシイ氏は、建野が銃を出すシーンの撮影はいつもドキドキしており、スタッフみんなで周囲を見張りながら撮影していた、と明かした。ほかにも、撮影に関してはいろいろな秘話が飛び出したのだが、残念ながらここでは書けない内容が多かったので割愛させていただく。ゲーム作りはたいへんだ。

 撮影当時から、渋谷の印象は変わったか? という問いに麻野氏は、『街』のころはQ-FRONTも渋谷ヒカリエもなく、センター街の門も現在のものとは違った、と景観の変わりようについて言及。また、「あのころの渋谷のほうが、若者が集まる、元気がいい最先端の街というイメージがあった」と回答。イシイ氏は、「(いまの渋谷は)IT企業の街になった」とコメントした。

 『街』にも『428』にも、当時の渋谷の風景を写した何千枚もの写真が収録されている。いま両作をプレイすると、「渋谷の街はこんな街だったのか」と驚きがあるに違いない。

■『街』はこうして生まれた

 続くテーマは、“『街』がどのようにして誕生したか”。『弟切草』を作り終えた直後に、サウンドノベルの新しい作品を作ることになった麻野氏は、小説家の我孫子武丸と取り組んだ『かまいたちの夜』とは別に、「長坂秀佳氏(脚本家・小説家。『弟切草』のシナリオを担当)と新しいゲームを作りたい」と考え、『街』のプロジェクトを立ち上げたという。『弟切草』はホラーテイストの作品だったが、社会的で大人っぽいものにしたい、と考えたそうだ。

 そして、どのような企画にするか考えていたころ、ドイツのテレビ局が、“時間と場所が共通しているドラマを放送する”試みを行った。各局ごとにドラマの当事者が違うという仕組みになっており、麻野氏はそこで初めて“ザッピング”という言葉を知った。このザッピングと、サウンドノベルを混ぜることはできないか? 麻野氏はそう考え、『街』の構想が生まれた。「それ以外、何も決めずに始まった」と麻野氏。

 そして、そこから『街』のシナリオを固めるまで、なんと7年もかかったという。麻野氏は『トルネコの大冒険 不思議のダンジョン』や『かまいたちの夜』を作りながら、シナリオ会議を行った。当初、100人のシナリオが用意される予定になっていたそうだが、最終的には主人公は8人になった。

 しかし、システムとしてはザッピングしか決めていなかったので、ゲーム性がない。どうしようかと考えながら、渋谷でロケハンをして、当時新宿にあったチュンソフトに向かった麻野氏は、バスに乗って明治通りを通っている最中に、“他人分岐”を思いついた。それでも、中村光一氏が「ゲーム性が足りない」と指摘したため、つぎに“TIP”が生まれたそうだ。

 なお、街に収録されている写真はすべて、ムービーから切り出したものではなく、止め絵で撮影したもの。ムービーからワンシーンをピックアップするより、画面の持つ意味が伝わりやすいと考えたためだそうだ。“漫画や絵コンテをクオリティーアップさせたものを、静止画で表現した”と麻野氏。我孫子武丸氏は「(『街』の写真は)漫画ですよね」とコメントしたとのこと。

 シナリオについては、コミカルなもの、ホラーっぽいもの、地味だけどおもしろいものなど、さまざまなテイストを入れることを意識していたという。「とにかくいろいろな人がいて、バラバラなことをやっていることを見せたかった」(麻野氏)とのことで、話を収束させることをや、ハッピーエンドにすることは意識していなかったとか。隠しシナリオ“花火”については、長坂氏がぜひとも書きたいと進言したそうだ。また、飛沢陽平は大学生の予定だったが、長坂氏の「それではふつうすぎる」という意見により、高校生に変更になったことも明かされた。

■『428』はこうして生まれた

 『街』の開発秘話のつぎに語られたのは、『428』の開発秘話。ここからは、御法川実役の北上史欧さんもトークに参加した。

 オーディションはあったものの、御法川実はほぼ決め打ちで北上さんにお願いした、と当時を振り返るイシイ氏。写真を見ただけで個性が出てくる人、映像とは違う魅力が出せる人にお願いしたいという意図があったそうだ。

 北上さんの御法川の第一印象は、“ライターなんだけど探偵っぽい人物。ハードボイルドでコミカル”。撮影については、ハチ公にまたがったり、宙吊りにされたり、スクランブル交差点を難解も走ったりと、楽しい思い出がいっぱいだと語った。

▲御法川実役・北上史欧氏。

▲多くの登場人物が交錯する、バンが爆発するシーンは、ゴールデンウィークの早朝に行われた、と語るイシイ氏たち。カラスはいっぱいいたけれど、人は誰もいなかったらしい。写真に写っている通行人は全員エキストラで、その人たちが血まみれになっているので、はたから見たら大事件だったとか。

 なお、『街』では止め絵で撮影していたが、『428』では、どのシーンでもキャストが演技をしていたという。『街』とコンセプトを変える意図があったほか、撮影機材がデジタルカメラになり、シャッタースピードが上がったこと、フィルム交換が要らず何枚撮っても平気なこと、その場でチェックできることも理由とのこと。

 また、『428』については、“セールス面でも成功させよ”という命題が中村光一氏から下されていたため、シナリオも『街』から変える必要があった。イシイ氏は、“最初から複数の人数の物語が見られる”ことによる入りづらさを改善しようと考え、主要人物の最大数を7人に絞った。これは、“人は、7より多くの視点を脳の中で管理できない”という7人理論があるためとのこと。なお、7人理論については、以前ファミ通.comに掲載したイシイ氏とカプコン巧舟氏の対談でも語られているので、ぜひこちらの記事も読んでみてほしい。

 主人公の数を絞ることに加えて、『428』のコンセプトとされたのが、“それぞれが関係していない話であるように見せかけて、集約させていくこと”。これについては、『24 -TWENTY FOUR-』の影響を受けた、とイシイ氏。『24 -TWENTY FOUR-』では、いろいろなシーンをカメラが映しており、話が進んでいくと、つながりがないと思われた複数のシーンが、じつはつながっていることがわかる。当時は群像劇が増えていて、『24 -TWENTY FOUR-』は、群像劇に慣れた視聴者の心理を逆手に取った形だったという。

 ちなみにプロットの段階では、シナリオライター陣は、アルファルドのことを“本物のカナン”として書いていたそうだ。イシイ氏は「こいつを敵にしたらおもしろい」とこっそり思っていて、後から変更。ゆえに、物語序盤のアルファルドは頼もしく見え、「こいつがいれば勝てる」と思わせるキャラクターになっている。

 『金八先生 伝説の教壇に立て!』などを経て、プロットは大事だと考えていたイシイ氏は、最初にプロットをしっかりと作った。『428』のシナリオには自信を持っていて、北上氏らキャストにも、その自信を伝えていた。その熱意を受け止めた北上氏も、熱意を持って臨んでいて、「いいものを作っているんだ、という気持ちだった」(北上氏)と明かした。

■いまだから語れる話&質問コーナー

 『街』、『428』の制作中のエピソードを語った後は、こぼれ話を披露するコーナーに。『街』には、当時はまだ世間に知られていなかった俳優の窪塚洋介さん(サギ山勇役)や、声優の谷山紀章さん(ジェロニモ役)などが出演していたことなどが語られた。

 また、『428』の衣装に対するイシイ氏のこだわりも明らかに。撮影の衣装として選んだものでは、いかにも“衣装”らしく、ゲームが発売されるころには古びてしまうので、あえてそのときの流行とは異なるものにしたそうだ。御法川のトレンチコートも、撮影当時に流行していたものより少し丈が長かったりする。

 その話を聞いた麻野氏は、自分がこだわったのは水曜日の靴下だけだ、とコメント。中村光一氏に「なんでルーズソックスにしないんだ」と言われたそうだが、麻野氏は「あいつは変人だからルーズソックスははかない」と答えたとか。

 また、事前に寄せられた質問に答えるコーナーでは、「続編を作ってみたいですか?」という質問に、麻野氏が「『弟切草』、『かまいたちの夜』、『街』とは違う構造で作れるのならやってみたい」とコメント。イシイ氏は、「いまはスパイク・チュンソフトを離れた身ではありますが、作れるのであれば参加したい」と回答した。イシイ氏が手掛けた『タイムトラベラーズ』の舞台は、『428』の20年後の世界ということになっているが、そのとき、あえて“『428』の10年後”は空けておいたという。

 とはいえ、イシイ氏は、その作品のメインスタッフに自身が参加しない方がいいかもしれないとも言う。じつは、『428』を作ることが決まったとき、イシイ氏は『街』の撮影スタッフに話を聞きにいっていた。そのとき、「君たちにはできない」と言われてしまったイシイ氏たちは、「いや、自分たちの力でやってやる」と決意を新たにした。その気持ちがあって、初めての撮影だったから過酷な現場を乗り切れた、とイシイ氏は語る。自分が続編を作ったならば、撮影のたいへんさを知っているがゆえに躊躇して、ラクをしようと考えてしまうだろう、と。そのため、『428』を超えようというスタッフが現れたときに、「あなたたちならできる」と言って背中を押したい、参加するならサポートする立場の方がいいかも、とイシイ氏は述べた。

 再びトークイベントを開催する予定はあるか? という問いには、イシイ氏は『街』20周年、『428』の10周年でなにかやりたい、とコメント。麻野氏は、どうせならほかのスタッフを呼びたいと回答した。『街』が20周年を迎えるのは2018年。3年後に、何か動きがあるかも……!? 「そのときはまた集まってもらえたらうれしい」とイシイ氏は述べ、トークイベントは幕を閉じた。

■終演後、出演者の皆さんからコメントをいただきました!

イシイ氏 1週間前に開催が決まったイベントだったので、こんなに集まっていただけるとは思っていませんでした。お問い合わせも多くて、朝から皆さんに並んでいただいて。『428』のことをいま語るのはちょっと恥ずかしいな、という気持ちもあったのですが、こんなに皆さんが楽しそうにしてくださるのであれば、『街』や『428』をゆっくり語っていく機会を作りたいな、と思いました。感謝の気持ちでいっぱいです。

麻野氏 正直なところ、3年後に『街』や『428』の話をするにあたって、ネタがもうないなあと(笑)。それがいま、僕がいちばん心配していることです。

北上氏 もし『428』の先の話を作るのであれば、御法川のイメージを崩さないように、太らないようにしようと思いました(笑)。このコートが似合うように痩せていよう、と。

イシイ氏 つぎはプレイをしながらやりましょう。8時間くらい(笑)。飲み食いしながら、だらだら遊びたいですね。

▲“渋谷のたまご”会場には、『街~運命の交差点~』、『428~封鎖された渋谷で~』記憶の展示室という名のコーナーもあり、両作のポスターや、当時の週刊ファミ通の記事などが掲示されていた。

▲トークイベント終了後は、この展示室で、麻野氏ら3人のサイン&記念撮影タイム。ファンにとっては忘れられない1日になったに違いない。

▲渋谷のたまご、そのほかの展示室の風景。旧渋谷区総合庁舎の各部屋が、アートで溢れていた。