あんなことやこんなこと……『RO』の12年を語る

 ガンホー・オンライン・エンターテイメントの『ラグナロクオンライン』(以下、『RO』と略す)が、2002年12月1日の正式サービス開始から今年で12周年を迎える。この12年間、『RO』がMMORPGというジャンルにもたらした功績は図りしれない――。

 ファミ通.comでは、そんな『RO』の12年間を振り返る企画記事をお届けする。とはいえ、12年といえば相当な期間(生まれた赤ちゃんが小学6年生くらいになってしまうわけですよ!)。さすがに振り返るために何かの“指標”が欲しい……ということで、ハタと思いついたのが『ログイン』。『ログイン』と言えば、いまの若い方はもしかしてなじみのない方もいらっしゃるかもしれませんが、1982年に創刊されて以降、2008年に惜しまれつつも休刊されるまで、25年にわたってパソコンゲームの情報をお届けしてきた、いわば伝説的な雑誌。当然のこと、『RO』とも浅からぬ縁があり、『RO』のβテストがスタートした2002年から連載記事“わくわく らぐなろく”がスタートするなど、休刊するまで全面的に『RO』をサポートしてきたのだ。

 ちなみに、ご存じの方も多いかとは思うが、ガンホー・オンライン・エンターテイメントのPCオンライン運営部にて、『ラグナロクオンライン』のプロモーションを担当する中村聡伸氏は、もともと『ログイン』の編集者だった方だ。今回は、そんな中村氏による連載時の思い出話を“スパイス”に、『RO』の運営に参画するRocca氏、千葉亮一氏、栗山和也氏にお集まりいただき、『RO』にまつわるお話をうかがった。

 なお、司会を担当するのはミス・ユースケ。ファミ通.comのブログ“まいにちがβテスト”などを連載しているユースケは、もともと『ログイン』の編集者であり、中村氏とはいわば編集の苦楽をともにした仲。「中村さんが他誌さんのインタビュー記事に掲載されているのを見て、初めてガンホーさんに入社したのを知ったんだよね」(ユースケ)と、いきなり先制パンチを食らわせつつも、5人による『RO』座談会をお届けします。まずは、ガンホー・オンライン・エンターテイメントの4名の簡単なプロフィールから紹介しよう。

『ラグナロクオンライン』12周年を記念して、運営チームによる座談会決行! いまだから話せる『RO』の日々_13

■中村聡伸氏(写真左)
 エンターブレイン(当時)在籍時より、『ラグナロクオンライン』の楽しさに魅せられて連載ページ“わくわく らくなろく”などを担当。いつしか、『ラグナロクオンライン』の公式大会“Ragnarok Online Japan Championship”(RJC)の解説も担当するなど、『RO』の“生き字引”のような存在に。そして、2008年にガンホー・オンライン・エンターテイメントに入社。「入社2日目にして、雑誌の取材を受けるという謎の経験をしました(笑)」とのこと。いまは、特設サイトや公式ブログの運営、さらには生放送のコメンテーターなど、『RO』の “顔”的な存在となっている。

■千葉亮一氏(写真中央)
 2004年にガンホー・オンライン・エンターテイメントに入社。しばらく『RO』のGM(ゲームマスター)を担当した後で、各オンラインゲームのイベントを専属でこなすチームへ。同部署にて、ガンホーが提供しているほぼ全タイトルのゲーム内イベントを担当し、2008年に『RO』チームに再合流。「最近は、基本的に何でもやっています」とのこと。

■栗山和也氏(写真右)
 大規模なPvP大会のRJC 2012やRagnarok World Championship(RWC)2012に優勝するなど、輝かしい戦績を誇る、トップ『RO』プレイヤー。RJC 2013で解説を担当したのをきっかけにガンホー・オンライン・エンターテイメントに入社。いまはおもにゲーム内イベントを担当をしている。2014年11月11日~11月25日開催の“それゆけ!古代遺跡探険隊リベンジ”も、栗山氏の担当によるもの。

■Rocca氏
 2005年にガンホー・オンライン・エンターテイメントに入社。入社当初は『RO』ユーザーであることをひた隠しにしていたが、それもいつしか発覚。それにともない、乞われる形で2007年に『RO』チームに異動。当初はマーケティング担当だったそうだが、いつのころからか、全体を見渡す立場になったとのこと。

『RO』ベータテストと同時に『ログイン』での連載“わくわく らぐなろく”がスタート

――では、さっそく始めましょうか。『ログイン』で『RO』の連載企画“わくわく らぐなろく”が始まったのは、2002年9月なんですよね?

中村 そうです。βテストの段階で連載が始まっていますね。βテストがとにかくおもしろくて、ちょうど連載企画の枠がひとつ空くことになったので、「やらせてください!」と直談判しました。以降、『ログイン』の休刊までずっと休まずに連載しています。最終的には6年間かな。かなりの長寿連載ですよね。

――当時は、メーカー名の表記は“Gravity(韓国の開発会社)”でしたね。連載1回目はどんな感じで始めたのですか?

中村 最初は“『RO』を始めてみよう”という企画でしたね。

――あのころは、MMORPG自体がほとんどない時代でしたからね。国内で遊べるMMORPGで、しかもかわいい雰囲気で……と、『RO』はとにかく初めて尽くしでしたね。

中村 最初は、“世の中ギスギスしているから、ゲームの中くらいまったりしようよ……”みたいな書き出しだった記憶があります。

――(連載1回目を確認して)おお! 本当にその通りだ。

中村 当時は、いろいろとチャレンジしていたなあ。じつは、最初はいろいろと模索している時期で、突然記事の方向性が変わったりましたね。素敵な時期でした(笑)。

『ラグナロクオンライン』12周年を記念して、運営チームによる座談会決行! いまだから話せる『RO』の日々_07
▲『ログイン』2002年9月号の“わくわく らぐなろく”連載第1回目。このあと、2008年に『ログイン』が休刊となるまで、44回も連載が継続する名物コーナーとなる。

Rocca 私も、『RO』にはベータテストの段階で初めて触りました。MMORPGどころか、ネットゲーム自体これが初めてで……。取材に行った東京ゲームショウで、クライアントCDをもらったんですよね。女性ソードマンのイラストが目に留まって。当時ビキニアーマー的なキャラが全盛の中で、「ロングスカートで剣士、わかっているなあ、このゲーム」って(笑)。ちょうど自宅のネット回線をADSLにしたばかりだったということもあって始めてみたのですが、話しかけられる相手がいるというのが、とにかく衝撃的でしたね。

千葉 私はテレホーダイで(笑)。“ピー、ガガガガッ”って繋いでいましたね。で、最初のギモンが「自分で発言した内容は、周りに聞こえるの?」というものでした。もともと文化がなかったので、感覚的によくわからなかったんですよ。だから、ひと言目は“テスト”って打ちました(笑)。「下手な発言をして何か言われたら嫌だなー」と思って。で、友だちに連れられてとりあえず歩いていったら、初心者修練場で、“ファブルを倒し続けている謎の軍団”とかがいたんですね。友だちとチャットをしながら、「こんなゲームがあるんだな~」と新鮮でした。で、慣れてきたらとにかくお金を稼ぐのが楽しくて。“青箱”を手に入れるために、ひたすら“レクイエム”を倒し続ける生活でした。

――“経験値を貯める”、“お金を貯める”というのは、当時からMMORPGの醍醐味だったんですね、やっぱり。

千葉 何もかもが新鮮でしたね。1日18時間プレイするくらいハマってしまった(笑)。で、生活をダメにするくらいのことを仕事にしてみようと思って、ガンホーのHPにある応募フォームから申し込んだんですね。忘れもしません、面接したのは2003年12月24日の午後6時。「クリスマスイブに面接とは、キテるなあ~この会社」と思いました(笑)。それで面接のときに最初に聞かれたのが、「身体に自信はあるか?」という(笑)。「大丈夫かなあ……」とは思ったのですが、「好きなゲームだからやるか!」という意気込みでいたら、採用をもらいました。

Rocca 私は当時、某ゲーム雑誌で編集を務めていたのですが、一度はゲームメーカーさん側の仕事がしたい、だったら今後主流になるだろうオンラインゲームがいい、と思いまして。それで自分がプレイしている『RO』のことを考えると、あのころの『RO』 はいろいろと話題に上ることが多かったんですね(笑)。それで、「実際のところはどうなんだろう? 中に入って確かめてみたい!」って思ったんです。

――潜入取材みたいな感じですね!

Rocca 「真相が知りたい!」という動機は、正直ありましたね。

千葉 愛ゆえに……という感じかもしれませんね。いまとは違って、あのころはゲームの運営もよくわかっていなかったですからね。その辺は、いまだに説明しづらいかもしれませんね。親戚に仕事の説明をするときに、“ゲームマスター”って言っても、よくわからないですからね(笑)。

――栗山さんと『RO』の関わりは?

栗山 『RO』が世に出たときは、僕は高校生でした。高校に入学したときにパソコンを買ってもらったのですが、キーボードのタッチタイピングもできなくて、しばらく放置していたんですよ。それで、友だちが『RO』を遊んでいて、「ゲームだったらタッチタイピングを覚えられるかも」ということで、いっしょに始めたんです。最初はキーボードが打てないので、マウスでできる操作くらいだったのですが、徐々にのめり込んでいって、いつの間にかチャットもできるようになりました(笑)。で、いつしか“RJC”に出て、ガンホーのスタッフに……という感じですね。

千葉 オンラインゲームって、タッチタイピングが超上達しますよね。会話したいって、必死に思うから。しばらく返答が遅れると、「怒っているって相手に思われないかな」とか、いろいろと勘ぐっちゃうんですよね。焦って、ローマ字で返しちゃったりとか。変換ミスでも何でもいいから、とにかく返事をする、みたいな。

――たしかに、当時はすごくびくびくしていたような気がしますね。相手の考えていることがわからないから。

中村 しかも、接続が切れて突然いなくなったりしましたからね。

Rocca それでいくと、『RO』の“エモーション”というのは、すばらしい機能だったんですよ。

中村 たしかに! 相手に即座に反応して、ハートを出したり、音符を出したりできましたからね。しかも、『RO』の“エモーション”は完全に吹き出しなので、わかりやすかった。

『ラグナロクオンライン』12周年を記念して、運営チームによる座談会決行! いまだから話せる『RO』の日々_14