アーケードゲームを支えるI/O技術

アーケードゲーム機の入出力環境の変遷と進化とは? タイトーが取り組んだ“高速I/O”【CEDEC 2014】_01

 ビデオゲームに限らず、あらゆるコンピューター機器には必ず外部デバイスと本体とをつなぐ“入出力”機構(I/O=Input/Outputと称す)が備わっている。アーケードゲーム機器においては、ゲームセンターという限定的な空間で用いられるものという事情もあり、時代ごとに汎用品にはない特殊な進化の経緯を辿ってきた。
 このセッションでは、アーケードゲームメーカーとして黎明期から多くの製品を世に出してきたタイトーにて、ハードウェアの開発に長年携わってきた、星谷淳氏(タイトー AG技術開発部 ゲーム開発)と、同じく長年ゲーム部分や制御のプログラムを手掛けてきた黒木尚也氏(同 AG制作3部 ゲーム開発)の両氏が登壇し、アーケードゲーム機におけるI/Oを巡る環境の変遷と、タイトーが独自に開発したI/O技術についてを語った。

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▲星谷淳氏
▲黒木尚也氏

歴代のタイトー基板からみるI/O構成の変遷

 アーケードゲーム機は、本体部である“ゲーム基板”(かつてはその名どおり基板がそのまま露出していたものだったが、最近はアルミのボックスに囲われており、ハード構成も一般用PCに近いものになっている。それでも通例的に基板と呼ばれている)と、本体からの出力や本体への入力を請け負っているゲーム台=“筐体”(きょうたい)から構成されている。これは昔も今も変わらないものだ。
 セッションの前半では、この両者をつなぐ“I/O”の仕組みの変遷を、タイトー歴代のゲーム基板の事例をもとに解説していた。
 まずは、アーケードビデオゲームの草分け的存在である『スペースインベーダー』(1978年)の例から。当時では最先端のハードウェア構成なのだが、現在と比較すると極めて性能も低いもの。星谷氏は「CPUは8080。クロック周波数は1MHzで、現在主流のプロセッサの約1万分の1。RAMもわずか8KB。プレイステーション4では8GBですからどれだけ小さいかおわかりいただけるかと思います」と事例を上げながら、3枚で構成された巨大な(でも、現在の技術ならワンチップで再現できそうな)本体基板の構造を解説。この基板ではI/Oの接続は独自のコネクタ用いており レバーやボタンの入力に関する作業はCPUがダイレクトに処理している。また、筐体は『スペースインベーダー』の専用筐体ということで、I/Oデバイス(レバーやボタン、モニターなど)とも直結する構造になっている。

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 しかし、専用筐体と基板という構成はゲームを入れ替えて運用ができないという不具合も発生して、業界の標準規格の必要性が求められてきたという。そこで生まれたのが“JAMMA(ジャマ)によるカードエッジコネクタの規格化”だ。JAMMAとは、日本アミューズメントマシン協会というアーケードゲーム会社による業界団体のこと。1986年よりアーケードゲームの統一I/O規格として導入が始まった。コアなアーケードゲームファンには“JAMMAコネクタ”といえば、独特の横長形状をしたコネクタを思い浮かぶ人も多いだろう。形状だけでなく、入出力の配線の固定や各種信号レベルの基準も制定されたことから、星谷氏によるとこの規格化で「汎用筐体の普及が進んだ」という。こちらは『ダライアス外伝』、『パズルボブル3』など90年代中盤のタイトルで用いられたタイトーの汎用ボード“F3-システム”を例にして構造が説明された。
 また、この時代は『電車でGO!』、『バトルギア』シリーズなど専用筐体による大型ゲームが数多く作られているが、こちらは独自のI/Oの搭載やサブCPUでの処理によって高機能化を実現しているという。

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 JAMMA規格に続くアーケードゲームI/Oのもうひとつの進化は、1997年から始まった“JVS”という規格だ。こちらの特徴は、I/Oに関する制御をすべてゲーム基板側で行うのではなく筐体側に設けたI/O基板に委ね、ゲーム基板とシリアル接続することで高機能化に対応したこと。また、映像とサウンドの出力がこの規格から独立。一般的な端子と信号で送ることで、より運用しやすくなっている。このあたりは一般的なデスクトップPCの作りに近いものだ(音声はピン端子から、映像信号はD-Sub15ピンコネクタから送られている)。
 この規格は現在でもさまざまなアーケード機で使われているもの。2000年代前半あたりから対応する基板や筐体が一気に増えたことを筆者も実感している。稼働面でも、コンパクトなJVSコネクタになったことで、ハーネスだらけのJAMMA規格のコネクタ(しかも多くのボタンを用いるゲームには特殊な追加配線も必要)と比較するとずいぶん扱いやすくなっているものだ。

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課題を克服した“高速I/O”

 しかし、このJVS規格が完全無欠のものかというとそうではなく、星谷氏によると入力遅延や転送データ量の限界などの欠点もあったという。その解決のためにタイトーが独自で開発したものが“高速I/O”と呼ばれるものだ。セッションの後半は、これらのプレゼンテーションで進行した。

 JVSでは、ゲーム基板側と筐体のI/O基板間に行われるやりとりに起因する、ボタンやレバーの入力処理の“遅延”が起こるという。
 ゲーム側の動作は1フレーム(1/60秒の動作単位)で処理されるが、プレイヤーからの入力発生とI/O基板でのその判別は、1フレームをさらに細分化した時間単位で進められる。ゲーム基板側と筐体のI/O基板の間で定期に行われる応答のタイミングによって、ゲーム基板側に渡るバッファ処理および実際の入力処理にズレが発生する。これが遅延の起こる仕組みだ。また、ひとつのゲーム基板に対して、複数のI/O基板とやりとりするケース(例のひとつとして対戦格闘ゲームの対戦台が挙げられるだろう)では、ひとつずつ順に応答が進行することから、まったく同一の入力であっても、ゲーム基板側で処理されるタイミングが異なることもあり得るという。そして、一度に通信できるデータ量も少なく、このことが通信処理の負荷にもつながっているのだ。

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 これらを解決するためにタイトーが独自に開発したのが“高速I/O”という仕組みだ。ゲーム基板側とI/O基板間の情報のやりとりを、送信、受信独立した経路で同時に行なうことでI/Oの情報を連続して転送することが可能になっている(これで、やりとりの過程で起きていたズレが生じないことになる)。また、大容量かつ高速のデータ転送も行えるようになるという。
 興味深いのは、ゲーム内容や筐体に合わせて、柔軟なカスタマイズ性を持ちあわせているという点。ゲーム基板側の高速I/Oインターフェイスと、筐体側のI/O基板にはFPGAというソフト的に回路のカスタマイズが可能なチップが搭載されており、仕様の変更も容易なのだ。

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 最後には、高速I/Oの運用例を、タイトーの最新アーケードゲームから、音楽ゲーム『グルーヴコースター』(現在はバージョンアップ版の『グルーヴコースターEX』が稼働中)と、キッズメダルゲーム『モグってホレホレ』を題材にして紹介された。
 前者はタイミングこそ命の音楽ゲームだからこそ、遅延の発生にはいっそうシビアにならざるを得ないもの。高速I/Oで入力検出の厳密化を実現している。また、これは家庭用ゲーム機にはない要素で、聞いてなるほど! と思った部分なのだが、『グルーヴコースター』の筐体では、派手な演出を実現するために200個、120系統のフルカラーLEDが搭載されており、この制御信号の伝達も高速I/Oが担ってるという。一度に大量のデータが送信できる高速I/Oの特性が、意外な部分でも活かされているのだ。
 後者では、ひとつのゲーム基板に対して、6ターミナル(=6人分の遊戯スペース)が存在するという大型機ならではの特殊な運用だ。それぞれがコントロール部分やメダルのカウントや制御情報などを大量の情報を扱うものなのだが、FPGAで組まれたI/O基板の回路部を書き換えることで、容易に高機能化が実現したという。

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 ビデオゲームというエンターテインメントの進化は黎明期からアーケードゲームが牽引し続けてきた。このセッションでは“I/Oの仕組み”といういっぷう変わった視点を軸に、その足跡が一望できる珍しい試みでもあった。
 さまざまな形態のゲームが普及した今、アーケードゲームの役割は、ゲームセンターという非日常の空間で“特別なゲーム体験”を提供するものになっていると筆者は考えている。そんなアーケードならではのスペシャル性は、(通常のゲームプレイではまず意識はされないほどの、非常に細微な部分ではあるものの)I/Oという一般には見えない部分からも支えられていることを、このセッションを通じて感じた次第だ。