山口監督を襲ったアゴが外れるほどの衝撃とは?

映画監督・山口雄大氏が語る『グランド・セフト・オートV』プレイインプレッション_07
山口雄大監督

 もはやゲームのみならず、すべてのエンターテインメントの頂点に躍り出たと言っても過言ではない『グランド・セフト・オートV』(以下、『GTAV』)のスゴさを、いくら言葉を費やして語ろうとしたところで野暮なもの。とにかく少しでもプレイすればそのハンパない度は、老若何女、魑魅魍魎、どんな人にもわかるはず。シリーズをプレイし続けてきた者としては、『GTAV』がいかにユーザーへのパフォーマンスに優れた特別な作品であるかは承知であろう。というわけで、ゲーム内容について特筆すべきことは数限りなくあるが、それは奥歯のさらに奥に押し込めておいて、今回は別の視点から語らせてもらおう。

 僕は本作の発売日(10月10日)の数週間前からAmazon.co.jpで予約していたものの、何気なく発送日をチェックしてみたら「発送日12日以降」となっており激怒。即刻、取り消しをクリック。しかたなく10日の朝、秋葉原へ赴きソフトを手に入れた(もちろんXbox 360版だ!)。早速家へ戻り、本体へインストールすること30分。ようやく映し出された画面は、ロックスターの新ロゴ。カッケェ! ゲーム開始時の相変わらずのロードの長さも、インゲーム中のストレスをなくすためだと思えば心地よい待ち時間だ。そして、ついにゲーム開始。見慣れた『GTA』の世界が、さらなる奥行きとリアリティを持って迫ってくる。そう、これだ! これが待ちに待った『GTA』ワールドだ。BGMもカッケェ! いつものポップロック調テーマに絡んでくる、ムーグっぽいピコピコしたシンセの音色。おお~、今回のBGMいいな。いつもと雰囲気違うぞ! そして、おなじみの『GTA』フォントで現れるオープニングクレジットを何気なく見ていると、アゴが外れるほどの衝撃が襲ってきた。

"Music by TANGERINE DREAM"

 な、なんと!! サウンドトラック担当がタンジェリン・ドリームだった。どうりでシンセの音色が際立っているはずだ。カッケェのは当たり前。なにせ、'70年代、'80年代とシンセ・ミュージックを世に広め、牽引してきた、あのスーパーグループが弾いているのだから!! 僕のようなプログレッシブロックファンが驚喜するのは間違いないこの大事件を、事前にほとんどアナウンスされていない&売りにされていない、と悲しむのはもう自分もアラフォーオッサンのカテゴリーにはいってしまったからか……とヘコみつつも、『V』に対する制作スタッフの本気度が垣間見ることができた気がして、俄然期待度がメガMAX状態に膨れ上がってしまったしだいです。

映画監督・山口雄大氏が語る『グランド・セフト・オートV』プレイインプレッション_01
映画監督・山口雄大氏が語る『グランド・セフト・オートV』プレイインプレッション_02

 さて、このタンジェリン・ドリーム、1967年にドイツの西ベルリンで結成されたということだから、もう結成46年という長寿バンド。エドガー・フローゼをリーダーに、クラウス・シュルツ、コンラッド・シュニッツラーの3人で、ジャズのアプローチによるロックの楽器での実験音楽という赴きでファーストアルバムを発表したのが1970年。同年、同じくドイツからテクノポップの元祖として有名なクラフトワーク、イギリスではあのキース・エマーソンがオルガンをムーグに持ち替えEL&P(エマーソン・レイク・アンド・パーマー)を結成と、'70年はロックがコンピューター(まだデジタルとは言えない!)へと移行した元年とも言える。というわけで、タンジェリン・ドリームも徐々にシンセへの傾倒を始め、フローゼとシュルツに、クリストファー・フランケを加えた3人が主力メンバーとなり、バリバリのシンセによる、いわゆる"タンジェリン節"ができあがった。ところが、インスト中心の曲、コンセプト重視のため一曲が20分に及ぶ構成など、正直コマーシャリズムからかけ離れた活動内容だったため、クラフトワークやEL&Pほどのセールスをあげることができず、コアなプログレマニアにのみ重宝されるという存在になりつつあった彼らを、1977年、救い出した人物が現れる。
 映画監督、ウイリアム・フリードキン。'70年代初頭『フレンチ・コネクション』でアカデミー作品賞などを総ナメし、続く『エクソシスト』で世界的&社会的な大ヒットを飛ばしていたイケイケの男だ。フリードキンは、『エクソシスト』でもイギリス出身の孤高のプログレ・アーティスト、マイク・オールドフィールドの『チューブラベルズ』を挿入曲に使い、ヒットに結びつけていたくらいだから、プログレやロックに対する造詣が深かったに違いない。彼が次に目を付けたのが、他でもないタンジェリン・ドリームだった。フリードキンは、1953年の白黒映画、アンヌ・ジュルジュ・クルーゾーの名作『恐怖の報酬』のリメイクに挑むことになっており、その全編に渡るオリジナルサントラをタンジェリン・ドリームに依頼したのだ。初めてのサントラ制作、かつ、相手は映画界一の粗暴者として知られるフリードキンだから、その制作過程は相当なものだったらしいが、できあがったサントラはフリードキンも大満足の緊迫感とセンスに溢れた傑作だった。正直、映画自体は批評も興行も含めて失敗の烙印を押されてしまうものだったが(個人的には大好き!)、タンジェリン・ドリームの名は世界に広まることに成功した。

映画監督・山口雄大氏が語る『グランド・セフト・オートV』プレイインプレッション_03
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 このとき『恐怖の報酬』を観て、誰よりもタンジェリン・ドリームを愛した男がいた。映画監督、マイケル・マン。のちに『ラスト・オブ・モヒカン』や『ヒート』など、男臭さ満点のハードアクションばかりを撮ることになる男だ。当時、彼のデビュー作として準備されていた『ザ・クラッカー』に合う音楽を作れるのはタンジェリン・ドリームしかいないと、熱烈アプローチ。都会的な乾いたトーンのマン監督の演出と、ミニマムミュージックを基本にしたシンプルなタンジェリン・ドリームの音楽の相性は、フリードキン監督以上にピッタリで、この名コンビは続くホラー映画『ザ・キープ』でもタッグを組んだ。その後、タンジェリン・ドリームは、『卒業白書』、『レジェンド』、『タイムリミットは午後三時』、『ザ・ソルジャー』、『炎の少女チャーリー』など、数多くのサントラを手掛けたが、度重なるメンバーの変更や、自主レーベルへの移籍、そしてボーカル曲が多くなってきたことで従来のファンの支持を得ることができず、'90年代は不遇の時代を過ごした。2000年になってからは、ライブ活動などのアナウンスはされるも往年のような派手な動きはあまりなく、ファンとしては寂しい気持ちを抱いていた。そんなところで2013年、いきなりの『GTAV』への登板である。ビックリするのも当然と言うべきだろう。タンジェリン・ドリームにとっても、近年これだけのビッグプロジェクトへの参加はないはずだ。その音楽も、サントラということで肩の力がいい具合に抜け、全盛期のサウンドが戻ってきた。まさに、「みんなの聞きたいタンジェリン・ドリーム」がここにある。さらに嬉しいのは、毎度ロックスターの音楽を手掛けるウッディ・ジャクソンやDJシャドウらのフューチャリングにより、単なる懐古主義にとどまらない、新たなタンジェリンサウンドが誕生しているのだ。

 ここは勝手に、タンジェリン・ドリーム完全復活!! と謳っても過言ではないだろう。それだけではない、なにが感涙ポイントかと言えば、明らかにロックスターが前述の『ザ・クラッカー』へのリスペクトをしていると感じるからだ。『ザ・クラッカー』の原題は『THE THEIF』といい、"車泥棒"の意味を持つグランド・セフト・オートの"THEFT"と同義語。さらに、『ザ・クラッカー』の主人公フランクは、出所後、自動車ディーラーをしながら裏では金庫破りをしているという設定で、足を洗いたいと願っているものの昔の悪いダチとの因縁が断ち切れずにいる。まさに、『GTAV』のマイケルとトレバーの関係性と重なる。ロックスターは『グランド・セフト・オート・バイスシティ』でも、明からさまにデパルマ版『スカーフェイス』へオマージュを捧げていたくらいだから、ここにきて、さらにディープに、タンジェリン・ドリームを起用して『ザ・クラッカー』を再現しようとしている、と考えるのは決して間違ってはいないだろう。『ザ・クラッカー』では、マフィアに騙され仲間を失ったフランクが、家族も財産も捨て、単身マフィアに挑んでいくという、『網走番外地』のような健さんイズム全開の"男節"な展開になり、盛り上がる。まだ『GTAV』をプレイ中の僕は、本作のマイケルの行く末がどうなるかはわからずにこの文章を書いているが、もしロックスターが『ザ・クラッカー』へのオマージュを貫き通しているとしたら……。"男節"が炸裂して、そこにタンジェリン・ドリームの音楽が鳴り響いたら……と考えると、それだけで目頭が熱くなる。
 はたして、フランクと同じように、マイケルは"オトシマエ"をつけることができるのか? その結果は、セカンドインプレッションに続く。

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 追記。永らくソフト化されていなかった『ザ・クラッカー』は、今年ようやくソフト化されたので、近所のレンタルビデオ屋で借りることができる! 映画を観てからやるか、やってから観るか? とにかく観ろ!!

山口雄大
映画監督。2003年『地獄甲子園』で、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭のヤングコンペ部門でグランプリを受賞。『魁!! クロマティ高校』や『エリートヤンキー三郎』など、とても実写化できそうにないギャグマンガを、あえて実写化するのが得意芸でもある。なお、最新作の『アブダクティ』は、今年のブリュッセル国際ファンタスティック映画祭で、SILVER RAVEN(準グランプリ)を受賞(DVDは特典映像満載で来年1月発売予定)。無類のゲーム好きが高じて、週刊ファミ通でコラムを連載していたこともある。