オープンカンファレンスで明かされた『新生FFXIV』の舞台裏【SQEXオープンカンファレンス2012】

2012年11月23日、24日に開催された、スクウェア・エニックス オープンカンファレンス2012。2日間にわたり、おもに開発者に向けて10のセッションが行われたが、ここではその中から『ファイナルファンタジーXIV: 新生エオルゼア』に関する内容をピックアップしてお届けする。

●前代未聞の“ゲームの作り直し”を計画、実行するまで

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▲吉田 直樹氏(『ファイナルファンタジーXIV: 新生エオルゼア』プロデューサー兼ディレクター)

 2012年11月23日、24日に開催された、スクウェア・エニックス オープンカンファレンス2012。2日間にわたり、おもに開発者に向けて10のセッションが行われたが、ここではその中から『ファイナルファンタジーXIV: 新生エオルゼア』に関する内容をピックアップしてお届けする。

■『ファイナルファンタジーXIV』のバックグラウンド

 スクウェア・エニックスのMMO(多人数同時参加型)RPGである『ファイナルファンタジーXIV』(以下、旧『FFXIV』)は、2010年9月30日にPC(Windows)版が先行でサービスを開始。ところが、ゲームの不出来を理由に同年12月に開発体制を一新し、プレイステーション3版の発売延期と、ゲームの大改修の発表を行った。旧『FFXIV』の大改修が進む中、2011年10月14日に、開発を根本からやり直した“新生版”の概要を発表。これは、のちに『ファイナルファンタジーXIV: 新生エオルゼア』(以下、『新生FFXIV』)というタイトルとなり、2012年11月25日の時点でαテストを行っている最中だ。つまり、一度発売したタイトルを大幅に改修しつつ、その作業と並行して、いちからゲームを作り直したということになる。

■ゴールはお客様の信頼を回復すること

 オープンカンファレス2日目に行われたセッション“新生FINAL FANTASY XIV: ゲームを作り直すこと”では、同作のプロデューサー兼ディレクターである吉田直樹氏が、この前代未聞のプロジェクトをどのように計画し、実行していったかが語られた。


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 セッションの冒頭で、吉田氏は「このセッションは、おそらく役に立ちません」と前置き。たしかに、ふつうのプロジェクトでは、失敗したらそれはそのまま終了となるし、一度発売されたゲームを後から作り直すこともそうそうない(一部の仕様調整などの例はあるが)。ましてや、修正作業と再開発を並行で行うというのも、おそらく前例がないことだろう。しかし、リスク回避の方法や、“ヤバイ!”と思ったときの対処法、逆境の乗り越えかたといった見地では新プロジェクトにも応用できるはずと語り、セッションが始まった。


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 旧『FFXIV』の状況を把握するべく調査に入った吉田氏は、圧倒的絶望感を覚えたという。しかし、こうした状況で、下記の5つを迅速に行っていった。

(1)冷静になること(悲観・感情論の排除)
(2)ゴールの再設定
(3)現状とゴールの比較=問題点の洗い出し
(4)信頼できる仲間探し=パーティ募集
(5)問題点に対しての解決策を定義


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 旧『FFXIV』に訪れていた悲観的な状況は、泣いたりわめいても変わらない。では、がむしゃらに働けばいいかといえば、それも違う。一度走るのをやめ、お客様の信頼をどうやって取り戻すか、ゲームのどの部分が悪いのか、お客様とどうやってコミュニケーションを取っていくのか、どうやって“『FF』らしさ”を出すのか、ネガティブな印象をどう払拭していくのか、といったことを冷静に分解していった。

 冷静になることでゲームデザインのゴールが見え、そのゴールと現状を比較することで問題点が把握できる。この問題点のピックアップを、最後までこと細かに行うことが重要だったと吉田氏は語る。それは、求められている『FF』と現状のギャップや、MMORPGとしての不足要素はもちろんのこと、クレジットカード以外の決済方法が用意されているかどうかや(一部の国では世代によってクレジットカードの所有率にばらつきがある。つまりクレジットカードのみの決済方法しか選択できないとプレイしたいユーザーも獲得できない)、サーバーの安定性、クライアントの性能、理想の会員数まで含まれる。

 挙がった問題を解決するために、今度は信頼できる仲間を集めなくてはならないが、それは少数精鋭でもかまわないと吉田氏は言う。氏が挙げた人員は、

・テクノロジーを任せられるプロフェッショナル
・デザインの方向性を決められるコアスタッフ
・バトルシステムのスペシャリスト
・インターフェースのスペシャリスト
・現状の問題点をもっとも把握しているスタッフ
・熱意のあるマネージメントスタッフ

の6人だ。もちろん、プロジェクト全体としてはもっと大勢のスタッフが必要になるが、問題点の解決といった意味で、まず6名に声をかけたという。逆に、こうした信頼できる仲間がそろえられないようであれば、そのプロジェクトはすでに破綻しているとのこと。


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 そうして、論理的かつ客観的に現状とゴールを把握し、最善のスタッフで導き出した答えとは、

・描画エンジンは全部入れ替え
・サーバーはワールドレスに再設計
・検索負荷に耐えられるように作り直し
・バトルは修正可能だが、根本は作り直し
・インターフェースは思想から変える
・MAPはインスタンスを廃止

となり、つまりは“作り直し”を意味していた。しかし、ここまでくると、新作を作るほうが早くなってしまう。ここで重要なのは、吉田氏はビジネス的な成功は二の次で、ユーザーからの信頼回復こそがゴールと考えている点にある。現状のサービスは止めずに大改修を行い、同時に作り直す。これが、吉田氏の出した結論だったのだ。


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 ここまで話したところで余談があり、開発チーム内で呼ばれていた“根性版”のネーミングの由来について説明された。巷では、“根性でプレイしないといけないバージョン”と曲解されるケースもあったが、本来は、“お客様のために根性で開発するバージョン”ということから来ている。なぜ、根性なのかというと、『新生FFXIV』がある以上、旧『FFXIV』でどれだけ修正を行っても、それらはすべて破棄される運命にある。いずれはなくなるとわかっているものを、新たに生み出さなくてはならない。それでもお客様のために……ということなのだ。


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■作り直して成功できるのか?

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 ゲームは作り直すことが決まったが、一度ついてしまったネガティブな印象を払拭するのは、そう容易なことではない。どうやってユーザーに振り向いてもらうか? 『新生FFXIV』をおもしろいゲームにするのは当たり前として、吉田氏がさらに考えた施策とは、MAPをすべて作り直すことに乗じた、“世界崩壊のシナリオ”だ。

 『FFXIV』の舞台であるエオルゼアには、吉田氏がプロデューサーに就任する以前から月の脇に赤い衛星が存在していた。これを『FF』シリーズのメテオに見立てて、エオルゼアへ落下させることを考案。旧『FFXIV』のプレイヤーには、メテオの落下を阻止するストーリーを提供し、バージョンアップごとにそのメテオはどんどん近づいてくる。世界が崩壊へと向かうリアルタイムイベントによって、プレイヤーも開発側もそれを楽しみ、『新生FFXIV』への期待へとつなげていくという展開だ。


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 2012年11月11日に旧『FFXIV』は全ワールドダウンを迎え、同時に公開された“時代の終焉”トレーラーでは、このメテオはバハムートの拘束具であったことが明かされ、落下寸前のところでバハムートが登場。バハムートがエオルゼアの大地を焼き尽くすという、“『FF』らしさ”を強調した内容となっていた。こうした計画も、体制一新の時点で決まっていたというのだから、その決断の早さに驚きだ。旧『FFXIV』は、その壮大なプロモーションとしても役目を果たし、あとは『新生FFXIV』のおもしろさで勝負するのみとなった。


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 このセッションの最後に吉田氏は、「たしかにスクウェア・エニックスは、『FFXIV』で大きな失敗をおかしました。ですが、それを取り戻すのも、これからのゲーム次第だと思っています。」と発言。そう言い切れるのは、ユーザーの期待に応えられる自信があるからこそだろう。今後の『新生FFXIV』の動向に注目だ。


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●なぜこの短期間で『新生FFXIV』は作れたのか?

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▲橋本善久氏(スクウェア・エニックスCTO)

■驚異的な開発速度
 タイトルにもよるが、MMORPGは一般的に3年から5年程度の開発期間を要すると言われ、その作業量は膨大だ。しかし、『新生FFXIV』は、計画が始まってから約2年でαテストにまでこぎ着けている。グラフィックスのリソースなど、旧『FFXIV』から一部流用できる部分もあったとは思うが、旧『FFXIV』の改修を並行して行っていたことを考えると、その開発ペースは驚異的だ。そんな、ちょっと無謀とも思えるプロジェクトが実現できた大きな要因のひとつは、技術ディレクターの橋本善久氏が導入したプロジェクトマネジメントだろう。この橋本氏によるセッション“ゲーム開発プロジェクトマネジメント講座2012”では、『新生FFXIV』やLuminous Studio、Agni's Philosophyなどでの実例をもとに、大規模なプロジェクトマネジメントについての解説が行われた。


■許可を出すまでプログラミング禁止

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 橋本氏は、「プロジェクトの正確な予想なんて出来っこない」とし、緻密な設計と計画、そしてこまめな軌道修正の重要性を説明。問題が大きくなってから対応する行き当たりばったりの運営ではなく、用意周到な事前対処と積極的な事後対処を行うことで、プロジェクトを制御することができると語った。『新生FFXIV』では、下記の手順でプロジェクトをマネジメントしていったという。

(0)テクノロジー推進部で事前調査
(1)チーム内で調査
(2)戦略
(3)設計
(4)計画
(5)スプリント

 この過程のうち、“計画”が終わるまでは、プログラミングをいっさい禁止にしていたそうだ。じつに数ヵ月間、まったく手を動かさない期間があったわけだが、実際の結果を見てみれば、作業そのものにさかれる時間より、計画に費やす時間がいかに重要なのかがうなずける。


■タスクを管理するための2点見積もり

 上記の過程のひとつ“スプリント”とは、いわゆる実作業の部分だが、4週間を1スプリントとし、タスク(作業)を管理していく。そこで重要となるのは、そのタスクをこなすために必要な時間の見積もり方法だ。タスクの見積もりは、作業に必要な日数を予測する1点見積もりと、作業が終わる最短期間と最長期間のふたつを予測する2点見積もりがある。1点見積もりはメジャーな方法だが、心理力学上さまざまな問題点や欠点があると指摘。

[1点見積もりの問題点や欠点]

・定義のあいまいさ
たとえば、作業に4日かかるとした場合、4日間丸々かかると考えている人もいれば、2日で終わるけど、2日を予備にしよう、と考える人もいる。進捗を管理する際、その数値からリスクを読み取ることが難しくなってしまう。

・パーキンソンの法則
“仕事は、その遂行のために利用できる時間をすべて埋めるように拡大する”という現象。見積もりより作業が早く終わってもいつまでも作り込んでしまったり、逆に早く終わったぶん残りの時間をのんびり過ごしてしまう人もでてきてしまう。

・学生症候群/夏休みの宿題病
予測した作業時間のギリギリになるまでやる気がでず、けっきょく間に合わない現象。仮に見積もりが合っていたとしても、そのやる気がでなかった期間ぶん、スケジュールが後ろに倒れてしまう。

・のど元過ぎれば熱さ忘れるの法則
作業の途中で“間に合わないかも”と思った瞬間、ちょっと遅れたとしても五十歩百歩という考えになり、締め切りに間に合わせようとしなくなる現象。

 これらの問題点や欠点は、2点見積もりに変えることで補うことができるという。最小見積もりと最大見積もりという定義が入るため、個人の解釈の差が生まれにくくなるほか、ひとつのタスクを終えたらそれをいつまでも抱えることなく、つぎのタスクを開始できる喜びを感じられるのだそう。また、心理的な作用で、最小見積もりが最初の目標となり、仮にそれを超えてしまっても、最大見積もりは超えられないという気持ちの引き締めが自身で起こり、やる気が持続するというメリットもあるようだ。

 こうしたタスクの見積もりは、エクセルの表で管理されるほか、ホワイトボードにタスクを記載した付箋を貼って、プロジェクト全体で情報が共有される。どこのチームのどのタスクがどういった進捗なのか、どの程度タスクが遅延しているのかなどが一目瞭然というわけだ。セッションでは、実際のタスク管理ボードの様子も公開された。


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 とかくデスマーチとなりやすいゲーム開発において、いかに不確実性を減らし、見通しを立て、根拠のない残業を減らすなど、無理のない制作環境を構築するかは、プロジェクトマネジメントの方法論にかかっている。それの成功例のひとつが、この驚異的な開発速度を実現した『新生FFXIV』ではないだろうか。


●多数のAI(人工知能)キャラクターを同時に動かすための工夫

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 AIのキャラクターがMAP上を移動する際、障害物を避けたり、どの道を歩いていけばいいかを知らせるための経路探索が必ず必要となる。経路探索にはいくつかの方法があるが、『新生FFXIV』の場合、MAPにもよるが数百から1000といったAIキャラクターが存在するため、なるべくサーバー(CPU)の負荷を軽くする必要がある。また、MMORPGの場合、自分以外のプレイヤーが存在することから、自分のまわりのキャラクターのみを動かすといった最適化を取ることができない。今回のオープンカンファレンスでは、“サーバーサイド経路探索システム”に関するセッションが行われ、いかにして経路探索の処理を軽くしたか、そして効率のよい経路データの生成方法について、横山貴規氏とFabien Gravot氏が解説を行った。ここでは、その一部を抜粋しよう。


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▲横山 貴規氏(テクノロジー推進部 AI R&Dエンジニア)

▲Fabien Gravot氏(テクノロジー推進部 AIリサーチャー)

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■処理を軽くするために経路テーブルを採用
 一般的な経路探索の方法として知られるA*(エースター)は、現在地から目的地までのさまざまな経路を調べて、最短経路を見つけるというもの。これは、メモリーも必要となり、ひとつひとつを調べる負荷が重いという欠点がある。少人数によるオフラインのゲームではこの方式でもかまわないが、MMORPGではそうもいかない。


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 そうした事情から、『新生FFXIV』では“経路テーブル”という方式を採用して、負荷を軽くしている。経路テーブルとは、10年ほど前からよく使われている手法で、各経路のたどりかたを表したデータ(テーブル)を持ち、そのテーブルを参照して目的地にたどり着くというもの。ひとつひとつ経路を調べる必要がなく、テーブルへのアクセスのみなので、非常に負荷が軽い。


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 しかし、デメリットもあり、そのテーブルデータをメモリー上に置いておく必要があるため、『新生FFXIV』のような広大なMAP(2キロ四方)では、ギガ単位のメモリーを消費してしまう。これを解決するために取られた方策は、テーブルの分割。MAPをグリッドで分割し、それを階層化することで、メモリーを削減することに成功した。


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 ただ、これでもまだ問題が残る。テーブルを分割すると、分割したテーブルどうしの“つながり”を作る必要が出てくる。このつながりポイントのために、目的地にたどりつくまでに蛇行したり、ぎこちない経路になってしまうのだ。そこで、いまいるところに隣接したグリッドからサブゴールを一時的な目的地に設定し、サブゴールまでの移動をくり返して、より経路を自然にする隣接経路テーブルという手法を採用。これによって、MMORPGでの実用に耐えうる経路探索が実現した。このシステムを、階層化隣接経路テーブル=Hierarchical Neighborhood lookup-Table(HiNT)と呼んでいる。


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 『新生FFXIV』でのMAP再構築にあたり、地形だけではなく、サーバー処理そのものも再設計されている。グローバルで10年戦えるMMORPGにする、という吉田氏の発言からもうかがい知ることができるように、こうした技術面まできちんと手が回っているのは、やはり『新生FFXIV』が動き出す前に行われた調査や戦略、設計、計画がしっかりと練られているからだろう。

 今回のセッションの数々で、『新生FFXIV』の緻密な計画性、高い技術、そして何より開発チームの自信を感じることができた。吉田氏は、ユーザーからの信頼を回復させるために、最高のスタッフとともに冷静かつ迅速に計画と決断を実行し、橋本氏は技術とマネジメントで吉田氏を支える。いよいよ、その真価が問われる日も近い。