スクウェア・エニックスの未来を創るLuminous Studio
アメリカ・ロサンゼルスで2012年6月5日~7日(米国時間)まで開催される“エレクトロニック・エンターテインメント・エキスポ 2012”(E3 2012)。5日の閉幕後に行われたスクウェア・エニックスのスペシャルレセプションにて、同社のゲームエンジン“Luminous Studio(ルミナス・スタジオ)”の技術デモがお披露目されたことは、既報のとおり。
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Luminous Studioというゲームエンジンは、スクウェア・エニックスにとってどんな意義のあるものなのか? 代表取締役社長の和田洋一氏にお話を伺った。
代表取締役社長 CEO
和田洋一氏
――まずLuminous Studioという独自のゲームエンジンの開発に取り組んだ意図をお聞かせください。
和田洋一氏(以下、和田) それでは、2段階に分けてご説明します。まず、現在ゲーム会社がクリエイターたちに提供しないといけないのは、開発環境だと考えています。言ってみればダ・ヴィンチの工房のような形態ですね。ゲームエンジンやツール群があり、そこに絵描きがいるといった具合に、工房の体を成していないと開発はできない。そこが整備されているかどうかが、開発能力につながるんです。いまは、ファミコン初期の時代のように、ひとりの天才がいれば成立する時代ではありません。開発環境の重要な部品として、ゲームエンジンが必要という考えがあります。
――それが、ゲームエンジン開発の意図の土台になる、1段階目のお考えですね。それを踏まえた2段階目とは?
和田 ゲームエンジンについては、“ひとつにまとめていいのではないか”という収斂の方向性と、“ゲームごとに違っていてもいいのではないか”という拡散の方向性があると思います。Luminous Studioは、どちらかに偏ることはなく、両者のあいだを行きたいと思っているんです。
――それは、なぜでしょうか?
和田 いま我々のゲームエンジンとしては、『TOMB RAIDER(トゥームレイダー)』を開発しているCrystal Engine(Crystal Dynamics)と、『ヒットマン アブソリューション』のGlacier 2(IO Interactive)があります。それぞれ、特定のゲームしか作れない訳ではありませんが、やはりゲームの特徴に準拠したエンジンなんですね。Crystal Engineは、かなり多彩なアクションが可能で、マップも複雑に構成でき、アドベンチャーやアクションゲームに向いています。Glacier 2は、自由度の高いシューター寄りのゲームが得意です。では、スクウェア・エニックスの東京スタジオが作る『ファイナルファンタジー』(以下、『FF』)のようなものや、『キングダム ハーツ』はどうなのかというと、そういったゲームに向いたエンジンはない。そのため、ゲームを作るたびに、チームごとにエンジンの開発や改良を行っていました。そこで、もう少し汎用性がありながら、ゲームの特徴に合ったものが欲しいという方向性で、Luminous Studioの開発にGoを出したんです。とくに、次世代を見据えた技術になりますと、ターゲットとしてDirectX 11を視野に入れることになります。そこを目指したRPGや、アクション寄りのRPGをカバーできるものが欲しいという意図があったことも確かです。
――なるほど。ある程度収斂させつつも、次世代を見据え、汎用性も兼ね備えたゲームエンジンに取り組まれたわけですね。
和田 今回、Luminous Studioの技術デモには“AGNI'S PHILOSOPHY FINAL FANTASY REALTIME TECH DEMO”というタイトルがついています。なぜ、“FF”というタイトルをわざわざ入れたのかと思われるでしょうが、これは『FF』のようなタイプのゲームも作ることができるエンジンだということで、あえてそうしているんです。
――それは、“スクウェア・エニックス製のRPG、アクションRPGも開発できるゲームエンジン”ということでしょうか?
和田 エンジンの外販は考えていませんので、そのような考えに近いです。Luminous Studioが、いままでの『FF』のようなRPGの制作を視野に入れているエンジンであることは間違いありません。また、それだけではなく、アクション性の高いものからそうでないものまで、フォローできる幅は広いと考えています。
――では、Luminous Studioが次世代の『FF』を作るのでしょうか? ゲームファンからすると、スクウェア・エニックスがそこまでの意識を持ってゲームエンジンを開発しているということは、そこから完全新規のIPが生まれるのではないかという期待もすると思います。
和田 新規IPは期待していただいてけっこうですし、我々もそのつもりです。現在在籍しているクリエイターには新しいIPの制作に挑戦してほしいし、外部の方が入社してきたときも、Luminous Studioでの新規IPの制作には意欲を出してほしい。ふつうは、最初から「ゲームエンジンを作ろう」という目的で、エンジンを制作することはありません。例外は、Unityくらいですね。ほとんどのゲームエンジンは、『ハーフライフ』のSourceエンジンや、Epick GamesのUnrealエンジンのように、ゲームに付随する形で開発されたんです。Luminous Studioは、特定のタイトルに紐づけずに開発しています。それは同時に、どのゲームを手掛けているクリエイターも、これを使うことができる、使ってほしいというメッセージなんです。前述の通り、Luminous Studioは外販の予定はありませんが、制作を外の会社に発注する際、これを提供するなど、いろいろな使いかたがあるとも思っています。
――実際に、クリエイター側の反応はいかがなのでしょうか?
和田 かなりいいですね。今回、出展する映像についても、社内でレクチャーしてもらおうと思っているので、関心が高まると思います。クリエイターにとって、ゲームエンジンは“何ができるか”ということもさることながら、使い勝手がすべてだったりもするんです。今後、いかに触ってもらうかにもかかっていますね。
――すでにLuminous Studioを適用されているタイトルはあるのでしょうか?
和田 ゲームエンジンとしては、まだ使用していません。ただ、タイトルによって、Luminous Studiを開発する過程で得た知見を活かしているものはあります。社内リリース時期については、そのゲームがいつ出るかはさておき、年末から来年の早い段階にはLuminous Studioを使い始めてほしい、と個人的には望んでいます。
――それでは、Luminous Studioを得たスクウェア・エニックスは、これから世界市場でどう戦っていくのか、方向性をお聞かせ願えればと思います。
和田 現在、ハイエンドのゲームのマーケットは、欧米中心なんです。それがいいか悪いかは別にして、日本市場はガラパゴスと言われることもあります。そういった状況でも、やはり欧米でも日本でも受け入れられるものをスクウェア・エニックスとして目指していきたいと考えています。クリエイターにも、世界を狙ってほしい。世界に挑戦などできないのではないかと、最初から日本のクリエイターがあきらめてしまっていてはいけないんです。Luminous Studioの発表は、クリエイターたちへの「チャレンジしていいんだよ」、というメッセージでもあります。
――そこからいろいろなゲームが生まれてほしいですね。日本市場については、いかがでしょうか?
和田 日本は、ゲームが多様化する折々に、つねに最先端を走っていることがすばらしい。すばらしいけれども、“コテコテのゲーム”を作ることも、忘れてはいけないと思います。世界中のゲームファンが望む“コテコテのゲーム”が欲しい。そして、“日本人もやれる”ということを証明するのが重要なのではないかと思います。
――“コテコテのゲーム”ですか!
和田 コテコテなゲームは、個人的な趣味として好きという側面もあるので、誤解されるかもしれないのですが、やはり骨のあるゲームがやりたいんですよ(笑)。がっつりと遊べるゲーム。すごく合理的に考えるのなら、リスキーですね。でも、そこから投資しておかないと、この先、世界に挑戦することはできない。Luminous Studioがあれば、グループとして使用できるゲームエンジンの選択の幅が広がり、将来的にいろいろなタイプのゲームが生み出せると考えています。
――将来への先行投資として必要であると。スクウェア・エニックスの攻めの姿勢の表れ、というわけですね。
和田 そうですね。とくにいまは技術的に飛躍するタイミングですから、ここは乗らないといけません。ハードの進化など、先を見据えた取り組みをするということです。Luminous Studioは基本的にハイエンドをコアなターゲットにしていますが、いまはゲームコンソール以外でも、PCがありますし、スマートフォンなども進化が目覚しいですよね。タブレットだって、数年前ならハイエンドです。コンソール以外にも可能性は広がっていますから、広い範囲で対応できるようにしています。
――それだけの範囲をカバーしようというのは、クリエイターを信じているからこそできることですね。
和田 そうです。しかし、彼らも気づかないことはたくさんあります。いまは、技術の総合力を要求されるので、ひとつ足りないことがあると、全体のレベルがその足りないところに揃ってしまう。だから、まずは高い水準の土台を作り、平均レベルを上げたうえで、尖らせるべきなんです。基盤ができていないと、どんな武器を手に取ったとしても、役には立ちません。
――それも、工房という環境作りの一環なのですね。では、最後に、日本のゲームファンに向けてメッセージをお願いします。
和田 以前は愛情の裏返しで、いろいろな意見をゲーム会社にぶつけることが多かったですよね。ですが近ごろは、そういった勢いがあまりないように思います。これは、あきらめ始められているからではないかと思うんです。僕が怖いのは、日本のゲーム会社が期待されなくなることです。日本のゲームユーザーの皆さんには、日本のゲーム会社にもっと期待してもらいたい。我々は、それに全力で答えていきたいと考えています。