新世代エンジン“Luminous Studio”とは!?――スクウェア・エニックス オープンカンファレンスリポート

2011年10月8日、スクウェア・エニックスのテクノロジー推進部が主催する、現役ゲームソフト開発従事者やミドルウェア開発従事者、関連技術研究者、ゲーム開発技術者を対象にした“スクウェア・エニックス オープンカンファレンス”が、都内新宿にある新宿エルタワーにて開催された。

●世界レベルで勝負するための次世代も見据えたゲームエンジン

 2011年10月8日、スクウェア・エニックスのテクノロジー推進部が主催する、現役ゲームソフト開発従事者やミドルウェア開発従事者、関連技術研究者、ゲーム開発技術者を対象にした“スクウェア・エニックス オープンカンファレンス”が、都内新宿にある新宿エルタワーにて開催された。

 ゲームメーカーが単独でこのようなカンファレンスを催すのは珍しいが、「より開かれた業界」として日本の各デベロッパーどうしの交流・情報交換が促進されることで、切磋琢磨しながら各々のゲーム開発の水準が引き上がり、それにより皆で国内の市場を盛り上げ、さらには海外の強豪達との競争力も高めていくことができると私達は考えております」(スクウェア・エニックス CTO 兼コーポレートエグゼクティブ テクノロジー推進部担当 橋本善久氏)という理由により開催される運びとなったという。

<カンファレンスプログラム>

【グラフィックス編】
・DirectX 11最新リアルタイム映像事例集
・リアルタイム用フォトリアル背景モデル作成講座

【AI&アニメーション編】
・次世代ゲームAIアーキテクチャ
・歩行制御プロシージャルアニメーション他最新アニメーション技術紹介

【ゲームエンジン&マネジメント編】
・ゲーム開発プロジェクトマネジメント講座
・新世代ゲームエンジン“Luminous Studio”の思想と設計

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▲長年、ゲーム業界の最先端を走るスクウェア・エニックス主催のカンファレンスということもあって、サイトで募集されるとすぐに定員に達するほどの大好評となった。

 

 家庭用ゲーム機がHD対応になってきたあたりから、増え続ける多額な開発コストと必要な人材、そして開発時間。ハードの進化に伴い、気合と根性で乗り切るには非効率、もしくは実現不可能になってきている。それがプレイステーション3やXbox 360の発売当初はタイトル不足にも悩まされた要因にもなったとも言える。そこで注目されているのが、ゲーム開発をそれだけでほぼ完結でき、開発を高速・効率化できるゲームエンジン。ここ最近では、高い開発環境を提供する各社ゲームエンジンが登場し、その結果、海外産ゲームを中心にハイレベルな作品が数多くリリースされるようになってきた。また、同時にゲームタイトルと同様、そのゲームエンジン自体も広く知られるようになってきている。有名どころではEpic Gamesの“Unreal Engine 3”(『ギアーズオブウォー3』『Mass Effect 2』など)、Crytekの“CryEngine 3”(『CRYSIS 2』)、EA DICEスタジオの“Frostbite 2”(『バトルフィールド 3』)、国内だとカプコンの“MTフレームワーク”(『バイオハザード5』や『ロストプラネット』など)あたりだろうか。

 そんな世界のスタジオと競争すべくスクウェア・エニックスのテクノロジー推進部が開発している新世代ゲームエンジンが“Luminous Studio(ルミナス スタジオ)”だ。また、その“Luminous Studio”を鍛える目的で、“Philosophy”というプロジェクトも同時に進行中であることが明かされた。これは、テクノロジー推進部とスクウェア・エニックスの映像部門であるヴィジュアルワークス(『ファイナルファンタジー』シリーズをはじめとした同社作品のプリレンダムービーを制作していることで有名)の共同プロジェクトとして、DirectX 11を見据えた技術研究・実験をしている。

 本カンファレンスでは、そんなLuminous StudioおよびPhilosophyの研究・実験成果の披露が中心となった。今回の成果が同社の今後の作品にもフィードバックされるはずなので、前置きが長くなったがゲームファンの人は注目してほしい。

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▲スクウェア・エニックス 代表取締役社長 和田洋一氏。CESAの会長も務める。今回のカンファレンスの開催は会社からのオーダーではなく、テクノロジー推進部の独自の発案・企画で、運営なども同部が手掛けていることも明らかにした。

 カンファレンスに入る前に挨拶に立ったスクウェア・エニックス 代表取締役社長の和田洋一氏は、5年前に同氏がCESA(社団法人コンピュータエンターテインメント協会)の会長に就任したときには、日本におけるゲーム開発の環境は不利になっていると感じたという。ここで意味する環境の不利というのは、開発者間の人的ネットワーク(交流)のこと。対照的に、欧米ではGDC(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス。北米で毎年開催される世界最大規模のゲームクリエイターおよび関連企業向け技術交流のためのカンファレンス)やゲームエンジンに関連したフォーラムが頻繁に開催されたりなど、技術交流の場が設けられた。日本では先日開催されたCEDEC(コンピュータエンターテインメントデベロッパーズカンファレンス。日本におけるGDCのようなもの)という技術交流の場があるが、会社間でもそんな場を設けることで、もっと濃い技術交換が可能になるのではという思いを持っていたという。情報をシェアすることはメリットが大きいが、情報をオープンにした瞬間からその情報が劣化していくというリスクもあると前置きしつつも、それでも「知的交流に関しては隠せば隠すほど劣化していく」ため、情報をオープンにしていくことは業界の発展に必須であると挨拶した。

●そもそもLuminous Studioを開発するテクノロジー推進部とは!?

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スクウェア・エニックス CTO 兼コーポレートエグゼクティブ テクノロジー推進部担当 橋本善久氏

 Luminous Studioはスクウェア・エニックスのテクノロジー推進部が開発を担当している。このテクノロジー推進部が目指すのは、スクウェア・エニックス東京スタジオのゲーム制作において、テクノロジーの開発環境の視点から効率や品質の向上を図り、世界と対等以上に戦える土壌を創り出すことだ。この目的を達成するために、現在、Luminous Studioを開発しているというわけだ。本セッションには、スクウェア・エニックス CTO 兼コーポレートエグゼクティブ テクノロジー推進部担当 橋本善久氏が登壇し、説明に当たった。

<目標としているところ>
・スクウェア・エニックスのゲーム制作の開発効率と生み出される品質を高い次元に持ち上げる
・世界のトップデベロッパーたちと真っ向勝負!
・圧倒的な成果を出す!
・ゲームという概念のブレイクスルーを生む!(テクノロジーからゲームデザインの可能性と品質の可能性を押し広げる)
・遊び手、制作者、みんなのハッピーを作る!

 テクノロジー推進部にはゲーム制作現場出身のベテランエンジニアやアーティストだけではなく、学術界出身のリサーチャーも多数在籍しており、ゲーム開発の実践部分と高度な学術研究が深いレベル統合できる環境となっている。また、スタッフの外国人比率は30%を超えるインターナショナルな部隊編成で、今後も積極的に外国人を採用していく意向なのだという。その意図について橋本氏は、日本人スタッフとのバランスを取りつつと前置きして、スタッフにさまざなな国のスタッフがいることでいろいろな考えかたが生まれること、海外の文化や土壌に詳しく独自の開発文化を持っていること、海外の情報へのアクセス性が高いことを挙げ、さらに「そもそもわざわざ日本に来て働こうという意欲がある人は、優秀な人が多い」(橋本)とそのメリットを説明した。

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▲テクノロジー推進部内の製作チーム構成。

<Luminous Studioの特徴=テクノロジー推進部が実現しようとしていること>

 テクノロジー推進部では、遊び手はもちろん、作り手が創ることをも楽しめる“ワクワク”できて“クリエイティブ”に集中できるゲームエンジンの制作を目指しているという。そのためにキーワードとして、橋本氏は下記の4つのキーワードを挙げる。

・カンタン(高効率)
・スゴイ(高品質)
・フレキシブル(柔軟、拡張)
・どこでも(広範囲)(編集部註:さまざまなジャンル、いろいろなプラットフォームで制作可能に)


 これらを実現するために必要なこととして下の写真のようなコンセプトマップが示された。特徴的な要素としては、Luminous Studioは、Unreal Engine 3やUnityのような総合的なタイプのエンジン、つまり“ゲームエンディングツール”のような側面を持つ一方で、各プロジェクトチームがツールを簡単に作ることも可能な“ツール制作用のツールキット”の側面もあるというところ。ライブラリ集のように取り扱うことも可能とのことで、ゲーム開発に際しては、いろいろなスタイルで利用できる、かなり柔軟性のあるエンジンを目指していると言える。また、ユニークなのは、Luminous Studioはゲームジャンルで区別されないというところ。ゲームエンジンには、FPSに強いエンジン、RPGに強いエンジンなどといった特色がありがちだが、Luminous Studioは対応ジャンルではなく、たとえば、屋外型か屋内型か、街の人はたくさん登場するか、オープンワールドか、時間や天候は変化するかなどといったシチュエーションに対応したフレームワークやモジュールを用意するという思想。さらに、スクウェア・エニックスとしてもっとも重要な高品質なAAAタイトルはもちろん、カジュアルゲームの制作にも対応することを視野に入れているという幅広さも持つ。しかも、そんな高度な技術の数々を集めながらLuminous Studioの操作はなるべくマニュアルいらずの直感的な操作を目指し、高効率・高速で触っているだけで楽しいという水準を目指すという。

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▲馬の動きから、調子や適性の判別ができる。よく観察して状態を見極めよう。

   
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 まさに夢のようなゲームエンジンとも思えるが、橋本氏はこのLuminous Studioを「各プロジェクトチームから「使いたい」と言ってもらえるような魅力的なものにしていく必要があります」と、利用を押し付けるのではなくプロジェクトの自主性を重んじることを強調した。だが、当然ながらゲームエンジンそのものはお金を生まない。採算は取れるのだろうかという疑問もわくが、橋本氏はゲーム開発においてLuminous Studioが目指している高品質・高効率が実現すれば、作品のクオリティーを向上させつつ、ゲーム開発にかかるコストをかなり削減できるため、最終的にはLuminous Studioの開発コストとランニングコストを合わせても会社にとってメリットは大きい述べる。また橋本氏は、Unreal EngineやUnity Engineなど優れたゲームエンジンが存在する中、あえて自社でコストを掛けてゲームエンジンを開発するのかということにも触れ、スクウェア・エニックスが目指すもの、また、スクウェア・エニックスならではの特性を追求、実現するためには、自社で自由にデザイン・設計する必要があったと語った。

 最後にこれからのゲーム技術で重要なこととして、グラフィックを筆頭にアニメーション、AI、Physics(物理学)を挙げた橋本氏。いかにグラフィックが進化しても動きが不自然だったりすると興醒めになってしまう。アニメーションやAI、Physicsそれぞれの進化はもちろん、それらが相互に連動、つながることにより、ゲーム表現のブレイクスルーが起きると予測し、Luminous Studioの開発でもそのためにもディスカッションや実験を実行していると述べた。

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▲画面には写っていないが、ローカライズ向けのツールも用意。

●ついにここまできた! 現実と見紛うばかりのフォトリアルなグラフィックが実現

 テクノロジー推進部では、ゲームグラフィックスにおいて幅広い表現力を得るための基礎として、フォトリアルな表現の研究もしている。まず、下の写真に注目してほしい。写真はスクウェア・エニックスの地下駐車場の実写の写真とリアルタイムCGの画像の比較だが、一見すると、と言うよりもむしろ、じっくり見てもどちらが実写かわからないくらいのクオリティーが実現されているとことがわかる。

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テクノロジー推進部 リードアーティストの岩田亮氏

 本セッションでは、スクウェア・エニックスの地下駐車場のリアルタイムCGがどのように作られたかを中心に、下記の流れでフォトリアルな映像を作成する手順が披露された。

・デジタルカメラを利用したデータ取得のノウハウ
・プリレンダリングを利用したフォトリアル再現
・プリレンダリングをお手本としたリアルタイム背景の作成手順
・実在しない物やデータを得にくい物をフォトリアルに作成する例

 ノウハウの解説に当たったのはリードアーティストの岩田亮氏。テクノロジー推進部では、フォトリアルな背景を作成するに当たって、ゴールとなるお手本写真をデジカメで撮影するという。例として、部屋に置かれた小物(オブジェクト)をフォトリアルに再現する流れが説明された。

 デジカメで撮影する際は、観賞用の写真ではないので、そのデジカメに備わっているおまかせ設定をOFF(さまざまな補正がかかるおまかせ設定はデータとして扱うには不向きなため)にしてRAWフォーマットで撮影。そのデータをPhotoshop CS4に取り込んで(取り込む際の設定は割愛)、お手本写真を作成。つぎに、オブジェクトにどんな光がきているのか(現実世界では、太陽光や照明光がさまざまなオブジェクトに反射し、周囲に影響を与え合っている)を、これまたデジカメを使って調査。デジカメで撮ったこれらの写真をHDR(ハイダイナミックレンジ)画像にしたのち、パノラマ画像に統合する。

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▲オブジェクトがあった位置にカメラを設置し、ここでは魚眼レンズを使って360°分の光の画像を記録。

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 つぎに反射率の取得。ここでユニークなのは銀一シルクグレーカード(1000円程度)を使うという点。これは入射した光の18%だけを跳ね返すという性質があるため、これを対象物に並べて置いて撮影し、露光量を調整することで対象物の反射率を正しく読み取ることができるという。ここからはモデリングを作成し、シェーダーやレンダリングのパラメーターを設定……といった手順を踏むと、お手本を写真そっくりのプリレンダ画像が完成する。

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▲オブジェクトの反射率が正しく設定できていると、それ以降は新宿の夜景など光源を変えても、違和感なくなじむ。

 プリレンダリングデータからリアルタイムデータへの引継ぎに関しては、光源の反射結果(リフレクション)以外は、ほとんどそのまま引き継ぐことができるという。

 スクウェア・エニックスの地下駐車場も上記のような手順を基本に加え、リフレクションの再現に関しての補足も解説された画像が下。

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▲ちなみに、過去の世界やファンタジー世界などお手本写真がない場合は、身近に有るものでレンダリング、また、反射率なども勘も働かせて調整していくことで、その背景に馴染んだ絵作りは可能だという。

 最後に、本カンファレンス用に作成されたデモ映像が公開。それはスクウェア・エニックス地下駐車場に『ファイナルファンタジーXIV』のモンスターが配置されているだけのものだったが、まるで本当にそこにモンスターが存在するかのような、圧倒的なリアルさを感じることができた。背景テクスチャが実写に近いリアルなだけでなく、オブジェクトの光源・反射率の設定もリアルに近いものに設定できると、架空のものでも、まるでほんとうにその場にいるようなリアリティが生まれる。これがゲームになったら……と思うとワクワクせずにはいられないセッションだった。※下の動画もリアルタイムCG映像

 

●Luminous Studioに内包される次世代ゲームのAIアーキテクチャ

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AI担当リードリサーチャーの三宅陽一郎氏

 次世代のゲームでは、グラフィックがさらにリアルへと進化し、マップなどが複雑化されると、それに併せてキャラクターも高度で複雑な知能(=AI)が必要になってくることが予想される。見た目がリアルでも、NPCなどのキャラクターの行動レベルが低いと、興醒めしてしまうだろう。本セッションでは、AI担当リードリサーチャーの三宅陽一郎氏がゲームAIが進むべきビジョンを発表した。

 まず、三宅氏はLuminous StudioのAIが目指すものとして下記の要素を挙げた。

(1)簡単に使える
(2)汎用性がある
(3)拡張性がある
(4)表現力(品質)がある
(5)再利用性がある

 ゲームにおけるAIとは何か。人間の知性は環境へ対応することで、高度化してきた。環境が複雑になると、それに伴って必要とされる知性も複雑化する。それにはまず、知識表現(AIが物・事・空間などを解釈できるように、世界をうまく情報表現する)と世界表現(マップ全体に関わる知識表現)をどうデザインするかが重要だと言う。豊かな知識表現と世界表現が複雑な思考を支えるというわけだ。つぎに、三宅氏は、AIに関する要素として“記憶”モジュールの設計、思考モジュールを多層化などもポイントとして挙げる。セッションでは、まだまだ詳細な説明がなされたが、次世代ゲームAIの要件としてはAIデザインを構築するだけではなく、優れた反射性と深い思考性が必要だとも説明した。また、これからの課題として三宅氏は、アニメーションとの連携などを挙げ、こちらは現在のところ決まった解決法がないため、さらに研究を進めているという。

●アニメーションもより高い次元に

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アニメーション部門 リードリサーチャー 向井智彦氏

 三宅陽一郎氏が“今後の課題”としたAIとアニメーションとの連携。そのアニメーションの現在については、テクノロジー推進部でアニメーション部門のリードリサーチャーを務める向井智彦氏が発表を行った。

 発表は学術系の最新の研究事例紹介に多くの時間を割いていたのだが、これが中々のおもしろさ。ターゲットになっていたのは、いかにして身体アニメーションをプロシージャル(自動生成)に生み出すかということ。グラフィックの高度化、ゲームのレベル(ステージ)の複雑化に対して直面する問題はAIとおなじで、要は超リアルな空間をリアルなキャラクターで探索するなら、走っている足が空中を滑るようにスライドしているのはもってのほか、モーションもそれらに応じてリアルじゃないといけないというワケだ。もちろんモーションキャプチャーはある意味リアル(そりゃ人間の動きをトレースしているんだから)だが、すべてのパターンに対応できない以上限界がある。そこをどう技術でカバーしていくかというのが問題の基点だ。

 まず紹介されたのは“優先順位付きフルボディIK”。IKというのがよくわからない人のためにとても雑に説明すると、関節で繋がった棒人間をアニメーションさせるときに、足の先端がこのへんにあるって決まったら、関節はそんな無茶な動きしないんだから、スネとかモモとかその他もろもろは大体この辺にあるでしょ、という話を数学的に逆算するもの。これ自体は目新しいものではなく、フツーにゲームに使われている技術。
 “優先順位付きフルボディIK”というのは、その名の通り、各関節に優先順位を設けて、制約の強さを設定できるようにしたもの。たとえば右足首の優先度を上げると、できるだけ右足首はその位置に残すようにしながら全身をアニメーションする。ちょっと具体的にどういう局面で効いてくるのか記者にはわからなかったが、確かに従来型とは動きが異なっていたので、これはこれで新たな表現が可能になるのだろう。

 

 

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 お次は“力学的リターゲティング”。これはゴルフクラブやバットを振らせるアニメーションがサンプルになっていた。それぞれ5キログラムの重さを与えていたのだが、こんな重いバットやクラブを振ったらどうなるだろうか? 多分、小学校低学年の野球少年や、オジサンゴルファーっぽい「クラブに振られている」感じの動きになるハズだ。
 力学的リターゲティングとは、その力学的な運動(この場合は“5キログラムのバット/クラブを振る”)を考慮してアニメーションを変化させること。サンプルでは、リターゲティングを行わない素のモデルでは理想的なスイングというやつをやっていたが、リターゲティングを行ったモデルでは、やや体を持ってかれながら「よいしょっと」といった感じにスイングしていた。向井氏いわく、これは意外にも実装が簡単(計算はカルマンフィルターを応用)で、計算時間が長いという問題はあるものの、並列化処理で高速化は容易だという。

 

 

 3番目に紹介されたのは“モーションブレンド”。これは、従来ならばふたつのモーションをつなぐ際にブレンド率のカーブをツール上に描いて単純にふたつの混ぜ具合を設定していたところ、スプライン曲線を用いたモーション変化カーブを使ってはどうかという提案で、現在実験中の技術。ふたつのモーションを2本の曲線に変換し、間の線を描いて復元するとふたつの中間となるアニメーションが生成される……のだが、向井氏が「こんな線を描いてみましょう」と実行するたびに、ちゃんと違ったブレンド具合のモーションが再生されるのがおもしろい。たとえば剣を振り下ろして(1)から、斬り上げる(2)というモーション。描いた線によって何とも言えないタメがあったりして、ダイナミズムがまったく異なっていたのが印象的だった。今年の12月に香港で行われるSIGGRAPH ASIA 2011で発表予定とのこと。

 

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 ここから話は歩行動作生成がテーマに。まず提示されたのは“データ駆動型アプローチ”。これは一歩ごとに次の足跡(足を置く場所)を目標方向と地形とサンプルデータによって決定し、そこに足を踏み出すまでのモーションをモーションキャプチャーのデータを基に合成するというもの。

 具体的には、一歩ごとに「足がこの位置に行くからこのモーションを再生、次の入力は旋回運動が来ているから、足はこの位置に行くとしてこのモーションをブレンドして再生……」と計算していく。これにあたっては、歩行時・走行時モーションを切り替えやすいようにして(ループモーション化)してデータベース蓄積しておく必要があるほか、高度な前計算が必要で、着地位置から次の一歩への仮想球(実行可能な次の足の位置を球状に3次元配置したもの)を展開し、地面と衝突判定がある(足をつくことができる)場所から、あらかじめ計算しておいたそれぞれの“足跡”のブレンド率を取得するようなこともしているそう。現在のデモプログラムでは、フレームあたり平均27マイクロ秒、キャラクターあたり200キロバイトのメモリー消費(Xeon 3.3GHzマシンにて)で実行できているというデータも示された。

 

 

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 そしてもうひとつは、スクウェア・エニックス・ヨーロッパ(旧アイドス)で開発したものをベースとしたAngel Walker。こちらは水平面上を歩行する少数のサンプルモーションから力学的計算に基づき補正を行うという技術だ。データ量の少なさと高速演算が特長で、フレームあたり最大60マイクロ秒、1キャラクターあたり50キロバイトのメモリー消費で実行できているという。走っているのに腰もほとんど上下しないアニメーションから上半身を振りながら上下させたり、旋回に応じて体を傾かせたりといった補正を行ない、かなり自然なモーションを生み出していた。

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 将来の展望としては、まずデータ駆動型技術の発展に言及。モーションの巨大なデータベースにより、このフレームのアニメーションはこうあるべきと指定すると前後のアニメーションを逆算して生成するという研究が紹介された。また、複数のキャラクターのモーションの合成のサンプルとして、投げ技をやっているデモ映像も流された。
 力学計算とのさらなる融合もテーマのひとつで、データ駆動との組み合わせなども紹介。ふたつのモーションのブレンドを物理計算で解いたり、モーションキャプチャーのデータをサンプルに、物理計算で近いものを選んでいくといった研究も。また最近では、人体モデルを中心に発展してきた身体アニメーションで、犬を使ったものもあるそうで、クリーチャーの処理などにはこちらの方が向いているかもしれない。

 AIとの統合という点では、“AIがやりたいこと”と“アニメーションが合成可能なこと”の衝突が起こらないよう、環境側に実行可能なアニメーションをあらかじめ記憶させておくとか、どういうアニメーションを持っているからどういったアクションを選ぶかといった具合に先読みさせるといったことが可能ではないかと示唆。今後の展望は、特定用途・動作へのカスタマイズを進めつつ、汎用性の高いモジュールにすること、さらなるプロシージャル化を提供できるようにしたいとの意向を語った。

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●DirectX 11を用いた次世代へ向けた取り組み

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シニア R&D エンジニアのRemi Driancourt氏

グラフィックスプログラマーのGavrenkov Ivan氏

 

 DirectX 11を用いたグラフィックス制作ノウハウは近未来のHDゲーム開発において不可欠の要素となることが予想されている。カンファレンスの一発目のセッションとなった“DirectX11最新リアルタイム映像事例集”では、“Philosophy”プロジェクトにて調査、実験、開発が行われているDX11ベースのグラフィックス技術、おもにテッセレーション、ディスプレイスメントマッピング、コンピュートシェーダーについての情報が公開された。登壇したのは、シニア R&D エンジニアのRemi Driancourt氏とグラフィックスプログラマーのGavrenkov Ivan氏。

 テッセレーションとはDirectX 11で新設されたシェーダーステージで、簡単に説明としては、ポリゴンをより細かく分割する方法。ディスプレイスメントマッピングは形状の凹凸をマッピングで指定することを可能にする機能。コンピュートシェーダーは、汎用のデータ並行処理用に設計されたプログラム可能なシェーダーで、GPU を汎用の並行処理プロセッサとして使用することなどができる。セッションでは、これら次世代の技術や機能を使った研究成果をデモ映像などで公開された。

 研究から判明したことなど、かなり突っ込んだ説明もなされたが、それらは後日、本カンファレンスの特設サイトで(他のセッションも含め)公開される予定とのことなので、そちらで確認してほしい。

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▲粗いモデル(左)がテッセレーション後に、滑らかな外観のモデル(中)になり、その後ディスプレイスメントマッピングが用いられ、リアルなモデルに。

 

 

 

 

●プロジェクトマネージメント

 本稿で最後にお伝えするのは、ゲームユーザーとは直接関係は薄いが、一般的なプロジェクトを進めるうえでもとても参考になるプロジェクトマネージメントのお話。こちらの解説も再び橋本氏が務めた。

 まず、なぜプロジェクトが失敗するのかについて触れ、その失敗としてよく見受けられるプロジェクトの初期に立てた計画からの誤差の影響について説明。まずは、下のような計画を変動させる主要因を列挙し、それぞれの要因の誤差は微々たるものだが、これと計画増加分を掛け合わせてみると、(プロジェクトを計画通りに進めようとすると)当初の計画より10倍の誤差が生まれ、それに合わせた対策が必要となるという一例を挙げた。そこで、ゲーム開発でよく採られる解決策として、仕様を削減、人員の追加、期間を延長などの施策がなされるという。つまり、橋本氏は「一般的に、ソフトウェア開発ではとてつもなく巨大な計画の誤差が生まれ、それに対して途方もない苦労を割いてどうにかこうにか対処し、不満足な状態で無理やり着地させているのが実情です」と告白。

 橋本氏は自身の経験も踏まえ、その改善策としてPlan(計画や対策を考え)、Do(実行)、さらに進行を振り返り計画からの乖離や問題点を発見する“Check”をくり返すこと(イテレーション)が有効だと説く。また、プロジェクトが巨大化した昨今のゲーム開発では、調査・設計・計画なしで一定サイズ以上のソフトを作ることは極めて危険とし、調査・設計・計画から逃げないことが重要だと述べた。

 以下では、セッションでフォーカスされた計画と制作のフェイズを紹介しよう。
 計画の中でユニークだったのは、スタッフの作業時間の割り振りを2点見積もりで行うということ。これは、締め切りを○時間~○時間、あるいは○日~○日と設定すること。締め切りを1点(○時間または○日まで、などと設定)に絞ると、その日を逆算してのんびり作業を進め、結果的に間に合わないということも多々発生するという(読者も見に覚えがあるのでは?)。だが、2点見積もりでは最初の見積もりを目指すスタッフが多く、結果的に2点見積もりの中間で仕上がってくることが多いのだとか。さらに2点見積もりは、スタッフの心理的な余裕も生まれるなど、メリットも多いという。そして最後に優先度を付けて計画を終了。
 制作の段階では、テクノロジー推進部の場合は、毎日の振り返り(朝会)、毎週の振り返り(週報)を実施したり、タスク(各メンバーが作業を行う管理単位)管理ボードでそれぞれの進行具合をチェックしつつ進められる。
 こうした試みにより、早期に問題を発見し、計画修正もしやすく、スタッフ自身の作業と期間の見通しが立つので、無根拠になんとなく日々残業する必要があるというプレッシャーから解放されるなど、多くのメリットが生まれたということだ。こちらのセッションも詳細は後日、オープンカンファレンス特設サイトで公開されるので、そちらをチェックしてみよう。また、2012年6月には橋本氏が執筆する『スクウェア・エニックスのゲーム開発プロジェクトマネジメント(仮題)』という書籍も出版される予定とのこと。内容はプロジェクトが失敗するメカニズム、プロジェクトを成功させるメカニズム、詳細なプロジェクトマネジメントマニュアル、ゲーム開発固有の問題を掘り下げ、スクウェア・エニックスの運用実例など。発売は少し先になるが、併せてチェックしてみるといいだろう。

●鳥肌が立つ未来へ

 “鳥肌が立つ未来へ”――この見出しは、スクウェア・エニックス テクノロジー推進部の求人募集のサイトページで掲げられているもの。今回は完成時期、最初に採用されるタイトルなどは明らかにされなかった。だが、同エンジンの技術を使った実験・研究映像だけでも、そのポテンシャルのすごさを感じることはできたと思う。今回のカンファレンスは参加した各社開発者もかなり刺激を受けた様子で、その様子の一端はカンファレンスのTwitterハッシュタグで伺い知ることができる(→こちら)。本カンファレンスをキッカケに、各社が切磋琢磨して日本のゲームが世界を驚かせる、そんな未来はすぐそこにあるはずだ。