高校最後の1日を親友と過ごす『Mixtape』が感情をかき乱す。思春期の儚さ、言葉にできない衝動、ほんの少しのセンチメンタル。それはまるで青春映画のような

高校最後の1日を親友と過ごす『Mixtape』が感情をかき乱す。思春期の儚さ、言葉にできない衝動、ほんの少しのセンチメンタル。それはまるで青春映画のような
 『Mixtape』を遊んだ。
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 プレイを開始して1分で引き込まれ、あまりにすばらしいオープニングシークエンスが終わるころには完全にこの作品の虜になってしまっていた。

 そしてエンディングを迎えたあとは、すぐさま「アイツらにまた会いたいぜ!」と言わんばかりに2周目を開始。この原稿を書いている現在は、Spotifyに公開されているプレイリストを聴き続けている。

 つまり、『Mixtape』は僕にとって特別な作品のひとつになったということだ。

 ……で、本来であればこの流れから『Mixtape』のレビューへと流れ込みたいところなのだが、発売からひと月近くが経ち、同作の評価についてはすでに十分な議論が交わされた感もある。というか正直なことを言うと、本作に関する良質なレビューやコラム記事を読みすぎて、いまさら『Mixtape』のことを真正面から書くことに対し、完全に怖気づいてしまったのだ。

 「それでも自分もなにか『Mixtape』に関するテキストを残しておきたいんだナ……!」という気持ちに突き動かされて書いたのが、今回のコラムである。
『Mixtape』レビュー……が書けなかったので、代わりに“おすすめ青春映画5選”を「センキュー ポップカルチャー 全般!」の精神でお届けします
不甲斐ない自分に対して、こんな気持ちになりながらお届けしています。
 さて、どうやら一部では『Mixtape』をゲームと呼んでいいのかという議論が交わされているようだ。

 僕自身のスタンスとしては「その話とは距離を置きたいッス……」が正直なところだが、本作が映画的なゲームであることについては否定できない。それなりに青春映画を愛している身として、『Mixtape』に散りばめられた“青春映画あるある”とも言える描写のリファレンス・インスパイア元を、あれこれと憶測するのが何よりも楽しかったりしたからだ。

 言い換えれば、これ一作をプレイすれば、数多の青春映画から得られるサムシングを一度に摂取できてしまうわけで、そういう意味ではここまで映画的なゲームってのも珍しいんじゃないだろうか。

 そんなわけで前置きが長くなってしまったが、『Mixtape』をプレイして「もっとこんなタイプの物語に触れたい!」と感じた人にぜひ観てほしい青春映画の傑作5選をお届けする。

 なお、これはあくまで僕自身が「ぜひ観てほしい!」と思った作品であって、開発元のBeethoven and Dinosaurが参照元として発表したものではない。公式に発表されている参照元作品は、たぶん英語圏の記事なんかを検索すれば見つかる気がするので、(投げやりで恐縮だが)興味がある人はぜひ自力で探してみてほしい。

※以下の内容は『Mixtape』のストーリーに関してある程度ネタバレを含むので、まだプレイしていない人はぜひクリアーしてから読んでほしい。3時間くらいで終わるし、Xbox Game Passにも入ってるからほんとプレイしたほうがいいと思うよ。

なにはなくともジョン・ヒューズ作品を観ないことには始まらない

 『Mixtape』は主人公ステイシー・ロックフォードと、その親友ヴァン・スレイヤー、カサンドラ・モリノの3人の高校生生活最後の1日を描いた作品だ。
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 3人は危険なダウンヒル(坂道をスケボーで滑り下りる行為)を楽しんだり、未成年飲酒をした挙句にレンタルビデオ店の棚をめちゃくちゃにしてしまったりするようなアウトローだが、そういった陽気な行動の一方で、それぞれの部屋でまったりしているときなどにふと寂しさだったり、不満気な表情を見せる瞬間がある。

 映画の中で描かれるアメリカのティーンたちにも、そんなキャラクターは少なくない。彼らはいつだってなにか不満を抱えているような表情をしている。いったい彼らは何がそんなに不満なのだろうか?

 学校のこと、親のこと、恋愛のこと、将来のこと……理由はさまざまだが、突き詰めればそれは“成長”への期待と恐れと言えるかもしれない。

 ジョン・ヒューズは、1980年代にアメリカのティーンエイジャーたちを主人公にした青春映画を複数手掛けたことで知られる映画監督だ。著名な映画評論家のロジャー・イーバートが“思春期の哲学者”と評したことからもわかるとおり、彼の作品には思春期特有のややこしい感情や思考、行動がじつにリアルに映されている。

 退屈な郊外の暮らし、スクールカースト、教師や親との対立といった、言うなれば“青春映画の基礎教養”とも言える要素はすべて、ジョン・ヒューズの作品から生まれた……かどうかは知らないが、カルチャーとして定着させたことは間違いないだろう。

 そんなティーンムービーの名手ジョン・ヒューズの監督作からどれかひとつを選ぶとすれば……やはり
『ブレックファスト・クラブ』(1985年)しかない。
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 ジョックス、ガリ勉、不良、プリンセス、ゴスという学内での立場がまったく異なる5人の高校生が、各々異なる理由で休日登校を命じられ、図書室で反省文を書かされる。共通の話題もなく当初は反目しあっていた5人だが、会話を重ねるうちに理解を深め、やがては彼らの人生の価値観すらも変えていくことになる。

 舞台が学校内という空間に限定されているうえに会話劇が中心という点では、『Mixtape』との関連性は薄いように思えるかもしれないが、立場の異なる若者たちがお互いを理解し、壁を乗り越えていく様子に、僕は『Mixtape』のステイシーとキャスの関係性を重ねずにはいられないのだ。
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 ちなみにジョン・ヒューズによるティーンムービーは、じつはそんなに数が多くない。
『ブレックファスト・クラブ』に加えて『すてきな片想い』、『フェリスはある朝突然に』、『ときめきサイエンス』の3本を観てしまえば、コンプリートと言ってもいいだろう。

 だから、理想を言えばジョン・ヒューズの青春映画はすべて観るに越したことはない。

“ロックする”、“対向車!”の元ネタはもしかしてこれか!?

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 『Mixtape』で描かれるのは美しく悩ましい青春の場面だけではない。むしろ、そうでない場面のほうが多い気がする。なかでも僕がこよなく愛しているのは、ゲームの序盤の“ロックする“シーンだ。

 主人公たち3人がカーステレオから流れるSilverchairの
『Freak』に合わせて、ヘドバンをかまし、室内灯を点けたり消したりして、ドライブスルーで「チーズバーガー!」と連呼する姿に爆笑しなかった人はいないだろう。

 これにソックリというか、個人的にはオマージュとしか思えないのが、
『ウェインズ・ワールド』(1992年)のオープニングだ。
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 『ウェインズ・ワールド』はアメリカのコメディ番組『サタデー・ナイト・ライブ』のコント内キャラクター、ウェインとガースの超ボンクラコンビが主人公のコメディ映画。同作のオープニングで、ウェイン・ガースコンビとバンドメンバーが狭い車の中ですし詰めになりながら、カーステレオから流れるQueenの『ボヘミアン・ラプソディ』を熱唱するというシーンがあるのだが、これがもうまさに『Mixtape』の“ロックする”状態そのもの。

 その悪ノリ具合、バカらしさのDNAは明らかに『Mixtape』の“ロックする”に受け継がれているように僕には見える。

 そのほかにも『Mixtape』のスケボーシーンでスレーターやキャスが口にする「対向車~」の呼びかけも、ウェインとガースが路上ホッケーをしているときにくり返し口にする「車だ!」(路上でホッケーなんかしていれば、当然車は来るのだ!)のオマージュではないかと僕は見ているが……たぶん、これは妄想のしすぎ。
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 いずれにしても、もしあなたが『Mixtape』のバカげたノリに魅了されたのであれば、『ウェインズ・ワールド』は確実にフィットするはず(あと、ショッピングカートのカーチェイスシーンに笑い転げた人は、
『ジャッカス・ザ・ムービー』も合わせて観よう!)。

 ちなみにここまで書いておいてなんだが、『ウェインズ・ワールド』はぜんぜん青春映画ではない気もする。まあそこらへんは大目に見てほしい。

音楽によってドライブする物語に身を委ねたいなら

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 『Mixtape』はそのタイトル名からもわかるとおり、音楽が重要な要素として機能している作品だ。

 ステイシーはズボンのウエストにポータブルCDプレイヤーを装着し、つねにヘッドホンをはめている音楽狂。映画や舞台、テレビ番組などで場面に合わせてぴったりな音楽を選ぶMS(ミュージック・スーパーバイザー)を目指していて、『Mixtape』の劇中で流れる数多のポップミュージックも、彼女自身が“高校生活最後の1日”というテーマに沿ってセレクトしたものとなっている。

 ディーヴォ、ロキシー・ミュージック、イギー・ポップ、ジョイ・ディヴィジョン、スマッシュ・パンプキンズといったメジャーなものから、(たぶん)そこまで広く知られていない通好みなアーティストまでカバーした幅広い選曲は、なるほど彼女自身「ヤバい才能だから」と自負するのも納得のラインアップだ。

 そして、印象的なポップミュージックと合わせてストーリーがドライブする瞬間の数々は、“押すと反応する”という極めてプリミティブなゲーム的快感も相まって、まさにゲームだからこそ得られる感動としか言いようがないものだ。

 さて、音楽がストーリーをドライブさせる青春映画と言えば……それこそ挙げだしたらキリがないので、観終わったあともしばらくサントラ(プレイリスト)を聴き続けてしまった作品という共通点で、キャメロン・クロウ監督作
『あの頃ペニー・レインと』(2000年)をおすすめしたい。
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 15歳で『ローリング・ストーン』誌の記者になったクロウの半自伝的な内容の本作は、主人公の少年が人気バンドのツアーに同行してアレやコレやの大人な体験もするという点で、到底“ふつうの青春物語”ではないわけだが、若者がその一瞬、一瞬を思い切り生きているという点においては間違いなく青春映画と呼んでいいだろう。

 また、“音楽でのし上がってやろう”という主人公の心意気という点でも『Mixtape』とは共通するところが多い(さらに細かいところで言えば、“イケてる姉ちゃん”という共通項もある)。
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 さて、すっかり話がそれてしまった感じだが、サントラの話だ。『Mixtape』は1990年代が舞台となっているが、『あの頃ペニー・レインと』は1970年代の物語ということで収録曲はすべて『Mixtape』のふた世代くらい前、という感じになっている。

 具体的なアーティスト名を挙げるとサイモン&ガーファンクル、ザ・フー、トッド・ラングレン、エルトン・ジョン……こうやって書き上げてみて改めて思うが、信じられないほど豪華な顔ぶれだ。

 ちなみに本作の製作陣の中にも当然MSがいる。映像と合わせて流れるすばらしい音楽を聴きながら「ステイシーがやりたい仕事ってのはこれかぁ……」と思いを馳せるのも一興だろう。

馬鹿騒ぎのあとに訪れる“少年時代の終わり”に涙……

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 『Mixtape』は“高校生最後の1日”を描いた作品だが、思春期の“決定的な1日”を切り取るというアプローチは青春映画でもよく見られるものである。

 遡れば、この切り口は
『アメリカン・グラフィティ』で広く知られるようになって、その後も先に挙げた『ブレックファスト・クラブ』、同じくジョン・ヒューズ監督の作品で学校をサボった1日に起きる出来事を描いた『フェリスはある朝突然に』なんかがあって、1990年代以降もレコード店を舞台にしたテンヤワンヤを描く『エンパイア・レコード』、高校生が誕生日パーティーを企画したらとんでもない規模になって暴動寸前の事態になってしまった『プロジェクト X』などなど……じつに楽しい作品が揃っている。

 そんな“思春期の決定的な1日映画”の最高峰と言えるのが、グレッグ・モットーラ監督作
『スーパーバッド 童貞ウォーズ(原題『Superbad』)』(2007年)だ。
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 どうにも薄ら寒い邦題にはマイってしまうが、本国アメリカでは大ヒットを記録し、“マクラビン”(劇中の登場人物が作成した偽造IDに記された名前)という伝説的ミームも生み出した、青春コメディ映画の傑作だ。

 同級生の女子が主催する卒業パーティーに招かれた童貞高校生3人組が、“大量の酒を準備して一発逆転を狙う”という物語はあまりに下品でバカげていて、人によっては嫌悪感すら抱くかもしれない(僕は大好物だけど)。しかし、“下品でバカ”を徹底的に描くからこそ、この作品が発している真のメッセージが際立つと僕は考えている。

 登場人物たちが本当に向き合っているのは、パーティーの主役になることでも、女の子とやることでもない。誰にでもいつかは訪れる“少年時代の終わり”の瞬間と向き合っているのだ。

 約2時間の上映時間中、9割の時間を観客はバカ笑いして(あるいは呆れ返って)過ごすことになるが、最後に残る感情は“下品でバカ”なままでいられたあのころに対する、溢れんばかりのセンチメンタルだろう。
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 『Mixtape』のラスト、ステイシーとスレーターの感動的な別れのシーンに魅了された人であれば、
『Superbad』の童貞たちが見せる切なすぎる別れの姿にも涙せずにはいられないはずだ。

 余談だが、僕の友人Sくんは本作を観終わったあとに「この映画マジでよすぎる! もはや俺は“この映画に出たかった”とまで思ってしまっている!」と話していた。

 おいSくん! 『Mixtape』は遊んだか!?(唐突な私信で恐縮です)

青春時代は親離れ・子離れの時期でもある

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 『Mixtape』をプレイし終えたあと、僕は「このゲームの主人公って誰だったんだろう」としばし考えてしまった。

 もちろん、ゲームとしてはプレイヤーの分身たるステイシーが主人公であることは間違いないのだが、物語においてステイシーはどちらかと言うと狂言回しのような役割が強い(それが主人公の役割だろ、という指摘もあると思いますが……)。

 実際、彼女のパーソナルな部分は意外と表面的にしか描かれておらず、どんな家庭環境で、どうやって育ってきて、(音楽のこと以外に)なにを思考してきたのか、といった部分は最低限しか語られていない。

 一方、人物描写の掘り下げという点で存在感を見せるのがキャスことカサンドラ・モリノだ。

 厳格で教育熱心な家庭に生まれた彼女は、幼いころから文武両道で育ってきたスーパー優等生だったが、高校生になるころにはそんな環境や自分自身に飽き飽きしてしまっていた。そして、ハミ出し者のステイシーたちと出会い、青春を爆発させることになる。

 親友と出会いキャスは変わった。だが、親は変わらない。警察官であるキャスの父親は、『Mixtape』に登場する数少ない大人のひとりであり、その役割は青春映画における“無理解で強権的な大人”の姿そのものだ。
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 彼はなんとかして娘が道を誤らないよう、ステイシーやスレーターからキャスを遠ざけようとする。この親離れ・子離れというテーマも、青春映画においては定番の設定だ。

 グレタ・ガーウィグ監督作
『レディ・バード』(2017年)で描かれたのも、そんな親と子の複雑な関係だった。
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 カリフォルニア州・サクラメントの保守的な地域に住む高校3年生のレディ・バード(本名ではなく彼女が「そう呼んで」と決めた名前だ)は、大学進学を機にニューヨークへ行くことを夢見ている。そんな輝かしい未来を願う一方で、自身の日常はどうにもパッとしないことばかりだ。

 うつ病で失業中の父、学歴はあるのに見た目のせいで職にあぶれている兄、そして地元の市立大学への進学以外は認めようとしない母親。そんな状況の中でもレディ・バードは同級生とオナニーの話で笑いあって、恋をして、失恋をして、親友と喧嘩したりしながら、そこそこ楽しく高校生活最後の1年を過ごしていく。

 『レディ・バード』の主役は当然レディ・バードなわけだが、ストーリーが後半へ差し掛かるころに、じつはこれがレディ・バードの母親の物語でもあったことにも気づかされる。映画は最後までふたりの安易な和解を描くことを避けるが、映画を観ている我々(と、あとお父さん)だけは、母と娘が通じ合っていることを理解する構成はじつに上品で印象深い。

 『Mixtape』の終盤において父親はついに“娘の支配”をあきらめたようにも見えるが、単純に見限っただけのような気がしないでもない。いずれにしても、彼らにもいつかレディ・バードと母親のような歩み寄りの機会が訪れることを僕は願っている。

とりあえず「センキュー ポップカルチャー 全般!」の精神で作品を楽しもうじゃない

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 ラップユニット“エンジョイ・ミュージック・クラブ(EMC)”の
『100%未来』という曲がある。

 30代中盤から40代前半の人に刺さるであろう、ポップカルチャーに関する固有名詞(エンドレスエイト、新しき世界、満島ひかり、ゴッドタンetc……)が歌詞の中に散りばめられた曲で、最後にくり返さえれる「センキュー ポップカルチャー 全般!」という言葉に象徴されるように、自身の青春時代におけるアイデンティティを構築してくれたポップカルチャー全般に対する感謝と、ノスタルジー、そして未来への希望を歌った曲だ。
 この曲がターゲットとしている世代・文化圏ド真ん中の僕からすれば、『100%未来』は身悶えするほどに愛おしい曲なわけだが、一方で「わけわからん」と渋い顔をする人がいるであろうことも想像がつく(たぶん僕の友人のNくんなんかはそうだろう)。かと思えば、僕の10歳の甥っ子が歌詞の意味なんかわからないままに、「センキュー ポップカルチャー 全般!」と熱唱していたりする。

 まったくエンターテインメントってのは難しいんだナ! と思う一方で、まあでもそんなもんだよナ! とも思う。

 『100%未来』を構成する固有名詞に熱狂する人もいれば、「何がいいのかわからない」と首をかしげる人もいるだろう。あるいは単純に「曲がいい」と好きになる人もいる。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 ……つまり、なにが言いたいのかと言うと、ここはファミ通.comなのになぜオマエは“おすすめゲーム”じゃなくて“おすすめ映画”の話を延々としているのだこのバカタレ、というもっともなツッコミに対する真摯な言い訳である。

 でもまあこれは裏を返せば、『Mixtape』ってゲームがそういう捉えかた・語りかたができる多様性を有しているとも言えるだろう。

 僕のように「きゃー、なんか青春映画っぽいーーー!」という部分に妙に興奮しちゃう人もいれば、「ゲームを遊ぶつもりだったのになんだこの“ロックする”とかいうバカげたミニゲームは」と呆れる人もいるだろうし、「よくわからないけど、見た目も曲も物語もなんかエモい!」とSpotifyのプレイリストなんかに触れて、そこから興味関心の領域を広げる人もいるだろう(そして、この記事がそういった人の一助になればうれしい)。

 いずれの意見も耳を傾ける価値があるし、僕はどの意見も間違っていないと思う……というあまりにも鮮やかな“自己弁護”をキメたところで、本記事を締めくくろうと思う。

 とりあえず、こんなに何かを語りたくなる作品に出会えたことに対して「センキュー ポップカルチャー 全般!」と叫ぼうではありませんか!

<参考資料>
  • 山崎まどか、長谷川町蔵『ヤング・アダルトU.S.A. ポップカルチャーが描く「アメリカの思春期」』DU BOOKS、2015年。
  • 『ユリイカ 2023年6月号 特集=A24とアメリカ映画の現在』青土社、2023年。

      担当者プロフィール

      • ヨージロ

        ヨージロ

        アクション、対戦格闘ゲームが好きなはずだったが、最近はインディーズのアドベンチャーゲームばかり遊んでいるライター。いちばん好きなゲームはファミコンの『ヒットラーの復活』。006年から2012年までファミ通編集部のニュース班に所属し、ファミ通.comでの取材記事をおもに担当。現在はゲームからだいぶ遠いジャンルのWEBメディアで編集職に就いている。

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