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【VIPインタビュー】宮本茂氏に訊く、ファミコンからSwitch 2、映画、テーマパークまで。目指す理想は「ゲームをいま以上に日常に」

【VIPインタビュー】宮本茂氏に訊く、ファミコンからSwitch 2、映画、テーマパークまで。目指す理想は「ゲームをいま以上に日常に」
 ファミリーコンピュータ(ファミコン)の発売から43年、『スーパーマリオブラザーズ』の発売から40年あまり。そんなゲーム業界の黎明期から今日まで、プラットフォーマーとして数々のゲーム機を、そして数々の人気シリーズを生み出してきたのが任天堂であり、その立役者が宮本茂氏だ。
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 今回、弊誌・ファミ通の創刊40周年のVIPインタビューの特別編として、宮本氏に40年前から現代まで、そして、ファミ通との思い出までをうかがう機会を得た。当時からこれまで、宮本氏はどんなことを考えてゲームを作り、そして、昨今の映画やユニバーサル社との協業によるテーマパークなどの新たなチャレンジにどのような想いで取り組んでいるのかをお聞きした。(聞き手:林克彦/ファミ通グループ代表)

 弊誌・ファミ通では宮本茂氏が“文化功労者”に選出された約半年後となる2020年にも、同じくこれまでを振り返るインタビューを行っている。

 今回のインタビューは単独でもお楽しみいただける内容になっているが、前回2020年のインタビューを踏まえた部分もある。まだ読んでいない方は、ぜひそちらもあわせてチェックしていただければ幸いだ。

 また今回のインタビューは、特別に2024年にオープンしたニンテンドーミュージアムで行った。ニンテンドーミュージアムでの撮影に応じていただいた宮本氏の写真も含めて、じっくり堪能してほしい。なお、週刊ファミ通では本インタビューにニンテンドーミュージアム紹介部分を追加した全18ページの特集を掲載している。
【VIPインタビュー】宮本茂氏に訊く、ファミコンからSwitch 2、映画、テーマパークまで。目指す理想は「ゲームをいま以上に日常に」【VIPインタビュー】宮本茂氏に訊く、ファミコンからSwitch 2、映画、テーマパークまで。目指す理想は「ゲームをいま以上に日常に」

宮本茂氏みやもとしげる

任天堂株式会社代表取締役フェロー。1952年11月16日、京都府園部町(現南丹市)生まれ。金沢美術工芸大学工業デザイン専攻を卒業後、1977年に任天堂に入社。2000年に取締役情報開発本部長、2002年に代表取締役専務を経て、2015年から現職に。2019年にはゲーム業界初の文化功労者に選出される。『ドンキーコング』、『スーパーマリオブラザーズ』、『ゼルダの伝説』、『ピクミン』など、任天堂の数多くのタイトルを生み出した。(文中は宮本)

『ゼルダの伝説』へとつながる、ゲームデザインの芽生え

――宮本さんへの単独インタビューは、文化功労者に選出された翌年の2020年以来、6年ぶりになります。

宮本
 あっという間に6年ですか。

――久しぶりのインタビューで、とても楽しみです。じつは今年(2026年)の6月でファミ通が創刊40周年を迎えることになりまして、この機に乗じてお時間をいただいた次第です。ちょうど『ゼルダの伝説』も40周年ということで、まずは当時宮本さんがどんな仕事を、どういったモチベーションで行っていたのか。そういったところからおうかがいできればと思います。

宮本
 40周年ですか。おめでとうございます。1986年当時の話をするために、さらに数年ほど遡るんですけど、そのころはゲームセンターの筐体を年に一度、たくさん売るというのがミッションでした。『マリオブラザーズ』までは「どうしたらお客さんがもう1回遊びたいと思うのか?」を横井さん(※)といっしょにずっと考えていましたね。
※横井さん:横井軍平氏。ウルトラハンドや光線銃などのおもちゃから、ゲーム&ウオッチ、十字ボタン、ゲームボーイ、バーチャルボーイなどのゲーム機器までを生み出した開発者。世の中に普及したテクノロジーを別の用途で使用して新しいおもしろさを生む、「枯れた技術の水平思考」という開発思想でも有名。

 ただ、お客さんも、ゲームセンターで湯水のようにお金を使えるわけではないので、「家でできれば、何度でも遊びたい放題に遊べるぞ」という話がまとまってできたのがファミコン(ファミリーコンピュータ)でした。そのとき、世間にはもう“家庭用ゲーム機”と呼べるものはあって、そのほかにNECのPC-6001があり、MSXもファミコンとほぼ同時期に出たんですけど、「PCが上位にあって、家庭用ゲーム機はおもちゃだからその下にある」みたいな立ち位置でした。
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宮本
 けど、ファミコンはおもちゃだけどおもちゃじゃないものに近づいているんじゃないかと思っていたんですよ。ほぼ遜色なくゲームセンター向けのタイトルを移植できるのであれば、それはもうおもちゃじゃないよなと思っていて。だからすごくPCを意識していました。

 当時、ゲームセンターでひとりで遊ぶゲームには『
ドンキーコング』があって、ふたりで遊べるゲームには『マリオブラザーズ』がある。『ドンキーコング』なんかは、長く遊んでいられるようにみんな技を磨くじゃないですか。でも『マリオブラザーズ』でふたり対戦をすると、遊ぶためにコインを入れるのに早く終わっちゃうんですよ。「みんな早く終わるために一生懸命にならないよね」という気がして、これをファミコンで好きなだけ遊べるようになれば喜んでもらえるだろうと。まあ「早く終わるために一生懸命にならない」という考えは、『ストリートファイターII』などの格闘ゲームの大ヒットで破壊されるんですけど。

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『ドンキーコング』(写真はアーケードアーカイブス版。発売元はハムスター)。
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『マリオブラザーズ』(写真はアーケードアーカイブス版。発売元はハムスター)。
――ああ、対戦格闘ゲームは対人戦だと一瞬で負けてしまうときもありますからね(笑)。
宮本
 それでゲームセンターの遊びをファミコン上で可能な限り再現するということをがんばっていたのが30歳を過ぎたころで。『スーパーマリオブラザーズ』を作る前に「じゃあ、ゲームセンターからの移植はやり尽くしたけど、“家で遊びたい”ということに特化している、ファミコンならではのゲームってどんなものなのか?」と。

 ゲームセンター的なゲームとか、スポーツゲームとかをやってきたけど、もっと多くの人に興味を持ってもらうためには新しい遊びを作らなければならない。一直線にゴールへ向かうのとは違う形で遊び続けられるゲームが欲しい。そうすると“主人公を育てる”みたいな要素も欲しいし、それならセーブ領域がもっと欲しい。じゃあそのためのチャレンジをしようと、ディスクシステムを作って。ゲームデザインという考えかたを持ち始めた時期でしたね。

 ちょうど海外ではPC向けのRPGが流行っていて、でも日本ではぜんぜん広まっていない。そんな中で、任天堂がそれまでに積み上げてきた技術を活かして、いちばん興味を持ってもらえそうな要素をまとめて、ファミコン上で再現する。そうやって『
ゼルダの伝説』に通じるゲームデザインを考えていったんです。

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『ゼルダの伝説』
――それは当時、時代の変化にともなった意識の変化だったのでしょうか? それとも、もっと前から作りたかったものだったのでしょうか?
宮本
 当時はゲームで使える技術の進歩も早かったですし、積み上げた技術もあったので、そういった技術を利用してゲームデザインをし、新しい興味が湧くような、過去になかった付き合いかたのできるゲームを作ろうと考えていましたね。

 僕はもともとマンガ家を目指していたこともあって、マンガのように“自分でお話やキャラクターを作って、その世界にお客さんを連れてくる”ことへの意識はそれ以前からありました。でもマンガを製品(プロダクト)の視点で見ると、マンガの原稿ができあがったら、あとはそれを雑誌や単行本などの形式に変えつつ大量に刷ることで利益を拡大できるわけです。そんな製品を量産することを学びたくて僕は工業デザインを専攻して、結果的に任天堂でプロダクトを量産するっていう道を選んだんですよ。

 任天堂に入ってしばらくは、自分の中でマンガとのつながりを意識していなかったんですけど、そのころになって「これ、つながってるな」と思ったんです。途中で「純粋にアートをやってみませんか?」と誘われたこともありましたけど、もともとプロダクトを作りたくて入った世界だったので、それは違うなと思って断ったこともありました。

 ゲームの中身……マンガで言えば原稿となるものを僕らが作ったら、あとは工場が量産してくれる。それが何十、何百万と売れていく。それまでは工業デザインを知っていて絵も描けるということで中身を作っている認識でしたけど、「いや、この中身ってプランニングデザインそのものだぞ」と気が付いて、そこからですよね。

 ゲームの中身としてドット絵を一生懸命に描く、その絵を「どんなふうに見てほしいか?」をパッケージの外側に描く。ゲームを紹介する雑誌があったら「こういうふうに見てもらいたい」というのを考えて、イメージイラストをバンバン載せてもらって。マンガを描くのと同じ感覚で、自分の技術やセンスを詰め込もうとしていたのがそのころでしたね。って、冒頭からしゃべりすぎですね(笑)。
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――いえいえ、当時のスピード感や変化、若かりしころの宮本さんを感じます。やはり当時ならではの楽しさがありましたか?
宮本
 とにかく楽しかったですね。遊んでいる人たちも楽しそうで、いっしょに遊んでいるときに「ああ、こういうことでも遊べんねやな」と思ったりして。そのころキーボードを使って、犬に“おすわり”などのトレーニングをするPCゲームがあったんですが、この体験が将来的に『nintendogs』にもつながったり。もちろんその体験だけでできているわけじゃないんですが、その原理を使えばゲームとしてまとめられるなと考えるヒントが生まれた時代だと思います。

 よく言っていたのが、お人形さんもファミコンもおもちゃ屋さんで売っている。でもゲーム機は、“お人形のおうち”に“本当に服が洗える洗濯機”が付いているようなもので、おもちゃに留まらない本物の体験をお客さんにしてもらえるんだって、そんなイメージを語っていました。

――たしかにファミコンはおもちゃ屋さんで売っていましたが、ほかのおもちゃとは異なるものとして見ていたように思います。

宮本
 ゲーム&ウオッチを作っていたころはゲーム専門誌がなかったんですよ。たまにBEEPやアスキーに載せてもらって「おお、載ったぞ!」とか言っていたところに『ファミ通』を始めとした専門誌が出てきて、これで作ったものが毎週のように表に出ていくんだなぁと。そのときは「ついにここまで来たか」と思いましたね。

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ニンテンドーミュージアム内の任天堂にゆかりのあるゲーム雑誌が並ぶ場所には、ファミ通の前身・『ファミコン通信』の創刊号も展示されています。
――ファミコンのころの、ほかの企業さんを巻き込んでゲームが産業になっていく手応えみたいなものって、どのような感覚だったのでしょう?
宮本
 前例がないことなので「こうしたほうがいいんと違うか?」と考えたことを試していくんですよ。山内さん(※)が“世界初”ということが大好きでしたから(笑)。だから初心会(※)でゲームの流通の仕組みをイチから作って、シンプルな仕組みにしたので変革もしやすくて。「じゃあこういう売りかたをしたらどうか?」と商品を売るための仕組みも全部独自に考えていって。“産業を作り上げる”というよりは、そのやりかたが周囲に広がって、自然にそうなっていったという感覚ですね。

※山内さん:山内溥氏。元任天堂社長。花札やトランプのメーカーだった任天堂を22歳で継ぎ、さまざまな商品によって同社を電子玩具に強いメーカーとして中興。1980年のゲーム&ウオッチや1983年のファミリーコンピュータによって、同社を世界に名だたる企業として確立させた。2000年に岩田聡氏を招聘し、2002年にみずからは相談役に就任。2013年に逝去するまで同社を支えた。※初心会(しょしんかい):かつて任天堂商品の流通に関わっていた、玩具問屋によって構成されていた流通組織。ファミリーコンピュータやスーパーファミコンの時代には、任天堂のハードやソフトを小売店に届ける流通網として大きな役割を担った。

“ゲームをすること”を当たり前にする

――ファミコンの誕生から43年経ちますが、宮本さんが振り返ったときに「大きな転機だった」と感じる出来事は、どんなことですか?

宮本
 いくつかあるんですけど、先ほどの話の流れでいくと、ひとつ目は海外のショーでの扱いが変わったときでしたね。ハッキリ「この瞬間」というものではないんですけど。昔は家庭用ゲーム機ってCES(※)などの家電の展示会で扱われていたんですけど、割り当てられたエリアはすみっこのほうだったんですよ。メインとして展示されているPCが中心にドーン! と置かれていて。

※CES:毎年1月に米国ラスベガスで開催される、世界最大規模のテクノロジー見本市。かつては“コンシューマー・エレクトロニクス・ショー”の名称で知られ、任天堂がファミコンの北米展開に向けた、のちのNESにつながる機器を披露した舞台でもある。現在では家電の枠を大きく超え、AIや自動車、IoTなど、世界中の最先端テクノロジーが集結する一大イベントとなっている。
宮本
 そのころは明らかに家電業界の関係者さんからは「ああ、ゲーム屋さんね」みたいな空気があったし、PCだけでゲーム販売をしていたメーカーの人からも「おもちゃのゲームね」みたいな扱いだったんですけど、1990年代の前半くらいからかなぁ……妙に歓迎してくれるようになって。「ニンテンドウが来たぞ」と言われたり、「いっしょにランチしないか」、「いっしょに写真撮ろう」とか(笑)。

 そうこうしているあいだに、ゲーム会社でもない、コンピューター関連の大手企業の偉い方にも「『
スーパーマリオ』を遊んでたよ」と言ってくれる人が出てきて。潮目という意味では、あのあたりでグッと“コンピューター村の中にゲームが入り込んだ”感覚がありましたね。

 当時はコンピューターとゲームセンターの筐体と家庭用ゲーム機では使っているチップ(CPUなどに使われる、半導体でできた小さな電子部品)の世代が違ったのが、だんだん同じものが使われるようになった時期ですよね。それで、1996年にNINTENDO 64(ニンテンドウ64)が出るんですけど、「そんな性能のチップを使ったら、もういよいよ“おもちゃ”やないやろ」ってくらいの性能になってきたんですよね。試作品を作るためのツールが2億円くらいすると、それで「2億かけて作ったものをいくらで売る気なんだ?」みたいな話になったり(笑)。

 あのときはやっぱりポリゴンをどうしてもやりたくて。自由度の高いものを作るとなると、スケーリングスプライト(ゲーム画面上のキャラクターや物体の画像を、拡大・縮小しながら表示する仕組み)やテクスチャマッピングを本格的に使いたい。その意欲がものすごくあって、スーパーファミコンの延長線ではない大きな進化だったので、ハード開発という意味での潮目はそこでしたね。
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NINTENDO 64(ニンテンドウ64)
――3Dの進化は新しさを感じるものでした。
宮本
 もうひとつの潮目はやっぱりWiiとニンテンドーDSの立ち上げですね。僕らにとっては大きかったです。せっかくゲームの認知が社会的に広がり、日常生活の中にあって、コンピューターの技術の一部になったのに、なぜか“ゲームをする人”、“ゲームをしない人”と分けられ、“ゲームをする人は少数派”みたいに言われることもありました。

 ファミコンのころはそういう分けられかたはしていなかったわけですよ。「最近ファミコンがおもしろい」というのが数ある遊びの中にあったけど、そこの見られかたがどうも変わってきていると。当時、岩田さん(※)と「こういう娯楽は“猫も杓子も”にならなきゃダメですよね」とよく話していました。

※岩田さん:岩田聡氏。2002年から任天堂の社長を務めた。経営者であるのと同時に敏腕プログラマーとして知られ、多くの伝説を持つ。ゲーム人口の拡大を目標に掲げ、ニンテンドーDSとWiiによって爆発的にゲーム人口を拡げた。
宮本
 DSをやる前に、汎用性が高くて、誰でも使えて、どんなソフトメーカーでも作りやすくて、価格が安いものとしてニンテンドー ゲームキューブを作ったんですが、思ったほどの反応が得られなかったんですよね。ゲーム機でも売れている機械はあるけど、DVDを観るために買っている人がけっこう多かったりして。ゲームキューブは、ゲームを遊ぶ人しか買わない。当時、別のゲーム機と数字が開いた理由のひとつはそこにあるという分析もあって、岩田さんと「世の中ってまだ“ゲームをするのが当たり前”にはなっていないですね」と話したんです。

 だって“本を読む人と読まない人”って分けて言わなかったじゃないですか。最近は逆に分けて言うのかもしれないですけど。結果的に、当時僕らは一部のお客さんのために商品を作っていて、「でも任天堂ってもっと幅広く世の中の娯楽を手掛ける会社でしょう?」と議論した時期でした。
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ニンテンドー ゲームキューブ

 その議論で行き着いたのが、ゲーム機らしいコントローラーをいままでみたいに複雑化していくと、遊んでこなかった人は近づいて来なくなる。そこに囚われず、“新しい遊びの道具”としてゲーム機を作ろうと。それでDSのときに、あらゆるプレイヤーが「同じスタートラインに立てる」、「ペン1本で遊べます」といったキャッチコピーを作ったわけですよね。そして、Wiiでは「身体を使って遊ぼう」みたいなコピーにして。このDSとWiiで、ゲーム機を使った新しい遊びを世の中にバーッと広げようとして、それがある程度機能したことで、インターフェースを作ることも遊びの一部なんだという意識が広がったんです。これは大きかったかなぁと思いますね。
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ニンテンドーDSとWii
――あのころ“ゲーム人口の拡大”ですとか、“間口が広くて奥が深いものを”といったことをおっしゃっていたのをよく覚えています。
宮本
 “奥が深いもの”ってわりと作れるんですよ。でも、“間口が広いもの”は難しいんですよね。それさえ作れれば、奥深い遊びにすることに関しては経験者がたくさんいる任天堂は得意なので(笑)。「それはあとから考えりゃええやないか」みたいなところがありましたね。

――当時、Wiiでは“お母さんに怒られないゲーム機”みたいなこともおっしゃっていましたよね。

宮本
 そうでしたねぇ。家電といっしょで、リビングに置いても大丈夫なもの。「片付けなさい!」と言われたらアウトだなと思っていました。

――『Wii Fit』について、以前のインタビューで「毎日体重計に乗るだけで楽しんでもらえるならそれでいいんですよ」といったことを話していたのも印象的でした。

宮本
 「“家族との共通の話題が少ないお父さん”にとって、体重のことでみんなに笑われるみたいなコミュニケーションもきっとうれしいんだ」みたいなことですよね(笑)。おじいちゃんやおばあちゃんだって、自分がゲームで遊ぶわけじゃなくても、孫が自分のMiiを作ってくれたらうれしいはずじゃないですか。そういうつながりが、任天堂の商品が目指すものの骨格やなぁと思っていますね。

SwitchからSwitch 2へ ゲームをさらに日常へ

――DSやWiiのころから続けてきたのは“みんなに親しまれるもの”で、その中でも“遊びごたえがあるもの”を作るという取り組みが実を結んで、Nintendo Switchは世界中でヒットしました。2025年にはNintendo Switch 2が発売されて、世界中で任天堂ならではの新作が待ち望まれている状況だと思いますが、宮本さんは現状をどのように見ているのでしょう?

宮本
 まずSwitchが8年~9年やれたのはうれしかったですね。お客さんもスペックばかりを求める時代ではないんじゃないかと思います。僕は“ソフトさえ買えば、家にある機械で遊べる”っていうのが理想だと思うんですね。スマホはもう“どこにでもある”状態になってきているじゃないですか。これはひとつの理想やと思っているんです。

 でも、任天堂はインターフェースも含めて「僕らにしか作れない遊びを提供します」ということをずっとやっていて、スマホと比べるとワンアーキテクチャーでひとつのハードへの対応だけで済むので、対応スピードが早くて自由度も高いという利点がある。汎用の機械を使うと、あらゆるバージョンに対応せなあかんので、作業が増える。やっぱり僕らは最小限の労力で食べていきたい、働かずに暮らしたい……というのは半分冗談ですけど(笑)。作業をできる限り減らすのは開発を効率化するうえで大事やと思っているので、そこも踏まえると程よい環境になったなぁとは思いますよね。

 家に何台か任天堂の機械があって、高い性能のハードで遊びたい人はSwitch 2を持っていて、それ専用のゲームも作る。で、何年か経ったらいつの間にかそれが標準になる時代も来る。任天堂はそういう状況を目指しているので、“新ハードの販売合戦”とか言わずにいろいろなソフトを作っていくだけでつぎのマーケットが生まれていったら、それがいちばんいい流れやなぁと思っています。
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――Switch 2は、Switchの正統進化であり、そのうえでさまざまな遊びが実現できるように設計されていると思いますが、宮本さんはハード単体ではどのように捉えているのでしょう?
宮本
 これはもうつぎの世代の人たちがやることですけど、僕は単純に“2(ツー)”っていう名前がちゃんと使えたことで、未来はけっこう読めるかなぁと。お客さんに飽きられないものを作っていければ、ゲームをいま以上に日常にしていけるんじゃないかと思っています。

――宮本さんご自身は、けっこうSwitch 2で日常的に遊んでいらっしゃるんですか?

宮本
 いやぁ~、もうそんなに自分で遊ぶという感じではないですけど(苦笑)。ウチの場合、孫が……自分の家にソフトがあると遊びすぎるので、僕の自宅で預かっていて「遊びたいときはおじいちゃんの家に来てね」って。

――(笑)。

宮本
 小さい孫はまだクリアーできないので、いっしょに遊んでクリアーしてあげると喜ばれたりとかね。「『進め!キノピオ隊長』のボスが怖い」って言うからそこは代わってあげたり。

――ゲームを中心に家族のつながりができているというのは、先ほど話されていた理想の形に近いように感じます。

宮本
 そうですね。ウチも3世代でそうなってきています、はい。

――Switch 2が出た後、シリーズの新作として『マリオカート ワールド』や『スプラトゥーン レイダース』があり、一方で26年ぶりの3D新作となった『ドンキーコング バナンザ』やフルリメイクの『Star Fox』が出たりと、既存IPを活かしつつもラインアップの幅の広さを感じますが、こうした選定基準はどのあたりにあるのでしょうか?

宮本
 ラインアップは僕が全部決めているわけではないですけど、ただ「映画(『ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー』)の脚本にフォックスを出すアイデアがあるから、『スターフォックス』の新作は欲しいよね」と話し合いがあって決まったりすることはあります。

 最初のマリオの映画(『
ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』)と『プリンセスピーチ Showtime!』は同時期に作り始めていて、「このゲームがあるなら、映画でもピーチはもっと活発なほうがいいんじゃない?」という話をしたり。『ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー』にヨッシーが出ることは早い段階で決まっていたので、ヨッシーのゲームは何か作っておこうと『ヨッシーとフカシギの図鑑』の開発が動いたり。ケースバイケースですけど、これからもゲームとそれ以外の展開はいい関係を保ちながら進めていくと思います。

 「リメイクが多いな」という意見もあるかもしれませんけど、5年も経ったらゲームは卒業して遊ばなくなっちゃう人も多いじゃないですか。いまの若い人たちは10年前のゲームとなれば遊ぶ機会がないので、それを遊びやすく作り直して出すのは、需要に応える意味ではやっておいたほうがいいですよね。原点のゲームを知ってもらうことでつぎの展開にもつながりますから、最近はそこも積極的に展開しています。

――映画などの展開に合わせてゲームも作るというのは、昔の任天堂だったらなかったことですけど、キャラクターを知ってもらうためのいいサイクルができているように思います。何かその中に“大事にしている取り決め”みたいなものはあるのでしょうか?

宮本
 基本的に任天堂のIPは“異なる世界のキャラクターは混在しない”というルールを敷いているんです。例外は『スマブラ』(『大乱闘スマッシュブラザーズ』)ですね。あとは『ピクミン』もどのキャラクターの世界に入れてもいいとしています。

 これは“やりだしたらキリがない”ということで抑えているところがあったり、ライセンス商品を出すときの問題とか、いくつかの理由があって分けていたんですが、フォックスは『ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー』で登場する必然性もあるし「マンガだったとしたらそれくらいあったほうがおもしろいんじゃないか?」となり、けっこう早い時期に決まったんですよね。

 いままでのルールを破ってはいるんですけど、意外と自然に受け入れてもらえて。サムスとかも出てきてしまうとさすがにややこしいので(苦笑)、なんでも出せばいいという話ではないと思うんですけどね。その一線を引きながら、『ピクミン』もショートムービーを作っていますけど、彼らだけは“どの世界にいてもいい”っていうのがだいぶ定着してきたんじゃないでしょうか。

「そもそも、みんななんで遊ぶんやろう?」

――任天堂のさまざまな取り組みが、いま世界中で実を結んでいるように思います。その実感と言いますか、“任天堂のIPが世界中で愛された理由”について宮本さんはどのように捉えているのでしょうか?

宮本
 むしろ誰かに分析してほしいくらいです(笑)。「マリオみたいなヒゲのおじさんがなんで売れるんでしょうね?」と聞かれることは昔からよくあって、「失礼やなぁ」と思っているんですけど。

――(笑)。

宮本
 いや、自分でもそう思いますよ。「なんでこんなおじさんが売れたんやろ?」と。でもシンプルに考えるなら、それはすごくおもしろいゲームとセットで出してきたからですよね。

 僕らが遊びを考えるときって“原点”から考えるんですよね。「つぎにどんなゲームを作ろうか?」となったとき、市場にあるゲームを思い浮かべて「ああじゃなくて、ここをこうして、これとこれを組み合わせたらおもしろそうですよね」というところからスタートするんじゃなくて、「そもそもみんな、なんで遊ぶんやろう?」といったところから考えてみる。

 そうすると、「最近流行っている遊びってどんなものが軸になっているのか?」とか、「要するにこれって以前からあったアレといっしょじゃないの?」とか、「だったらもっとこういうことできるんちゃうの?」とか。「“遊びとしておもしろい”ってどういうことなの?」みたいなところからスタートするんですよ。

 『
スプラトゥーン』なんかはその典型で、「色の塗り合い、面積の取り合いをしたらどうなるだろう?」ということしかコアにはなくて。それをちゃんと遊びにするのは大変なんですけど、コアが別物だったらああはならないんですよ。RPGでも、「こういう原点から膨らませたものをRPG仕立てにしたらこうなりました」というその“原点”が違えば、まったく別のものができあがる。

 『
ポケットモンスター 赤・緑』がそれまでに出ていたRPGと違うゲームになったのはそこですよね。田尻さん(※)が一生懸命に昆虫採集をした経験をもとに作られていて、捕まえていない種類があれば友だちと交換して、コンプリートを目指したくなる。
※田尻さん:田尻智氏。株式会社ゲームフリーク代表取締役で、『ポケットモンスター』シリーズの生みの親。【VIPインタビュー】宮本茂氏に訊く、ファミコンからSwitch 2、映画、テーマパークまで。目指す理想は「ゲームをいま以上に日常に」
――それが『ポケットモンスター』シリーズの原点であり、最大の特徴でもありますね。
宮本
 社外のゲームセミナーでしゃべるのもそういうことで、だいたい皆さん何かしら大好きなゲームがあって、そのゲームを「こうしたらもっとおもしろくなる」っていう発想から新しいゲームを考えるんですけど、いつも「それはやめたほうがいい」という話をしています。“自分だけが気付いた遊びの原理”みたいなものからスタートしたらいいのにって。

 これは任天堂では当たり前のことで、特別なことをしているとは思っていないんです。独自のおもしろい体験とセットで記憶されて、それが個性的であればあるほど刷り込まれる。マリオがなぜとくにグローバルで知られるようになったかというと、きっと身体機能中心のゲームで、国や文化関係なく誰でもわかるゲームだからです。

 ポケモンが世界でヒットしたのも同様で、“魅力的なキャラクターを集めて、コンプリートしたい”という欲求はどこの国でも理解できるんでしょうね。そうすると、どうして任天堂がとりわけグローバルに支持していただけているのかは、「いま何が流行っているのか?」ということからやるんじゃなく、自分たちにとっての“おもしろい遊び”に合わせて最適なものを作るってことをずっと続けている。その違いくらいしかないと思うんです。

 偉そうなことを言っているかもしれないですけど(苦笑)、「すぐにお金になるのか?」ということばっかり考えてモノを作っていると、個性的なもの、広がりがあるものは作れない。じゃあそういう作りかたをさせているのは誰かというと、お金を出している人、経営陣やスポンサーじゃないですか。僕、“減価償却”とか“回収”って言葉がすごく嫌いで。お金を出す人たちは大儲けのためにやっているのに、なんで“回収できた”とか目先の利益で喜ぶんやって思うんです。大勢の才能を消費したぶん大失敗やないかって。

――のびのびとゲームが作れる環境の大切さは、任天堂の皆さんはいろいろなところで語られていますよね。

宮本
 「君に頼んでよかったわ。時間は掛かったけど、すごい大儲けさせてもらったわ」みたいな話があちこちで起こるのが、僕らと会社の関係として理想的ですよね。それを続けていけるかどうかしかないんじゃないですかね。

 けっきょく、個人の趣味みたいないちばんローカルなものが、グローバルにも通じる。逆にうっすら通じているように思えるものを参考にすると、誰が作ったのかわからないものができあがって、じつはそれってグローバルに弱いんだと。だから会社では「あなたが作ったと言えるものをいちばん活かせる形を商品にしたらいいんですよ」っていうくらいしか僕は答えを持ち合わせていないんです。

――それが任天堂の中では昔もいまも変わらずに伝わっていると。

宮本
 そうであってほしい。そうなるように僕は動いています。ただ、「ずっと昔ながらのやりかたを続けよう」ということばかりだと保存会になってしまうので、新しい血をどうやって入れていくかも考えないと……。ちょっと最近、任天堂は保存会っぽい色が強くなってきているよなぁって反省もあります。

映画、テーマパーク……ゲーム以外でも変わらない「任天堂らしさ」

――IPをさらに広く展開するために、映画のほかにNintendo TOKYOなどのオフィシャルストアや、USJのスーパー・ニンテンドー・ワールドなど、1年おきくらいに新しいものが登場しています。このあたりの間隔はある程度偶然なのか、それとも計画的に話題が途切れないようにしているのですか?
【VIPインタビュー】宮本茂氏に訊く、ファミコンからSwitch 2、映画、テーマパークまで。目指す理想は「ゲームをいま以上に日常に」
ユニバーサル・スタジオ・ジャパン「スーパー・ニンテンドー・ワールド」。TM & (C) Universal Studios. All rights reserved. (C) Nintendo.
【VIPインタビュー】宮本茂氏に訊く、ファミコンからSwitch 2、映画、テーマパークまで。目指す理想は「ゲームをいま以上に日常に」
Nintendo TOKYO
宮本
 そんなん計画的に決まってるやないですか(笑)。ちょっと偉そうになっちゃうんですけど、それを意識するようになったのは、Wiiがきっかけかなと思います。当時、「ゲーム人口拡大」って言っていましたし。

 娯楽を提供する会社として、テーマパークはずっと前からやりたかったんですよ。山内さんも「京都に任天堂のテーマパークがあったら」と口にしたことがありましたし。やりたいけど、テーマパークのビジネスは観光業も含めた規模のものだから、任天堂のモデルとはぜんぜん違いますよね。それを任天堂が何万人と雇って投資することは考えづらいから、どこかとやろうと考えていて。それでユニバーサルさんと組めるいいタイミングがあったということですね。

 映画も、キャラクターをもっと広めようといろいろな人と話し合って、岩田さんとも数年にわたって相談して決めたラインがだいたいまとまって、そこから12年くらい経っていますかね。ちゃんとあいだが埋まるように、計画的にいろいろなことを加速させたり減速させたりしながら続けてきました。

――現状としては、思い描いていた以上の手応えがあるのでしょうか?

宮本
 ゲームは大成功を目指しているんですけど、とにかくテーマパークや映像は“失敗しないことが最大の成功”という考えで丁寧に進めてきました。結果、それがちゃんとした意味での成功になったので、期待以上と言えると思います。ほっとしました。

――先日、『ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー』を、前作ともども家族で観に行ったのですが、中学生の娘が2時間近く夢中で観て、終わった後には「すごく楽しかった」と言っていて。大人も子どもも夢中になれるというゲームと同じことを、マリオの映画は実現できているのがすごいなと改めて感じました。

宮本
 ありがとうございます。テーマパークも同じような感想をよくいただいていて、「なんとなくマリオのことを知ってる」くらいのお客さんにも「みんなでいっしょに楽しんだことがいい思い出になった」と言ってもらえていて、よかったなと思っています。

 クリスさん(※)の制作会社、イルミネーションは、“純粋に作ったものが楽しいかどうか”を考えてくれるんです。スーパースターはいないんですよね。「監督の名前で売ろう」といった発想をせずに、すごいものを作る人たちが揃っている集団で、それが僕らのやりたいことに合っていて、考えかたも似ているんですよ。しかも、監督や作曲家から、ひとりひとりのスタッフの方まで、皆さんがウチのメンバーよりもマリオのことを知っているくらいのファンでいてくれて。これはユニバーサルさんのスタッフの方も同じで、そういう人たちが集まって、ちゃんと僕らのことを理解して仕事をしてくれているのが、ウチの強みにもなっているなぁと感じます。
※クリスさん:クリス・メレダンドリ氏。アニメーションスタジオ、イルミネーションの創業者兼CEOで、『怪盗グルー』シリーズや『ミニオンズ』などのヒット作を手掛けた。映画『ザ・スーパーマリオ・ムービー』シリーズでは、宮本茂氏とともに共同プロデューサーを担当。

――いまも宮本さんの監修はかなりしっかり入っているのでしょうか?

宮本
 そうですね。マリオのアニメーション映画でよかったのは、制作途中のラフな状態でも、いったん全部つないで観られるんですよね。なかなかそれをしてくれるところは少ないらしいんですけど、イルミネーションさんではそういうチェックを大事にしてくれて。

 完成してからローカライズするんじゃなくて、日本語の脚本も同時進行していこうとか、アメリカとパリと日本で毎日のようにネットで進捗を確認できたり、作りながら見ていけたのはよかったですね。『ゼルダの伝説』の映画は実写なので、撮影中ずっといっしょにいるわけにはいかないですから、アニメーションのほうが手は掛けやすいですよね。とはいえ『
ゼルダ』も原作者として一般的な範囲以上のことはやっています。これ以上しゃべるとストップがかかると思うので、今日のところはこのくらいにさせてください(笑)。

【VIPインタビュー】宮本茂氏に訊く、ファミコンからSwitch 2、映画、テーマパークまで。目指す理想は「ゲームをいま以上に日常に」
実写で展開される映画『ゼルダの伝説』は2027年4月30日公開予定。※画像は任天堂公式X(Twitter)より引用
――はい(笑)。『ゼルダ』の映画も楽しみにしています。今回はニンテンドーミュージアムで取材をしていますが、開館して1年半ほどが経ち、ずっと大盛況です。こちらについて、宮本さんはどのように捉えていますか?
宮本
 こちらも、どう作るべきかかなり迷っていたんですけど、お客さんには喜んでもらえていて、やってよかったです。希望される方全員に来てもらえていないのは申し訳ないですが、快適に見ていただける人数の上限があって、いまのところは抽選と、キャンセルが出た場合は先着順での販売にさせていただいています。閉館時間を延ばしたりして、ひとりでも多くの方に来館いただけるようにしているので、以前よりはチケットを取りやすくなっていると思います。ぜひとも一度申し込んでみてください。

――アートギャラリーができたりと、施設の追加も行われていますが、そういった施策は今後も続けられていくのでしょうか?

宮本
 あんまりリピーターを増やすために何かをするということはやりたくなくて、今後アートギャラリーのようなものをどんどん増やしていこうといった考えはありません。ただ、アートギャラリーは任天堂の製品を見てもらうというコンセプトから少し外れていて、お客さんに開発の裏方、現場を感じてもらおうと、製品として世に出ていないものが見られるようにしました。内容を決めるのに時間が掛かって、公開が予定よりちょっと遅れたんです。

 また社内の資料で「これも見てもらいたいな」というものが溜まってきたら改めて考えるとは思いますけど、いまのところは現状の展示を続けていきますので、まだ来ていない人はどんどん来てもらえたらうれしいです。
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――アートギャラリーは『どうぶつの森』の文字入力の仕様書が展示されていたりと、開発のかなり深いところまで公開されていて驚きました。

宮本
 そうですね、中にはこういうもので喜んでくれる方もいるだろうと。基本的に「開発が終わってから書いたものはナシ」、「開発段階で書いたものだけ」という縛りで公開しています。作っていたときの実態に即したものを展示するっていうことは大事にしていますね。

――任天堂のゲームのキャラクターを、ゲーム以外の方法で広めていくといったことは、今後もいろいろな方法で展開していくのでしょうか?

宮本
 僕はよく“世界中のお客さんに任天堂を選んでもらう理由を作ること”が会社(任天堂)のやるべきことやと言っていて。日本だと、子どもが小学校に入学するときに、ランドセルを買ってあげますよね。同じように「6歳になったから任天堂を買ってあげよう」、「任天堂の何を買ってあげたら喜ぶかな?」って選んでもらえるくらいの品揃えがあったらいいなと思っています。

 その中心がハード・ソフト一体型のものであるというのがウチの真髄やと思うんですけど、時代とともにどうなっていくかわからないですよね。ただ、形が変わっても「任天堂のものが欲しい」と思ってもらえる、家族に向けた商品をつねに準備しておきたいですし、それが世界初のもので、使ってみれば深みのある楽しさが提供できるものであるようにしたい。そういう商品が最近も出たじゃないですか。“Alarmo(アラーモ)”ですよ。
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――おお、なるほど……!
宮本
 “Alarmo”、任天堂はあんまり宣伝してないですけど、あれはすごい発明なんですよ。

――ああいったものが、つぎつぎと出てくるのがやっぱりおもしろいですよね。

宮本
 ああいう遊びをこれからも作っていけるようにがんばっていこうと思っています。

――中心にあるのはゲームでありつつも、マリオ、ヨッシー、リンク、カービィなど、任天堂のキャラクターに触れる機会や、知ってもらう機会を作ることを、これからもさまざまな形で続けていくと。

宮本
 そうですね、おもしろいことができそうなときは。ウチにはすごくいいタレントがたくさんいますから(笑)。もともとこれはゲーム開発でも同じ考えで、ゲームの遊びの仕組みを考えたとき、「この仕組みに合うのは、どのキャラクターだろう?」と。適したタレントがいたら、彼らを乗っけるということをしてきたので、その選択肢が広がるという感覚です。

――これまでのキャラクターもすごく大切な存在だと思いますが、近年だと『スプラトゥーン』がそうなったように、また新たな定番キャラクターを生み出そうという想いはどれくらいお持ちなのでしょう?

宮本
 そこは臨機応変にやっていきますけど、新しいキャラクターは生まれたほうがいいですよね。ただ、「グローバルで本当に通用するのか?」というのはきびしく判断する必要があると思います。『スプラトゥーン』も開発中は「こんなキャラクターになるならマリオでやったほうがいいんやないか?」となったことがありましたから。そのうえで、いま世に出ているインクリングの原型ができてきたときに「これならマリオを使う必要はないね」となったんです。

 グローバルで通用するキャラクターを僕自身が追求したときにたどり着いた『ピクミン』がもう25年前なので、もっと積極的にやらないとなかなか生まれないですけどね。そこは若い人たちにがんばってもらいます(笑)。

――新作ゲームがどのIPで作られるか? というのは、近年は映画などとの兼ね合いもあるとのことでしたが、開発を通して新しいアイデアが出てきて、商品化に向けて動くときは、「マリオを当てはめよう」、「ゼルダを当てはめよう」と既存IPでの展開を検討してから、「新規IPのほうがおもしろいよね」と判断されたら、その遊びのために新しいキャラクターを生み出すような流れなのでしょうか?

宮本
 僕としてはおっしゃる通り、“遊びの仕組みを作って、そこにキャラクターを当てはめる”という考えですけど、最初から手掛けるIPが決まっているチームもたくさんあります。ただ、その中でも「この仕組みをそのままくり返していていいのか?」という意識は、みんな高く持ってくれています。

――青沼さん(※)が『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』の制作に向けてよく言葉にしていた「アタリマエを見直す」と通じるマインドですね。
※青沼さん:青沼英二氏。『ゼルダの伝説』シリーズのプロデューサー。『ゼルダの伝説 時のオカリナ』以降、『ゼルダの伝説』シリーズの開発に携わる。
宮本
 『スーパーマリオメーカー』なんかもその典型で、ああいうお家芸みたいなものはもうお客さんたちの集合知のほうがずっと優れているかもわからない。そこは潔く自由に遊んでもらって、そのうえで必要なマリオを作ろうという流れで『スーパーマリオブラザーズ ワンダー』などが生まれましたし。

 一般論として「“このシリーズを作ります”と決めたうえでのクリエイティブは縛りがあるからよくない」などと言いますよね。そこは“シリーズを抱えていても可能な限り縛られていないものを作る”ということを考えていきたいです。どうしても“前作のお客さんが全員満足するもの”を前提に考えますけど、そこを度外視して余りあるおもしろい遊びが作れたら、潔くそっちのクリエイティブに注力すべきときがあると思うんですけどね。

宮本さんのこれから

――任天堂の“ものづくり”の考えかたは昔から一貫していると思いますが、一方で宮本さん個人として活動の幅を広げていく中で、考えかたが変わったと思うことはありますか?

宮本
 そこはつねに変わり続けています。ここ10年で僕がいちばん深くゲーム開発に関わったのはスマホアプリの『スーパーマリオ ラン』と『ピクミン ブルーム』なんですよ。ほとんどディレクターに近い仕事もしていて、この2作は作れてよかったなぁと思っているんです。

 それはやっぱりモバイルっていう家庭用ゲーム機とはぜんぜん違う環境で、過去のゲーム開発の経験を活かすということで、おもしろいものができたなぁと。『ピクミン ブルーム』なんかは、Niantic(現Scopely Explore)さんが『
ポケモンGO』で作った大量のデータベースと技術があって、ノウハウはある。その上にゲームデザインを設計すれば、わりと早く動作するものが作れるという背景があって。

 この“Nianticさんと共同でモバイル向けに『ピクミン』のゲームを作る”という発想は、昔はなかなかしなかったと思うんですよね。ノウハウは内部に溜め込んで、内部でしっかり管理できるものだけ作るっていう考えかただったんですけど、ウチとは違うことが得意な人たちと組んで、新しい展開を素早くやるということに興味を持つようになったのはわりとそのあたりからですね。
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――ああ、それも転機だったと。

宮本
 映像事業は少し違うんですけど、「映像を作るのが得意な会社とどんなコラボレーションをしたらおもしろいか?」という意味では、考えかたは近いです。これも映画の取材のときにお話しましたけど、もともとは「ゲームのために作ったキャラクターで映画を撮ることで、ゲームを作るときの制限を増やしたくない」と言っていたんです。

 けれど、やっぱり「このキャラクターを知ってもらうためにゲーム機のないところまで届けよう」と思うと、映像ならそのハードルを超えて行けるだろうと。それでゲームマーケットも広がるかもしれないと考えるようになりました。映像化も任天堂側の人間がけっこう関わっていて、ゲームが不自由になりそうなネタはできるだけやらないようにするとか、「どこまでならよしとするのか?」はつねにチームで相談しているので、みんな快適にやれていると思います。

――以前にお話をうかがったときは、ゲームのコンセプトや手触りなど、開発のいちばん最初のところに宮本さんが入ることが多いという話でしたが、最近はいかがですか?

宮本
 『ピクミン ブルーム』の開発も一段落して、ここ数年は自分でディレクションするものがないので、お任せしています。自分がディレクションする作品だったら「ゲームプレイの最初の30分は自分の責任」という考えは変わっていません。

――この先、またご自身で「ゲームのディレクションをしたい」といったお気持ちはあるのでしょうか。

宮本
 いまのところ、あんまり思っていないんですよね。でも『ピクミン ブルーム』とかは自分でも「作りたい」と思ったから入り込んだものなので、テーマによっては、それを使っておもしろいことができそうなら、やりたいと思うときが来るかもしれません。ノウハウはあるので(笑)。

 いまはひとつゲームを作ろうと思うと200人とか動かさなあかんので、大変ですよね。映画も大所帯ですけど、こちらは手練の人たちが現場を動かしてくれていますから。現場のプロデューサーはさすがに務まらないですよね。

――いまこのタイミングで言えば、ゲーム作りそのものよりもそれ以外のことへの興味が大きいのでしょうか?

宮本
 “それ以外”の仕事が忙しいんですよ(苦笑)。気持ち的にも、そちらで満たされている部分はあります。

――いま宮本さんは73歳でいらっしゃいますが、「ライフワークとしてやっていきたい」ということはあるのでしょうか?

宮本
 あんまりこれといったものを見据えている感じではないですね。また“猫も杓子も”みたいなムーブメントを起こせたらうれしいなとは思いますけど。「これだけは最後までやり遂げよう」みたいなものはないですねぇ。家族からは「もういい加減にしといたら?」と言われていますし(苦笑)。

――(笑)。「10年後も変わらずにやっていられたらいいなぁ」といったお気持ちは?

宮本
 ああ、そうそう。「やっていられたらいいなぁ」くらいの感覚というのがピッタリですね。現場では「明日倒れてもおかしくないから、大丈夫なようにしといてね(笑)」って言っていますから。無事にやっていられたらいいですけどねぇ。

――いやいや、これからもお元気でいてください。
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ファミ通との思い出

――大変恐縮ではありますが、今年ファミ通が40周年ということで、取材や記事など、宮本さんにとって印象的だったことがあればお聞きしたいです。

宮本
 パッと思いつくのはクロスレビューですかねぇ。クロスレビューか、浜村さん(浜村弘一氏。週刊ファミ通3代目編集長)か(笑)。

――(笑)。

宮本
 やっぱり長いあいだいっしょに歩んできたので、編集部の皆さんの立場が変わっていくのがおもしろいなぁと思っていましたね。いまだに永田さん(永田泰大氏。元週刊ファミ通編集者で、在籍当時は宮本茂氏のインタビューを多く担当した。現在は“ほぼ日”に所属)とは仕事で会ったりしますし。思い出は多いんですけど、仕事に関わるものとしてはクロスレビューですかねぇ。

 『
時のオカリナ』が初の40点満点を獲得したタイトルだったということで、ドンペリをいただきましたよね。僕は飲まないんですけど(笑)、打ち上げのときに開けて、みんなで楽しませてもらいました。

 あと、僕は松下進さん(※)に憧れていましたから、お会いできて、マリオも描いてもらえたのはいい思い出です。いつからファミ通の表紙は描いていらっしゃるんでしたっけ?
※松下進氏:イラストレーター。ファミ通の表紙などでおなじみ“ネッキー”や、ガンバ大阪のマスコット“ガンバボーイ”のデザインなどを手掛けた。

――ファミ通の表紙を初めて描いてもらったのは7号からで、それからずっと松下先生にはお世話になっています。

宮本
 フィギュアも好きだったので海洋堂に出入りして、渋谷の店舗に松下さんのフィギュアが置かれていたのを見に行ったりしていました。懐かしいですねぇ。

――こちらとしてはちょっとドキドキする質問なのですが、宮本さんはクロスレビューをどのように見ていらっしゃったんでしょう?

宮本
 どう見てたかなぁ? やっぱり「いい加減にしとけよ」って(笑)。

一同 (爆笑)。

宮本
 でも「レビュアー全員黙らせたる」って気持ちになっていたところもあったので、楽しかったですよね。いろいろな意見が読めるのはいいことですから。売上ランキングとクロスレビューがそれぞれ載っているというのが、ほかで出しているデータと比べるときも参考になりましたし。楽しかったですよ。

――ありがとうございます。『時のオカリナ』が40点を獲ったときは、宮本さんも喜んでくださったのでしょうか?

宮本
 「ああ、それだけおもしろいと思ってもらえるものが作れたんや」と素直に思いましたね。処理落ちとかもあったし、我々の中ではまだまだ完璧なゲームではなかったんですよ。けどやっぱり完璧じゃないものに満点を付けるくらい“褒めたい”と思ってもらえるということは、よほどほかに魅力があったんだなと思えたので、それはうれしかったですね。

――いまは時代が変わってSNSやWebサービスができて、Nintendo DirectやNintendo Today!など、自社で発信する手段もいろいろと用意されていますよね。こういう時代に、我々のようなゲーム専門メディアに期待していることがあれば、教えていただきたいです。

宮本
 いろいろなものから情報を得る人がいますから、Webと誌面で展開してくださっているのは意義があると思うので、これからもウチにはない切り口で発信を続けてもらえたらありがたいですね。「昔はゲーム雑誌っていうものがあったんだよ」とならないように(笑)。

――肝に銘じます(苦笑)。

“ゼロから作る”と“上手に作る”

――インタビューのたびにお聞きしては、「ゲーム作りにつながる可能性がある」ということで、だいたい回答を濁されている質問なんですが……、最近宮本さんが興味を持っていることやハマっていることは何かありますか?

宮本
 あんまり大きな声では言えないんですけど……。正直に言うと、いまはバタフライですね。

――水泳のですか?

宮本
 そうです。いま“70歳を過ぎてからのバタフライ”というのをいろいろ研究していて、これがおもしろいんですよ。毎回フォームをちょっとずつ変えて、25メートルを泳ぎ切るということをやっていて。ここに来て、まだコーチからダメ出しをされるんですよ。「背骨が柔軟に動いていない」みたいに言われるんですが、どうしようもない(笑)。YouTubeでいろいろな人の泳ぎかたを観たりと、けっこうな時間を使っているんですよ。

――それはすごい凝りかたですね!

宮本
 「この人の泳ぎが自分には合ってる」とか。本当にいまは便利ですよね。やっぱりいま映像に関わっているので、そのネタを考えるためにも動画を観たり、人の行動を見たり。それは仕事と地続きのものとして楽しんでいますね。

――もう任天堂の社内では、宮本さんが仕事に関してほかのスタッフからアドバイスを受けるようなことはほとんどないのではないかと想像するのですが、バタフライが楽しいというのは、コーチから改善点を指摘されることが新鮮だったりといった感覚もあるのでしょうか?

宮本
 いまになって新鮮というよりも、昔からコーチに習うみたいなことが好きなんですよ。以前凝っていたスキーもそうですし、習ったら成果が出るのが好きで、練習も好きなんですよね。ギターもライブで演奏するよりも、真面目にコツコツ練習するのが好き。ライブはガチガチになってしまうので苦手なんです(苦笑)。

 やっぱり「つぎはこれを試してみよう」とか、いろいろ考えて実践するのが好きなんでしょうね。ゲームを作っていても「明日これをやってみよう」というのが糧なんです。つぎにやりたいことが決まっていると、朝も気持ちよく目覚めたり。

 毎年、200人くらいいる新入社員の前でしゃべるんですけど、「五月病にならないためには、月曜日に会社に来るのが楽しみになることを見つけてください」と言っているんです。「乗り合わせるバスで気になる人がいる」でも、なんでもいいんですと(笑)。それを週末に決めておいたら、きっと楽しくなる。
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――社内ではアドバイスを求められる側になることが多いと思うのですが、どんなことを伝えているのでしょう?
宮本
 どうなのかなぁ? しゃべりだしたら止まらないので、迷惑をかけない程度にしないとって(苦笑)。でも「こう考えたらいいんじゃないか」と伝えることが多いですよね。「こう考えられていないから、そうなっているよね」と。“そうなっていること”自体への答えってないんですけど、「そうなってしまう手前の考えかたが間違っているんと違うか?」っていうところを掘ることはありますね。

 新入社員にニンテンドーミュージアムを見てもらうと「気持ちが引き締まりました」と言ってくれて(笑)。きっと大事にしていることは引き継がれていると思いますけど、なにぶん、最近はひとつひとつのゲーム開発が長いですからね。「また同じ話をしてはる」と思われているかもしれないですけど、自分が昔話をしないと忘れられていきますから、思い出したら口にするっていうのも様子を見ながらやっています。

――なるほど。ほかにプライベートで気になっていることはありますか? 以前は奥様が『ポケモンGO』にハマっているとおっしゃっていましたけど。

宮本
 いまも『ポケモンGO』を遊び続けていますね。僕が自分で遊んでいる『ピクミン ブルーム』にはなかなかハマってくれなくて、どうやればハマるかなぁ? と考えるのが家庭での僕の課題なんです(苦笑)。

 京都でやっていると、キノコチャレンジにいろいろな人が来るんですけど、ひとりひとりの国籍を見るのがおもしろくて。

――いまはひと昔前と比べても海外の方が多いですよね。

宮本
 深夜になると近所の人だけになるんですけど、朝夕は漢字の名前が増えてきたこともあって。いま台湾で大きなブームになっているので、台湾の人なんだなって思うんですよ。韓国語が増える時期もあったり。で、最近は欧米の名前が増えてきているんですけど、おもしろいのは欧米の人たちってかなりMiiをちゃんと作り込んでくれているんですよ。

 昔はMiiって、必ずしも欧米の人たちの顔に向いた作りじゃないと言われていたんですけど、いまやすごくしっかり作ってくれているのがうれしくて。これが『ピクミン ブルーム』だけに留まらず、ニンテンドーアカウントとの連携で何億人のMiiが揃ったら、これまたおもしろいなぁと思うんです。

 Miiは使うメモリーがちっちゃいんですよ。任天堂はいかに少ないメモリーで最大の効果を発揮するかといったことにすごくこだわる会社で、ふつうはアバターって1体ですぐ何メガバイトにもなるんですけど、Miiは数百バイトでできているんですよね。

 それはWiiのコントローラーに何十人と入れたいという仕様から始まったからこそのコンパクト設計なんですけど、これなら何億人になってもたぶんちっちゃいメモリーの中に全部収まるんですよ。これが将来、世界中の個人IDにMiiがくっつくようになったらおもしろいですよね。そんなふうにならへんかなって思っているんですけどね。企業秘密みたいな話をずっとしゃべっていますけど、こんなのは広まったほうがいいくらいの話ですから(笑)。そういうことを考えていると、日々楽しいんですよね。

――今回もとても楽しく取材させてもらいました。宮本さんから元気をもらった気がします。最後に、ゲーム開発や任天堂の仕事に興味がある若い世代の皆さんに向けたメッセージをお願いします。

宮本
 やっぱりゼロから作るって楽しいので、試してみてほしいです。“ゼロから作る”の対極にあるのが“上手に作る”だと思うんですよ。僕はマンガ家に憧れて絵を描いてきて、ずいぶんと上手な人の絵を真似したけど、どうしてもそこまで上手にならなくて。それがラッキーだったなと後になって思ったんです。

 もし上手に描けていたら、その人のようになろうとしていたと思うんですけど、「しかたないな」と諦めていたところで「ああ、独自のものが描けるというのも個性なんやな」と気付きました。いまでも「描いて」と言われたらつい上手に描こうとするんですけど、これがよくないんですよ。気持ちの赴くままに「ガーッ!」と描いてみたら、誰とも違う味があるものができあがるかもしれない。いまは絵の話をしていますけど、あらゆることがそうなのかなと思いますので、自分しか考えないことを自由に表現してほしいですよね。

 ゲームだったら、それをプログラムとして動くものにしないとダメじゃないですか。発想は自由でよくても曖昧なままではゼロイチで動くプログラムに落とし込めないので、その発想を正確に表現する習慣を付けるべきやと思います。

 僕がふだん気を付けているのは、「もうちょっと速くしようか」みたいに曖昧なことを言っても聞いた相手は困ってしまうので「1.5倍にしようか」、「1.3倍にしようか」と具体的に伝えるように努めていますね。「どことなくよくないんだよなぁ」などと言われても困ってしまいますから(笑)。

 それで、CPUやメモリーのことも考える必要があるので、ゲームデザインをしたいのであれば、技術もちゃんと覚えて、けれど発想は自由に。技術が上がれば、発想から落とし込める幅も広がるので、目指すものを見据えたら、そこに向けてしっかり勉強もしたほうがいいですよね。
【VIPインタビュー】宮本茂氏に訊く、ファミコンからSwitch 2、映画、テーマパークまで。目指す理想は「ゲームをいま以上に日常に」

任天堂・宮本茂氏インタビュー一覧

担当者プロフィール

  • 世界三大三代川

    世界三大三代川

    ファミ通.com編集長。『ゼルダの伝説』、『ファイナルファンタジー』、『ダンガンロンパ』、『スプラトゥーン』などの記事を担当。記事のほか、動画番組などのプロデュース、“スプラトゥーン甲子園”の解説なども。

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  • 小林白菜

    小林白菜

    ひとり用ゲームと女児アニメを愛するライター。旅行も好き。ユニークな体験が味わえるものなら大作もインディーゲームもなんでも遊ぶ。好きなゲームはたくさんあるが、リマスター版を出してほしいゲームなら『ブレス オブ ファイアV ドラゴンクォーター』。ゲームに関する記事は読むのも書くのも大好き。ファミ通で書いた代表的な記事は「『アイカツ!』視聴徹底ガイド」「『ウーマンコミュニケーション』ゲームデザイン考」など。世界中の誰もが自由にゲームができる世界を望んでいるので、あらゆる戦争と差別に反対です。

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