※本記事には奏章や過去に開催された期間限定イベントの一部ネタバレが含まれています。未クリアーの人はご注意ください。 スマートフォン向けRPG『Fate/Grand Order』(FGO)の中核を担う奈須きのこ氏と1年を振り返るインタビューをお届け。奏章や『魔法使いの夜』(以下、『まほよ』)コラボイベントの深掘りに加えて今後の展望を語ってもらった。
本稿は、週刊ファミ通 2024年8月22・29日合併号(No.1861/2024年8月8日発売)に掲載したインタビューを加筆修正し、未公開分を加えたもの。インタビューは2024年7月上旬に収録。
奈須きのこ氏(なす きのこ)
TYPE-MOON 創立メンバーのひとり。シナリオライター、小説家。同ブランドのタイトルで多数のシナリオを手掛けている。『FGO』では作品全体の監督作業のほか運営にも深く携わっている。(文中は奈須)
9年目は準備の年。第2部 終章に向けて新システムを用意
――まずはこの1年を振り返っていきたいと思います。奈須さんにとって、9年目の運営はいかがでしたか?
奈須
9年目は、メインが第2部 第7章(以下、とくに“第○部”と表記していない章はすべて第2部)まで終わって、奏章という最終章に向けた最後のクッションが始まった年でもあり、それを間延びせずに受け止めてもらうためにはどうするか、といったことを考える1年でした。
奏章がオマケではなく、この章が必要なんだということを示すことに注力しつつ、いつもの『FGO』らしい楽しいイベントを織り交ぜました。サーヴァントが揃っていて、やることも見えてきているユーザーに新しい遊びを提供する。その準備を進めてきた期間でもあります。
――ということは、今後さらに新しいシステムが出てくると。
奈須
ゲームシステム的にもいちばん大きなものですし、ユーザー的にも納得がいくものだと思っています。最後にこれをやるために、ここまでがんばってきたんだな、と思えるようなものを考えています。
メインの7騎以外はあまり育てていない、というユーザーさんは「なんだと!?」と驚くかもしれない。ただ、いまからでもぜんぜん間に合うものなので、これを機に気ままにいろいろなサーヴァントを育成していただければ、と思います。
――少しだけヒントをください。絆やクラススコアなどが重要になってくるのでしょうか。
奈須
そうですね。あとは、全体のサーヴァントをどれくらい育てているか、とかですね。第1部のクライマックスでは、絆そのものがサーヴァントの攻撃力に変わるというゲーム的なギミックをやったのですが、第2部ではそれに代わる、もっと大きなものをやろうと思っています。
それが来年あたりにようやく実装できるかな、というところなので、それも含めて9年目は本当に準備の段階でした。
奈須氏も驚いた上杉謙信。ペルセウスの登場予定は?
――9年目でとくに印象的だったイベントは何でしょうか。
奈須
ホワイトデーにやった、シラノ・ド・ベルジュラックの話でしょうか。CBC(カルデア・ボーイズ・コレクション)ではあるためイベント用の素材が少なめだったり新サーヴァントがいなかったりするのですが、その条件下でとても楽しいイベントにしていただきました。担当ライターさんはもちろん、ラセングル内のイベント班にすごくがんばってもらったイベントだと思います。
ライターさんに状況を伝えて、シャルルマーニュを主人公にした騎士道物語をやってみて、と要望を出したところ、演劇をテーマにした意外なプロットがあがってきて「なるほど」と手を打ちました。騎士道を語るうえで演劇は相性がいい。シラノという題材を贅沢に使ったなと思いつつも、いいシナリオでした。
シラノ・ド・ベルジュラック
――イベントではロジェロも登場しました。
奈須
シャルルマーニュの霊衣に加えて、これまであまり出番のなかったブラダマンテに焦点を当ててほしい、ともオーダーを出していたんです。シラノの話は、少ないリソースのなかで最大限の効果を出してくれたな、と思います。
――バレンタインデーのイベントではアンドロメダが出てきましたが、そこで語られているペルセウスの印象が、過去にメドゥーサから語られたものとは大きく異なるなと感じました。
奈須
あれは、アンドロメダのキャラクターデザインが上がってきた段階で、このアンドロメダならこういうペルセウス像を持っているんじゃないか、という風にアンドロメダの設定担当のライターさんが考えたものです。元々多様性がある英雄ではあると思いますけど、ペルセウスを語る人物が今回は“助けられた側”なので、こういう捉え方も正しいだろう、と承諾しました。
ペルセウスとアンドロメダ
――あのラストを見ると、アンドロメダがペルセウスと出会う準備ができたと思えるイベントでした。
奈須
アンドロメダがああなった以上、ペルセウスにも多少のテコ入れをしないとマズいかな、とは思っています。とはいえ、終章までのスケジュールは決まっているので、開発に「いまからペルセウスを入れましょう」なんてとても言えない(笑)。
――9年目で印象に残っているサーヴァントは誰でしょうか。
奈須
スケジュールというか、内部事情的な意味で上杉謙信はビックリしました。元々、長尾景虎の名前で登場はしていましたけど、経験値さん(※)から「景虎ではなく、いつか武内さんに星5の上杉謙信を描いてもらうんだ」という話は3年前くらいから出ていたんですよ。でも、武内は「ネタがないから絶対ヤダ」って言い続けていたんです。
※経験値さん…… マンガ家。『FGO』では“ぐだぐだ”系イベントのシナリオと登場サーヴァントの設定を担当している。 ぐだぐだ関連については、自分は最後にシナリオ監修をするだけで、どういうサーヴァントを出すか、どんな衣装にするかというのは全部任せています。“Fate”は英雄の拡大・独自解釈で伝奇物をする、というコンセプトなので基本サーヴァントはみな変化球になりがちなんですが、ぐだくだでは逆に“その英雄らしい”王道のキャラ設定をしている。
『FGO』も長いシリーズなので、1年に一度はそういう王道サーヴァントが必要で、それは自分がかかわらないほうがいいだろう、という考えからです。自分がかかわるのはプロットの段階で調整案を出して、シナリオが上がったら監修する、くらいの。なのでいざゲーム上でのデザインを見たときビックリしちゃって。
――武内さんが謙信をしっかり描いているじゃないか、と(笑)。
奈須
ガチで出てきてるし、めちゃくちゃデザインいいじゃん! って。また、今回のぐだぐだでは雑賀孫一も想像以上によかったですね。イラスト、キャストさん、テキストも全部含めてとても魅力的でした。
上杉謙信(ルーラー)
ノクナレアを呼べた理由。人理回復後に待つ永遠の別れ
――8周年直後の夏イベントについて振り返っていきたいと思います。そもそも、“サーヴァント・サマー・フェスティバル!”の続編を作ろうと思ったきっかけはなんだったのでしょうか。
奈須
サーヴァント全員が集まったお祭りをやりたかったからですね。現実のコミケだって毎年やっているし、サーヴァントの顔ぶれがガラッと変わったところでもう一度サバフェスをやって、みんなを登場させたいとは1回目のときから思っていました。
なので『FGO』が終わる年にサバフェス2をやればいいんじゃないかな、とスタッフ内には言っていたんですけど、武内くんのせいで早まりました(笑)。
――では、今後サーヴァントが増えていったら、第3回が開催される可能性も?
奈須
……さすがにサバフェス3はないかな。多分。おそらく。
――ノクナレアを実装するきっかけのひとつが武内さんだったと伺っています。
奈須
夏のサーヴァントはもう決まっていたので、そこにノクナレアまで入ってくると、これはもう6章アフターをやるしかない。始めはサバフェス2をやるならモルガンが銀行を作って、新しいシンボルを作って、というのを考えていたんですよ。
でも「今年は周年でトネリコ(モルガン)を出したい」と言われて、モルガンが出る以上はもう一度サバフェスだ、と。ただ、単にハワイだとパワーダウンするから、新しいサバフェスを考えました。
ノクナレア
――そういった経緯だったのですね。
奈須
一度目のサバフェスが“同人誌を作る”テーマだったので、今回は“一般参加で楽しむ”ことをテーマにしました。同じことをやってもしょうがないしね。
その中で、ここまで6章のメンバーがいるならセルフパロとして“予言”、“三つのボス”を出したらゲーム的におもしろくなるだろう、と。その結果、ケルヌンノスシリーズが生まれました。
――ケルヌンノスシリーズを登場させようと考えたきっけかを教えてください。
奈須
もう一度サバフェスをやるとなったときに、取材でハワイに行ったんです。そこでクルージングをしていたときに、海から出てくるウミヌンノスっておもしろいな、じゃあやろう、って(笑)。ウミヌンノスがいるならモエルンノスもいるはず。そんな感じで広がっていきました。
よく誤解されているんですけど、3つ目のヤメルンノスは“病める”じゃなくて、争いを“止める”なんです。なので、みんなが争うと出てきて「止めるンノス」……と。
――ノクナレアの話に戻るのですが、彼女はもともと人類史には存在しない妖精ということで、どうやって召喚されたのかが気になりました。アルトリア・アヴァロン(以下、A・A)の力なのか、あるいはワンジナの助けもあって現れたのでしょうか。
奈須
規模は違いますが、A・Aは英霊の座と同じようなものなので、強引に人材派遣することもできます。それで、ワンジナという精霊の想いを同じように理解できる代弁者を用意した。
ほかの妖精でもよかったのですが、そこはシステムとしてではなくA・A個人のワガママで、もう一度ノクナレアに祭りを味わってほしいということで投入しました。
――モルガンは人理が回復するまでの戦力として特例で呼ばれた異聞帯の王ですが、たとえばオリュンポスのゼウスもカルデアの戦力として召喚できるのでしょうか。
奈須
異聞帯といっても、ゼウスはそもそも人類史にいる存在ですから、呼ぶのであれば人類史からでしょう。異聞帯でのみ成立する女王モルガンとは話が違ってきます。
――異聞帯の王は、A・A のように異聞帯の存在をこちらに派遣できるようですが、どのような条件があるのでしょうか。
奈須
自分に縁があればできます。妖精騎士もそのようなものだし、カルデアがかかわっている英霊であれば、この事件が起きているあいだは召喚できるでしょう。
――ということは、人理が回復したときには逃れられない別れが待っている、と。
奈須
もともと、サーヴァントはそういう存在ですから……。とくに異聞帯の面子は人類史に残らないので……。
――そうなると、いまのうちに7章の異聞帯の王にカマソッソを派遣してほしい、という思いもあります。召喚できる可能性はありますか?
奈須
縁があるから何らかの理由で呼べる可能性はあります。ただ、7章でやり切っているので、個人的にはカマソッソはあのまま休ませてあげたいです。
――もう一点気になったのが、レディ・アヴァロンの「正体を知られると泡になって消えてしまう」という発言です。これは文字通り受け取ってしまってよいのでしょうか。
奈須
こっちにマーリンがいる以上、居場所がないからじゃないですかね。単純に恥ずかしいっていう(笑)。消えた後にマーリンに電話して、レディ・アヴァロンを知らないかって聞いたら、「彼女なら隣の部屋でYouTubeを見てるよ」って言うんじゃないかな。
――なるほど。あまり深刻に考えなくてもいいのですね。安心しました。
奈須
でも、レディ・アヴァロンも『FGO』の世界においては正統な存在ではないので、正体を知られると泡となって消えるというのは言い過ぎですけど、いつか人理が回復したらそっと自分の世界に戻るのだと思います。
――ちなみに、アルトリアがテーマの“人生できるかなゲーム”を考えたのはどなたなのでしょうか。
奈須
あれはゲーム部担当のライターさんです。今回は7章が終わってすぐの夏だったので、自分はイベントのメインシナリオ以外を作る余裕がありませんでした。各同人サークルのミニエピソードについては、ライター陣にお願いして、それをまとめていきました。
――アルトリア・キャスター(バーサーカー)のデザインについて、霊基再臨第2段階がバニー&不思議の国のアリスになっている理由を教えてください。
奈須
ははは、こっちが教えてほしいくらいですね! 霊基第1はストリートファッションというか、あまり水着らしさが強くないカジュアルなものにしてほしいと伝えていたんです。当時、武内は霊基第1と第3は描きたいものが浮かんでいるけど、第2はまったく思いつかないと言っていました。
何かリクエストはないかと言われて、自分からは一切ないから「好きに描いていいよ」と伝えたらアレが上がってきた。不思議の国のアリスがモチーフになるならオベロンが黙っていないので、ちょうどオベロンともいい関係になりました。50歳を超えるというのに、奴には驚かされるばかりです(笑)。
――TYPE-MOON4大ヒロインは、大体がバニー姿になっていますよね。
奈須
ウサギにかわいさを見いだせない人類はいないでしょう?(笑) ウサギはとにかくかわいいですからね。
――今後、アルクェイドも『FGO』でバニー姿を見せてくれたり?
奈須
アルクェイドはもともとウサギ属性だからなあ……着替えるとしたらよりカッとんだ、予想外の姿で来てほしいですね。
仲間になっていたかもしれないU-オルガマリーの遺分體
――夏イベントの直後に登場した、オルガマリークエストの実装経緯を教えてください。
奈須
これまでに育ててきたサーヴァントを投入できるイベントがほしくて、30騎くらいのサーヴァントを使うやりこみバトルをやろう、というコンセプトです。必須のバトルにする必要はないけど、そういうコンテンツがないとサーヴァントを育てる意味がないので。
オルガマリーは7章で活躍した後はしばらく出番がないので、「忘れないでね」という意味を含めつつ、ゲームシステム的にも意義のあることをやろうと実装しました。
――それは冒頭に触れられていた、10年目に出てくる新システムの伏線になっているのでしょうか。
奈須
そうですね。多分、オルガマリーを全員倒したら、やっと最後のシステムが解放される……くらいの覚悟を持っておいてください。
――デザインについても教えてください。フレアマリーだけ右の角が砕けている理由は?
奈須
あれは自分が決めたものではないのですが、武内くんがデザインするときに、1体くらいは角を差別化しようという話が出た。単純に、4つに分かれたときに欠けてしまった、くらいの認識でいいと思います。
――フレアマリーは言語回路が繋がっていない“物言わぬ脅威”として登場しました。主人公たちと戦っている際は、どのようなことを考えていたのでしょうか。
奈須
正当な騎士道精神のタイプなので、戦うに値する敵だから当然戦うし、相手に対する憎しみもあまり持っていません。ちゃんと話せていたら仲間になっていたのかもしれません。
――仲間になったかもしれないフレアマリーが1体目の相手とは、運命のいたずらですね。
奈須
唯一、お互いの立場の違いをわかったうえで協力してくれるタイプでしたからね。ほかのやつらは相手の話を理解しても、自分の立場のほうが大事だから絶対に仲間にはなりません。そこはほかの3体と大きく違いますね。
――アクアマリーは大統領バッジを配ってくれましたが、あれにはどういった意図が?
奈須
ふたつ目のオルガマリークエストは『グラディウス』をやりたいと言ったのが発端でした。横スクロールで進みながらどんどんパワーアップしていって、パワーアップのやりかた次第で戦闘が楽になるし、取りたくないものは取らなくてもいい。それを『FGO』のシステムで表現したらあのようになりました。
――大統領バッジのデザインが人間時のオルガマリーの令呪と酷似していました。
奈須
令呪のデザインをもとにした大統領バッジですね。とくにアクアマリーが何かを意識したわけではなくて、単純に敵に塩を送るためのアイテムです。国王が自分の肖像画で記念金貨を作る、くらいの(笑)。
――遺分體(エレメンツ)はそれぞれどこにいて、何をしているのでしょうか。
奈須
若干1名バカなことをやっているやつがいるのですが、それ以外はとくに何をという感じでもないです。基本的にオルガマリークエストは、4体に分かれた遺分體のオルガマリーが敵、くらいの理解でいいかなと思っています。
ただ、シナリオは短いですが最後にわりと重要なことを言うので、やっておくと終章での理解度が変わってくるとは思います。やらなくてもわかるようにはしていますが。
――残りの2体も準備は進んでいると。
奈須
そうですね。ひとりは大統領ライフをエンジョイしていて、ひとりは真面目に人類を憎んでいる。そこはお楽しみに。
奏章II イド振り返り。退場したアヴェンジャーの扱いは?
――ここからは奏章IIについてお聞かせください。舞台となった疑似東京は主人公の記憶にある風景をもとにしているのか、あるいは0から作り出された土地なのでしょうか。
奈須
主人公の記憶でしょうね。ただ、そのものではなく記憶をもとにしたものだと思います。
――そうなると、登場した人物たちも気になります。
奈須
主人公の記憶にあるものを、そのままサーヴァントや敵の人物に当てはめているのでしょう。カルデアに来る前の関係性に、カルデア以降の人物関係を当てはめているのかなと。
――なるほど。ふだんであれば主人公はあのような状態にはならないと思いますが、モデルとなった人物がいたのなら復讐に囚われかけたのも納得です。
奈須
事件の元凶やボスを憎むのは『FGO』の主人公の精神性からかけ離れていて、正直ありえないことです。しかし、今回だけはそうしないといけませんでした。身近な人間が殺されて、復讐心を抱かない者はいない。その復讐心とどう向き合うか、というのが奏章IIのテーマでした。
テーマを設定した後は、担当ライターさんに味付けをしてもらったのですが、学園物をやると言われたときには驚きました。でもシナリオを読むと、なるほど、確かにそれならという納得感がありました。
――奏章IIに登場し、退場することになったアヴェンジャーはどのように選出したのでしょうか。
奈須
退場するアヴェンジャーはカルデアの旅で正式に登場した者たちで、退場していないのは人によっては出会っていないアヴェンジャーです。メインストーリーはみんなやっているけど、イベントは人によってまちまちじゃないですか。そこで登場したアヴェンジャーたちが残っています。
ただ、アンリマユに関しては、カルデアの旅で生じたアヴェンジャーと違って最初からいるものなので、例外的な立ち位置になっています。
――扱いとしては、カルデアのアヴェンジャーたちは全員消えてしまった、となるわけですね。
奈須
奏章は、いままで無自覚で使ってきたものに対する清算というか、責任を取るためのものなんです。奏章IIに関しては復讐心で戦ってはいけないというテーマがありましたが、清算という部分は変わりません。
――LINK LOSTとLINK BAD、これらの状態が何を示しているのかについて教えてください。
奈須
DATA LOSTにするのも考えていたのですけど、担当ライターさんから「それだと本当に消えてしまうので、回線が途絶えているから呼べない、という余地を残してほしい」と言われ、いまの状態になりました。
もう登場はしないけど、消えたわけではなくてただ接続ができないだけだよ、という意味で LINK LOSTとLINK BADになりました。
――安心しました。奏章I以降、メインストーリー上では新規のアルターエゴが仲間になっていません。同様に奏章II以降の時系列で新規のアヴェンジャーは仲間にならないのでしょうか。
奈須
メインストーリー上ではもう出てこないと思います。ただ、イベントはまた別なので、そちらで出番はあるかもしれないですね。
――奏章のテーマを聞いた当初は今回のような別れを想像しましたが、アルターエゴの章に別れはありませんでした。
奈須
人間って、そのときどきで善悪がブレるじゃないですか。昨日好きだったものが今日は嫌い、みたいなこともありますよね。アルターエゴは結局のところ別人格だから、切り分ける必要はないんです。ただ理解すればいい。でも復讐心は切り捨てないといけない。
――今後も別れが必ずある、というわけではないのですね。
奈須
そうですね。じつは、自分もアヴェンジャー編の最後がああなるとは想像しきれていなくて。ちょっと早すぎたかもですね、あの展開をするのは。奏章は、1.5部と同じように各ライターさんに自分の色を出していいし、ちょっと大げさではあるけど自分の代表作になるような気持ちで書いてね、そのために予算も期間も用意するよ、と伝えています。
立ち絵も本来のイベントであればあそこまでの数は用意できません。ひとりのイラストレーターさんならそうでもないですが、全員別の方が描いているから、各イラストレーターさんに連絡して、スケジュールを合わせて、と準備することがたくさんありました。でも、そういった準備があったおかげで、1.5部以上に各ライターさんの色が出ているかなと思います。
――奏章III以降も、そんな力の入ったシナリオが用意されていると。
奈須
そうですね。奏章IIIは、いろいろな意味でビックリすると思いますよ。それをやっていいんだ、って。IやIIと同じことはしないので、そこは楽しみにしていただければと思います。
紆余曲折あった『まほよ』コラボ。有珠と未那の言葉の真意
――『まほよ』コラボについてもお聞きしたいのですが、どういった経緯で実現したのでしょうか。
奈須
もともと、コラボをしようという話自体はけっこう前から出ていたんです。いろいろな都合があってタイミングが決まらなかったのですが、うまいことスケジュールのパズルが組み上がって、2024年の5月に行うことが決定しました。
最初は軽いイベントを、くらいに考えていたのですが、時期的にそういうわけにもいかなくなったので、しっかりと書くしかないと。夏イベントで疲れ切っていたところではあったんですけど、「できらぁ!」って(笑)。ネモのクリスマスイベントも同時期に書いていたので、カツカツではありましたが、なんとかしました。
――竹箒日記を見ても、いろいろとあったことが伺えました。もともとはどのようなお話を想定されていたのでしょうか。
奈須
やるなら真面目に魔女狩りの話を踏まえたものですね。20代中盤のころ、ドイツ旅行に行ったことがあって、ノイシュバンシュタイン城とかの古いお城の記憶があったので、あの雰囲気で『サイレントヒル』ができたらおもしろいな、と思っていました。
そんな中、2023年の10月に武内と今後のスケジュールを考えるために温泉で合宿をしたんですが……。昭和の匂いがする温泉宿で過ごしていたら、突然「そうか、家政婦、いや、“駒鳥は見た!”か」と。温泉宿で毎日青子さんが殺されてしまう展開を閃きました。
――昭和の雰囲気が感じられる温泉に身を置いたからこそ生まれた閃きだったのですね。
奈須
『まほよ』はあの時代の物語だから、舞台もあの時代がいいなと思ったんですよね。『FGO』ファンは完全に置いてけぼりの、『まほよ』ファン特化の話になっちゃうけど、それでもいいかとこやま(※)と武内に確認をとりました。念のため複数のプロットを見せたところ、“駒鳥は見た!” がいいんじゃないか、ということで決まりました。
※こやま……こやまひろかず氏。TYPE-MOONのグラフィックチーフ。『魔法使いの夜』でキャラクターデザインを手掛けた。――あのシナリオは『FGO』のストーリーとは毛色が違いましたよね。演出もだいぶ『まほよ』に寄せていた印象があります。
奈須
ラセングルのスタッフさんが『まほよ』をリスペクトしてくれて、できるだけ近い画面作りにしようと、がんばってくれたんだと思います。奈須のスケジュールがカツカツだからシナリオが上がるのも遅かったんですけど、短い期間で本当によくやってくれました。
――お答えしにくい質問かと思うのですが、静希草十郎の宝具演出のシチュエーションは、何だったのでしょうか。
奈須
それを知っているのは、自分とこやま、あとは宝具演出を作るときに説明を受けたラセングルのスタッフだけです。
――雪の日に廃墟で、という状況を見ると、青子の決戦の日を連想してしまいます。ぜひその詳細を教えていただければと。
奈須
とても言えない。じつのところ、草十郎の宝具演出はテイクツーで最初は冒頭に“何が起きているのか、何をしたのか”がもっとわかりやすい演出が入っていた。それだと直接的すぎるし、いたずらに派手にする必要はないから、カットしてもらいました。テイクワンだとなんとなくすべてわかるんですけど、わかられても困るので(笑)。
――あとは、草十郎の大脳基底核の設定について、突然答えが出されましたよね。
奈須
『まほよ』をやるからには、ファンの方にも新しい情報というか、そうだったのかと思えるものを出したほうがいいと決断しました。ネタバレにはなるのですが、何も提示しない、当たり障りのないシナリオより、刺激のあるものが最大のファンサービスになるだろう、と。
――何が目的であの処置がなされていたのでしょうか。
奈須
本来なら人間にできることなのにできないことをするため、でしょうか。たとえばパルクールの達人はビルの20階までぴょんぴょんと気軽に駆け上りますよね。人間にだって野生動物と同じことができるスペックがある。同じ物理法則の下で動いているんだから、マネできないはずがない。でも人間にはそれはできない。肉体の痛みや精度の問題で、できないことである、と脳が動きを限定している。それを解除するための療法です。
ただ、その代償として“無意識で動くこと”ができない。その機能が損なわれた。本来なんでもない日常は、つねに意識して行うものになってしまった。
――草十郎の域に辿り着くにはどれくらいの年月が必要なのでしょうか。
奈須
常人には無理だと思います。草十郎も結果的には成立していますが、そのためにはいろいろと段階があったので。
――コラボシナリオでは成長した草十郎も出てきましたが、右手に黒い手袋をしていましたよね。あれは右手が義手になっている、みたいなことなのでしょうか。
奈須
あぁ、黒い手袋をしていますね。はい。おしまい(笑)。
――久遠寺有珠が草十郎の右手に触れて謝る場面もありました。
奈須
コラボの有珠は、ひとりだけ『まほよ』の10年後の世界にいる人間なので、有珠が知っているあの時代の草十郎と、10年前の草十郎は違う部分がある。これ以上はちょっと。
――わかりました。では有珠の気持ちだけでも教えてください。
奈須
元気でいてくれてありがとう、という言葉にすべてが詰まっています。ごめんなさいという気持ちと、10年前のできごと、いまここにいるすべてに関して感謝しているという。あのときはありがとうも言えなかったから。
――有珠の第3再臨について、竹箒日記で「それはいつか、次の夜でね」と書かれていましたが、第2弾コラボなど今後の展開の予定は?
奈須
第2弾コラボはないと思いますけど、どんな形であれ、続きは書かないといけないよね、っていう決意表明ですね。
――楽しみにしています! コラボに関してはここ最近でやり尽くして、そろそろ作品も少なくなってきたのかなと思うのですが、過去に実施したコラボの第2弾などは考えていますか?
奈須
もう新しいコラボ先がないと思うでしょ? まだあるんですよ。吐きそう(笑)。第2弾をやりたいなと思うものもあるんですけど、そこは通常イベントで、と考えています。
――コラボのラスボスとして登場したオンリーワン/ナンバーワン・シャイニースターですが、イベント内で戦ったのは二つ星状態でした。五つ星のシャイニースターと正面から戦った場合、カルデアは勝てるのでしょうか。
奈須
事象が確定しちゃっているから、サーヴァント次第かな。でも神霊級だったら何とか。それこそ奏章Iで出てきたカーリー/ドゥルガーだったら、「うるせぇ、世界ごと消えろ」って地球の半分は吹っ飛ぶけど、それでも全部なくなるよりはいいでしょ、くらいの形になると思います。
あくまで、あの時点の主人公と青子たちの戦力では詰んでいた、っていう話ですね。青子が派遣された段階で、いろいろあるけど何とかなるだろう、という状況ではあるのですが。
――なるほど。シャイニースター戦は冒頭の演出もすごかったですね。
奈須
古いものが新しいものになって、モノクロからカラーになる。攻撃も通るし、いちばん気持ちいい曲も流れてくるっていう、あの演出はどうしてもやりたかった。
シャイニースター戦の画面まわりは強い要望を出しました。これまでは魔神王や祭神、ORTみたいにボス自体のデザインに力を入れてきましたが、それだけだとマンネリになるので概念系の、シンプルなデザインがいいだろうと。
――確かに、そこは意外でした。
奈須
こんなもので世界が滅びちゃうのか、くらいにシンプルなものにして、その代わりにステージをとびきり派手に、豪華に、と。シャイニースター自身は小さいけど、まわりにすごい数の星が回っていて、画面の手前にも星が来る、心が躍るようなステージにしたいなと思ったんです。
ラセングルさんも武内も相当困ったと思います。何度言ってもイメージが伝わらなくて、最初にステージが上がってきたときに、そうじゃない、平面じゃないんだと自分の中のイメージをなんとか描いて伝えて、武内が「こういうこと?」って出してきたものがまさにそれで、「そういうこと!」と。
――あれを見てしまうと、今後にも期待してしまいます。
奈須
ライター側に明確な意図があったからできたものですね。それがないと、これまでの概念に沿って作ってしまう。とはいえ毎回やるとスタッフさんが疲れてしまうので、よほど強いコンセプトがない限りは、これまでの方法論でバージョンアップをしていく形になると思います。
――『まほよ』コラボの最後に、両儀幹也と両儀未那が出てきたのにも驚きました。
奈須
あれは完全にファンサービスですね。一応武内くんにスケジュールの確認を取ったうえで描いてもらって、それがユーザーにも意外に映るようにしました。部屋にはいるけど立ち絵はないんだな、と思わせたところで、最後に隠し玉として一発撃つ。予想以上のかわいさで、自分もビックリしました。
――未那の「ばいばい」という別れのセリフが意味深でしたが、何か含みがあるのでしょうか。
奈須
未那は旅館で起きていたことが全部わかっているのと、今後のカルデアのこともわかっているので、がんばってね、というメッセージですね。
――コラボといえば、日比乃ひびきと桂木千鍵が突然実装されたのにも驚いたのですが、どういった経緯があったのでしょうか。
奈須
もともと、イベントで織姫と彦星じゃないけど、ふたりでひとりをテーマにしたキャラクターとしていいんじゃないか、みたいな話がありました。『まほよ』コラボもやったことだし、ここで出しちゃおう、と。
サブライターとして細かいエピソードは作ってきたけど、イベント丸ごとはまだ担当したことがない方がいて、自分のキャラクターで大きなイベントをやってみないかと打診して、この時期にやってもらいました。
――いろいろと知らなかった情報が出てきました。
奈須
『まほうつかいの箱』を作るときに、コーバックってこういうやつだよ、とこちらから提示していたものでした。それを題材に担当ライターさんに『スターリット・マーマレード』を作ってもらったのですが、『まほうつかいの箱』自体がそこに至る前に終わってしまって。ライターさん的にも、ここで明かすしかないって思ったんじゃないでしょうか。
――ちなみに、コーバックは『FGO』の時代になってもフィーチャーフォン(ガラケー)のままなのでしょうか。
奈須
やつはちゃんと時代に合わせるタイプだから、いまだったらスマホじゃないですかね。そうなるとスマホさんがふたりいることになるけど、機種が違うかもしれません。
ユニヴァースな水着イベントと10周年への意気込み
――今回表紙で描いていただいたイラストに関してもお聞きしたいのですが、まさかのスペース・エレシュキガルが、しかもビーストで登場というのは衝撃でした。
奈須
前回のインタビュー(※)で、“汎人類史の”ビーストはもう出ません、と言ったでしょ。スペース・エレシュキガルはサーヴァント・ユニヴァースのビーストなので問題はないのです!
※前回のインタビュー……週刊ファミ通 2023年8月17・24日合併号(No.1810/2023年8月3日発売)の『FGO』8周年記念特集で掲載した奈須きのこ氏インタビュー。週刊ファミ通『FGO』9周年特集号の表紙イラスト。
――確かに(笑)。
奈須
エレシュキガルは水着も期待されていたので、第1再臨は水着なんですけど、第2からビーストになります。水着とサーヴァント・ユニヴァースのビーストで満を持しての登場なので、独自のシステムも組み込んでいます。
――サーヴァント・ユニヴァースからビーストがくるとは想像していませんでした。これは以前から考えられていたんですか?
奈須
3年前くらいでしょうか。周年のキャラクターは毎回インパクトが増しているので、アルク、トネリコの次に出すなら、もうビーストしかないと。本当はそこでドラコーを出そうと思ったんですけど、先に出ることになりましたから。
――これをきっかけに、ユニヴァースの話は深掘りされていくのでしょうか。
奈須
ユニヴァースはなんでもアリだから、球種に困ったときに投げられる(笑)。本当はセイバーウォーズ3もやりたいのですが、そこは自分のスケジュール次第。現状はなんとかできるか、できないか、くらいのレベルです。
――ビーストが福袋召喚の対象にならない理由を教えてください。
奈須
ビーストはよくないものなので、福袋に入れてはいけないという思いがありますし、本当に特別中の特別なサーヴァントですから。たまたま運よくやってきた、みたいなことにはしたくなくて、ピックアップ召喚かデスティニーオーダー召喚のときに強い意志で召喚してほしいなと思います。
――ではそろそろ取材終了時間も近いので、今後のイベントなどに関して何かヒントをいただければと思います。
奈須
今年の水着イベントは“リッチな観光”をテーマにしています。スペース・エレシュキガルだけでなく、ユニヴァースキャラがほかにも2体登場します。なんていうか、最終的には『まほよ』コラボみたいなきのこワイワイワールドになってしまったというか……。
――シナリオは奈須さんが執筆されているのでしょうか。
奈須
今回の夏イベは2部構成……みたいなものなんです。前半は担当ライターさんに、後半部分は自分が担当しています。お互いに連絡を取り合いながら分担して制作しました。
――最後に、いよいよ10年という節目を迎えることになりますが、今後の意気込みを教えてください。
奈須
ひとつのゲームを10年やるなんて、なかなかないじゃないですか。そういった意味で、制作側もユーザー側も、少し疲れてきている状況があると思います。だからこそ、10年間付き合ってくれたぶん、美しい終わりを迎えてもらうために、くたびれた身体に火を点けて踏ん張っています。『ARMORED CORE VI』のキャッチコピーじゃないですけど(笑)。
10周年というのは大きな数字ですし、キリもいいので、寂しいけどユーザーが10年間楽しかったと思えるようなものになるよう、がんばります。去年のインタビューで下準備の1年だったと答えましたが、ようやくそれも終わりを迎えました。10周年に向けてラセングルとTYPE-MOON一同、がんばっています。
――お話を伺っていると、本当に終わりが近いように感じてしまいます。実際のところ、どうなのでしょうか。
奈須
人はいつか死んでしまうし、終わらないものはないですからね。ただ、突然パツンと終わるわけでもなくて、『FGO』で大きなストーリーが終わりを迎えて、その後どうなるかは誰にもわからない、という感じです。
――どういう風にするか、というのはもちろん奈須さんの中でイメージされている。
奈須
少しはありますけど……。まだ確かなことは口にはできません。第2部が終わったら解放してくれ、俺を楽にしてくれ、というのはずっと口にしているんですが(笑)。なかなかそうもいかないんですよね。
――そう聞くと、まだまだ続くように思えてきますね(笑)。
奈須
10年続くコンテンツというのは、簡単に終わらせてはいけないんだなと思っています。それが青春時代の象徴だった人にとってはとくに。その人の人生はまだまだ続くわけですから。ガンダム好きがずっとガンダム好きでいられるのは、がんばってガンダムを作り続けている方たちがいるからです。
それは衰えていく運命にある人間にはしんどいことだけど、とても意義のあることでもある。永遠を造っているようなものですから。そんな偉大な先人たちのがんばりを励みに、10周年に向けてがんばっていきたいと思います。
『FGO』周年記念インタビューアーカイブ
※7周年と8周年のインタビューはWebで掲載されることはありません。チェックしたい方がいらっしゃいましたら紙面でご確認いただければと思います。『Fate/Grand Order』関連記事