2024年3月18日~3月22日、アメリカ・サンフランシスコで開催中のGDC(Game Developers Conference)2024。その中で『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』についての講演が行われた。その内容をリポートする。
登壇者は任天堂の
- 堂田卓宏氏(テクニカルディレクター)
- 高山貴裕氏(物理プログラマー)※
- 長田潤也氏 (サウンドプログラマー)
の3名。
※高山貴裕氏の”高”は正しくは”はしごだか”です。
“Tunes of the Kingdom: Evolving Physics and Sounds for ‘The Legend of Zelda: Tears of the Kingdom’”――“チューンズ オブ キングダム:『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』の進化する物理学とサウンド”と題された本講演では、本作の世界がいかに生み出されたか、物理設定とサウンド設計の面から語られた。
本記事では、とくに講演前半について紹介。後半のサウンド設計については下記関連記事をご覧いただきたい。
※開発の内容について説明するため、本稿には一部の祠の謎解きなどのネタバレがありますのでご注意ください。
「全部物理で作る」
まず語られたのは、『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』世界を形づくる物理法則について。
盾と凍った肉を組み合わせて坂を滑り降りるスケートボードを作ったり、携帯鍋と車輪でクルマを作れたりする本作が、いかなる物理設定によって設計されるにいたったか、テクニカルディレクターの堂田卓宏氏により明らかにされた。
リンクの能力“ウルトラハンド”で、さまざまなオブジェクトどうしをくっつけ、あらゆるものを作ることができる本作。
すべてのオブジェクトは同じ法則(ルール)によって物理的、化学的に関連付けられている。プレイヤーは自分自身で進みかたを考えて試すことができ、その掛け合わせよって、前作にあたる『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』でも提唱されていた“掛け算の遊び”と呼ばれる楽しみが生まれることを目標としている。
“広大でシームレスなハイラルを拡張する”というコンセプトのもとで制作は行われ、スライドには「穴を掘りたい」と語る青沼英二プロデューサーの写真も紹介されると会場は笑いに包まれていた。
ここで演者は高山貴裕氏にバトンタッチ。より具体的な内容について触れられていく。
さらなる遊びのために求めたふたつの進化
物理演算がさまざまに絡み合う作品だけに、非常に難度の高いプログラム制作に挑むことになった高山氏。オブジェクトどうしが影響し合って予想外の挙動がたびたび発生。開発途中には「世界は(ガノンドロフなしに)自ら崩壊を始めた」という状態となり、「開発はカオスになった」と語った。
さらなる“掛け算の遊び”を実現するために、開発チームはふたつのことに取り組んだという。ひとつ目は“すべてが物理で動く世界”。ふたつ目は、その上で“専用のプログラムを実装することなしに事象が起こる仕組み”を構築することだという。
これらについて説明がされていくわけだが、まず、“すべてが物理で動く世界”が必要となった経緯から話された。
物理で動かす←→キネマティックな動きは相性が悪い
物理で動かす
開発において“物理で動かす”とは、剛体とコンストレイントに(制約的に)構成されたオブジェクトに質量や慣性モーメントを持たせて速度や加速度でコントロールするということを指した。
キネマティックに動かす
逆に、非物理な動かしかたもあり、それは、「キネマティックな剛体」と呼ばれていた。アニメーションから計算される速度でオブジェクトを無理やり動かすというやりかたで、それは実装が簡単で結果もわかりやすいため、開発初期にはよく使われていたとのことだ。
しかし、キネマティックに制御された剛体は、無限の質量を持ち、物理計算を破綻させてしまうという弱点があったそうだ。上のスライドの写真には大きな歯車が映し出されているが、鉄のブロックを巻き込んでしまっている。
そして物理で動かすものと、非物理で動かすものが併存して開発していたときは、「壊れました!」、「飛んでいきました!」という報告がつぎつぎと届いたそう。それに対し高山氏は「わかってる、後で直すから!! まずはやりたい遊びを試して」と答えて、解決方法を探したとのことだ。
解決の糸口は、前作『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』での開発経験から見つかった。
写真で示されているのは、上述の非物理な制御で破綻してしまっていたオブジェクト。
これを非物理な制御から、片方をモーターで動かすように変更し、すべての計算が物理の法則で行ったことにより破綻がなくなった。この経験から、「世界から非物理で動かしているものをなくして、すべてを物理で動かすことが問題の解決につながる」という考えにいたったとのこと。
さらっと言っているけど、それってたいへん難しいのでは……。オブジェクトひとつとっても、“歯車に見えるもの”を作って手でアニメーションさせるのではなく、きちんと(現実世界同様の)歯車の役割を果たすモノを作らなければならないということでは……。それにさっき「キネマティックな制御の長所は実装が簡単で結果もわかりやすいこと」って言っていたけど、それを全部捨てるということなのだから……と記者は思ったが、それをいかにして達成したかは記事後半で語られることと関係があるようだ。
物理で動かすシャッター
『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』開発当初に実装されていたシャッターは、非物理で動き、ウルトラハンドを使ったときに破綻を引き起こすもののひとつだった。
当時の実装では、プレイヤーがシャッターの下に物体を置くと、キネマティックな制御をされていたシャッターはどんな物体も地面にめり込ませることができ、破綻してしまっていた。そこで破綻を防ぐためにシャッターを物理で制御することを決断したそうだ。
物理で動かすことで得られたさらなる発見
物理のルールで計算されることで破綻はなくなったうえに、「非物理を物理にするという実装は開発チームににさらなる発見をもたらした」と、高山氏は語る。
つぎに例示されたのはとある祠で、氷を小さくすることでスイッチを押せるようになるという仕組み。
スイッチの上に氷を置くとシャッターが開くのだが、そのままでは大きすぎる氷が引っかかってしまうので、松明で氷を溶かして小さくして動かす……という解法を想定した。
しかし、そのほかの解法として、リンク自身がスイッチに乗りシャッターを上げ、その状態で氷を動かしてシャッターの下に配置。先ほどのスライドのように両サイドに生まれた隙間を通り抜けていくというやりかたが可能となった。
世界の破綻を防ぐために、物理で動くシャッターに変更した結果、シャッターを閉じないという別の解決法が生み出されたというわけだ。「これはまさに私たちが求めている“掛け算の遊び”のひとつの形であり、すべてのオブジェクトを物理で作ることの正しさを確認できました」(高山氏)。
モドレコも物理演算で動かす!
また、リンクが手に入れる能力のひとつ“モドレコ”も、当初は非物理な制御だったものが物理制御に変えられたという。
最終的にはほかのあらゆるものと同様に、モドレコも物理で動かす実装に切り替えることとなった。その結果、プレイヤーがどのような操作をしても世界が壊れることはなくなったとのこと。
小まとめ:すべてを物理で動かした理由
ここで高山氏が「本作のように高い自由度のある世界では、すべてが物理で動く必要があります。例外なくすべてのものがダイナミックな剛体とコンストレイントで構築することで、プレイヤーの自由な発想を破綻なく実現することができました」と、いったん発表内容をまとめた。
専用実装なしで事象が起きる仕組みとは
続いて、掛け算の遊びを実現するために必要だったもうひとつの要素である、“専用実装なしで事象が起きる仕組み”について紹介された。
すこしややこしい言い回しだが、本作では自分でクルマのような乗り物を作ったり、敵を攻撃する装置を作ったりすることができる。しかし、それぞれに“クルマのプログラム”や“攻撃ロボットのプログラム”といった専用のプログラムが実装されているわけではない。
クルマで言うと、あくまでもそれぞれの要素――タイヤ、操縦桿、木の板――が実装されていて、プレイヤーがそれらを組み合わせて自由にクルマ(運転)という事象を実現できるようになっているということだ。
クルマのプログラムはないけどクルマ(運転)ができちゃう
クルマ以外では、タイヤ、石の板、鎖の組み合わせで作られる扉も例に挙げられた。タイヤが鎖を巻き上げて、タイヤの軸が扉を開くというメカニズムになっている。
水上を進むパドルボートも同様で、タイヤ、木の板、浮力、抵抗などの水のインタラクションが加わることでこの事象が生み出されている。
部品の紹介
組み合わせによりさまざまな事象を生み出す部品についても説明がなされた。
タイヤ
タイヤは
- ホイール
- モーター
- シャフト
という3つの剛体で構成されていて、シャフトはホイールに直接つながるのではなくモーターを支えている。モーターからのトルクがホイールに伝わり、実際に剛体が回転することで地面との摩擦により推進力を得ている……と説明された。
鎖
ものを引っ張ったり動く力の方向を変えたりすることに使われる、鎖。これは、長さに応じて数の異なる複数のカプセル剛体を制約的に連結するという仕組みで作られているとのこと。
木の板と水の表現
本作では、水の抵抗の表現として、速度方向や投影面積を使った抵抗の計算が採用されている。
水の抵抗を表現する簡単な方法では、木の板をどのような角度で水に沈めても同じように沈む・浮くというやりかたも考えられるが、そうはしなかった。板を立てて沈めるとより強い抵抗が掛かって勢いよく飛び上がり、寝かせて沈めると弱めの抵抗でゆっくり浮かんでくる仕様になっている。
それはいかだやボートがより納得感のある動きにするために、面積に応じた速度の違いが重要だったからだそうだ。この水の抵抗計算はすべてのオブジェクトに平等に計算され、これによってパドルボートという事象を実現できている、と語られた。
“特別な実装なしでもそれぞれの事象が実現できるのがいい仕組み”だと考えて、事象を起こす部品を多く実装した、と、高山氏。そして、「開発陣が思いもしなかった組み合わせでプレイヤーたちが冒険している様子をたくさん見ることができ、とてもうれしいです」と顔をほころばせた。
その“思いもしなかった組み合わせ”として映し出されたのが……
木材と操縦桿、扇風機とコログなどを組み合わせて作られた、コログを吊り下げて回すことができる、コログ回転メリーゴーランド装置。この映像には会場も大ウケで、詰めかけた満員の観衆からあたたかな笑い声が生まれていた。
さらに重要
と、ここまで“すべてが物理で動く世界”と“専用実装無しで事象が起きる仕組み”が紹介された。
しかしこれだけではまだまだ理想の遊びを実現するには不十分で、本当に必要なこととして“チーム全体で取り組むこと”が必要だと高山氏は語った。チームメンバーひとりひとりが実現したい遊びを理解して、そのために何をすべきかを理解する施策を進めたのだという。
チーム一丸となること
チーム内の取り組みについてダイジェストで紹介された。
オブジェクトパラメーターの自動設定化
まず、すべてが物理で動く世界を作るために、アーティストやゲームデザイナーと物理パラメーターを正しく設定したという。具体的には、木・鉄・石など、何でできているか素材を指定するとそのオブジェクトの密度が決まり、質量や慣性モーメントが自動的に計算されるようにしたそうだ。その計算に必要な体積は、シェイプの形状から自動的に計算されるツールを使っていたとのこと。
ただし、自動計算ではうまくいかないケースがあり、その際はアーティストやゲームデザイナーと連係を取って設定を行っていたそうだ。
たとえば、ゲームに出てくる“板”は、視認性や操作性などの理由から現実の板よりも厚く作られている。このような場合はシェイプの厚さ通りに自動計算すると重くなりすぎてしまうため、イメージに合う質量や慣性モーメントに補正されているとのこと。
祠ギミック試験エリア
祠のギミックはすべてが物理で動くため厳密な設計が多く、ひとつひとつの部品が正しく動いているかつねに確認できるように、すべてのギミックを集めた検証場が作られていた。
荷馬車はエンジニアとアーティストの共同作品
荷馬車のような複雑なものを作る際はエンジニアとアーティストとのあいだで綿密なコミュニケーションが行われた。車輪の大きさや位置は物理的な挙動から設計され、それに合わせたいちばんいい見た目をアーティストが制作していたと語られた。
ゲーム内の物理法則に合わせて、板や車輪、鎖などの材料を使用し、エンジニアとアーティストが共同でまさに“設計”を行っていたというわけだ。
物理演算とゲームデザインの相互関係
タイヤが乗り物以外の用途で使われていたり、上述の、投影面積によって変わる水の抵抗計算を使ったギミックが使われたりしている。事象を起こす部品としてのタイヤも、アート、物理とゲームデザインのコラボからできていると高山氏は語る。
携帯鍋
と、さまざまに解説されてきたオブジェクトの数々。その最後を飾るのは、本作から新たに導入された“携帯鍋”だ。
“携帯鍋”は、どこでも置いて料理をつくることができるアイテム。鍋を自由な場所に置けるようになったので、鍋は平らな地面に置かれるとは限らず、斜めの場所では煮込み料理がこぼれてしまう事態が懸念されたという。その対策として、アーティストから「伸ばせる足をつけよう」という提案があったと明かした。
最終的にはこの伸びる足は採用されず、鍋の上部と下部でジョイント式になっている構造が採用された。
という仕組みにした結果、この携帯鍋が思わぬ使いかたをされることに……
たとえばクルマの前後をつなぐジョイントとして使うことで、複雑な地形でも走ることができる、走破性の高い乗り物のパーツとして使われることがあった、と紹介された。
最後に、「本作の広大な世界を破綻なく作りきるためにはその実現したい世界をよく理解しているゲームデザイナー、アーティストとの連係が必要です」と高山氏は語り、講演をサウンドプログラマーの長田潤也氏に引き継いだ。
まとめ
本講演で高山氏によって語られた『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』の遊びに仕込まれている秘訣をまとめると、
- すべての動きを物理で作ったことによる全体の統一、破綻のなさ
- 個別のプログラムで作るのではなく専用実装なしで事象が生まれる仕組みの形成
- それによってプレイヤー自身の発想が広がり、掛け算の遊びが大きくなっていく
- それらを生み出すのはチームが同じ方向を向いてコミュニケーションを取り合い作り込んでいけたから。またそのための体制作り
といったところだろうか。これらはどれも別個にあるものではなく、有機的につながっているものだと感じた。
講演はさらにサウンドの長田氏に続いていくのだが、本記事はいったんここまで。講演後半の内容については下記関連記事へ続く!
[2024年3月22日15時38分修正]
記事初出時、人名の漢字に誤りがあったため、該当の部分を修正いたしました。読者並びに関係者の皆様にご迷惑をおかけしたことをお詫びいたします。