前から気になっていたタイトルがあって、東京ゲームショウ2023で体験版をプレイさせてもらった。その名も『Whale Fall』。

 海洋生物となって海を旅するというゲームで、カテゴライズが難しいのだが、あえてジャンル分けすると“海洋探索アドベンチャー”だろうか。Steamなどのストアページに“シングルプレイヤー探索ゲーム”とあるので、間違いではないはず。

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鯨の死から始まり、海を旅する『Whale Fall』に見る根源的な恐怖と美の共存。そして芸術作品としてのゲームのあり方【TGS2023】

 オープニングでは鯨の死が映し出された。そこは暗く深い海の中。海上から差し込む光に照らされながらゆっくりと沈んでいく巨体は、どこか神秘的だ。

 タイトルの“Whale Fall”とは、鯨骨生物群集=鯨の死骸を中心に形成される生態系を差す。食糧に乏しい深海において、生物の死骸は貴重な栄養源。肉や骨を拠りどころに、多くの生物が命をつないでいく。

鯨の死から始まり、海を旅する『Whale Fall』に見る根源的な恐怖と美の共存。そして芸術作品としてのゲームのあり方【TGS2023】

 最初、僕は1匹の魚になった。左スティックで操作し、岩場の間をすり抜けるように進むと、今度はイルカに切り替わる。周囲には何頭もの仲間たち。僕らは上へ上へと向かっているようで、徐々にブルーが鮮やかになっていった。水面が近い。

 水中で加速したイルカは空へと飛び出した。まるで喜びを全身で表現するように、何度も、何度も。ジャンプした瞬間には海鳥の姿が目に入った。その奥には抜けるような空が広がっている。

 空と海を行き来するうちに、ふしぎな万能感が胸に去来した。このままどこまでも行けそうだ。

鯨の死から始まり、海を旅する『Whale Fall』に見る根源的な恐怖と美の共存。そして芸術作品としてのゲームのあり方【TGS2023】
鯨の死から始まり、海を旅する『Whale Fall』に見る根源的な恐怖と美の共存。そして芸術作品としてのゲームのあり方【TGS2023】
鯨の死から始まり、海を旅する『Whale Fall』に見る根源的な恐怖と美の共存。そして芸術作品としてのゲームのあり方【TGS2023】
鯨の死から始まり、海を旅する『Whale Fall』に見る根源的な恐怖と美の共存。そして芸術作品としてのゲームのあり方【TGS2023】

 操作対象は魚群に移り変わった。スティック操作に呼応するように魚群は形を変える。大きなうねりは生命力そのもの。その躍動感に圧倒され、呼吸さえも忘れてしまう。大自然の迫力を目の当たりにし、およそ5分間の海の旅は終わりを告げた。

鯨の死から始まり、海を旅する『Whale Fall』に見る根源的な恐怖と美の共存。そして芸術作品としてのゲームのあり方【TGS2023】
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鯨の死から始まり、海を旅する『Whale Fall』に見る根源的な恐怖と美の共存。そして芸術作品としてのゲームのあり方【TGS2023】
鯨の死から始まり、海を旅する『Whale Fall』に見る根源的な恐怖と美の共存。そして芸術作品としてのゲームのあり方【TGS2023】

 『Whale Fall』は春先にSNSで話題になったタイトルである。Unreal Engine 5による映像表現は多くの人の心をつかんだようだ。海の底にはえも言われぬ美が眠っていて、同時に恐ろしさも顔をのぞかせる。

 開発者の山根風馬氏によると、『Whale Fall』は“循環していくゲーム”。鯨の死骸に生息するスカベンジャー(動物の死骸を食べる動物)に始まり、いろいろな海洋生物の命を体験していく中で、最後には1本の筋が浮かび上がる。「一応、物語というか、エンディングもあります」とのこと。

 ただし、達成感で満足度を上げることは意識していないらしく、僕としても“操作する映像体験”といった印象を受けた。

鯨の死から始まり、海を旅する『Whale Fall』に見る根源的な恐怖と美の共存。そして芸術作品としてのゲームのあり方【TGS2023】
メンダコがかわいい。

 僕は水が苦手なのだが、なぜか昔から海を題材にしたゲームに心惹かれてきた。たとえばプレイステーションの『アクアノートの休日』。これも海中を探索するゲームで、ものすごく熱中したかというとそういうわけではなく、“海”というある種の別世界への憧れがあるのだと思う。

 人間は水中では生きられない。根源的な恐怖はあるが、ゲームの中なら話は別だ。恐怖をかき分けて進んでいくと目の前に広がる幻想的な光景。そこは美しい世界であってほしいという願望のようなものが満たされる。

 遊ぶたびに「何かいいな」と満足する。気分が高揚するような落ち着くような奇妙な感覚。『Whale Fall』に触れたときの第一印象は「そうそう、これこれ!」だった。美しい世界に、ただただ飲み込まれていたい。

 『Whale Fall』にしても『アクアノートの休日』にしても、おもしろいかと問われたら僕はたぶん「わからない」と答える。心地いいことは間違いなくて、それを求めて海ゲーを起動するのだけど、世間一般が期待するおもしろさとはズレがある。だから返答はおもしろいではなく、わからない。

鯨の死から始まり、海を旅する『Whale Fall』に見る根源的な恐怖と美の共存。そして芸術作品としてのゲームのあり方【TGS2023】

 この感覚は芸術鑑賞とも似ている。たとえ心が動かされても、その感情の言語化は難しいものだ。

 とはいえ、芸術のプロではない僕からしたら、心が動いたという事実だけで十分な価値がある。“理由もなく漠然と、何か気持ちいい”が許されているのが芸術のいいところだと思う(個人の感想です)。

 山根氏は東京藝術大学の大学院生。サウンドは東京藝術大学 音楽科の学生によって作られており、まさに『Whale Fall』は芸術作品と言える。

鯨の死から始まり、海を旅する『Whale Fall』に見る根源的な恐怖と美の共存。そして芸術作品としてのゲームのあり方【TGS2023】

 絵画や彫刻、音楽、文芸など、芸術にはさまざまな形がある。加えてインターネットとSNSの登場により、自分の内面を発信するのが容易になった。

 そんな時代において、山根氏が選んだアウトプット先は“ゲーム”だった。この判断にはUnreal Engineなどの普及も影響しているだろう。昔に比べて、個人でもゲームを開発しやすい(それでも十分たいへんなのだけど)。

鯨の死から始まり、海を旅する『Whale Fall』に見る根源的な恐怖と美の共存。そして芸術作品としてのゲームのあり方【TGS2023】

 芸術についてはあまり詳しくないが、作家は受け手のことは考えなくてもいいと思う。作家が込めた意図を、みんな自分なりに解釈する。ふたつの一方通行は交わらなくていい。商業的なゲームではなかなかできない考え方だ。

 僕にはインディーゲームに“作家性”を求めている節がある。もちろん売れることも大事だけど、できれば作りたいものを作ってほしい。

 究極的には自己満足でもいい。僕はあなたの頭の中を見たい。

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