現代日本に暮らす便利屋従業員が、ファンタジー世界で大活躍する異世界コメディー『便利屋斎藤さん、異世界に行く』。その緻密な世界設定はゲームファンをも魅了し、現在、テレビアニメ版も好評放送中だ。

 そんな本作は、主人公のサイトウや個性的なキャラクターたちが活躍する本編に加え、立体造形で描かれたエンディングも好評で、YouTubeにアップされたノンクレジット映像も好調な視聴数を記録している。そこで本稿では、本作の立体造形を手掛けた粘土・立体作家のイシカワコウイチロウ氏にインタビューを実施。制作時の裏話や、造形物に対するこだわりなどを語っていただいた。

『便利屋斎藤さん、異世界に行く』とは?

 原作は『ComicWalker』を中心に、ニコニコ静画などのweb漫画サイトにて連載中のコミック作品。冴えない便利屋の青年・サイトウは、ひょんなことから異世界に召喚されてしまう。特殊な能力を持たない彼だったが、便利屋として培った知識と経験は、鍵開けや罠解除、武器の修繕などで役立ち、いつしか冒険者パーティーのサポート要員として奮闘する日々を送るようになる。

 2023年1月よりテレビアニメの放送がスタート。コミックスは現在、8巻まで発売中で、シリーズ累計発行部数は70万部を超えている。

立体造形で描かれたキャラクターたちも話題に!『便利屋斎藤さん、異世界に行く』エンディングを手掛けたクリエイターに訊く“制作裏話”
原作『便利屋斎藤さん、異世界に行く 1』(Amazon.co.jp) 原作『便利屋斎藤さん、異世界に行く 1』(BOOK☆WALKER)

イシカワコウイチロウ氏

立体イラストレーター。テレビアニメ『便利屋斎藤さん、異世界に行く』エンディングの人形制作を担当。

ごく普通の青年と個性的な仲間たちとのギャップに惹かれた

立体造形で描かれたキャラクターたちも話題に!『便利屋斎藤さん、異世界に行く』エンディングを手掛けたクリエイターに訊く“制作裏話”

――まずはイシカワさんご自身について教えてください。

イシカワ20代半ばまで、インテリア雑貨のお店で働いていたんです。そこでアクセサリーやオブジェなどの造形物を制作・販売していたのですが、それが雑誌編集の方の目に留まり「うちの誌面で立体造形の写真を掲載しませんか?」と誘っていただいたことがいまの仕事を始めるようになったきっかけです。そこから少しずつお仕事が増えてきて、女性誌や児童書のほか、最近では教科書でも立体造形を掲載していただく機会が増えてきました。

――そこからどういった経緯で『便利屋斎藤さん』エンディング映像の制作に関わられるようになったのでしょう?

イシカワ制作会社のC2Cさんからご連絡をいただいたのですが、「まさか私にアニメのお仕事が来るなんて!」という感じでしたね。窪岡俊之監督が私の作品を気に入ってくださったそうで、メールでご連絡をいただきまして。あまりにも突然のお話だったので、とにかくびっくりしました。

立体造形で描かれたキャラクターたちも話題に!『便利屋斎藤さん、異世界に行く』エンディングを手掛けたクリエイターに訊く“制作裏話”

――テレビアニメは、もともとよくご覧になられていたのでしょうか?

イシカワ漫画はかなり読むのですが、アニメはあまり見ていなくて。そのぶん、いちど好きになるととかなり入れ込む性分で、『新世紀エヴァンゲリオン』にはめちゃくちゃハマりました。テレビアニメ版はもちろん、劇場版も何度も観に行って、グッズも大量に購入しましたね。アニメでこんなに奥深い物語を描けるんだ……と驚いたことを、いまでも鮮明に覚えています。

――『便利屋斎藤さん』という作品に対する第一印象は?

イシカワ主人公のサイトウが、ほかのキャラクターより地味であることに驚きました。特別成績がいいわけではなく、スポーツ万能でもなく。何事もそこそこできるくらいの、ごく普通のキャラクターが主人公であることと、ほかのキャラクターの個性が強烈であること。そのギャップがおもしろくて引き込まれました。それと、舞台は異世界だけど現実世界ともつながりがある……というところもおもしろいですね。現実世界では自分に自信の持てないサイトウが、異世界でどう活躍して、どう変わっていくのか? そういった成長物語的な要素も見ていて楽しいです。そして何といっても、彼を取り巻くまわりのキャラクターたちがとにかく濃くて。どんどん新キャラが出てきて、世界が広がっていくところも引き込まれるポイントですね。

いちばんたいへんだったのは“芝生で寝転がるシーン”

立体造形で描かれたキャラクターたちも話題に!『便利屋斎藤さん、異世界に行く』エンディングを手掛けたクリエイターに訊く“制作裏話”

――立体作品の制作過程についてお聞きします。このたびのエンディング映像は、どういった流れで作られたのでしょう?

イシカワまずはじめに打ち合わせをさせていただいて、どういうタッチのモノが求められているのかを細かく洗い出しました。期待に応えられるか不安でしたが「むしろイシカワさんのタッチでやってほしい」と言っていただけたので、かなり自由にやらせてもらえた感じです。具体的には、サイトウやラエルザといったキャラクターは“そのキャラだとわかる造形”で作るよう心がけましたのですが……かといって元の絵に寄せすぎず、私の作風も感じ取っていただけるくらいの塩梅で制作しました。

――ジオラマ(背景)とキャラクターの人形は、どちらから先に制作されるのですか?

イシカワまず人形の大きさを決めて、そのサイズを基準に背景となる部屋や机の大きさなどを決めていく感じです。

――『便利屋斎藤さん』の場合、キャラクターごとに身長差がかなりありますよね。

イシカワ妖精のラファンパンがすごく小さいんですよね。かといって、彼女だけ小さくしすぎると造形の作業がたいへんになるので、今回はほかのキャラクターを大きめに作り、ラファンパンはちょっと小さいかな……くらいのサイズに留めました。

立体造形で描かれたキャラクターたちも話題に!『便利屋斎藤さん、異世界に行く』エンディングを手掛けたクリエイターに訊く“制作裏話”

――芝生で4人が寝転がっているシーンも印象的でした。

イシカワじつはここがいちばん難しかったところなんです。モーロックの帽子が大きいため、普通に寝かせるとほかのキャラクターとぶつかってしまい、なかなか手をつなげられないんですよ。そのためこのシーンだけ手の長さを微妙に調整して、不自然にならないようにつなげました。

立体造形で描かれたキャラクターたちも話題に!『便利屋斎藤さん、異世界に行く』エンディングを手掛けたクリエイターに訊く“制作裏話”
立体造形で描かれたキャラクターたちも話題に!『便利屋斎藤さん、異世界に行く』エンディングを手掛けたクリエイターに訊く“制作裏話”

――あのシーンのために作り直すとは……! 各シーンではキャラクターの人数に応じて、部屋や造形物は別々に制作されるのですか?

イシカワ映像で見ると、斎藤とラエルザの部屋は別々で、まるで2部屋あるように見えますが、じつはひとつの部屋を流用して撮っているんです。窓枠や机の位置を変えることで、別の部屋のように見せている……という次第です。

立体造形で描かれたキャラクターたちも話題に!『便利屋斎藤さん、異世界に行く』エンディングを手掛けたクリエイターに訊く“制作裏話”
立体造形で描かれたキャラクターたちも話題に!『便利屋斎藤さん、異世界に行く』エンディングを手掛けたクリエイターに訊く“制作裏話”

――それは気づきませんでした。窓から見える景色も、朝昼夜と変わっていくのがおもしろいですね。

イシカワ窓からは山や雲が見えるんですけど、それらもすべて立体造形になります。朝昼夜の時間帯に合わせて、それぞれ色味の異なる背景を個別に用意しました。すごくきれいに撮っていただけたのでオンエアを見て私も感動しました。人形自体は動きませんが、カメラアングルや光の当てかたで夜の感じだったり朝の光の入りかたをすごく綺麗に表現されていて、すばらしいと感じました。

人形はもちろん、家具や衣装の質感にも注目してほしい

立体造形で描かれたキャラクターたちも話題に!『便利屋斎藤さん、異世界に行く』エンディングを手掛けたクリエイターに訊く“制作裏話”

――机や本といったオブジェの造形も丁寧に作り込まれていますよね。

イシカワ最初にいただいたコンセプトの中に「真新しい部屋ではなく、ちょっと古い部屋にしたい」というものがあったので、それを重視しました。フローリングには色ムラがあったり、壁も真っ白というよりはベージュで、ざらっとした土壁っぽい感じにしたり。そういった点にもこだわっています。

――イスや本の材質も気になります。

イシカワ人形の素材は粘土ですが、床や壁には木の板を使っています。バルサ材という加工しやすい木材を使っていて、机やイスなどの家具も同じ素材で制作しました。本は実際に紙を使って作っているので特有の質感を出せたのではないかなと思っています。

立体造形で描かれたキャラクターたちも話題に!『便利屋斎藤さん、異世界に行く』エンディングを手掛けたクリエイターに訊く“制作裏話”

――各オブジェの素材に注目すると、エンディングの見えかたが変わってきそうですね。今回の作品に限らず、立体造形で工夫されていることや作り手として注目してほしいところなどをお聞かせください。

イシカワ先ほど、床や壁、家具についてもお話ししましたが、ほかにもキャラクターの衣装は実際に布を加工して作ったりしているので、造形物をご覧いただく際はそれぞれの質感にも注目していただけるとうれしいです。

――質感だけでなく、着色にも苦労がありそうですね。

イシカワここ最近ですが、着色に関しても作風を変えたいといいますかアップデートしたいという気持ちが強くなってきたんですよ。いままでは色ムラが出ないようにベタ塗りで着色していたのですが、今回は手法を変えて柔らかいタッチで塗っています。まだまだ勉強中ですが、色味でも柔らかさを表現できるように、着色にはこれからもこだわりたいですね。100%納得して「これで完成だ」と思うことは絶対にないので、これからも自分の中に課題を設けて立体造形の制作に励むつもりです。

立体造形で描かれたキャラクターたちも話題に!『便利屋斎藤さん、異世界に行く』エンディングを手掛けたクリエイターに訊く“制作裏話”
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立体造形で描かれたキャラクターたちも話題に!『便利屋斎藤さん、異世界に行く』エンディングを手掛けたクリエイターに訊く“制作裏話”

実際に手で触れられる点こそ立体造形の魅力

立体造形で描かれたキャラクターたちも話題に!『便利屋斎藤さん、異世界に行く』エンディングを手掛けたクリエイターに訊く“制作裏話”

――改めてエンディング映像を見てみると、楽曲と立体造形が見事にマッチしていますね。

イシカワすごく温かくて柔らかい感じの曲なので、合わさった動画を観た瞬間、素直に「いいな」と思いました。

――初めて見たときは実写なのかCGなのか区別がつきませんでした。

イシカワ反応が気になってTwitterをチェックしてみたんですけど、やはりCGだと思われている方が多かったですね。なかにはひと目見ただけでクレイアニメだと認識されていた方もいて、見る人によって印象がぜんぜん違うところにもおもしろ味を感じました。

――CGではなく立体造形で作品を作り出すことの意義について、どのようにお考えですか?

イシカワCGはここ数年でどんどんリアルになってきて、もはや実写と変わらないレベルに達していますよね。しかも、あえて“作り物”っぽい仕上げにすることで立体造形のように見せるCGもあるので、本当に見分けがつかなくなってきている。そうした中で立体造形ならではの魅力を挙げるとしたら、見るだけでなく実際に手で触れて“触感を楽しむことができる”点だと思うんですよ。それによって造形物もさまざまな表情を見せてくれるので、そうした点がCGに負けない強みなんじゃないかと捉えています。

立体造形で描かれたキャラクターたちも話題に!『便利屋斎藤さん、異世界に行く』エンディングを手掛けたクリエイターに訊く“制作裏話”
立体造形で描かれたキャラクターたちも話題に!『便利屋斎藤さん、異世界に行く』エンディングを手掛けたクリエイターに訊く“制作裏話”

――今後もアニメ関係の仕事の依頼が来たらやってみたいですか?

イシカワ機会がありましたらぜひやらせていただきたいです。がんばってお仕事の幅を増やしていきます。

――貴重なお話、ありがとうございました。それでは最後に『便利屋斎藤さん』や、このインタビューでイシカワさんを知った読者の皆さんに向けてメッセージをお願いします。

イシカワ今回、このような形でアニメに携わるお仕事をさせていただきまして、私自身、すごく楽しい気持ちで立体造形の制作に取り組むことができました。アニメのキャラクターを自分の作風で人形にするという作業も楽しかったですし、大勢の方から感想もいただけたので、これからも活動を続けていくうえでの励みになりました。私自身の宣伝になりますが、Twitterインスタグラムでは定期的に作品もアップしていますので、よかったらそちらもチェックしていただけるとうれしいです。

――アニメに続き、イシカワさんのタッチを活かしたゲームができたら、そちらもおもしろそうですね。

イシカワまったく未経験の世界ですが、実現できたらすごく刺激的です。もしご興味を持っていただけるゲームメーカーさんがいらっしゃいましたら、ぜひお声がけください!

立体造形で描かれたキャラクターたちも話題に!『便利屋斎藤さん、異世界に行く』エンディングを手掛けたクリエイターに訊く“制作裏話”
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