ホラー映画やホラーゲームの演出で非常に重要な要素、ライティング。Striking Distance Studiosの瀬尾篤氏は、『デッドスペース』や『コール オブ デューティ』シリーズといった大作洋ゲーでライティングを専門に手掛けてきた人物だ。

 そして今月はじめ、同スタジオの第1作『Callisto Protocol』が海外で発売された。瀬尾氏はライティングディレクターとして開発が本始動する前のプリプロダクション段階からコンセプトづくりに関わったという。

 今回本誌では瀬尾氏にインタビューを行い、『Callisto Protocol』でのライティングの進化やホラー演出でのこだわりについて聞いた。大変残念ながらオリジナル版の『デッドスペース』同様に(※)過激な表現が災いして日本未発売となってしまった『Callisto Protocol』だが、北米ゲーム業界の第一線で活躍する同氏に詳しく話を聞ける貴重な機会となったので、その内容をお届けしよう。
(※リメイク版はPC版のみ日本展開されることが明かされた

瀬尾篤(せお あつし)

映画業界からゲーム向けのライティングアーティストに転身し、Visceral Gamesで『デッドスペース』3部作に関わる。後にSledgehammer Gamesに移籍して『コール オブ デューティ: WW2』のライティングを担当。Striking Distance Studiosの『Callisto Protocol』でライティングディレクターを務める。

『Callisto Protocol』のライティングで目指した“4つの柱”

――まず、ライティングディレクターとして今回の『Callisto Protocol』で目指したことを教えてください。かなり早い時期からライティングについてイメージしたコンセプトアートなども作られていたようですけども。

瀬尾プリプロダクションに入った時点でライティングに関する柱が4つありました。まずは「ホラー」、そして「イマーシブ(没入感)」、あと「オーセンティシティ」。これは訳するなら「真実味がある」といった意味ですかね。そして「シネマティック」な表現をするということでした。

 そしてこの4つの柱をもとにして、コンセプトアートの担当やアートディレクター(デメトリウス・レアール氏)、クリエイティブディレクター(スコット・ウィットニー氏)を交えて打ち合わせをしていきました。クリエイティブディレクターの考えるマップ内で生み出す怖さやストレスの度合いの“波”を決めてもらって、それに合わせてカラースクリプト(各シーンの配色やライティングの具合を示す設定画)を決めたりしていました。

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ゲームプレイとストーリーの流れをサポートするのに徹する

瀬尾クリエイティブディレクターやアートディレクターがプレイヤーに感じて欲しい感情を書き出してリストにしてもらって、それにカラーセオリー(配色の調和についての理論)のテクニックだったりとか、カラーサイコロジー(配色がもたらす影響についての心理学)のテクニックを使って配色を決める、といったこともプリプロの段階でやっていましたね。

 プリプロの段階からそこまで緻密に計画してライティングをデザインするというのは自分の経験でもなかなかなかったのですが、今回ホラーをやるにあたって、映画でいうシネマフォトグラファーの役割のような感じに、初期段階からいろいろな理由にそって設計していくことができました。

 ライティングはゲームプレイとストーリーの流れをサポートするのに徹するのが一番重要な任務だと思っているので、そこに気をつけながら、一番ストーリーラインに沿った、ゲームプレイで感じて欲しい感情を引き立てるようなライティングの設計にフォーカスしていましたね。

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――スタジオ代表のグレン・スコフィールド氏(※)が率いる開発チームとしては『デッドスペース』シリーズ以来久々にホラーに戻る形になるわけですけども、プリプロの段階からそれだけしっかり取り組んでいたというのは「ホラーに再び挑む」という意気込みがあってのことだったのでしょうか?

瀬尾はい。それもそうですし、グレンは他のインタビューでも「ホラーにとってライティングとサウンドは非常に重要な要素だ」とよく言ってくれるんですね。なのでプレゼンしたものに対しても「この配色いいね」とか「こうした方がいいんじゃないか」としっかり話し合って密に連携を取って進めていましたね。
(※初代『デッドスペース』エグゼクティブ・プロデューサー。Striking Distanceには『デッドスペース』関連のスタッフが多く集まっており、『デッドスペース』2/3のエグゼクティブ・プロデューサーのスティーブ・パプーツィス氏も参加している)

理想の表現を探るためのプリプロ段階の“ビューティフルコーナー”

――Ars Technica(最先端テクノロジーを広く扱う海外メディア)が公開したインタビュー映像を拝見しました。軍艦の内装を撮ってゲームエンジンで再現できるか試したり、人も同じようにキャプチャーしたものを再現できるかやられていたようですが、あの作業はライティング的にどういう意味合いがあったのか教えてください。

瀬尾先程話した4つの柱に戻るんですけども、あの作業はまさに“プレイヤーが世界をリアルに感じられるか”とか、“没入感を高めるためにどういう表現をしたほうがいいのか”という点で、リアリズムを追求した方が真実味も没入感も高まるんじゃないかということで、その取っかかりのエクササイズとして取り組んだものです。

 僕らは“ビューティフルコーナー”と呼んでいるんですけども、“自分たちのパーフェクトな描写だとどういうことができるか?”というプロトタイプを作るというものです。それプラス、技術的なベンチマークも兼ねていたりもしますね。

瀬尾軍艦の中ってレイアウト的に(ホラーゲームの通路のように)通路が狭かったりするじゃないですか? それで丁度アラメダにUSS Hornetがあるので(※)そちらに出向いて、夜に特別に開けてもらってフォトグラメトリー(※※)しにいったんですけど、夜になるとすごくホラーな雰囲気が出てくるんですよね。実際、幽霊が出るなんて噂もあったりして。
(※マリアナ沖海戦などにも参戦した米空母。サンフランシスコの対岸にあるアラメダで博物館として公開されている ※※物体などをさまざまなアングルから撮影したデータをもとに写実的な3Dモデルに再現する手法)

瀬尾リアリズムな表現をする上でその基礎になるパラメーターだったりとか、ワークフロー(作業の流れ)を構築する際にこうやってマテリアル(CGで物体を表現する際の表面の質感)のスキャンをすればいいんだとか、「こういうことを考えているんだけどどうするのがいいか」といったことを確認していくのが目的です。

 ライティングで言うと光度をスポットメーターで測ってメモをして、そのデータを持ち帰ってUnreal Engineの中で再現をする。それで「このワークフローで良かったんだ」とか、やりたい表現に足りない所があった時に、ライティング側でどういう部分を向上させればいいのか、どこをもっとカスタマイズしたいのかを洗い出すためにも役に立ちましたね。

レベルデザイナーやVFX班と連携して演出を構築

――一個の部屋なりエリアを作る時に、どういった流れで作られていて、その中でライティングはどう関わっているいるのでしょうか? たとえばレベルデザイナー(※)の側で形が大体決まってから関わっていくのか、それともその部屋のコンセプトが最初から固まっていてやっていくのかとか。あとは「長い通路でフォグ(霧や水蒸気)が吹き出してきて視界が悪くなる」というような時に、エフェクトは誰がやっていてライティングとどう連携するのかとか。

(※ステージの構成を行う役職)

瀬尾レベルデザインに関して、全部はじめからライティングが関わっていたということはないんですけども、要所要所のキーとなる場所ではレベルデザイナーと連携してライティングのレイアウトも含めてよく話し合ってはいました。

 まずデザイナーとして「ここでこういうことを起こしたいんだけども、こういう演出ができるか」というリクエストをしてもらって、それに対してライティング的に明るくしたり暗くしたりだとか、フォグが出てきてゲームプレイに深く関わるというような時はお互いにアイデアを出し合って決めていますね。

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クリーチャーの登場とともに通路の奥からがんがんフォグが噴き出してきて一気に視界が悪くなるというシーン。

フォグはライティング班とVFX班で分担

瀬尾それといま話に出たフォグの所なんかは、まさに当初はもっと違う表現をやる予定だったんですね。たとえば暗くするとか。でも実際にそれをやってみた時に、ゲームプレイも考慮したもっとも効果的な表現の仕方として、フォグを敷き詰めて視界を悪くする方が単に暗くするより違う意味で恐怖感を煽れたので、その表現に行き着いたんです。

 それとフォグ自体は、VFXのチームとライティングのチームが一緒にやっています。実際、ライティングのチーム自体も仕事の一部としてフォグを作るんですよ。ライティングのコンポジション(構成)をやっていく上でフォグも重要な要素になるので、ある程度僕らもコントロールを持っています。その中で、ああいうもっと細かい表現が必要なフォグのシーンだったりとかはVFXチームと連携して作っていますね。

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――本作では狭いところを通ったり這っていく時にカメラが後ろをついていくような演出が入っているのもデッドスペースとは異なる部分です。

瀬尾デッドスペースとはまた違うアングルの表現をやっていたりしますね。それもまた「シネマティック」という柱のひとつに関わってくる部分です。やっぱり画角やコンポジションで見え方とか感じる感覚が変わってくると思うので。

 ゲームプレイ(通常の状態)とそういう演出への移行とかもスムーズにいかないと没入感が削がれたりするので、ああいうカメラも(レベル)デザイナーが主に担当して設定づけていますね。それ以外にもシネマティックな要素を入れて、ゲームプレイとのスムーズな融合を目指して頑張って作りました。

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排水溝を這って進んでいると先に人がいるのだが……というシーン。狭い所を通り抜ける場面が多い。

「ホラーゲームならでは」のライティングの難しさ

――「ホラーゲームならでは」のライティングの難しさとかこだわりの部分はありますか? 例えばホラー映画でもライティングはとても大事ですが、「光のある方に向かっていく」というようなシーンで、映画だったら向かっていく方向を主に考えていればいいですけど、ゲームだったら同じ場所を逆側に歩くこともありうる。あるいはゲームでも、『コール オブ デューティ』とホラーゲームだったらメソッドが全然変わってきますよね。

瀬尾全然違いますね。ホラーゲームが本当に難しいのは、どうライティングによって見せるかですよね。たとえば目線の誘導だったりとか。どうやって無意識にどの方向に行ったらいいのか示すかとか、試行錯誤して悩みましたね。実際プレイしていく中でプレイヤーは360度カメラを回すことができますし、かといって360度すべてに何か意味をもたせるのも不可能なので。

 なので僕たちのやり方としては、“ヒーローアングル”を決めるんです。ゲームプレイ上の流れやイベントに基づいて、こういう感じのコンポジションでここを見せたいと。それに近いアングルでプレイヤーが来た時に、無意識的にここに行ってみてもらいたいだとか、目線をちょっとここに集中してもらって実は別の方向から驚かせようとか、そういう可能性をいろいろと考えてやっています。

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操作すべきコンソールにはライトが当たっていて、稲光がビカっと光って外に注意が行くと、次に行くだろう場所が奥に見えてる、という構成。

瀬尾あとは、「どこまで見せるのか」とか「どこまで隠すのか」とか。ホラーのライティングの王道では、数々の映画の中でうまく隠せている方が恐怖感が煽られるんですよね。感情的にもそちらの方が没入感ありますし。というのは、隠されていると想像するじゃないですか。その想像力を掻き立てるようなライティングを目指しています。

 なので、映画みたいに画角が決まっていてそこだけ見せればいいというわけではなくて、プレイヤーが見る場所が外れてしまって伝わらない可能性もあるんですけども、ヒーローアングルとして決めた範囲の中にプレイヤーがいる時には狙った効果を出せるよう、いろいろ考えてライティングの配置とかを決めています。

 ライティングは画作りの明暗とか色を決める中で大部分のコントロールがある仕事なので、そこら辺はすごく気を使っていますね。本当にバランスが難しいです。見せるところは見せて、見せないところはちゃんと意識的に見せないで、恐怖心とか探究心をわきたたせるような感じにしていくのが一番難しかったですね。

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カスタムしたUE4での技術革新&UE5への印象

――『デッドスペース』シリーズはPS3/Xbox 360世代のゲームですが、今回はPS4/Xbox One世代も対応しつつ、PS5/Xbox Series X|S/PCの最新世代のゲームです。世代的にライティングに関係する所ではレイトレーシングが入っていたり、グローバルイルミネーション(※)などももっと使えるようになっていますが、ライティングのメソッドなどは違ってくるのでしょうか?

(※間接光の影響を考慮したシミュレーション。大域照明)

瀬尾ライティングのメソッドそのものは大まかにはそんなに変わらないですが、大きな所ではレイトレーシングでシャドウを描写できるようにエンジンの中でライティングの部分をカスタマイズしています。

 画面の中のすべての光源がレイトレーシングシャドウに関わってくるのは考えてみると結構スゴいことだと思うんですけども。そのあたりはスペインのレンダリングチームがやってくれて、16のライト(光源)までレイトレーシングのシャドウを描写できるという感じになっています。16というのはそれぞれの光源の照射する範囲が重なった場合のことで、重なってなければもっとできます。

 レイトレーシングも含めて言うと、今までの世代のライティングのやり方とは全然違うと思いますね。実際やり方はいろいろあるので、数だけならラスタライズ(従来の描画手法)でも16とかはできたりするんですけども。カスタマイズしていないUnreal Engineだと光源が交差するのは4つまでしかできないのですが、それをカスタマイズして16までできるようにしたのが一番画期的な部分ですかね。

――それはPS5/XSX|S世代での話ですか? あとUnreal Engineは4系でしょうか?

瀬尾はい、新世代機の話ですね。UEは4系です。たまに(誤解で)5と言ってもらえているのは嬉しいことですけど。

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――UE5のLumenなどはライティングアーティストとして見てどうですか?

瀬尾Lumenはまだあまりがっつり触っているわけではないので僕から使った感じなどを話せることはないですけども、Epicから出ている映像や資料を見る限りではすごく可能性を感じますね。4よりもレンダリング(描画)に関する効率化もなされているようですし。

 僕たちのカスタマイズしたものとどれぐらい変わってくるのかはこれから触ってみてという感じになりますが、あれだけのポリゴン数で、またライトをダイナミックに環境の中で変えられて、それで60フレームなり30フレームを出せるなら将来もっと楽しいでしょうね。個人的にゲーム開発で何が一番楽しいかって、そういう技術革新の部分ですからね。

映画業界からやってきた経緯

――そもそもライティングを仕事にするようになったのはどのような経緯だったんですか?

瀬尾映画でCGの仕事をさせてもらったのがはじめなんですけど、最初はエフェクトだったんですよ。火を作ったりとか物を壊したりとか。アシスタントテクニカルディレクターとしてやっていたんですが、そのマトリックスのプロジェクト(『The Matrix Revolutions』)がすごい忙しくなってきて人手が足りないという時に「ライティングできる?」と軽く聞かれたのがきっかけで。

 入りたてでそんな機会をもらえて「いや」とか言うわけないじゃないですか(笑)。だから「やりますやります、できます」って言ってやり始めたのがライティングに足を踏み入れたきっかけで、そこからずっとライティングですよ。

瀬尾ただそのスタジオは後で閉まっちゃったんですけど、その時は丁度EA(※)で映画の人材を雇っていた時期でもあったんで。シネマティックカットシーンとかに力を入れたゲームもいっぱいあって、写実的にできる人が欲しいといっぱい雇っていたという波に乗れたというのもありますね。
(※言わずとしれた世界的パブリッシャーのエレクトロニック・アーツ。『デッドスペース』はサンフランシスコ・ベイエリアにある本社直下のEA Redwood Shoresで作られ、後にそのスタジオがVisceralになった)

 なのでゲームに来たきっかけはそこで、EAで『デッドスペース』を1・2・3と関わることができて、そこからSledgehammer Gamesに移って『コール オブ デューティ ワールドウォーII』、それで今のStriking Distanceです。いまStriking Distanceには結構、EAに入った時期から一緒に働いていた人がいますね。言ってみればグレンなんかもそうです。

瀬尾なのでグレンに関してはライティングの重要性もすごい理解してもらえているし、なにかにつけてクリエイティブな部分でじかに話したりできる関係性でもあるので本当にありがたいですね。ライティングの重要性というのはやっぱりなかなか理解されていないところもあるんですよね。後付けだったりとかするので。

 最初の話に戻りますけど、今回僕が(ライティング)ディレクターとなったからにはそこをちょっと変えて新しいアプローチでやりたかったので、最初からちゃんと設計を理由づけしながら色も決めて、ライティングの配置も考えて、試行錯誤して作っていくという事ができました。