2022年8月23日から25日にかけての3日間にわたって開催された日本最大のコンピュータエンターテインメント開発者向けカンファレンス“CEDEC2022”。本稿では、最終日の8月25日に行われたセッション“撮影現場でモーションアクターの動きをより引き出すためのノウハウ共有”の内容をお届けする。
本セッションで登壇したのはモーションアクター歴20年の杉口秀樹氏と、同氏が立ち上げた株式会社モーションアクターのダンス事業部ディレクターであるMAO氏。
ふたりはそれぞれ、バトルモーションとダンスモーションのキャプチャーを行ううえで重要なポイント、アクターに対してどのような指示を出せば自分たちの求める動きに近づけられるかなど、モーションキャプチャーを円滑に行うノウハウの紹介を行った。
“自然に演技してほしい”、“力強く表現してほしい”といった表現はアクター側と製作者側とで認識がズレていることが多く、そのために理想のモーションが撮れずにリテイクが発生することも多いという。
そんな現状を改善すべく、モーションのロジックを理解し、表現したいことを言語化を可能にするというのが本セッションの目指すところだ。
モーション制作や身体を使った表現に関わる人だけでなく、イラスト制作や写真撮影におけるポージングにもつながる知識が披露されているので、ぜひ最後まで目を通してほしい。
なお、今回の講演で紹介されたポイントの実演動画はモーションアクター社の公式YouTubeチャンネルにて再生リストとして公開されている。動画を見るとより理解がしやすいので、YouTubeチャンネルの動画も要チェック。本稿ではセッション中の実演とYouTubeに上げられた動画からのスクリーンショットを交えて使用している。
骨の正しさはベクトルを定義する
まず杉田氏が解説を行ったのは、アクションゲームなどには欠かせないバトルモーションについて。バトルモーションには骨、円、溜、反、影の5つの要素があり、これらを理解することでよりスムーズなモーション作りが進められるという。
第1の要素・骨は、“骨の正しさはベクトルを定義する”として、キャラクターが力をかける方向とキャラクターの姿勢を一致させることの重要さを説くもの。斬撃や蹴り、パンチなどでも目標に対して姿勢をブレなく一致させることで、力が逃げず、物理的に説得力のある動きが生まれる。
最初の例としては斬撃モーションが挙げられた。脇が開いた姿勢だと肘を伸ばした際に腕が外に開いてしまう(力が逃げてしまう)ため、強さを感じられないモーションになってしまう。これは実演を見れば一目瞭然だ。
足刀蹴、いわゆるサイドキックについても、蹴りの方向と腰の捻転度合いが一致すれば、骨格が一直線になるため蹴りの反動に耐えうる姿勢となる。捻転度合いがズレてしまうと途端に力の抜けた形になってしまうため、骨格を意識することが大事だという。
ストレートパンチも同様で、身体の向きや腰の捻転を揃えることで安定感と説得力が生まれる。講演中に例として挙げられた腕立て伏せの体勢をイメージすれば、骨が真っすぐしている状態に安定感があり、骨格が揃っていないと力が逃げてしまうというのは理解しやすいだろう。
身体の片側だけでも骨格を意識することで、動きの見映えは変わってくるとのことだ。
表現としてはよく見る大振りパンチは骨格がまっすぐではないが、力強さを感じられる。これは、その体勢がつらいことを見る側が知っているからこそ、力が入っていることが伝わるのだという。
演出として力を込めている感覚やキャラクターのしんどさを伝えたい場合、敢えて骨格を一致させないのもアリというわけだ。
円の理解は美しさに直結する
続いては、円の要素。これは力の流れる軌跡を意味し、動きを大きく見せたい場合はとくに重要だという。刀を振るなど、直線的なイメージがある動きも肩や肘を軸にした円運動を内包しており、その円運動が一定である(真円に近い)ほど動きは美しく見える。
逆に無理な軌道を描いていたり、円の中心がブレてしまったりすると動きは目に見えて崩れたものになってしまう。この項目に関しては、動画でチェックするとその違いがよくわかる。
旋風脚、いわゆる回し蹴りの動きについては、遠くを蹴るものと高くを蹴るものの2種類があり、それぞれ事前モーションが異なる。回転によって生み出すエネルギーを理解しないと、全体としてちぐはぐな動きになってしまうという。
遠くを蹴る場合は事前の回転も真横にエネルギーを作っており、高くを蹴る場合、回転は角度が高くなって縦方向に近くなる。この組み合わせが逆になってしまうと動きとして成立しないため、どのような力の流れでその動きになるのか、という理解も重要だ。
円(回転)の軸を意識するという部分では、剣舞における刀を回すモーションが例に挙げられた。手首を軸にして刀を回す場合も、回転の中心となる手首がブレてしまうと綺麗な回転として認識されないため、手首の動かしかたがひとつのポイントとなる。
振り上げた刀を手首で回転させながら振り下ろす(肩の回転と合わせる)動きでも、両方の回転をただ混ぜると汚くなってしまうが、手首の回転が終わるタイミングで肩の回転(振り下ろし)に移行することでキレのある動きが演出できる。
アクターやほかのクリエイターにイメージを伝える際は、“軸を意識して、遠心力に身を任せるような動き”と言えばより正確に伝わるかもしれない、とのことだ。
溜めと反作用の演出、キーフレームの考えかた
第3の要素となる溜めは、力を込めている部位を敢えて遅らせることで本来以上の力を出すもの。骨と円が現実的な力の流れを再現するのに対し、こちらはより演出に寄っている印象だ。
溜めのある動きは、重りによって該当部位が遅れ、ほかの部位の動きに引っ張られてようやく前に進む、というイメージ。目標に向かってエネルギーがかかり始めるまでの時間差によって力を表現しているわけだ。
軽めの刀を振る動きと大剣を振るう動きの違いをイメージすれば、その差は理解しやすいだろう。相手に溜めを意識してほしい場合、“目的の部位を意図的に遅らせる”ように伝えるのがいいとのことだ。
第4の要素・反は反作用を意味し、メインの部位と対になる部位を逆方向に動かすことでキレを生み出すもの。
反の解説では、メイン部位と対になる部位が引っ張り合う、閉じ合う、そしてふたつの部位を入れ換える、という3つのパターンが披露された。
両部位が逆方向に引っ張り合う例としては、カカト落としをする際に首を反る動きが、閉じ合う例ではヘディングで頭を振ると同時に足を上げて身体を閉じる動きが、そして入れ換えについては、蹴りを放つ瞬間に上半身を逆に捻る動きが例として挙げられた。
反を意識したモーションが欲しい場合は、“目的になる部分と対になる部分を同じくらい振り回す”ように伝えると、キレの増した動きになるとのこと。
そして最後の要素である影(シルエット)は、モーションの主要な変化が描かれるキーフレームにおける姿勢のこと。キャラクター性やシチュエーションと矛盾しない動き(姿勢)を作り出すことで、より印象的な動きに仕上げることができる。
攻撃を行うモーションであれば、構え、テイクバック(振りかぶり)、勢いが乗る瞬間、当たる瞬間、そしてフォロースルー(振り抜き)の5つのキーフレームが存在する。
この5点でそれぞれシルエットを工夫することで、全体として見映えのするモーションを作り出すことができるという。
立ち姿などの待機モーションを考えるうえでは、アゴ、肩、腕、胸、腰、膝、つま先の7部位を意識することで、印象をコントロールできるとのこと。
棒立ちの状態からアゴを引き、肩と腕を上げ、胸を奥に引っ込め、腰を後傾させ、膝を曲げ、つま先のスタンスを広げると、警戒心の高い、強敵を前にしているようなポーズとなる。
逆に余裕を表現する場合はアゴを上げ、肩と腕は下げ、胸を反らし、腰も前傾させ、膝を伸ばし、スタンスを閉じた状態にすればいい。杉口氏もポーズを取りながら触れていたが、『ドラゴンボール』のフリーザがまさにいい例だ。
ポージングに対して緊張感が足りない、余裕が欲しいと思った際には、この7点の動かしかたを意識して調整をするといい、とのことだ。
ダンスを構成する4つの要素
続いてはMAO氏が、ダンススタイルが多様化するなかで振付師やダンサーをどのように選出し、オーダーを出していくべきかに関する解説を行った。
ダンス案件の多くはモーションキャプチャー事務所などへの依頼、振付師へのオーダー出し、その後映像を使ったリハーサル、そして撮影本番、という流れで進む。
リハーサル以降で動きを見て要望を伝える際に、押さえておきたいダンスの要素は4つ。ビート、リズム、振り付け、そしてキャラクターだ。キャラクター部分はキャプチャーを行うアクターの仕事であり、それ以外の3つは振付師の領域となる。
ビートは1小節のなかで刻むリズムの回数を意味し、8ビート、16ビート、32ビートの3種類が用いられる。
ダンスに関しては全体的に動画で見るのがわかりやすいが、8ビートはシンプルに足踏みだけのステップ、16ビートはそこに身体全体でリズムを刻む動きが加わり、32ビートになるとすばやい腕の振り付けも加わる、といった具合に動きの要素が増えていくイメージだ。
かわいくリズムに乗るだけなら8ビート、さらにステップも加えるなら16ビート、カッコよくキレキレなダンスにするのなら32ビート、といった具合にオーダーを使い分けると伝わりやすいとのこと。32ビートに近いほどダンサーに実力されるスキルも高くなる。
リズムはビートに合わせていくオンビート、ビートの裏(拍と拍のあいだ)で合わせるエンカウント(またいはエンビート)の2種類が存在。オンビートはしっかりとポーズを取り、少し重たさを感じさせる動きになり、エンカウントはポップな印象に動きが変化するという。
明るくポップならエンカウントを、クールに、カッコいいダンスであればオンビートを意識するように、とオーダーを出せばダンサーにも意図が伝わりやすいとのことだ。
また、歌詞が入っている場合はリズムが単調になってしまいがちなので、上記のオンビート、エンカウントを踏まえたうえで、そのリズムを裏切るようにリズムを取れば、見ている人を飽きさせない動きになるという。
それを狙う場合、メロディラインだけでなく裏の音も取ってほしい、とオーダーすることで理想に近づけるそうだ。
振り付けは、ダンスを行うシチュエーションによってポイントが変化するという。
ステージでのパフォーマンスなら重要なのは生感や実在感であり、全体の動きが揃っていることよりも息遣いやテンションの高さが感じられる動き、手を振る動きなど、ライブでしか見られない振り付けを盛り込むことでより魅力的なものにできる。
PVであれば見やすく完成されたクオリティーの高いダンスを、汎用的なものであれば短い尺でも印象に残るワンステップを、といったようにシチュエーションごとの長所が活かせるようなオーダーが重要とのことだ。
YouTubeチャンネルの動画ではステージとPV、汎用モーションの違いが確認できるので、具体的な動きの違いが気になる場合はこちらも併せてチェックしてほしい。
最後の要素であるキャラクターは、かわいい系、優雅系なのか、それともカッコいい系、クール系なのかを動きのキレで表現するというもの。キャラの振り幅に広く対応するには、キレを自由にコントロールできるアクターが必要となる。
キレというのはただ単にカチッとした動きを示すのではなく、スピードのある動きが急に止まるからこそキレがあるように見えるとMAO氏は説明。講演ではこのキレを10段階に分け、各段階での違いが解説された。
伸ばした腕を左から右に流していく場合、キレが0ならストップが発生しないため、腕を右に伸ばしきった後も身体全体が流れていってしまう。キレが3~5であれば、完全に流されはしないものの、まだストップの反動に軽く引っ張られてしまう。
キレを抑えた振り付けはふわふわした印象になり、かわいい系の表現として使うことができる。
7~8の段階になると身体が引っ張られることはなくなり、綺麗なストップがかかる。このあたりからキレとして見えてくるイメージだ。
キレが最大となる10段階目では、動きを止めた瞬間に「パーン!」という音が聞こえるような勢いのあるストップがかかり、先ほどの7~8段階のものと比べても非常に力強い印象の動きとなる。
強いキレを活かした例として挙げられたのは、キビキビと手足を動かすロックダンス。ひとつひとつの動きに強い止めが要求されるため、高度なフィジカルコントロールが必須になるという。ロックダンスにしない場合も、キレが強いほどビシッとした印象になっていく。
表現したいダンスのイメージによって相手に求めるべきものも変わってくる、というのポイントを押さえておけば、より適したアクター・ダンサーを探しやすくなるだろう。
また、キャラクター性を表現するうえでは、振り付けのなかで目立たない部位・アナザーパーツも重要だという。講演内で例として挙げられたのは、伸ばした右腕を上から前に下ろす動き。左腕の角度や立ちかたによって身体のラインを変化させることで、同じ振り付けでも印象は大きく変化した。
アクターに動きを調整してほしいときに“もう少しかわいく”、“もっとクールに”といった表現をするのではなく、手首の角度を付ける、身体のラインをどうする、と具体的に伝えることができれば、よりスムーズに理想の動きに近づけるだろうとのことだ。
今回挙げられたビート、リズム、振り付け、キャラクターの要素を踏まえた増えてオーダーをし、アクターを選出していけば、要望に沿った対応ができ、よりクオリティーの高いデータにつながっていくはずだ。
モーション作りや発注で苦労している人は、改めて今回紹介された内容や、モーションアクター社のYouTubeチャンネルをチェックしてみるといいだろう。
YouTubeや体験会でもノウハウを公開中
セッションの最後には、モーションアクター社の取り組みが告知された。冒頭でも触れた通り、同社のYouTubeチャンネルには本セッションで解説された動きの実践動画が公開されているほか、過去の動画でもさまざまなアクションやダンスがアップロードされている。
また、クリエイター向けの体験会も実施しており、ロジックを言葉としてだけでなく体験として理解できる場も設けられている。真剣斬りの体験会では人を斬るための身体操作や刀の構造に関する講座から、実際に刀を使った試し斬り体験、そしてその後フィードバックも受けられるとのこと。
最後に杉口氏は、“自然に”という言葉のニュアンスについて再度触れた。
自然に、と言われたアクターはそれまでの経験で培われたダンスなどの“自然さ”を答えとして出してしまうが、多くの場合クリエイターが求めているのは“キャラクターとしての自然さ”であり、それらの認識は食い違うことが多い。
漫画やアニメのポーズ、構図を基に作られたモーションを生身の人間が演じようとすると無理が発生することもあるため、今回の講演によってモーションに対する認識をすり合わせ、今後作品のクオリティーを上げていければ、というのが杉口氏の考えだ。
ゲームやアニメーションのクリエイター、イラスト制作に関わる人からコスプレなどの撮影で綺麗なポージングを目指す人、あるいは演劇やプロレスなど身体を使った表現を行う人々まで、多くの人にとって得るものがあったであろう本セッション。
モーションアクター社の取り組みに興味を持った人は、ぜひYouTubeチャンネルなどをチェックしてみてほしい。