5周年のテーマは“最貧と感謝”
2022年6月6日に5周年を迎えたバトルファンタジーRPG『SINoALICE -シノアリス-』(以下、『シノアリス』)。2周年時には“金欲祭”と題して大盤振る舞いのプレゼントキャンペーンを展開したり、4周年時には“生前葬”と銘打ってデスメタルライブをくり広げたりと、毎回話題にこと欠かない本作の周年祭だが、本年は何やら毛色が違う模様だ。
スクウェア・エニックスのプロデューサー・藤本善也氏、ポケラボのプロデューサー・前田翔悟氏、原作・クリエイティブディレクター・ヨコオタロウ氏の3名にインタビューを実施。
運営スタッフお手製の“貧乏年表”なるものをもとに、開発中の貧乏エピソードを始め、大ヒット後の絶頂期とその後の転落ぶり、気になる5周年祭の展開などを語り尽くしていただいた。
※インタビューはオンラインにて実施しました。
藤本善也(ふじもとよしなり)
■スクウェア・エニックス
『シノアリス』プロデューサー。ポケラボに『シノアリス』企画を持ち込んだ。
前田翔悟(まえだしょうご)
■ポケラボ
『シノアリス』プロデューサー。予算、スケジュール、プロモーションといったさまざまな業務を担当している。公式生放送の“生SINoALICE”にも初回から出演。
ヨコオタロウ
■ブッコロ
『ドラッグ オン ドラグーン』や『NieR(ニーア)』シリーズなどのディレクターを担当。『シノアリス』では原作とクリエイティブディレクターを務めている。
抑えられた予算で少数精鋭!? 期待値ドン底からスタート
スタッフお手製の“貧乏年表”がこちら↓
貧乏年表.1(2007~2016年)
2007年
- 11月 ポケラボ設立
2012年
- 3月 スマホゲームで立て続けにヒット作を連発
- 10月 グリーが全株式を取得し子会社化
2014年
- 1月 『戦乱のサムライキングダム』をリリースし、ヒットタイトルに
2015年
- 10月 ポケラボとスクウェア・エニックスの共同開発で『シノアリス』の開発がスタート。ポケラボオフィスでキックオフ会を実施
【貧乏エピソード】 ポケラボから3名、スクウェア・エニックスから1名、イルカから2名(ヨコオ氏含む)という少人数でのキックオフ会。通常ならもっと大人数であることから、本作の期待値の低さがうかがえる。
- 11月 プリプロ制作開始
- 12月 ジノ氏(オリジナルキャラクターデザイン)が合流。試作キャラ絵のラフ作成へ
2016年
- 5月 プリプロ制作完了(※)
- 6月 ポケラボ、スクウェア・エニックスで本開発承認へ。本開発承認のお祝いにチームメンバーで焼肉に。チームメンバーにがんばってもらおうと前田Pが自腹でおごる
- 11月 赤羽良保氏(シナリオライター)が合流。シナリオやキャラセリフの制作に
- 12月 岡部啓一氏、MONACA(音楽)が合流。BGM制作に
- 12月 アオキタクト氏(動画ディレクター)が合流。PV制作に
※プリプロ期間中のヨコオ氏のタスク
- 世界観設定
- プロット設定
- 神魔設定
- 試作キャラクター設定
- 試作キャラクター
- 別ジョブ設定
- 残り6体のキャラクターの設定バリエーション決め
- 残りキャラクター設定
- バトル中の会話パターンの検討
- シナリオ/フレーバー作成の役割分担検討
- アリス1章分のシナリオ作成
- GvG(Guild vs Guild/ギルドどうしの対戦のこと)世界観設定
- 神魔召喚の名称の考案
- ゲームタイトルのベース案作成
- アイテム名
- 機能名のチェック
- ナビキャラのサンプル画像検討
- シナリオフォーマットの文章作成
- フレーバーフォーマット作成
- バトル中のセリフフォーマット作成
【貧乏エピソード】 当時はヨコオ氏がすべてひとりでやっていた。『シノアリス』の開発と並行して『NieR:Automata(ニーア オートマタ)』も開発中のヨコオ氏は大阪にいることも多く、ミーティング機会は限られ、1回の会議が5時間近くにおよぶことも。
――まずは開発がスタートした2015年当時、印象に残っている出来事などはありますか?
藤本僕がポケラボさんに企画を持っていったのが2014年なので、かれこれ8年前から『シノアリス』は動き出していたんですよね。
ヨコオそれを言ったら、僕が藤本さんから「いっしょにお仕事をしましょう」とお話をいただいたのなんて2011年ごろですよ。その後、3年間くらいは音沙汰がなかったので、てっきり立ち消えになったとばかり思っていました。
藤本そうですね。当時、“スクエニ初のアリスもの”を作りたいと考えていて、僕のほうから「ヨコオさんが描く“アリス”が見たいんです」とラブコールを送りました。それが、もう10年以上も前のことになります。
ヨコオその後、紆余曲折あってようやく企画として立ち上がったと。けれど、たしか藤本さんがポケラボさんにこの企画を持ち込んだ際には、一度断られているんですよね?
藤本その通りです……というのも、当時のポケラボさんとしては「ヨコオタロウって誰?」というくらいの温度感でしたので。
ヨコオそりゃそうだと思います(笑)。当時、この企画にNGを出したのは前田さんですか?
前田いえ、自分ではないですね。もちろん社内でそうした会議があったことは知っていました。
藤本当時からGvG要素を搭載していたゲームはあったんですが、僕が「それをさらにアップデートしたようなタイトルを作りたい」という想いを伝えて、晴れてポケラボさんから承諾いただけたものと記憶しています。
――開発スタートにあたってのキックオフ会は、ポケラボから3名、スクウェア・エニックス(以下、スクエニ)から1名、イルカから2名の総勢6名という小規模なものになったそうですね。
前田やはり、当時は社内での期待値も低かったのだと思います。予算についても、現在のソーシャルゲーム開発現場と比べて、『シノアリス』の場合はかなり少なかったです。
そんな中でもヨコオさんの描く世界観を実現するために、アート関連を削るわけにはいきませんでしたので、三浦拓也(アートディレクター)や栗田昭(UIディレクター)といった、ポケラボ社内でも選りすぐりの人材を集めてもらいました。
反面、アート回りのスタッフ以外は最低限の人数だけをアサインするというような、少数精鋭の布陣でのスタートでしたね。
ヨコオ予算感もそうですし、期待値が低いのも実際その通りだったと思いますが、僕の中では「当然だよね」と思っていました。
こんなゲームどうせ売れないし、なんだったらもっと期待値は低くてもいいんじゃないかと。実際、僕は開発初期のころから皆さんに対して「いい思い出作りをしましょう」と言っていました。
藤本予算は間違いなく少なかったですよね。たとえばBGMを岡部啓一さんにお願いしようとなったときに、やはり“世界のオカベ”ですから……。スクエニ側で負担することにしたという裏話もあります。
前田当時は予算がカツカツな中で、細々とした支出に対してまで厳密にチェックを入れながら制作していましたから。
藤本ただ僕は、開発体制を構築する際にポケラボさんのクリエイティブチームのポートフォリオを拝見したときに、ポテンシャルを持ったチームだなとも感じていたんです。最初のミーティングの際にも、ヨコオさんに対して「アートに関してはまったく心配ないと思いますよ」と伝えていた覚えがあります。
ヨコオ藤本さんのお言葉通り、結果として『シノアリス』は、すばらしい仕上がりになったと感じています。
前田キックオフではヨコオさんとはUI(ユーザーインターフェイス)についてかなり話し込んだ覚えがあります。
まさか世界観やシナリオなどを差し置いて、UIの話題になるとは思っていなかったので、会が終わった瞬間にUI担当の栗田のところに駆け寄って、「がんばりましょうね!」と声を掛けました。
――ヨコオさんが、開発当初からUIを重要視していた理由というのは?
ヨコオ『シノアリス』の参考に、他社のGvG要素を搭載していたゲームを遊ばせてもらった際に、ゲームとしての魅力は理解できた一方で、UIが僕としてはあまり好みではないと感じました。
これは当時のソーシャルゲーム全体の傾向かもしれないですが、とにかくUIが派手で、それぞれが主張しあった結果、ジャングルのような無秩序感を醸し出しているとも。このあたりはもっと整理して、製品のコンセプトが伝わるものにしたかった。
「『シノアリス』が持つシックな印象を全面に出したUIで、ほかと差別化をしたいです」と、前田さんにはお伝えしました。
――本開発に向けた準備製作期間には、ヨコオさんおひとりで膨大なタスクをこなされていたようですね。
ヨコオたしかに世界観設定から始まり、試作キャラ設定や会話パターン、各種文章フォーマット作成、ゲームタイトルベース案の作成など……並べてみると膨大に見えますが、実際はたいした量ではなかった印象です。
そもそも、当時の僕はそこまで大量の仕事を受けていませんでした。お仕事をたくさんいただけるようになったのは『NieR:Automata(ニーア オートマタ)』がヒットした後なので。そんなわけで僕自身、手が空いていた。
そして単純に人もいなかった。また、逆にこちらから能動的に進めていったほうが後々円滑に進むだろうとの考えで進めていった部分もあった。頼まれたことと必要だと思ったことを並べていったらこうなりましたというだけですね。
前田もちろん当時は開発の進行上いけるであろうとの判断のうえですが、それでも現在のヨコオさんから考えると相当な量をこなしていただいたなと思います。
藤本前田さんは、極めて高い制作進行能力をお持ちの方なんです。
当時からヨコオさんは『シノアリス』と並行して『ニーア オートマタ』も開発していたわけで、月1回しか取れない『シノアリス』のミーティングの時間を最大限に活用しようとしてくれていました。
それに、『ニーア オートマタ』のスケジュールが変更された際も、『シノアリス』の進行を柔軟に調整してくださって。すばらしい手腕の持ち主だなと思いながら見ていましたね。
ヨコオ当時はリモート会議ツールもそうありませんでしたから、顔を合わせてミーティングするしかなかったですし。
前田やはり月に1回だけのミーティングということで、ここで下手を打つとその後1ヵ月間の進行がストップしかねないだけに、最重要視していましたね。ときには5時間近くかかることもありました。
ヨコオ5時間も何を話し合いましたっけ。もう記憶が定かじゃないというか、闇雲に時間がかかっていたような覚えもまったくないです。
……強いて時間がかかったところを挙げるとすれば、ナビキャラクターのギシアン(ギシン、アンキ)の制作でしょうか。重要なキャラクターなので、かなりリテイクが多かったような気がします。
ウエポンストーリーを100個以上も執筆! 予算も人員もカツカツの本開発期間
貧乏年表.2(2017年)
2017年
- 2月 リリースまでにウエポンストーリー120個以上を制作
【貧乏エピソード】 予算がないため、ポケラボPL(当時)の松尾氏がひとりで土日も制作することに。松尾氏も100個近く書いたところでネタが尽き、前田Pやチームメンバーと残りの分を制作。
- 5月 リリースを目前に控え開発もラストスパート。夜遅くまで作業するため、前田Pが自腹で出前をよく取っていた
【貧乏エピソード】 予算がないため、開発メンバーは数十名ほどしかおらず、開発作業は毎日終電の時刻にまでおよんだ。
プリプロ期間中のヨコオ氏のタスク
- キャラクター設定/6ジョブ(運用分)
- キャラクター設定/新キャラ1(ドロシー)、新キャラ2(くるみ割り人形)
- BGM仕様作成/岡部氏への指示書(PV用メイン、GvG以外、GvG)
- シナリオのキャラクター一致・不一致の仕様確認
- 現実篇のキャラクター設定/アリス、スノウ・赤ずきん、ピノキオ・かぐや姫
- 半ナイトメア化のキャラクター設定/アリス、シンデレラ、グレーテル
- 現実篇のシナリオ構造設計
- チュートリアルのギシンアンキのセリフ修正
- 衝動篇の終わりのシナリオ作成(ギシンアンキの掛け合い)
- キャラクター設定/6ジョブ(運用分・3月作業)、6ジョブ(運用分・4月作業)
- 『ニーア』コラボのシナリオ制作
- 公式サイトの監修
- 『ニーア』コラボ企画とプロモコラボ企画の監修
- 取材対応・記事監修(2月1回、3月1回
- 事前登録リアルインセンティブの対応(サインなど)
【貧乏エピソード】 これらも、当時はヨコオさんがすべてひとりでやっていた。
――“貧乏年表”の印象とは裏腹に、ここまでは比較的明るい話題が続いてうれしく思います。ただ、一時期ポケラボの運用タイトルがゼロになるという衝撃的な事態も……。
前田社内の開発リソースを新規タイトル開発に集中して振り向けるためでしたが、このときはポケラボの売り上げ的にもきびしく社内の空気もピリついていましたね。『シノアリス』を含めた開発中のタイトルに注力しようという方向性でしたので僕自身プレッシャーを感じていました。
藤本……けれど僕が聞いていた話だと、ポケラボさんの中間成果物が上がってきてもグリーの田中良和社長はほとんど意見をおっしゃらなかったと聞いています。
前田言われてみれば、『シノアリス』は好意的に受け取ってもらえているような印象がありました。クリエイティブ面や戦略面も明確にしていてかつそこからブレずに制作していたことが示せていたのかなと。
ヨコオきっと、期待値が低かったからですよ。
藤本戦略が明確だったというか“ハードルを下げておくこと”こそが戦略だった(笑)。
――「期待値が低かったから」だけでは絶対に説明がつかないと思いますが(笑)。2016年6月にはポケラボ、スクウェア・エニックスの両社で本開発が承認され、本開発がスタートすることになります。
前田本開発の前に両社間での仕様確認に追われた思い出はありますが、やはり「ひとつの節目だな」という感覚はありましたね。
――先ほど、ヨコオさんからは「いい思い出作りをしましょう」と語ったエピソードなども上がりましたが、本開発がスタートしたことで思いを新たにする部分もあったのでしょうか?
ヨコオいえ。僕はたとえ本開発が終わってリリースされても、すぐにサービス終了するだろうと思っていたので、あくまで“終わりの始まり”だと捉えていました。
ただ、スタッフの皆さんにお給料が発生することはたいへんよろこばしいことだなとも感じていたんですが……一方で年表を見ると、本開発承認のお祝いで前田さんがチームメンバーに対して自腹で焼肉をおごったりもしていることがわかるので、何とも言えない気分になります。
前田会社から“コミュニケーション予算”という名目で一定額はもらえるんですが、やはり焼肉をいっぱい食べるとどうしても足が出てしまうので。チームメンバーにがんばってもらおうとの思いで自腹を切っていましたね。
――そうした男気を見せるのも、よきプロデューサーの条件ということなのでしょうか。
前田ある意味、最初におごっておくことでその後にメンバーに多少きびしい要求をしても受け入れてもらえやすくなるといった側面はあるかもしれません(笑)。
――2016年末にかけてはシナリオライターの赤羽良保氏、コンポーザーの岡部啓一氏(MONACA)、映像ディレクターのアオキタクト氏も合流されたということで、チームとしての結束がより重要になった時期かと想像します。
ヨコオとはいっても、作業スタッフは増えてもその中間に入るべきプランナー的な立ち位置の人は少ないままで、僕はまだ「人がいない」とブツブツ言っていた気がします。
ウエポンストーリー制作に関しても、人がいないからプランナーの松尾さん(松尾綾樹氏)に120個くらい書いてもらうことになりました。ウエポンストーリーは、松尾さんの精根が尽き果てた結果として完成したものです。
前田松尾さんはプランナーとして仕様回りを手掛けていたのですが、もともとシナリオにも興味を持っていたようでして。本開発の中で「武器ひとつひとつにストーリーを付けたい」という話になり、しかし人手も発注する予算もない……となったときに「僕がやります!」と手を挙げてくれたのが松尾さんでした。
――もともとシナリオ方面にご興味があったとはいえプランナー業務の傍らで100以上のストーリーを執筆するというのはすさまじい……。
ヨコオ僕のほうから「〇〇要素と△△要素を組み合わせると、□□的な物語が書けますよ」など、書き出しのパターンや細かな表記ルールをまとめたマニュアルのようなものを作って松尾さんにお渡ししました。
結果、そのマニュアルを駆使して生み出せるバリエーションの限界が120個ほどだった――という貴重な知見が得られましたね。人間の精神が正常に保たれる限界点、と言い換えられるかもしれませんが。
前田もちろん、松尾さんひとりでは限界があったので、その後はほかのメンバーも手分けして制作にあたりました。僕自身も、いくつか書いています。そんなスタッフの汗と血の結晶たるウエポンストーリーが、この5周年のタイミングで『武器ノ物語 SINoALICE Weapon Story』として書籍化されて、スクエニさんから発売されることになりました。
書籍『武器ノ物語 SINoALICE Weapon Story』(Amazon.co.jp)ヨコオ書籍化されるとは聞いていましたが、ウエポンストーリー集なんて売れるんですか?
藤本Amazonで予約が開始された際のランキングではトップ10入りしたんです。僕も驚きました。
前田こだわって作った部分ですし、執筆メンバーもヨコオさん、松尾さんを含めて多数いらっしゃるので、スーパー短編集のような読み応えのある内容になっていると思います。
――そして、2017年5月にはついにリリースを目前に控えて開発もラストスパートに突入します。ここでも、また前田さんが自腹を切る場面が。
前田そうでした(笑)。リリース直前の最終追い込みでデバッグ期間というものが数ヵ月ほどあるのですが……本作はRPG要素とGvG要素が複雑に絡み合いながら構築されているので機能や画面数が多く、そのぶんバグも多く存在したんです。
プログラマー陣は、そうしたバグを潰すことに必死にならざるを得ず、毎日終電近くまで作業してもらうことになり……僕としてもどうにか作業を続けてもらうために、せめてもの思いでメンバーたちの晩ご飯を自腹で出前したりしていました。
藤本一方で、僕はこの当時から「サーバーは大丈夫?」と何度も確認していたのですが……けっきょく、リリース後にはメンテ地獄という結末を迎えてしまうことにもなり。とはいえ、あれほどサーバーに負荷がかかることは読みきれなかったですよね。
前田このころはもう事前登録も開始されていて、当初の想定の数倍にも及ぶ登録数が毎日あるような状況でした。そうした状況を受けて、「これはもしかしたらサーバーが危ういかも」という雰囲気は社内でもあったのですが、一方でそこまでユーザーさんが集まるのかという部分はどこか信じ切れない面もあり……。
藤本でも、当時としては予算の限界ギリギリまでサーバーを増設して準備してくださっていたんですよね。それこそ、「これ以上は現実的ではありません」という規模まで。
――ちなみに、少しさかのぼって、本開発中のヨコオさんのタスクについても、これまた多岐にわたっていたようですが……。
ヨコオここについても細々とはありましたが、文章量に換算するとそこまで多くはなかったと思います。
コンシューマーゲーム制作的な感覚として「僕の仕事はゲームがリリースされるまで」という思いもあったので、最後のひと仕事だなと。
僕はつねづね「晴れてリリースされた後は、お付き合い程度に携わらせてもらいます」とお伝えしていたと思います。ソーシャルゲームの運用にまで足を突っ込んでしまうとほかの仕事を受けられなくなってしまうので。だからいまでも「いったい、『シノアリス』はいつまで続くんだ」という気持ちがあります。
――ヨコオさんとしては、リリース後はご自身抜きでも羽ばたいていってほしいという想いが?
ヨコオ当時の僕の記憶の限りでは、当時のスクエニがリリースしたソーシャルゲームが軒並み9ヵ月程度でサービス終了することが多くて。僕の中ではれを“9ヵ月祭”と呼んでいたんです。だから『シノアリス』も、サービス継続9ヵ月を突破することが最大のミッションだと捉えていました。
1周年まで迎えられたら万々歳だけど、たとえ到達できたとしてもアリスたちは1年が限界なんだろうなという目線で彼女たちを見ていました。
藤本『シノアリス』リリースの際に、とあるインタビューのなかでヨコオさんが「できあがったものには非常に満足している」と言ってくださったんです。
その言葉を僕は心からうれしいと感じたのと同時に、「ヨコオさんの中ではひと仕事終えたことになっているんだろうな」とも。
ヨコオ何しろ、三浦さんが手掛けたアートやジノさんが手掛けたキャラクターデザインには安定感がありましたから。
僕は当初から「アートに統一感がないゲームは作りたくない」という想いを持っていました。そこで三浦さんが入ってくれたことによりキャラクターまわりがしっかりと整理されて、かつ落としどころにいたるまでじょうずに探ってもらえました。三浦さんを始め、皆さんには本当に感謝しています。
大ヒットを受けて絶頂期到来――。大金を手にして歯車が狂い始める
貧乏年表.3(2017年~現在)
2017年
ここから『シノアリス』の絶頂期!!
- 6月 『シノアリス』リリース。
メンテ地獄を乗り越え、大ヒットに。『シノアリス』の運営が大規模で長期間続くことが見込まれたため、チームメンバーも倍以上に大幅増加し、動画ディレクターのアオキ氏がクリエイティブまわりをチェックする、シナリオ制作に松尾氏が専門で入るなど、ヨコオ氏の作業体制も強化される- 11月 都内の会場を貸し切り、関係者数百名を集めての大ヒット感謝祭を開催
2018年
- 7月 『 シノアリス』初のテレビCMを放映。さらに大掛かりな撮影となったWEBムービー『アリスという事象』を公開
- 11月 ニッショーホールで2日間、合計4公演のコンサートを開催
2019年
- 3月 都内の会場を貸し切り、関係者数百名を集めての盛大な運用お疲れ会開催
- 6月 2周年金欲祭を開催。テレビCM第2弾、毎日現金100万円をプレゼント、金のダーマエ像(純金100g)をプレゼント
2021年
- 6月 4周年生前葬開催。テスラ Model 3など超豪華プレゼント、フルCGデスメタルPV制作、デスメタルフルアルバム制作、デスメタルカフェ開催、仮想空間デスメタルライブ実施など
『シノアリス』の絶頂期ここまで……
- 7月 4周年までは毎月大量のプロモ費を使っていたが、4周年以降は大幅なプロモ費の節約を余儀なくされることに……
【貧乏エピソード】 予算を大量に掛け過ぎたため、『シノアリス』は火の車に。
2022年
- 6月 節約に節約を重ねて、豪華景品も用意した5周年を開催!
――かくして、『シノアリス』は2017年6月にリリースを迎えることになりました。直後の大ヒットにより開発チームも増強されたとのことですが当時の状況はいかがでしたか?
前田まずはポケラボ内の人員が3倍程度増加しましたね。
リリース後に初めて判明した問題点や、今後運用していくために改善せねばならない課題も生まれたので、それらを解決していくためにもチームを強化しました。それとヨコオさんにも、本作がヒットした瞬間に「このタイトルは1年なんてレベルではなく、長期的な運用が見込まれると思います」とお伝えした覚えがあります。
先ほどは「もう終わった」的なお話をされていましたが……(笑)。
藤本僕もスクエニ側のプロデューサーとして、開発当初からずっとひとりで関わり続けてきたのですが、リリースから半年後にようやくアシスタントプロデューサーが1名(笑)つきました。
ヨコオ僕の周囲の事情はそれほど変化がなかったので、映像ディレクターのアオキさんを言いくるめて、なし崩し的にキャラクターのチェックなどを手伝ってもらっていた記憶があります(笑)。
――三者三様とも言うべき状況だったようですが……リリースから5ヵ月後の2017年11月には関係者数100名による大ヒット感謝祭を開催したという、華々しいトピックも続きますね。
前田大ヒット感謝祭についてはありがたいことにスクエニさんに全額負担いただきました。
藤本予算数100万といった規模で盛大に行いました。何しろ“感謝祭”ですからね。会場に集ってくださった方を目の前にして、『シノアリス』にはこれほど多くの方が携わってくれていたのだと再認識することができた、いい機会にもなりました。
ヨコオ最初は貧しい中で爪に火をともしながらがんばってきて、「それでも、やり甲斐はあるよね」と楽しそうに話していた連中が、大金を手にした瞬間にめちゃくちゃになっていく。そんな、人間がダメになっていくさまが映し出されていくのがまさにこのあたりからです。
――その後も、初のテレビCM放映や実写Webムービー公開、コンサート開催などが続きますね。
ヨコオWebムービーやコンサートでのムービーについてはすべてアオキさんにお願いしました。アオキさんにはずっと映像とは関係ない部分で活躍していただいていたのでようやく本領発揮してもらえる機会を用意できたことで、僕としても胸をなでおろしました。
藤本コンサートについては、初回ながらすばらしいものになったと感じています。ぜひ第2回を開催したいと企画にチャレンジしたこともあったのですが、初回を越えるレベルの企画は難しくていまに至ります。
やはり、ハードルが上がったものに対してトライするのは『シノアリス』の基本戦略から逸脱した行いでもありますので(笑)。“初回がいいものになりすぎた”という珍しい形の失敗例を教訓とし、別の形で活かしていきたいです。
ヨコオコンサートは本当に楽しかった記憶があります。あのときの公演はたしかYouTubeで公開していますよね?
藤本はい。『シノアリス』の公式YouTubeチャンネルにて無料公開していますので、この機会にぜひいま一度ご覧ください。
前田いずれも、まさに絶頂期とも言うような施策の数々で……懐かしいかぎりです。
SINoALICE CoNCERT~ギシンとアンキの愉快な音楽祭~
――その“絶頂期”というお言葉を象徴するかのごとく、2周年時には“金欲祭”と題して豪華キャンペーンが多数実施されました。
藤本毎日ユーザープレゼントと称して現金100万円が抽選で当たったり、2週間にわたって日替わりCMも打って……日替わりCMなどという企画を打ち出した際には、広告代理店の方も目を丸くしていましたからね。
制作費が膨大になることはもちろん、全国のテレビ局で放映するにあたって2週間ぶんの映像素材を各局にお配りするだけでもとても費用がかかるわけで。
――思わず目のくらむようなお話ですね……キャンペーンの中には、“金のダーマエ像(純金100グラム)もプレゼント”という文字も燦然と輝いておられます。
前田本当に、このころの自分は何を考えていたのか……頭を抱えてしまいますね。僕もそうですし、会社としてもふつうだったらこんな企画は通るはずがないわけで、誰もがおかしくなっていたんだと思います。
藤本たった3年前は“金のダーマエ像”なんてものを配っていたこともあったのに……今年は何をするんでしたっけ?
前田今回の5周年では“『シノアリス』火の車号”ということで、僕がラッピングカーに乗って貧乏行脚をさせていただきます。
3週間かけて南は福岡から北は札幌まで、全国津々浦々を回る予定です。ラッピングカーに関しても軽自動車ですからね……金の像だなんだと言っていた人間が、いまや「予算はこれだけでやるので、どうか行かせてください」と会社に頼み込むような始末です(苦笑)。
ヨコオ数年をかけて、『シノアリス』のあるべき姿に戻ってきた感じですね。2周年の際に有頂天になりすぎた結果、翌年の3周年の記録が年表に残っていないところなんかも笑えます。
前田3周年ではユーザーの皆さんといっしょにウエポンストーリーを作る企画などもやりました。
藤本4周年記念の“生前葬”なんてやせ我慢もいいところですよね。
前田“4”周年と“死”をかけて、藤本さんが”デスメタル”案を言われて、そこにヨコオさんから“生前葬”と付け加えていただきました。
ヨコオ周年イベントはどうしても似てきてしまいがちなので、何か新しいものを届けなければとの思いがあったんです。ここでもアオキさんには大活躍していただきましたね。アオキさんはバンド活動もされているので、映像から音楽にいたるまで、すべてがアオキさんのディレクションによるもの。“アオキ祭”とも言うべきイベントでした。
前田アオキさんは“フルCGデスメタルPV”や、“デスメタルフルアルバム”などをノリノリで作ってくださいましたね。また4周年イベントの中では、仮想空間で“生前葬会場”を構築してのデスメタルライブも盛大に実施しました。
藤本ありましたね。やはり、やり過ぎるくらいが『シノアリス』のいいところだと思います。
ヨコオそして、ここでやり過ぎた結果『シノアリス』の予算がめでたく爆散したという。
前田突拍子もないコンセプトにもかかわらずフルセット&フルコンボでお届けしましたから。ここで予算を使い込んでしまったことで4周年以降は節約・節制の日々が続きます……。
――節約・節制の日々のなかで、どのように予算をやりくりしていったのでしょうか?
前田これはソーシャルゲームの宿命とはいえ、次第に売り上げも落ち着いてきて、それに比例してプロモーション費も減っていきました。
ただ、既存のユーザーさんは多くいらっしゃるわけで、ユーザーの新規獲得も諦めたわけではないけれど、それ以上にいま現在遊んでいただいているユーザーさんに、より楽しんでいただけるようにという方向性で、体制も予算も集中させていきました。
運営の長期化に伴って、長年遊んでくださっているユーザーさんたちからの愛のあるご意見・ご要望をいただくことも増えてきたので、そうしたお声を直接お聞きする座談会企画なども定期的に実施していますね。
金満時代もいまはむかし。5周年を迎えた本作の最後とは!?
――そうした節約の取り組みもあって、この度の5周年とつながっていったわけですね。
前田今回のテーマは、“最貧と感謝の5周年”です。プロモ費が削られた中でも、まだまだユーザーの皆さんに還元していきたい。
感謝の気持ちを伝えたいという我々の想いを全面に出しています。ただ、おもしろいことをしないと『シノアリス』の周年祭ではないので、先ほどもお話しした“火の車号”を始めとするさまざまなイベントやキャンペーンも、限られた予算のなかでお届けしていきます。
藤本それもこれも、ひとえに前田さんが体を張ってくれているがゆえに成立するものばかりです。
前田今回もプレゼントキャンペーンはご用意したのですが、その内容は運営チームがみずから手作りしたものばかりです。フ
ラワーボックスに手書きの感謝のメッセージを添えたものだったり、ダンボール製の手作りギターだったり。石を“魔晶石”の形に削り出し、それをプレゼントさせていただいたりしています。このように予算を極力抑えたことで、今年もハワイ旅行やテスラ Model 3といった豪華プレゼントをご用意することができました。
ヨコオほかのものを削ぎ落としてその2点に集中させたというわけですね。
前田もちろん、ゲーム内でもさまざまなご用意があります。毎年恒例の“精霊イベント”も、今回はレイド風にして“精霊最後のバトル!”的な雰囲気でお届けする予定です。さらに5周年の後半では、ついにメインストーリーが新たに“作者篇”へと突入します!
ヨコオ長きにわたって、やるやる詐欺をしてきたアレですね。ついにアリスたちが物語の作者に出会うという、“よくない空気感”の漂うイベントが起こります。
藤本まるで何かに向かっていくような、カウントダウンを予感させますね(笑)。
ヨコオそもそも僕のなかでは、『シノアリス』が立ち上がった当初からつねにカウントダウンへの意識がありました。
前田物語の作者に会い物語を書き換えさせるために戦ってきた『シノアリス』のキャラクターズが、ついに作者と対面する――まさに、物語の佳境へと突入していくことになるわけです。
また、作者篇に合わせて岡部さんに新BGMも制作いただいているので、ぜひそのあたりも注目していただけますと幸いです。
――5周年でついに作者篇が開幕するということで、皆さんの感慨もひとしおのことと思いますが、率直ないまの感想をお聞かせください。
ヨコオ僕としては「まだ終わらないのか」と。ただただその気持ちでいっぱいですね。
藤本とにかく、前田さんには無茶振りをしている立場でこんなことを言うのも矛盾するようですが、「どうかお体を大事に」と、親心のような気持ちで前田さんを見守っています。
――最後に、5周年に向けての意気込みやユーザーへのメッセージをお願いします!
前田まずは何より交通安全。“いのちだいじに”ですね。
藤本2周年のころの“ガンガンいこうぜ”な雰囲気は、いまや見る影もありません(笑)。
前田……それは冗談としても、全国を回って各会場でユーザーの皆さんと直接お話しでき、かつ感謝の気持ちをお届けできる貴重な機会ですので。これをきっかけに、よりいっそうユーザーひとりひとりに寄り添っていける運営体制を作っていきたいと思っています。
藤本本当にこの5周年祭は、前田さんがどれだけ体を張るかという前田さんの生き様を楽しんでいただきたい。そこに尽きると思います。5周年のその先に関しては、もう『シノアリス』的には“余生”と言っても過言ではありません。
ヨコオ「余生」とハッキリ言っちゃうソーシャルゲームもすごい(笑)。ふつうは、「これからもがんばります!」と言うと思うんですが。
藤本当然、『シノアリス』にとっての“余生”が言葉通りの意味だと思ったら大間違いですよ! おそらくひと味もふた味も違ったテイストになると思いますので、楽しみにしてください。
前田運営チームとしても、やれること、やりたいことはまだまだあると思っています。5周年イベントが終わった後も、まだまだ企画中のコラボや大型イベントがありますので、今後もユーザーさんに楽しんでいただけるようなものを、元気いっぱいにお届けするつもりです!!
藤本そうそう。正直に言うと、まだまだ表に出せないような仕込みもたくさんあるんです。来年のいまごろはお伝えできるといいんですが。
ヨコオ来年のいまごろまで続ける気があったんだ……。
前田もちろん、ありますよ!(笑)
――こうなると、やはりヨコオさんにも今後に向けた意気込みを語っていただかなければなりませんね(笑)
ヨコオどうやらそのようですね(苦笑)。
こうして終わる終わる詐欺を続けてきた『シノアリス』ですが、今年は作者篇に突入ということで、感じ入ってくださるユーザーさんも多いのではないでしょうか。また、現在連載中のマンガ版もちょうど佳境に入っていますし、小説版も発売中です。マンガ版の作者のヒミコ先生や、小説版を執筆する映島巡先生は、いまだに『シノアリス』をやり込んでくれている方々なので、ぜひ応援してあげてください。
さらに、アートブックとウエポンストーリー集も5周年に合わせて発売予定です。こうして、これまで培ったものがゲームの枠を飛び越えて広がっていくタイミングでもあるので、それらも含めてぜひ楽しんでいただけたらなと思います。
藤本本来プロデューサーが言うべきような内容を、ヨコオさんに言わせてしまい……(苦笑)。
ヨコオ「終わる終わる」と言ってきましたが、『シノアリス』はふつうには終わらない予定です。ここまでお付き合いいただいたユーザーの皆さんには、いい意味でも悪い意味でも楽しんでいただけるのではないかと。迎え来る終焉に立ち向かうところにこそ、ドラマがあると思います。貧乏になった我々がどう燃え尽きるのか。その最後の勇姿を、刮目してください。
前田ヨコオさんは『シノアリス』をリリースした当初から、エンディングに並々ならぬこだわりをお持ちでいらっしゃったので……(汗)。
もちろんポケラボとしては、終わりを感じさせないように必死にがんばる。そんな双方の綱引きが永遠に続いていくのが、『シノアリス』の魅力だと思います!