ファミ通.comの編集者&ライターがおすすめゲームを語る企画。今回紹介するゲームは何度も思い返したくなるアドベンチャー『Before Your Eyes』です。
【こういう人におすすめ】
- 物語重視のアドベンチャーが好き
- これまでにないゲーム体験をしてみたい
- 深い物語をじっくり噛み締めたい
ミス・ユースケのおすすめゲーム
『Before Your Eyes』
- プラットフォーム:PC(Steam、Epic Gamesストア)
- 発売日:2021年4月8日
- 開発元:GoodbyeWorld Games
- 発売元:Skybound Games
- 価格:1010円[税込]
- パッケージ版:なし
- ダウンロード版:あり
Before Your Eyes - Launch Trailer (JP)
いつの頃からだろう。ゲームを始めとするエンタメは“没入感”の重要性がしきりに説かれるようになった。昔から言われていたことではあるが、近年はその傾向がより強まったように思う。
目が離せないストーリー展開で、静かに気持ちを高揚させる音楽で、役者の鬼気迫る演技で、ユーザーの意識からほかのことが消え去るほどに引き込む。そういうものがよしとされるようになった。
少し前までは、どれだけの熱量を作品に注ぎ込んでも最終的にはユーザーの感受性に任せるしかなかった。だが、いまはテクノロジーが発達。刺激がより直接的に届くようになっている。
その代表例がVRだろう。至近距離から視覚と聴覚に訴えかけることで、クリエイターがユーザーの手を引けるようになったのである。
その手は優しい。だけど、ほんの少しだけ自分勝手だ。『Before Your Eyes』に心をかき乱されたとき、かすかにそう感じた。何もこんなに泣かせなくてもいいじゃないか。
ある少年に自己を重ねて人生をたどる。走馬灯を眺めるように。
目を覚ますとそこは見知らぬ船の上。くたびれた狼のような男が語りかけてくる。話によると、どうやら僕は死んでしまったらしい。
魂になってしまったため口も鼻も手もなく、できることと言えば“まばたき”だけ。「あんた まばたきの天才だな」。皮肉なもの言いだが悪人ではなさそうだ。というより、動くことすらできないので信用するしかない。
語り手を自称する彼は、僕に「人生を見せてくれ」とせがむ。船が進む先で審判を受けることになり、劇的な人生の話で門番の心を動かせたら、彼は大金を、僕は居場所をもらえるという。死後の世界には居住区でもあるのだろうか。
目を閉じて記憶をたどる。いちばん古い記憶は海辺の景色だ。陽光を反射してきらきら輝く水面。近くで母が微笑んでいて、優しいハミングが耳をくすぐる。
貝がらを拾いに行こうと歩き出す母を目で追う。周囲に目を凝らし、まばたきをするたびに世界が広がっていく。ここはとても心地いい。動けないし何もできないけれど、それくらいはわかる。目を閉じて幸せを噛み締めた。
目を開けると、つぎの場面は部屋の中。テーブルの上には小さな手形があり、そこには“BENNY ONE YEAR OLD”と書かれている。そうか、僕の名前はベニーというのか。1歳の誕生日を祝ってくれる父は穏やかな笑顔でビデオカメラを回していた。
記憶の中で時間は少しずつ流れていく。一種の走馬灯だ。
母は熱心にピアノを教えてくれた。船のおもちゃが好きだった。初めての友だちはアーニーという猫だった。とてもかわいい。最初のうちは船の絵はうまく描けなかったけど、アーニーの絵は得意だった。
ピアノの練習は少したいへんだ。だけど、上手に弾けると母が喜んでくれる。父がカメラを譲ってくれた。世界を切り取るのがおもしろい。夢中で庭の写真を撮っていたらお隣りの女の子から話しかけられた。未来の親友か、それとも初恋の相手か。
多少の波風はあれど、ベニーは愛情いっぱいに育てられたのだと思う。温かな記憶をゆっくり思い返したいが、そういうわけにもいかない。まばたきをすると時間が先に進み、人生の断片が移り変わっていくのである。船の男は「そういう世界」と言っていたので、仕方のないことなのだろう。
この“まばたき”はベニーのまばたきであり、同時にプレイヤーのまばたきでもある。PCのWebカメラがまばたきを検知して物語に影響を及ぼす。それが『Before Your Eyes』というゲームだ。
精一杯生きたベニーの人生を肯定するということ
独特なゲームではあるが、あえてジャンル分けするなら“ナラティブアドベンチャー”となる。ナラティブを直訳すると“物語”。没入感と同じく近年よく聞かれるようになった言葉だ。ストーリーとは何が違うのか。
一説によると、ストーリーテリングの手法がひとつの基準らしい。ポイントは“キャラクターの体験を自分の体験として認識させること”。全体を俯瞰で見る神視点ではなく、登場人物として入り込むように作られているのがナラティブゲームの特徴なのだとか。
『Before Your Eyes』における自己投影のキーは“まばたき”だ。ベニーとプレイヤーの行動はまばたきを通して同期。ベニーは自分自身であるとより強く実感させてくれる。
ストーリーがいいアドベンチャーゲームは「1本の映画を見ているようだ」と評価されることが多い。言いたいことはわかるが、「それなら映画を見ればいい」と皮肉な自分が顔を出す。
映画はあくまで他人事。だが、ベニーと一体化しているプレイヤーにとっては喜びも悲しみも自分事だ。これが没入感に対する『Before Your Eyes』の答えなのだと思う。
自分から介入できるインタラクティブ性は、映画のような観賞型の物語とは異なるゲームの強み。操作方法はマウスでもゲームパッドでも何でもいいのだが、“まばたき”という生理現象と結び付けたことに本作の個性が光る。そこから生まれる後悔は物語に深みを与えるスパイスである。
まばたきは自分でコントロールできない。たとえ優しい時間に浸っていたくても、いつかは目を閉じてしまう。うっかり目を閉じたくないから自然と目の前の光景に集中。きっとベニーも同じ心境だろう。彼だって大切な人の声を聞き逃したくないはずだ。
そんな努力もむなしく幸せは過ぎ去っていく。あのとき、どうしてまばたきを我慢できなかったのか。すがるように伸ばした手が空を切る感覚。陳腐な表現で恐縮だが、まるで人生のようだ。大切なものは得てして思い通りにならない。
それでも、幼い頃からピアノに親しんだベニーは困難を乗り越えて芸術家として大成。だが、何かがおかしい。船の男が「本当のことを言え」と僕に迫ってきた。その追及をきっかけに、目を背けていた真実があふれ出していく。
僕からは詳細を語らないが、ストアページには「ついに悲しい真実が明らかになるのです。」と記されている。ベニーに何があったのだろう。辛いのに文字通り目が離せない。彼の人生を、僕の生き様を見届けないといけない。
正直に言うと、僕は本編をクリアしても大きな衝撃は受けなかった。ただ、何か心残りがある。記憶を反芻すると、伏線のような演出に行きついた。すぐにプレイを再開し、ひとつひとつのシーンを胸に刻み込む。
パズルのピースをはめていくような答え合わせ。そのたびに二度三度と感情の波が押し寄せ、いつの間にか涙がこぼれていた。
本編内で描かれているのは生と死。生きる意味。芸術家が作品で生きた証を刻むように、ベニーは大切なものを残した。
念のため断っておくが、露骨に感動を誘う話とは少し違う。いつだって人生はままならないものの、それでも精一杯生きたベニーの人生が肯定され、僕は何だか救われた気がした。安堵で流れる涙もある。
涙で瞳が潤うとより長時間まばたきを我慢できる。唯一の攻略法が“泣くこと”というのはどこか皮肉だ。だけど、人生とはけっこうそういうものかもしれないなと思う。