TYPE-MOONが制作した名作ビジュアルノベル『月姫』。そのリメイクの制作が決定した2008年から、じつに13年の時を経て『月姫 -A piece of blue glass moon-』が2021年8月26日についに発売を迎えた。

 今回はその生みの親であり、本作のシナリオを担当する奈須きのこ氏、そしてキャラクターデザイン・原画を手掛けた武内崇氏のおふたりにインタビューを実施。発表されてから発売を迎えるまでの13年間についての開発秘話や、本作から変更されたキャラクターデザインなどについて詳しく語っていただいた。

 なお、本記事は週刊ファミ通2021年9月9日号(8月26日発売)に掲載した『月姫』特集内のインタビューに加筆・修正を行ったもの。特集では『月姫』の歴史から、リメイク版での変更点までまとめて紹介しているので、そちらも要チェック!

※インタビューは7月上旬に収録。

『週刊ファミ通2021年9月9日号』の購入はこちら (Amazon.co.jp) 『週刊ファミ通2021年9月9日号』の購入はこちら (BOOK☆WALKER)
『月姫』リメイク版発売記念インタビュー。奈須きのこ氏&武内崇氏が“新しい『月姫』”を語る
『月姫 -A piece of blue glass moon-』(Switch)の購入はこちら (Amazon.co.jp) 『月姫 -A piece of blue glass moon-』(PS4)の購入はこちら (Amazon.co.jp)

奈須きのこ氏(なす きのこ)

TYPE-MOON創立メンバーのひとり。シナリオライター、小説家であり、『月姫』や『Fate』シリーズなど多くのシナリオを手掛けている。『月姫 -A piece of blue glass moon-』ではシナリオを担当する。(文中は奈須)

武内 崇氏(たけうち たかし)

奈須氏らとともにTYPE-MOONを結成。現在は代表として同ブランドを支えながら、数々の作品でイラストも手掛ける。『月姫 -A pieceof blue glass moon-』ではキャラクターデザイン・原画を担当している。(文中は武内)

リメイク版『月姫』でも“おまけコーナー”は欠かせない

――『月姫 -A piece of blue glass moon-』(以下、リメイク版『月姫』)がついに発売を迎えました。現在の感想をお聞かせください。

武内いまは、リメイク版『月姫』がようやく皆さんに遊んでいただける形になったという安心感でいっぱいです。いままではリリース直前に「完成したぜ!」と喜んでいたのですが、今回はいつもと違い、PC版を作った後に、それをNintendo Switchとプレイステーション4に移植するという流れで開発を行いました。PC版は昨年の年末にはメインパートが完成していたので、達成感はそのときがいちばん大きかったですね。

奈須自分も同じです。ゲーム本編の開発は昨年末に終わって、ひとつの峠を越えた喜びがありました。その後、2021年の1月には、おまけコーナー作りがありましたけど……。

――開発が一段落ついた後に、おまけコーナーを作り始めたのですか!?

奈須最初は家庭用ゲーム機向けの作品で、ある種の内輪ネタのような要素を入れ込むのは品格が落ちると思っていたんです。でも、本編の開発が終わった後に「やっぱり、おまけコーナーはないとダメだよね」という話になりまして。

 多少同人気質だと言われても、それが最後の“思い出のおかわり”になるなら大切なピースになる、と。楽しいだけでなく、プレイヤーの役に立つしっかりしたものを用意したかったので、気合を入れました。武内もがんばってくれて、いつも通りの楽しいおまけコーナーになったと思います。

 おまけコーナーが完成してからは発売を待つばかりだったので、待ちきれないという気持ちが強かったのですが、実際は『Fate/Grand Order』(以下、『FGO』)の制作が忙しすぎて、気づいたらもう発売間近になっていました(笑)。いまは、ようやく納得のいく形でリメイク版『月姫』を皆さんのもとへ届けられるという喜びが大きいですね。

――今年の1月からおまけコーナーを作られていたということは、家庭用機への移植作業もかなりたいへんだったのでは?

武内移植作業に関しては、じつは自分たちが最後の最後まで「もうちょっと手を入れたい」と言って、引っ張ってしまいまして……。現場にはかなりの迷惑をかけることになってしまいました。

奈須完成済みのPC版を家庭用機に移植すると聞くと、コピーのような感じで簡単にできると思われるかもしれませんが、PCで可能な動きをどうやったらNintendo Switch、プレイステーション4でも再現できるのかという検証から入るんですよ。描いた絵を手描きで写すようなものなので、じつはたいへんな作業なんです。

武内PC版のほうでも、最後の1年くらいは細かい部分をずっと直し続けていたので、移植作業もかなり膨大になってしまいました。

奈須2019年末にはすでにアルクェイドルートはほぼ完成して、それから移植先でPC版と同様の動作を再現するための検証を進めてもらっていたのですが、かなりの時間が掛かってしまいました。

『月姫』リメイク版発売記念インタビュー。奈須きのこ氏&武内崇氏が“新しい『月姫』”を語る

武内細部でこだわりたい部分も多かったので、家庭用機版の本編がマスターアップした後にも調整を続けまして、そういった細かい要素を、なんとか初回起動時にあたる発売日アップデートに入れ込んでもらうことができました。

クオリティーへの並々ならぬこだわり

――企画としてはどれくらい前から動かれていたのでしょうか?

武内リメイク版『月姫』の企画が動き始めたのは、2008年の『TYPE-MOONエース』(※)で発表してからですね。TYPE-MOONとしてはずっと、『月姫』をリメイクしたいという思いはあったのですが、『Fate』シリーズなどの制作でなかなか動けない状態が続いていました。

 2008年はそうした作業に一段落がつき、「これから新しいことに挑戦していこう」というタイミングだったので、『月姫』のリメイクにしっかり向き合うことにしたんです。

※『TYPE-MOONエース』:不定期に刊行されているTYPE-MOONに関する情報を掲載した雑誌。

―― 実際に開発がスタートしたのは?

奈須2012年に『魔法使いの夜』をリリースした後、武内と合宿に行ったんですよ。まず『月姫』をプレイし直して、気になったところをメモして合宿に持ち寄り、罵り合おうと(笑)。それから作業に着手したのですが、すぐに『FGO』という企画が上がり、「あれ? 『月姫』の作業、進められなくない?」という状態に……。

 それでも、リメイク版『月姫』のメインシナリオの8割は出来上がっていたんですよ。武内も立ち絵線画作業はほとんど終わっていたので、『FGO』の開発を進めながら残った作業をやればいいだろうと考えていたのですが、想定以上に『FGO』の作業に時間が掛かり、2013年に一度リメイクの作業をストップしました。それから、『FGO』のメインシナリオ第1部の作業が終わり、1.5部、第2部の構成も出来上がったので、『月姫』の開発を再始動することになりました。それが2017年くらいのことですね。

武内シナリオ自体は早い段階で上げてもらっていたので、社内ではずっとグラフィックとスクリプトという作業を行っていたのですが、そこからさらに『FGO』の作業が始まって……という流れでした。

『月姫』リメイク版発売記念インタビュー。奈須きのこ氏&武内崇氏が“新しい『月姫』”を語る

――再始動後には、先ほどお話をうかがったような、“こだわり”を詰め込んでいったと。

奈須『魔法使いの夜』のシナリオは映画のような三人称の作りで、主人公がいないシーン、空気感の表現に力を入れたゲームなので、一人称で進む『月姫』と比べるとリッチに作れました。シナリオのボリュームも『月姫』の1ルートと比べて1.1〜1.2倍ほどで、そこにフルスロットルの演出を加えた結果、エンディングまで約20時間の内容になりました。

 でも、『月姫』はルート分岐がある都合上、ゲーム全体のテキスト量が多く、イラストの枚数も『魔法使いの夜』の数倍あるので、同じクオリティーで描いていたら作業が永遠に終わらない。そこで、早い段階からトータルクオリティーは抑えつつも、ゲームの満足度を上げる方向に舵を切ることにしました。でも、出来上がったパイロット版をプレイすると『魔法使いの夜』と比べてしまって……。

―― 『魔法使いの夜』とのクオリティーの違いが気になったと。

奈須自分も武内も気になってはいたものの、『月姫』のボリュームを『魔法使いの夜』レベルのクオリティーで作ると、本当に我々では手の負えないものになる……と思っていたので言い出せずにいたのですが、最終的には、やっぱりクオリティーを上げよう、と。

武内『魔法使いの夜』のグラフィックは、こやまひろかずが最大限の力を込めてクオリティーのコントロールを行ったこともあり、すばらしい仕上がりとなりましたが、制作時の彼の作業負担も甚大なものになっていました。

 そこで、リメイク版『月姫』ではディテールをある程度緩める代わりに絵素材の量を増やすことで満足感を出す方向性で制作を始めましたが、いざ制作が始まると、けっきょくいろいろな面でこやまさんやグラフィックチームに全力の仕上がりを求めてしまいました。それにより、当初想定していたよりもグラフィックの制作に時間が掛かるようになってしまったという事情はあります。

――演出にもかなりの時間をかけて制作されてきたのですね。

奈須そうですね、画面を広角カメラで撮っているような演出方針の『魔法使いの夜』と、(主人公の遠野)志貴の一人称で進む『月姫』では演出もぜんぜん違うんですけど、それでも『魔法使いの夜』と近いリッチな感じは味わっていただけるようにがんばりました。

生まれ変わっても中身は“いつものTYPE-MOON”

――リメイク版『月姫』は、『FGO』からの新規ファンにも注目されていると思いますが、制作中に気をつけたことなどはありますか?

奈須じつのところ、気をつけたことはあまりないです。というのも、『FGO』はRPGではあるのですが、同時にシナリオを楽しんでいただくものなので、『FGO』を楽しんでいるユーザーさんなら、『月姫』にもすんなり入ってもらえると思います。始めから“いつものTYPE-MOON”です。

武内昔ながらの「これ、俺たちはおもしろいと思うんだけど、みんなどうかな?」みたいな感じですので、概要を見ておもしろそうだなと思っていただけたら、きっと楽しんでいただけるのではないかなと思います。一応、システムまわりでは時代に合わせて、遊びやすいようチューニングを行った部分もあります。

奈須世界観設定の共有は多少あるのですが、それはあくまでも、TYPE-MOON伝奇としてはつながっている、くらいのものになっています。

――リメイク版『月姫』は時代設定が2010年代になるということですが、ゲームの内容にはどのような変化があったのでしょうか?

奈須時代設定を2010年代に変更したのは、シナリオを書いているときがその時期だったということもあるのですが、もとの『月姫』は舞台が1999年だったので、ゲーム中のいろいろなものが古いんですよね。古いから悪いのではなくて、いまの若いユーザーさんに遊んでもらうなら、新作のように思えるテーマ、社会性がないと娯楽としてどうなんだ? と思いまして。

 『魔法使いの夜』はバブルの時代が物語のテーマになっているのでいいのですが、『月姫』の物語は、時代ではなくてアルクェイドをテーマにしています。そのため、各キャラクターのテーマを守りつつも、世界のアップデートはしておこうと。

『月姫』リメイク版発売記念インタビュー。奈須きのこ氏&武内崇氏が“新しい『月姫』”を語る

――若年層のユーザーに物語をより深く楽しんでもらうために舞台を変えたのですね。

奈須『FGO』で作品の物語中に起きる事件のスケールも大きくなりました。『月姫』も、もとの作品では関東近郊のふつうの街で起きる事件を扱っていましたが、リメイク版はちゃんと都心でハリウッドやろうよ、と。

武内もとの『月姫』のリメイクという形ではあるのですが、『月姫』をプレイした方でも、リメイク版『月姫』を遊んでいただくことに意味があるように、ただ単に“いまの技術で作り直した”のではなく、“新しい作品として制作した”という感じです。

 『月姫』という作品にもう一度出会ってもらうためには、いまの時代で話が進むべきだと思いますし、都会が舞台になっていたほうが“いまの『月姫』”になるだろうと考えたんです。