2021年8月24日~26日、オンライン開催された日本最大のコンピュータエンターテインメント開発者向けカンファレンス“CEDEC 2021”。その2日目に“銃器と装備、戦術戦技を専門家の視点から解説”という、CEDECの中でも異色のセッションが行われた。

 ゲームはもちろん、アニメ、ドラマ、映画など、あらゆる創作物において目にする機会も多いミリタリー風のアクション。とてもかっこいいし、魅力的に映るので真似したり調べたりしたことがある人も多いだろう。

 しかし、そのアクションや戦術が現実において正しいのか、意識して訓練したことがある人は少ないはず。さらに言えば、興味のある人でさえも、ネットや本、テレビ番組などで知識を得る限りは聞きかじった情報であり、実際の体験談を聞いたり、自分が体験したりするということは、現代日本では非常に稀なことだ。

 今回のセッションでは、そういった業界に精通する専門家の田村忠嗣氏、長田賢治氏、RYU氏の3人が登壇。“創作の世界でリアリティを追及するために必要な知識”を、生の体験談を交えて解説してもらえる貴重な機会となった。ひとつひとつの話題が目から鱗が落ちるような内容だったので、今後の資料としてもしっかりとここで紹介していきたい。

リアリティの追及は素材選びから始まる

 解説を務めてくれた田村氏は元警察官で、当時は警察本部警備部機動戦術部隊(通称、RATS)に所属。現在は、特殊部隊向け装備品を販売する田村装備開発の代表取締役社長を務めている。長田氏は元陸上自衛隊特殊作戦群所属、RYU氏は元海上自衛隊SBUとPSC(民間軍事会社)に所属と、それぞれ一般人では考えられぬ世界で生き抜いてきた、まさにその道のプロフェッショナルである。

02

 そんな鍛え抜かれた屈強な男3人が、セッションが始まると同時に堂々とした姿で画面に映し出される。この時点でほかのCEDECセッションとは明らかに雰囲気が違う。何なら、今、会場で誰かが暴れ出しても、あっという間に制圧できそうな安心感すら漂っている。

 そんな中で進むセッションは、銃器歴史の説明から始まり、銃の種類を含む初歩的な解説が挟まれつつ、早々に話題は“リアリティの追及”へ。

03
04
05

 最初に解説されたのは、個人の装備選定についてだ。さまざまなシューティングゲームで遊んでいると当然のように装備を身に着けているキャラクターたちを目にするため、ボディーアーマーやホルスターといった装備品は我々にとってもよく知るアイテムだ。

 一方で、その装備がどのように選ばれているかを考えたことがあるかと言われれば怪しいもの。実際の現場ではひとつひとつの装備はしっかりと選ばれている理由があり、その選択を誤れば自分はもちろん、味方の命を危険に晒してしまうことさえある。そのため、専門家の皆さんから見れば、装備に違和感があると、そのコンテンツが一気に嘘臭くなってしまうというのだ。

 大事なのは“シーンに合わせた装備が選ばれているかどうか”。ここで言うシーンとは、作戦を実施する場所はもちろん、部隊の人数、作戦期間のことを意味している。

06
07

 単独行動であれば“自分がもっとも使いやすいもの”がベストチョイスとなるが、部隊行動であるならば、どんなに強くて使いやすい装備でも、ガチャガチャと音がしたりする“味方に迷惑になってしまうもの”は絶対に選ばれない。作戦期間が長ければバックパックを装備するが、短期任務では身軽なものを選び機動性や静音性を向上させる。

 さらに、興味深かったのが装備の素材選びについてだ。現在、装備の主流となっているのはカイデックスと呼ばれる熱可塑性の合成樹脂板や、ナイロン、鉄、アルミなど。カイデックスは軽くて丈夫で防水性にも優れている。映像に映されたホルスターもしっかりとロックができ、逆さまにしても落ちないことがわかる便利な代物であった。

08

 一方で、カイデックスは熱に弱いという欠点があり「イラクなどにもっていくと溶けてしまう」と、田村氏。そのため、暑い場所ではナイロンやアルミなどの装備を選択する必要が出てくるのだそう。

09

 逆に、水に濡れたり匍匐前進などが必要な現場では、ナイロンだと水を吸収したり泥を噛んで肝心なときに動作不良をおこしかねないため、カイデックスを選択する。……といったように、ひとつひとつの装備品が選ばれる理由をきちんと理解し、作品に落とし込むことで、とてもリアルな雰囲気を演出できると田村氏は解説してくれた。

銃の構えは銃口の向きをよく見て

 続いて、話題は“動きのリアル感”についてへと移る。田村氏いわく、映像作品における動きは「できているほうが珍しい」とのことで、ここはとくに時間を割いて説明があった。

 最初に解説されたのはマズルコントロール。マズルコントロールを日本語訳すると“銃口の管理”となり、銃を装備するときに銃口(マズル)を向ける方向などを指す。銃を扱う場面ではもっとも基本の知識で、ここがおかしいと、どんなにいいシーンでもかっこ悪く見えてしまうそう。

10

 たとえば、銃口を真下に向ける“ローレディー”と真上に向ける“ハイレディー”はとても安全な構えで、映像作品でも多く登場する。一方で、この構えで重要なのは味方に向かって銃口を向けないことであり、少しでも銃口が傾いているのを見ると「ありえない動き。かっこ悪く見える」とのこと。

 文字だけで読むと当たり前のことなのだが、実演してくれた誤ったローレディーの画像を見ると「あ、よく見るやつだ」と思うはずだ。

11
12
正しいローレディー。銃口がしっかりと下に向いている。
13
14
誤ったローレディー。銃口が味方のほうに傾いてしまっている。
15
16
17
ハイレディーを使って反対側へと移動する動作。
18
誤ったハイレディー。銃口が味方の頭を通過してしまっている。こういった不完全なハイレディーを田村氏たちは「なんちゃってハイレディー」と呼んでいるのだとか。

 「構えながら味方の後ろを通るなら、銃口を上げて(ハイレディー)入る」と説明しなら、カバーに入る動きを実演する動きはまるで機械のようにキレキレ。

 そして、銃口が少しでも斜めに向いていたり、ほぼ構えている角度であれば戦闘準備状態の“コンバットレディー”。完全に構えているなら“シューティングレディー”。銃を身体に引き付けて構えた状態なら“タイトレディー”となる。

19
コンバットレディー
20
シューティングレディー
21
22
タイトレディー。敵が障害物の向こう側にいる場合に使う構えで、銃口をできる限り見せないように移動できる。

 また、銃口を意識することを“マズルコンシャス”と呼び、警察官や自衛官など、銃を携帯する職業に就いたときには最初に教わる基礎技能。とくに、味方や人質など、撃ってはならない箇所に銃口を向けないのは初級の知識であり、中級になると跳弾にも気を配って銃を携帯するとのこと。

 一方で、上級になると、あえて味方や人質側に銃口を向ける場合も出てくる。“銃口を向けない”ことは安全管理のうえで必要なことだが、大前提として敵を倒さなければ安全な状況を作り出すことはできないからだ。味方を撃たないことを優先しすぎて、敵に撃たれてしまっては意味がない。ゆえに、必要な状況では味方に銃口を向ける場合もあるわけだ。

 さらに、例外で、戦術としてあえて銃口を味方に向けて動く軍隊・部隊もあるという。これは、0.1秒の隙も出さないという考えかたであり、たとえ味方を射線に入れても、最も効率的に敵を倒せる箇所に銃口を向けておくわけだ。しかし、田村氏は「僕はどんなに上達してもこれをやろうとは思いません」と、あくまで例外であることを強調していた。

23

 そのほかにも、映像作品においてよくある間違いとして挙げられたのが銃の構え。解説する前に、皆さんも、自分の中でハンドガンを構えるイメージをしてもらいたい。

 ……どんな動作を思い描いただろう。おそらく、多くの人が以下のような構えをイメージするのではないだろうか。

24

 これはウィーバースタンスと呼ばれる構えで、多くのドラマや映画などで使用されている。

 しかし、田村氏は「よく見る構えですが、使いかたを間違えるとすごく滑稽に見えます」と解説。なぜならば、本来、ウィーバースタンスは物陰に隠れて打てることが利点であり、足運びはしにくいうえに、無防備なわき腹を撃たれてしまう危険性が高い。隠れられないときにはまずしない動きなのだとか。

 ハンドガンの構えで基本となるのはアイソセレススタンス。映像のように、直立した状態で少しだけ足を前後に開くか仁王立ちで、銃は身体の中心線に構えるような形だ。

25

 これなら動きやすく、相手の攻撃をボディーアーマーで正面から防ぐこともできる。創作においては、こういった動きを正しく理解することで、よりリアリティある内容に近づいていくだろう。

フラッシュバンの説明はほぼ間違っている

 プロは、状況をグリーン(安全)→イエロー(警戒)→レッド(対処)と、ホワイト(何もできない)という段階に分けて判断しており、これをマインドセットと呼ぶ。

26

 グリーンの状態で攻撃を受けた場合、戦闘態勢を取るまでに“しばらく”時間がかかってしまう。そのため、任務中はブリーフィング以外ではつねにイエローかレッドの状態であり、どんな場面でも即対応できるようにしているそうだ。おしゃべりや煙草を吸うといった行為は、映像作品の演出上では仕方ないことではあるが、実際の作戦中にはしないという。

 また、ここで言葉になった“しばらく”とは、たった1秒であることを強調する田村氏。これを聞いた筆者は「たったそれだけ!?」と驚いたのだが、「この1秒の差は、僕たちの世界では死んでいる時間です」と続く言葉に息を呑んだ。

「人間の反応速度は約0.3秒です」

 そう言いながら田村氏が解説してくれるのは“ダイナミック・エントリー”と呼ばれる戦術。敵拠点のドアや壁を破って突入し、瞬時に制圧する、ドラマや映画でよく見る作戦である。某人気忍者漫画の技ではない。

 よく見る作戦なだけに、実際の現場でもああいった戦術で突入していくと思ってしまうが、田村氏は「あれは嘘です。用件が整っていないのに実行した場合、突入した瞬間に全滅します」と断言。映像作品においては「ほとんど失敗すると思うケースで使われている」とのことだ。

 では、ダイナミックエントリーが可能な状況とはどんなものなのか? 曰く、スピード(速さ)、アグレッシブ(威圧)、サプライズ(相手が気づいていない・予測していない)の3つが揃ったときのみ。それ以外の状況では非常にリスクが髙いため、相手に気づかれないよう侵入と制圧を行う。これを“ステルス・エントリー”という。

27

 また、ダイナミック・エントリーを成功させるには、急襲のためのサプライズを作り出す“ディストラクション(Distraction)”を実行すること。破壊や駆除を意味するDestructionではなく、混乱や動揺を意味するDistractionだ。

 人間は、行動する際“1.認知→2.決断→3.行動”の順で脳内処理を行う。そのとき、認知から決断に至る時間は人により異なる。

 一方で、決断から行動に移るまでの反応速度は一般人なら約0.3秒。トレーニングを詰んだ人間でも約0.2秒。あの、元レスリング選手で金メダリストの吉田沙保里さんですら約0.17秒とされている。

28

 つまり、決断から行動までの時間にプロとアマチュアの差はほぼないも同然。トリガーに指をかけた“決断”状態の人間が鉢合わせして、撃ち合う“行動”をおこした場合、ほぼほぼ相打ちになってしまうわけだ。

 ディストラクションは、そんな“決断”状態の相手を“認知”の状態に戻すことで、隙を作る行為だ。その方法はさまざまで、この場ですべて解説するとマジすぎて「ほかの部隊に迷惑がかかってしまう」と笑う田村氏。

29

 そんな中で解説してくれたのが、ディストラクションデバイスを使う手法。たとえば、爆発と同時に強烈な閃光と強烈な破裂音を炸裂させるフラッシュバン(スタングレネード)だ。

 フラッシュバンは創作物でも定番のアイテムで、ネット上では5~6秒のあいだ動きを止められると言われたり、近くにいる人は気絶するといった情報を目にする。しかし、「こういった情報は全部嘘で、効果はせいぜい1~2秒です。現役の頃に生まれて初めてくらいましたけど、せいぜいそんなもんでした」と、説得力がありすぎる説明も飛び出した。これぞまさしく「ソースは俺」ってやつである。

 そのほか、相手に話しかけることもディストラクションのひとつ。「要求を言ってみろ!」とネゴシエーターみたいなことをして、欲しいものなど余計なことを考えさせることで隙を生み、解答する瞬間に突入する……といった戦術もあるという。こういった部分にリアリティを持たせると、よりかっこいい映像になると田村氏は語る。

近接戦闘はプロと素人の差が埋まる危険な戦い

 セッションでは作戦中の意思疎通や連絡手段についても言及。創作の世界では声掛けやハンドサインをよく目にするが、実際には相手にも動きが伝わってしまったり、隙ができてしまうためにあまり使用しない方法なんだとか。

 代わりに、味方との連携には無線をモールス信号のように叩く“プレストーク”を使用するほか、プレストークの内容を拾ってほかの部隊へと伝える伝令部隊を用意するそうだ。

30

 また、部隊行動中には、味方の動きに合わせて動く“無言のコミュニケーション”も重要で、これらは訓練や味方同士の信頼関係によって実現されていく。こういった動きをしっかりと取り入れていくことで、より特殊部隊らしい映像に仕上がっていくのは間違いない。

31
32
33
前の長田氏が座ったのを合図に、ダブルガンという構えをとる田中氏。こういった流れを会話なしで行うことが“無言のコミュニケーション”だ。

 戦技に関しての解説では、ゲーマーにとっては『メタルギアソリッド』などでおなじみのCQC(近接格闘)に始まり、狭い場所、家屋等で行われるCQB(近接戦闘)、市街地戦闘を意味するMOUTの3種類が解説された。

34
35
36

 中でも、CQBの特徴としては「プロと素人の差が埋まりやすい」という内容があり、この理由が非常に興味深いものである。

 たとえば、プロと素人が離れた場所で撃ち合った場合は、プロが間違いなく勝つそうだ。しかし、CQBが必要な近接戦闘の場面ではその限りではない。なぜならば、先ほども解説があったように、人間の反応速度は素人もプロでも約0.2~0.3秒ほど。近距離で接敵してしまった場合、反応速度だけで相手を一方的に制圧することは難しく、相打ちになってしまう危険性があるのだ。

 ゆえに、CQBは自身の命を守るために非常に大事なものであり、「より洗練した訓練が必要になる」と、田村氏。逆に考えると、もし我々一般人が特殊部隊とサバゲーをしたり、プロゲーマーとFPSで対戦する機会が訪れた際には、可能な限り戦闘距離を近づけることでまぐれ勝ちを狙えるのかもしれない。

リアリティある作品作りをするには

 そして、映像の質を上げるために必要な知識として、本日のメインとされたのが“危険個所と部隊員の数でスピードを変える”ということ。

 部隊員が5人である場合、危険個所(攻撃される可能性がある場所)を抑えられるのは同じ5人まで。抑えられるのであれば、部隊員にスムーズな動きをさせることでリアリティある動きとなる。逆に、部隊員の人数に対して抑えるべき箇所がより多くなる場合は反撃をされてしまうため、隠密行動や可能な限り素早い行動をしなければ“ありえない”映像になってしまう。

37

 この2点を抑えた上で、マズルコントロール、マズルコンシャスを徹底すれば、作品のリアル感がより高まると、お三方はセッションを締めくくった。

 セッション中はときおり笑いはおこるものの、終始まじめな解説でありつつ、トークの後の質疑応答で「二丁拳銃はありえないですか?」という質問に「練習すればできると思います。もし使いこなせれば強いと思いますよ。だって二丁だもん」と笑いなが話したり、余った時間でCQCのかっこいい動きとリアルな動きを比べて見せてくれたりと、ユーモアやサービスも満点。セッション受講者がそういった作品を作ったり観たりする際の心情に、間違いなく大きな影響を及ぼす時間となった。

38
39
40
41
42
ハンドガンを持つ手を取られたときの、かっこいいCQCの動き。
43
44
45
本当のCQCの動き。「手が回るんで、ドドドンと撃って終わりです(笑)」と解説する田村氏。夢がない!

 なお、田村氏を始めとする田村装備開発の皆さんは、ゲーム『バイオハザード ヴィレッジ』でモーションキャプチャーを担当されている。Youtubeチャンネルも開設されているので、今回のお話に興味を持った人はぜひ以下のチャンネルをチェックしていただきたい。

ガチタマTV
CEDEC2021関連情報はこちら

【2021/09/07 18:26修正】
登壇者の名前表記に誤りがありました。読者並びに関係者の皆様にお詫びし、訂正させていただきます。