2021年8月24日~26日まで、CEDEC公式サイトのオンライン上にて開催されている日本最大のコンピュータエンターテインメント開発者向けのカンファレンス、CEDEC2021。

 初日となる8月24日にはスクウェア・エニックスによる、過去資料に関するカンファレンス“資料を資産へ、スクウェア・エニックスにおけるゲーム開発資料発掘プロジェクト [Wonder Project J編]”が披露された。

 本記事ではその模様をリポート。ゲームファンにも開発者にとてもためになるトークがくり広げられたほか、途中からは『ワンダープロジェクトJ 機械の少年ピーノ』の開発秘話がたっぷりと語られているので、ぜひご注目を。

 セッションには、スクウェア・エニックスのリードAIリサーチャー・三宅陽一郎氏と、『ワンダープロジェクトJ 機械の少年ピーノ』のプロデューサーなどとしても知られる、スクウェア・エニックスの藤本広貴氏が登壇した。

開発資料を集めるプロジェクト“SAVE”

 まずは三宅氏より、スクウェア・エニックスが進めているプロジェクト“SAVE”について紹介された。“SAVE”とはスクウェア・エニックスが持つ過去の資料・データを総まとめにするプロジェクト。担当者はいまのところ3名のみで、全員もともとの仕事があり、専任者というわけではないとのこと。

スクウェア・エニックスの開発資料を管理する新プロジェクト“SAVE”。『ワンダープロジェクトJ』の開発資料も見つかり、製作者より誕生秘話がたっぷりと語られた【CEDEC2021】

 スクウェア・エニックスと言えば、やはり旧スクウェアと、旧エニックスが合併した会社だというのは、往年ゲームファンにとってはおなじみの認識。ただこの2社だけではなく、スクウェア・エニックス・ホールディングスはグループ会社であり、『スペースインベーダー』などでおなじみのタイトーや、『伝説のオウガバトル』などで知られるクエストも関わっている(当時いろいろあり、クエストのゲーム開発事業が旧スクウェアに渡った)。

 つまり、スクウェア・エニックス・ホールディングス全体でみれば、約70年分の資料が眠っているのだという。最初は明確な量が分からなかったそうだが、調べていくと複数の倉庫に資料が分散しており、ダンボールにして資料が約1万箱存在することが分かったそうだ。また、管理の決まりが定められていなかったり、新旧の会社でのやりかた、新旧の部署の違いなどもあり、ほとんどバラバラ。それらをどう纏めるのかが、課題になったそうだ。

スクウェア・エニックスの開発資料を管理する新プロジェクト“SAVE”。『ワンダープロジェクトJ』の開発資料も見つかり、製作者より誕生秘話がたっぷりと語られた【CEDEC2021】
スクウェア・エニックスの開発資料を管理する新プロジェクト“SAVE”。『ワンダープロジェクトJ』の開発資料も見つかり、製作者より誕生秘話がたっぷりと語られた【CEDEC2021】

 たとえば、ひとつのダンボールを開けたところ、中には紙の開発資料、カセット、開発用のカセット、製品版など、当時関わったものが一式入っていたという。そこで、ダンボールをディレクトリとして捉えて、ダンボールごとに管理。中身の写真や内容物リストを制作し、さらに紙資料はPDFで閲覧できるように管理。実現すれば、見たい資料をすぐに取り寄せられるというわけ。

スクウェア・エニックスの開発資料を管理する新プロジェクト“SAVE”。『ワンダープロジェクトJ』の開発資料も見つかり、製作者より誕生秘話がたっぷりと語られた【CEDEC2021】

 なぜ“SAVE”が立ち上がったのかというと、たまたま研究に必要な資料を探すために、旧エニックスのデータを探していたところ、社内のライブラリには過去のデジタル版資料が見つからなかったのだという。そこで、関係がありそうなアナログ資料をまるまる倉庫から取り寄せたそうだ。すると、上記のダンボールのように、開発資料などがたっぷりと眠った宝の山が出てきたそうだ。

 そこで、過去の資料はしっかりと管理すべきだと感じたのが理由だと、三宅氏は語る。また、過去にバンダイナムコエンターテインメントが、開発資料をアーカイブ化したという事例もあり、それを参考にしつつ独自のプロジェクトを立ち上げたのだという。

スクウェア・エニックスの開発資料を管理する新プロジェクト“SAVE”。『ワンダープロジェクトJ』の開発資料も見つかり、製作者より誕生秘話がたっぷりと語られた【CEDEC2021】

 そして実際に着手し始めた、“SAVE”。調べてみたところ、スクウェア・エニックスの過去資料は基本的にすべてダンボールで倉庫に収められている。倉庫管理表には大まかに何を保管しているかは書いているが、中身がどうなっているのかは、その表からは分からないという仕組み。

 試しとして、いちばん規模が小さかったという、旧エニックスの倉庫から着手してみたそうだ(それでもダンボール約50箱ぶんなのだとか)。中にはゲームに関わるものから宣伝用素材、営業にまつわるものなどさまざま。さらには“ダンボールの中にほこりが積もっている”ものもあったそうだ。三宅氏が予想するに、おそらくホコリが積もる状態で放置されていたものが、旧エニックス本社が閉鎖し移転する際にダンボールが閉じられ、そのまま倉庫に引っ越してきて、管理倉庫に眠っていたということだ。

スクウェア・エニックスの開発資料を管理する新プロジェクト“SAVE”。『ワンダープロジェクトJ』の開発資料も見つかり、製作者より誕生秘話がたっぷりと語られた【CEDEC2021】
スクウェア・エニックスの開発資料を管理する新プロジェクト“SAVE”。『ワンダープロジェクトJ』の開発資料も見つかり、製作者より誕生秘話がたっぷりと語られた【CEDEC2021】
スクウェア・エニックスの開発資料を管理する新プロジェクト“SAVE”。『ワンダープロジェクトJ』の開発資料も見つかり、製作者より誕生秘話がたっぷりと語られた【CEDEC2021】
ビデオテープやカセットテープがごっちゃり。よく見ると『スターオーシャン セカンドストーリー』に関連しそうなビデオテープや、『鈴木爆発』のテープなどがあった。プレイステーション時代のダンボールだろうか。
スクウェア・エニックスの開発資料を管理する新プロジェクト“SAVE”。『ワンダープロジェクトJ』の開発資料も見つかり、製作者より誕生秘話がたっぷりと語られた【CEDEC2021】
左は“豆タンク”と呼称されるプロジェクトのようで、手前のキャラクター相関図のようなものも。
スクウェア・エニックスの開発資料を管理する新プロジェクト“SAVE”。『ワンダープロジェクトJ』の開発資料も見つかり、製作者より誕生秘話がたっぷりと語られた【CEDEC2021】

左右ともにPC-88やSHARPといった、当時の古いPCゲームがごっそり。すべて新品未開封とのこと。
スクウェア・エニックスの開発資料を管理する新プロジェクト“SAVE”。『ワンダープロジェクトJ』の開発資料も見つかり、製作者より誕生秘話がたっぷりと語られた【CEDEC2021】
月刊少年ガンガン(旧エニックス)にて連載されていた『南国少年パプワくん』のグッズもズラリ。ゲームじゃないが、こういったグッズ類なども保管されていたそうだ(スーパーファミコンとゲームボーイにゲームありましたけども)。

 調査の結果を経て、実際に動くための手段もプランニング。そしてこのプロジェクトを2020年の春に、社長へプレゼンしたそうだ。価値への理解も得られ、ようやくプロジェクトが本始動……というところで、2020年春といえば、世界的に新型コロナウィルスが蔓延し始めた時期である。スクウェア・エニックスは全社的にスタッフへ在宅ワークを推奨するようになった。

 そのため、物理的な資料に関するプロジェクトのため動きにくい、という状況になってしまったそうだ。さらに、在宅ワークが推進することでオフィスが縮小し、現段階の開発資料が失われる可能性を懸念したという。とくに在宅ワークにより個人で作業をするスタッフは、個人的な資料に関しては破棄してしまう可能性が高いと予測。

スクウェア・エニックスの開発資料を管理する新プロジェクト“SAVE”。『ワンダープロジェクトJ』の開発資料も見つかり、製作者より誕生秘話がたっぷりと語られた【CEDEC2021】
スクウェア・エニックスの開発資料を管理する新プロジェクト“SAVE”。『ワンダープロジェクトJ』の開発資料も見つかり、製作者より誕生秘話がたっぷりと語られた【CEDEC2021】
スクウェア・エニックスの開発資料を管理する新プロジェクト“SAVE”。『ワンダープロジェクトJ』の開発資料も見つかり、製作者より誕生秘話がたっぷりと語られた【CEDEC2021】

 これまでは一部の人間しか知らなかった“SAVE”が、2020年の秋に社内へ向けて発表。「個人資料は破棄せずに、“SAVE”へ渡してほしい」という内容のものを、全社員が見れる動画として配信したそうだ。予想以上にスクウェア・エニックス内部からの反響も大きく、さまざまな部署から連絡が入るようになったそうだ。とくに多かったというのが、“すでに退職された偉い人の私物”、“何に使うのか分からない荷物”などがオフィスなどに眠っているという情報だった。“SAVE”はそれらも1度預かっているという。

 2020年冬には在宅ワークが主流となり、オフィスが整理されることに。その際に懸念されたのが、やはり個人資料の破棄。なんとか総務部と連携を取って、資料の譲渡をあくまで推奨と伝えていったところ、多彩な部署の資料が急速的に集まったそうだ。

スクウェア・エニックスの開発資料を管理する新プロジェクト“SAVE”。『ワンダープロジェクトJ』の開発資料も見つかり、製作者より誕生秘話がたっぷりと語られた【CEDEC2021】
スクウェア・エニックスの開発資料を管理する新プロジェクト“SAVE”。『ワンダープロジェクトJ』の開発資料も見つかり、製作者より誕生秘話がたっぷりと語られた【CEDEC2021】

 少数メンバーで細々と続けている本プロジェクトは、現在も個人資料管理をスタッフたちからたびたび依頼されるほか、旧エニックスの資料に関してはすでにデータ化・インデックス化が完了しているという。だが、まだまだ膨大な資料がスクウェア・エニックス周辺には眠っている。つまり、三宅氏たちの戦いは、これからが本番なのである。

スクウェア・エニックスの開発資料を管理する新プロジェクト“SAVE”。『ワンダープロジェクトJ』の開発資料も見つかり、製作者より誕生秘話がたっぷりと語られた【CEDEC2021】
スクウェア・エニックスの開発資料を管理する新プロジェクト“SAVE”。『ワンダープロジェクトJ』の開発資料も見つかり、製作者より誕生秘話がたっぷりと語られた【CEDEC2021】

『ワンダープロジェクトJ』開発秘話

 といった活動の中で見つけた資料の中にはまとまりのないものが多かったそうだが、しっかりと整理して管理されていたタイトルもあるという。それが1994年にスーパーファミコンにて発売された『ワンダープロジェクトJ 機械の少年ピーノ』(以下、『WPJ』)の資料だ。

 資料を発見した三宅氏は、現在もスクウェア・エニックスに在籍している藤本氏がいることもあり、今回トークをしてもらうことに決めたそうだ。おそらく、藤本氏に直接開発秘話を聞くことで、“いかに過去の資料に価値があるのか?”ということを本セッションでアピールしたい思いがあったのだろうと予測する。ということで、ここからは藤本氏から『WPJ』の開発秘話が、当時の貴重な資料とともに語られた。

スクウェア・エニックスの開発資料を管理する新プロジェクト“SAVE”。『ワンダープロジェクトJ』の開発資料も見つかり、製作者より誕生秘話がたっぷりと語られた【CEDEC2021】
スクウェア・エニックスの開発資料を管理する新プロジェクト“SAVE”。『ワンダープロジェクトJ』の開発資料も見つかり、製作者より誕生秘話がたっぷりと語られた【CEDEC2021】
スクウェア・エニックスの開発資料を管理する新プロジェクト“SAVE”。『ワンダープロジェクトJ』の開発資料も見つかり、製作者より誕生秘話がたっぷりと語られた【CEDEC2021】
スクウェア・エニックスの開発資料を管理する新プロジェクト“SAVE”。『ワンダープロジェクトJ』の開発資料も見つかり、製作者より誕生秘話がたっぷりと語られた【CEDEC2021】

 『WPJ』の原点は、“コンペット”という、ペット育成ゲーム。藤本氏は当時から旧エニックス社長・福嶋康博氏に「世の中のゲームは同じようなものばかり。新しいものを作らないと」という話を聞かされていたという。「たとえば1年に100本ゲームが発売されたとして、うち97本は既存のタイトルと同じようなタイトルで、3本は新しいタイトル。その中で売れるのは5本くらい。ただし、5本のうち1本は新しいタイトルの3本から出る。4/97を狙うのではなく、1/3を狙ったほうが確率が高い」という理論に感銘を受け、まったく新しいタイトルづくりに挑んだそうだ。

 ちなみに、そういった福嶋社長の思いもあったことから、藤本氏は「エニックスのゲームは、どこかヘンなゲームが少なくないのはそういうところが要因だと思います(笑)」とコメントしていた(筆者は真っ先に『せがれいじり』を連想してしまったが)。

スクウェア・エニックスの開発資料を管理する新プロジェクト“SAVE”。『ワンダープロジェクトJ』の開発資料も見つかり、製作者より誕生秘話がたっぷりと語られた【CEDEC2021】

 “コンペット”はゲームの中にいるキャラクターに指示を出したりして、コミュニケーションをとりながら育成していくゲーム。指示によって何をするのか、何を覚えるのか? という『WPJ』の原型的なシステムはすでに健在で、新しいタイトルゆえに企画書というより、ほぼ仕様書のようなものを約90ページにわたり、ディレクターの米田 喬氏(『46億年物語』シリーズなどで知られるクリエイター)が手掛けていったそうだ。

 具体的になにができるのかは十分伝わったようだが、残念ながら当時の上司に「このゲームは何がおもしろいの? 本当に作れるの?」と却下されたという“コンペット”。そこで原案のなにがおもしろいのかを突き詰めていったところ、“コンペット”には“ゲーム内のキャラクターとコミュニケーションできる”というところにおもしろみがあるのだと、改めて気づいたそうだ。

スクウェア・エニックスの開発資料を管理する新プロジェクト“SAVE”。『ワンダープロジェクトJ』の開発資料も見つかり、製作者より誕生秘話がたっぷりと語られた【CEDEC2021】
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 そこで企画を練り直して生まれたのが、『WPJ』の原型である“ジェペットの息子”の企画。言わずもがな児童文学『ピノッキオの冒険』をモチーフにしたもので、木の人形・ピノッキオが主人公のゲームだ。ペットではなく、人間のキャラクターとコミュニケーションできたら良さそう、ただ人間らしすぎるとゲーム的におもしろくならなそう、というところで木の人形を採用したそうだ。

スクウェア・エニックスの開発資料を管理する新プロジェクト“SAVE”。『ワンダープロジェクトJ』の開発資料も見つかり、製作者より誕生秘話がたっぷりと語られた【CEDEC2021】

 企画を大きく変えた“ジェペットの息子”は、まったく新しいゲームということもあり、何がおもしろいのか、どんなゲームになっているのか、またまた仕様書レベルの企画書を作成。ページはなんと“コンペット”越えの約130ページにも及び、ストーリーからどうやって育てていくのかまで、事細かに書いたという。

 メモリーもすでに決めていたという。ちなみに当初は16メガビット想定だが、製品版は24メガビットになったとのこと。なお、“メガバイト”ではなく、“メガビット”である。16メガビットは、約2メガバイト。高画質な画像ファイル1枚ぶんくらいの容量に、ゲームデータを収める計画を立てていたというわけ。当時のゲームらしく、容量との戦いには苦しんだそうだ。

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 アニメーションの枚数、パターンも企画書の時点で用意し、さらにはパラメータがどう変動するのかなど、とにかく思いつくものはすべて用意し、容量の都合で削るところはあとで削る、という手法ですべての要素を企画書に記したという。

 なぜここまで細かく企画書に書いたのか、その理由のひとつが「本当にこんなゲームが作れるのか?」と上司に問われても、「本当に僕たちはこのゲームを作れます」と答えるために用意したものだからだ。

スクウェア・エニックスの開発資料を管理する新プロジェクト“SAVE”。『ワンダープロジェクトJ』の開発資料も見つかり、製作者より誕生秘話がたっぷりと語られた【CEDEC2021】
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 最初からエンディング画面まで、みっちりとゲームのすべてを企画書に記したが、それでも“ジェペットの息子”の開発承諾は得られなかった。やりたいことは理解してもらえたそうだが、「結局ゲームはおもしろいのか? プレイヤーはこのゲームを遊んでどんな気持ちになるのか?」というところが、どうしても伝えきれなかったと藤本氏は振り返る。

 そこで藤本氏は、ゲームの序盤の流れをすべて絵コンテにし、どんな楽しみがあるのか、どんな体験が待っているのかといったことを、すべてアナログで説明していったのだとか。壁一面にズラリと絵コンテを張り付けて説明したところ、その熱意もあってかようやく開発承認が得られたのだとか。

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キャラクターデザイン画。ピーノその2、と書いてあるように、さまざまなピーノ案があったとのこと。
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 なお、『WPJ』は開発を別会社のアルマニック(当時の社名。のちにギプロとなり倒産)が担当していた。藤本氏は米田氏、アルマニックとともに打ち合わせを何度もくり返したという。当時の打ち合わせの議事録も残っており、その打ち合わせの時間は19時30分~21時30分まで。

 藤本氏も「いまだと問題になってしまいますね(笑)」と、いまの感覚ではなかなかあり得ない時間帯だが、当時の開発現場なのでそこはご愛嬌。なお、あえて夜に打ち合わせをしていたのは、昼間は開発に打ち込んでほしかったからだという。21時30分に終わると、藤本氏と米田氏は毎回“第二企画室”と呼称していた居酒屋で、ゲームのアイデアを切磋琢磨しながら語っていたそうだ。

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 当時のデバッグシートも残っていたようで、デバッグシートにはビデオのナンバーと時間が書かれており、VHSで録画された映像とともに報告していたようだ。なおこのVHSは何度もくり返し上書き録画していたので、映像が乱れすぎて見えない、なんてこともあったとか。現在はデジタルに移行しているので、当時ならではの困りどころだろう。

 なおデバッグを担当していたスタッフは、ほとんどがアルバイトだったという。そのアルバイトのスタッフたちも、チェックのたびに『WPJ』へ深く思い入れを持つようになったそうで、たとえばデバッグシートにイラストが描かれていたりすることがあったそうだ。

 仕事としては“絵を描いてないで1個でもバグを見つけるべき”と言われてしまうかもしれないが、藤本氏は「デバッグというのは開発終盤の、本当に大変な時期です。そんなときにこういうイラスト付き報告があったりすると、現場も一体感が出るんです」と、仕事の効率だけではない発見があったそうだ。

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たとえば真ん中上の報告は、「ピーノが浮いて見えるところがある」というバグの報告。それだけのために当時描き込んだスタッフがいたようだ。
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当時のメッセージやファックスでのやり取りなども資料として残っているそうだ。

 アナログな部分が多く、開発は楽しくも大変だった『WPJ』。現在はいろいろなところがデジタル化し、利便性は当時とは比較にならないほどだろう。藤本氏は決して“昔はよかった”と言いたいわけではなく「時間の掛からなくなった要素が多いぶん、その削減された時間を、プレイヤーに楽しんでもらうために掛ける労力に使うといいでのはないでしょうか」と語り、『WPJ』の開発秘話は終了となった。

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つまり、“資料”は“資産”!

 といったころで、最後は“SAVE”の話に戻る。『WPJ』の資料から見ても分かるように、過去の資料を見るだけで、開発のためになり、勉強に使え、過去から何かを引き継げる……と、とにかくいいことしかない。開発者にとっては、まさに宝モノである。

 さらに、会社がどのように成り立っているのか、またはどういう仕事をしてきたのか、というのも分かるので、人事支援にもつながるという。たとえば三宅氏はAIエンジニアだが、スクウェア・エニックスに入社した際、スクウェア・エニックスにおけるAIの資料がまったくなく、先輩の頭の中にしかなかったそうだ。そのため、会社の流れに乗るのは相当に苦労したのだとか。

スクウェア・エニックスの開発資料を管理する新プロジェクト“SAVE”。『ワンダープロジェクトJ』の開発資料も見つかり、製作者より誕生秘話がたっぷりと語られた【CEDEC2021】
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 そして、我々ゲームファンはその活動を見ることで、ためになるし、喜ぶし、またひとつタイトルのことが好きになれる。いわゆるひとつの広報活動しても、資料は使えるのである。ぜひとも“SAVE”は続けていってほしいし、スクウェア・エニックスだけでなくほかの会社も、こういった部分には積極的に取り組んでいただきたい。

 ちなみにセッション名は“[Wonder Project J編]”である。“編”ということは、今後こういった貴重な資料が公開される日が、またくるのかもしれない。いや、してください。スクウェア・エニックスさん、三宅さん、お願いいたします。

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