植松伸夫氏が『FANTASIAN』の音楽に込めた想いとは?
Apple Arcadeで配信中の、坂口博信氏率いるミストウォーカーが手掛ける完全新作RPG『FANTASIAN』。
本作は前後編に分かれた構成となっており、配信中の前編に続く後編が現在開発中となっている。
個性的なキャラクターたちが多重世界を行き来しながらくり広げる冒険譚、実際のジオラマを取り込んで表現されたフィールド、基本はシンプルながら戦略の深さを楽しめるバトル……。数多のゲームを手掛けてきた坂口氏の手腕が発揮され、国内外で高評価を獲得している『FANTASIAN』だが、その音楽を手掛けているのは、坂口氏の“盟友”とも言える作曲家・植松伸夫氏だ。
植松氏による『FANTASIAN』の音楽は、ご自身が「原点回帰を目指した」と語ったように多彩なメロディとリズムが展開するバラエティー豊かなもので、聴く人の感情を大きく揺さぶる旋律に満ちている。
そんな『FANTASIAN』のオリジナルサウンドトラックが、2021年7月21日よりApple Musicで先行配信がスタートした(パッケージ版は2021年7月28日より発売)。
サウンドトラックの先行配信を記念して、植松氏にあらためて『FANTASIAN』の音楽について、いろいろと訊いてみた。『FANTASIAN』の作曲時のエピソードから、植松氏自身の音楽に対する想いにまで話が展開したロングインタビューとなっているので、植松氏のファンはもちろん、音楽を愛する人にも楽しんでほしい。
“音楽のすごいファン”が作った『FANTASIAN』の音楽
――以前のインタビューでもお伺いしたのですが、あらためて『FANTASIAN』の音楽を坂口さんより依頼されたときの心境をお聞かせください。
植松2018年に開催した名古屋でのコンサートに坂口さんが来てくれて「仕事の話をしたい」と言うので、ホテルで話すことにしました。そうしたら、坂口さんが大量の資料を持ってきて、「こういうゲームを作っているから、音楽をお願いしたい」と話されたのが始まりです。
でも、そのころは「ゲーム音楽にこの先、どんな可能性があるのだろうか」、「残された自分の時間でどんなやりがいを見いだせるだろうか」といろいろ悩んでいたので、即決はできなくて、「前向きに考えるから少し時間をください」と。
それから坂口さんと、お互いが考えていることとか、何十年もいっしょにやってきて見えてきたこと、できなかったことなどをメールでやり取りしているうちに、もう一回、新しい気持ちでゲーム音楽というものに挑戦してみようかなと思って、作曲を始めました。坂口さんから“口説かれた”ということですね(笑)。
――時間をかけて口説かれたと。
植松お互いの心情が非常に近しかったのは、大きなきっかけになりました。
――それがなかったら作曲していなかったかも。
植松そうかもしれないですね。でも、「作曲してよ」とか直接的なことはいっさい言われなくて、「歳を取ると体の調子が悪くなるよね」といった話から、モノづくり……音楽やゲーム、映画、芸術などに対する考え方などをメールでやり取りしているうちに、「この人はもう一回、新鮮な気持ちでゲームを作りたいんだな」ということがわかって、ならば僕もそれに付き合ってみようと思ったんです。
――本当に恋人のように口説かれたんですね(笑)。過去のインタビューで「ゲーム全編の音楽を手掛けるのはこれが最後になるかも」とおっしゃっていましたが、そのお気持ちはいまも変わりませんか?
植松そうですね。でも、僕は口説かれたら落ちる男ですから、口説き上手がいたらわかりませんけど(笑)。いや、ゲーム1本の音楽を作るのって、ものすごいエネルギーがいるんですよ。1年……もしかしたらそれ以上の時間、ほとんどそのことしか考えられなくなるので、しんどいんです。最近、もっと楽しいことがほかにもあるんじゃないかと思ってきて(笑)。
――これほどのキャリアを重ねられてきて、ここ最近ですか!
植松いえいえ(笑)。「これが引退作です!」と言うつもりはまったくありませんが、いまはゲーム1本の全編を手掛けることは考えられないかと。やっぱり体力って重要で、体力が落ちると精神力も落ちるというか、冒険力、挑戦力が衰えてしまうんです。そこは自覚していて、あえて負荷をかけるようにしていますが。
――それでも音楽を作る楽しさは変わりない?
植松それは変わりません。でも、僕は何十年もやってきましたが、いまだに音楽のことがよくわからないんです。
――まだまだ未知の世界があるということでしょうか?
植松 知らないことだらけだし、やったことがないこともやってみたいこともたくさんありますし。真剣に音楽と向き合うには、80年や100年の人生じゃ足りない気がします。
――植松さんでもそう感じるんですね。
植松そういうものに出会えたことは幸せだと思います。
――サウンドトラックには59曲もの楽曲が収録されていますが、当初からここまでたくさん作曲される予定だったのでしょうか?
植松最初に坂口さんからいただいたリストには50曲くらいあって、それから少し増えましたが、60曲以上は作ったと思います。何度も言うようですが、坂口さんは本当に口説き上手なので、気が付いたら彼の言う通りに作っていたという(笑)。
――それはもう、ある意味で才能ですね。
植松絶対にモテるし、ワルさもしてると思うよ(笑)。
――ご本人がインタビューを読んでどう反応するのか、楽しみです(笑)。脱線してしまいましたが、サウンドトラックに収録されている楽曲の中でいちばん悩まれた曲は?
植松個人的には、メインテーマができれば仕事の半分くらいが終わった気分になれるんですね。そのゲームを代表する世界観を表現できたとホッとするのですが、そういう意味でもメインテーマは時間もかかりますし、『FANTASIAN』でもいちばん時間がかかったかもしれません。
――『FANTASIAN』はファンタジーだけでなく、並行世界などのハードなSFの要素も含まれた多重的な世界観を持っていますが、そんな作品のメインテーマをどのようなイメージで作曲されたのでしょうか?
植松僕の曲は少し悲しげなメロディが多いと思うんですけど、今回は“希望”でしょうか。“希望を持って仲間と前に進む”というイメージはあったかもしれません。坂口さんとの話や膨大な文字や絵の資料を見て伝わった世界観から生まれました。
――『FANTASIAN』にはシンセサイザーをメインにした楽曲やバンド編成で奏でている楽曲など、多彩な音楽がありますが、たとえば「この曲はシンセサイザーで、この曲はバンドで」と考えながら作曲されるのでしょうか?
植松ドレミファソラシドで表現できる音楽、雰囲気を重視したい音楽、優雅さを出したい音楽など、それぞれに合わせてバンドやオーケストラの編成を考えたりはしますが、それ以外の雑音や効果音と合わさったひとつの完成形を目指すのであれば、シンセサイザーがいちばん向いていると思います。
そもそもシンセサイザーは“発信機”なので、正しい音階を奏でなければいけないものではありません。ドとドのシャープにあいだにもたくさんの音程が存在するわけで、アナログシンセサイザーは音程とは関係のない何かを表現できる楽器ですから、それに合った楽曲を作ります。
――シンセサイザーという楽器にはデジタルなイメージがありますが、ファジーな部分もあるのですね。
植松そもそも僕が若いころに使っていたようなアナログシンセサイザーは温度で音が変わるので、音源をライブで完璧に再現できないようなファジーさがあって、そこもおもしろいところです。
ここしばらく、シンセサイザーだけを使ったソロライブをやりたいと、ずっと考えていて。オーケストラでもバンドでも、それぞれに良さや表現できるものがありますが、シンセサイザーでのソロなら最初から最後まで自分が思った通りに演奏できます。オーケストラやバンドでは自分の想像を超える音が出てきたり、自分だけでは思いつかないアイデアをもらったり、フレーズを弾いてくれたりとおもしろいことが起こるので、どちらが良い・悪いという問題はないのですが、自分ひとりだけで表現することにも興味があって。
――徹頭徹尾、自分だけの世界を自分だけの責任で表現できる、と。
植松じつは、オーケストラやバンド編成で演奏してきたことはあっても、自分だけの演奏を披露したことはなかった。さらに言うと、『ファイナルファンタジー』ははなっから世界が相手だったわけで、“嵐”に巻き込まれているうちにロイヤル・アルバート・ホール(英・ロンドンにある、1871年に開設された歴史的なホール)だ、どこそこにある何々だ、と何千人を相手にしたトップクラスの会場でコンサートを開催することになって……いわゆるライブハウスでの演奏など、ふつうなら踏むべき“中間”を体験していないんです。
そこを体験せずには死にきれないし、抜け落ちている部分をひとりで一歩一歩、62歳ですが歩いてみたいと思っています。音楽だけでは食えない時期もあったし、もとから裕福ではなかった中でたまたまスクウェアに入って、いまの道につながった人間なので、地道にしぶとくやってみようかと。
――植松さんが手掛けられるゲームの音楽ではジャズ、プログレッシブ・ロックやハード・ロック、クラシックにオペラと、じつにさまざまなメロディとリズムが楽しめますが、『FANTASIAN』ではそれがとくに顕著なイメージを受けました。
植松『FANTASIAN』の作曲はものすごく自由で、ロックをやろうとかクラシックをやろうとか、あまり考えずにのびのびと、やりたい曲を作れました。
坂口さんは昔からそうで、『ファイナルファンタジー』でも「任せます」としか言われなかった。もちろん「イメージと違う」と思ったら言われますが、「こういう形に直せ」といった指示はありませんでした。そういったモノづくりの環境で、たくさん勉強させていただきましたし、その結果が『FANTASIAN』の音楽になったと思います。
――だからこそ、『FANTASIAN』では多彩な音楽が聴けるんですね。
植松僕は作曲家以前に、単純に“音楽のすごいファン”なんですよ。クラシックもジャズも民族音楽も、全部おもしろい。たとえば「ロックは好きだけどジャズはなぁ」という方もいると思いますが、それはロックを聴く耳でジャズを聴くからそう思うだけであって。ジャズを味わう気持ちで聴かないと、おもしろくならない。フランス料理を食べに行ってチャーハンが出てきたら、それはおかしいと思いますし、おいしく感じない。だったら、フレンチを楽しみにして、お店でフレンチを食べたほうがおいしいですし、楽しめます。音楽も同じで、その音楽を楽しもうという気持ちで聴いたほうがいいでしょう。
――「やっぱりチャーハンのほうが好きだ」というなら、それでいいですもんね。
植松口に合わなければ仕方がないですが、食わず嫌いがいちばんもったいない。僕は音楽を作るのは下手ですが、音楽を聴くことに関しては天才なので(笑)、いろいろなものに手を出したくなるんです。それが『FANTASIAN』の楽曲にも表れていると思います。
――『FANTASIAN』では歌が乗った楽曲も印象的ですが、最初から歌を入れるつもりで作曲されるのですか?
植松最初から歌を乗せるつもりで考えますね。人間の声の音域は平均で1.5オクターブくらいですから、それに合わせてメロディを考えないといけませんから。楽曲に参加してくれた佐々井さん(佐々井康雄氏。植松氏のバンド“EARTHBOUND PAPAS”でもボーカルを務める)は2オクターブ出せるので、それだけメロディも変わりますし、その人が得意とする音域があるので、それも考えて作曲します。
今回も佐々井さんから「ここはシャウトなら、僕がいちばん得意とする音域で聴かせたいのでキーを変えてほしい」というリクエストをもらって、メロディを変更してみたりもしました。仲間内でそういったコミュニケーションを取りながら音楽を作れる環境だったのは幸せですね。
――植松さんにとって、ゲームの評価が作曲のモチベーションになることはありますか?
植松ゲームの評価で音楽を判断することはないですね。よく「なぜ音楽を作るのですか?」と聞かれるのですが、「やりたいからやっている」としか答えられない。つねに24時間、頭の中に音楽が流れているので、言ってしまえば、何でもいいのであれば音楽はいつでも作れます。でも、たとえば「このダンジョンにふさわしい音楽を作ろう」と考えるからこそ苦しみますし、たいへんです。
――頭にあるメロディを求められたシチュエーションに当て込むのではなく、求められたシチュエーションに合わせて作曲するということですね。
植松そうですね。個人的には「こういった森でこんな木が生えていて……」というような資料がいっぱいあるより、簡単なキーワードのほうがイメージは湧きやすいです。
――森であれば清涼な曲、ダンジョンであればおどろおどろしい曲といったようなイメージが浮かべやすい場所の楽曲はまだしも、キーナのテーマのような人物を表現する楽曲は難しくありませんか?
植松言ってしまえば、大きく外さなければ「キーナの曲はこれ」と僕が言えば、周りはそう思ってくれるわけです。ただ、ゲームの音楽はずっと流れているものですし、曲のイメージがキャラクターのイメージに直結する強さを持っているわけですから、そこは悩んで作っていますね。
――今回のサウンドトラックには『ブリコの物語』がフィーチャーされていますが、まずは『ブリコの物語』を執筆された理由をお聞かせください。
植松執筆を始めたのは十数年前かな。当時、オーケストラコンサートで海外を回っていて、飛行機の移動とホテルから会場を行き来する毎日で、飛行機とホテルにいる時間が退屈でしょうがなくて、ぼんやりと書き始めたんです。なんとなく物語がまとまり始めたときに、ウチの小川(植松氏のレーベル“ドッグイヤー・レコーズ”の小川洋輝氏)は絵が得意なので、「ブリコってどんな顔をしていると思う?」って聞いて小川に絵を描いてもらったりして。
そのうち、絵と物語があって、物語も第1章、第2章と形ができるようになったときに「音楽を付けたらおもしろいんじゃないか?」と思うようになったんです。
――そこからどのような流れで『FANTASIAN』のゲーム内に『ブリコの物語』を収録することになったのですか?
植松正直、ほかの仕事もあって、ファンクラブ向けに絵を流しながら音楽を演奏する朗読ライブを8年前くらいにやったくらいで、そのあとはぼんやりとしたままだったのですが、『FANTASIAN』で坂口さんとやり取りしているときにロボットの話になって。
「そういえば僕にもこういうものがあって」と『ブリコ』の朗読ライブの映像を観せたら、「これはおもしろい! ゲームに入れましょう」という話になりました。個人的にはたとえば「ゲーム内で劇場に行くと『ブリコ』が流れている」くらいのイメージだったのですが、十数年前から眠っているようなコンテンツなのにけっこうしっかりと見せる形にしてくれたので、うれしかったですね。
――パッケージ版のサウンドトラックでは、『ブリコの物語』の朗読入りのCDとブックレットが封入されることになりました。
植松喜んでいただけるとうれしいですね。そもそも、このご時世にパッケージ、しかもCD3枚組に特典CDが1枚付くという形で出せたのが、とにかくうれしくて。『FANTASIAN』はどうしてもまとまった作品集としてサウンドトラックを出したいという衝動があって……そもそもこういった形でまとまった作品を出すのは数年ぶりなので。
――『想い・独奏』のピアノ譜面も封入されていますね。
植松僕もそうですが、坂口さんがこの曲を大好きで、「ピアノで弾きたい」と言うので譜面を送ったことがきっかけですね。そんなに難しい曲ではないので、ピアノが得意ではない方でも弾けると思います。
――Apple Musicで2021年7月21日よりデジタル版がストリーミングで先行配信されました(パッケージ版は2021年7月28日発売)。
植松こういった形で配信されるのはうれしいですね。パッケージ版では特典として封入される『ブリコの物語』ですが、デジタル版は『ブリコの物語 オリジナルサウンドトラック』という形で、別の作品として配信されます。
『ブリコの物語 オリジナルサウンドトラック』には、朗読が入っていないんですよ。これには理由があって、カラオケが歌う人で違うのと同じように、朗読も話す人によってまったく印象が変わるんです。文章を声に出して読む行為は気持ちがいいものですし、朗読はいちばん簡単な自己表現のひとつだと思います。このサウンドトラックで自分の声を楽器にするイメージで、朗読という“エンターテインメント”を楽しんでほしいと考えています。ぜひパッケージ版でブックレットを手に入れて、デジタル版の音源を使って朗読の魅力を味わっていただけたらうれしいですね。
――ちなみに……場所も規模、予算といった制限もなく、植松さんの思った通りにコンサートをやっていいと言われたら、どんなことをしたいですか?
植松シンセサイザーを使ったソロライブと、僕がピアノで友人がギターを担当し、女性のボーカリストを入れたトリオのライブを合わせて45分。これが第1部です。その後に休憩を20分入れて、第2部は『FANTASIAN』や『ファイナルファンタジー』、『ロストオデッセイ』など、僕が作曲してきたゲーム音楽をオーケストラで演奏する40分。会場は2000人くらいが入る大きさで、オーケストラの生音がしっかりと聴こえる規模ですね。これでいかがでしょう?
――えらく具体的ですね(笑)。
植松実際、来年くらいにはできるんじゃないかと思います。じつは今月(2021年7月)末にファンクラブ向けのイベントでソロライブを開催して、そこで『FANTASIAN』の楽曲も演奏しようかと思っているんです。そこを起点にして、うまく表現できるようであればソロライブを重ねていって、そのうちに僕自身の自信がつくと。自信がついた人間は何をしでかすかわからないので、より大きな野望を抱くものなんですよ(笑)。
年内にソロライブとトリオのライブを実施して、来年にはオーケストラを編成する……。決して夢物語ではなくて、オーケストラの指揮者も目星をつけているんです。いまの状況ではどうなるかわかりませんが、着実に準備を重ねています。
――それは、とにかく楽しみです。最後になりましたが、サウンドトラックを楽しみにしているファンに伝えたいことがあれば!
植松楽しく、一生懸命に、気合を入れて、満足のいく音楽がたくさんできました。そんな楽曲が詰まったサウンドトラックです。ゲームを楽しんでから聴く、聴いてからゲームを楽しむ……どちらでも結構なので、ぜひ聴いてください。
【商品概要】
植松伸夫×坂口博信 作品集 ~ Music from FANTASIAN
Apple Musicで2021年7月21日より先行配信
パッケージ版は2021年7月28日発売/5800円[税込]
※『FANTASIAN』特製ブックレット、『ブリコの物語』朗読入りCD&ブックレット、『想い・独奏』のピアノ譜面を封入