今回紹介するのは大学を中退したネコを主人公にしたアドベンチャー『ナイト・イン・ザ・ウッズ(Night in the Woods)』。本作を「語りたい!」と推薦してくれたのは、大学卒業後に半年間ニートだったというキモ次郎。
このゲームはエモい、でもそれ以上にイタい
沈む夕陽を背に疾走するふたり乗りの自転車、気の置けない仲間たちと行く夜のドライブ、ひとり佇む鉄橋……『ナイト・イン・ザ・ウッズ(Night in the Woods)』は、すごく“エモい”。
本作をプレイすれば、何かしらの感情の波に襲われるはず。でもそれは「なんか切ないよね」みたいな単純で生ぬるいものじゃない。誰もが経験した(あるいはこれからする)であろう苦悩と向き合う、痛みを伴った感情だ。
ダラダラした日常から漏れる若者たちの憂鬱と怒り、絶望
この記事を書くにあたって僕は、エンディングを3回見て、合計313枚のスクリーンショットを撮影している。ゲーム紹介記事を書くときの平均スクリーンショット枚数が何枚なのかは知らないが、少なくとも自分にとって313枚は異例の多さだ。
こうやって書くと、『ナイト・イン・ザ・ウッズ』にはさぞかしドラマティックなストーリーと、美麗なグラフィックが用意されているのだろう……、と思うかもしれない。だが本作は基本的に退屈な作品だ。
しかしそれと同時に、大量のスクリーンショットを残さずにはいられないほど、忘れがたい作品でもある。
主人公のメイ・ボロウスキは、ある事情から大学を中退して、風光明媚と言えば聞こえはいいが、要するに携帯電話の電波もまともに入らないような田舎町“ポッサム・スプリング”の実家に帰ってくる。
メイは20歳、大学を中退して帰ってきたのだから当然仕事はなくて、しかも実家暮らし。つまり、年齢的にも、環境的にも最高にモラトリアムな存在だ。
プレイヤーはそんなメイを操作して、ポッサム・スプリングでの日常を過ごすことになる。物語の推進力として、道に落ちた片腕や、不気味な失踪事件というサスペンス要素もあるにはあるが、それらを解決することが作品の本質ってわけではない。
少し話が逸れるが、『ブラスト公論』という本がある。
日本を代表するヒップホップグループ“RHYMESTER(ライムスター)”のラッパーで、近年はラジオパーソナリティーとしても活躍する宇多丸を筆頭とした5人のクルーが、さまざまなテーマにもとづいて、あーでもないこーでもないと言い合う様子をまとめた座談本だ。
内容は基本的には笑える話ばかりだが、ときおりバカげた発言の中に真理めいたものが見える瞬間がある。『ナイト・イン・ザ・ウッズ』のプレイ中にも、そんな瞬間がいくつもあった。
具体的な回数を言えば、313回くらいあった。
つまり本作で見るべきは、地元の友人を始めとしたポッサム・スプリングの住人たちとメイのダラダラとした、しょーもない交流……の中からにじみ出てくる、彼らの憂鬱、怒り、そして深い絶望の発露だ。
その背景には、衰退するアメリカの工業地帯、いわゆる“Rust Belt(錆びた地帯)”の問題が転がっているのだが、作品内で描かれる憂鬱、怒り、絶望はどれも普遍的なもので、決して他人事ではない。
たとえば、ある隣人は“家を買えるはずの仕事が 家賃を払えるはずの仕事となり 実家で暮らすことしかできない仕事となる”と怒りに満ちた詩を読む。いつわりの姿で週末のパーティーを楽しむ若者は「“普通の人”みたいなことをするためなんだよ」と自嘲気味に絶望を明かす。
どちらも我々の周囲で聞かれそうな言葉で胸がイタくなってしまう。
くり返しになるが、『ナイト・イン・ザ・ウッズ』は基本的に退屈なゲームだ。やることは移動と会話くらいしかない。
でも、その“くらい”の中に、ほかの作品では決して体験できないナニかがある。退屈のひとことで切り捨ててしまうのは、あまりにもったいない作品だ。
最後に余談だが、前述の『ブラスト公論』には巻末に“パンチライン索引”(印象的な発言の索引)が載っている。
『ナイト・イン・ザ・ウッズ』にもパンチラインは数多くあるが、残念ながら索引はない。でも大丈夫、自分でつくれる。スクリーンショットを撮りまくればいいのだ。たぶん、全313枚くらいにはなるだろう。
ナイト・イン・ザ・ウッズ (Night in the Woods)
- メーカー:PLAYISM
- 開発元:Infinite Fall
- プラットフォーム:Nintendo Switch、プレイステーション4
- 配信日:2019年3月28日配信
- 価格:各1980円[税込]
- ジャンル:アドベンチャー
- CERO:15歳以上対象
- 備考:ダウンロード専売 Xbox One版とPC版は、Finjiより配信