バンダイナムコ研究所が作ったクルマの“音”とは?

 2020年11月、NISSANのコンパクトカー“ノート”の新型車が発表された。あらゆる面がバージョンアップした1台だが、中でもゲームファン的に注目なのが“情報提示音”。シートベルトをつけ忘れていたり、クルマが周囲の障害物に接近し過ぎると「ピピピ」と鳴るあの音だ。

 なんと、この新型ノートに搭載される情報提示音は、バンダイナムコのサウンドクリエイターが制作したのだという。どうしてバンダイナムコがクルマの“音”を制作することに? それっていったいどんな音? 両社の担当者に直撃しました!

鈴木広行 氏(すずき ひろゆき)

日産自動車プラットフォーム・車両要素技術開発本部 内外装技術開発部 LOB&HMI開発グループ(文中は鈴木)

髙橋みなも 氏(たかはし みなも)

バンダイナムコ研究所サウンドディレクター。バンダイナムコスタジオ在籍時には、『THE IDOLM@STER』シリーズなどの開発に携わる。(文中は髙橋)

新型ノートとは

バンダイナムコが自動車の“音”を作る。自動車の高級感を演出するために活きたゲーム業界の知見とは。実際に聴いて確かめた

 NISSANのコンパクトカーが8年ぶりにフルモデルチェンジ。日産の電動パワートレイン“e-POWER”を搭載し、エコと運転性能を両立した。ドライブからドアの開閉まで、“質感の向上”が追求されている。

 第2世代e-POWERを搭載し、ガソリンエンジンで発電、電力(モーター)で駆動する。カメラ等センサーを駆使した360度セーフティアシスト(全方位運転支援システム)など最新技術が惜しげなく搭載されている。218万6800円~(※Xグレード)というお手ごろ感も魅力。

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e-POWERとは何かを説明する解説ボード
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e-POWERユニットサンプル
ノート NOTE 電気自動車(e-POWER)日産自動車公式サイト

――さっそくですが、実際に制作された音を聞かせてもらえますか。

鈴木ええ。以前のものとぜひ聴き比べてみてください。

というわけで、試乗してきました

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――……(試聴中)……ああ。なるほど! これまでの音は、「ピピピ」とか、「ブー」とか、ビープ音のような単純だったものが、新型ノートでは、実際の楽器音に近くなり、全体的にやわらかい印象になっています。“ブザー”からメロディーというか“チャイム”に変わった感じで。

新旧ブザー音の比較

――なぜこのように変更したのでしょう?

鈴木開発するにあたり、全体的に“高品質で上質感のある体験”という目標が掲げられました。その中で、情報提示音もわかりやすく、より品質がよくて、新しいものに変えようと。

 携帯電話でも昔は電子音しか鳴りませんでしたが、スマートフォンではアラームひとつとっても少し柔らかい音だったり、アラームとして気づくんだけど不快ではない、いろいろな音が鳴るようになっていますよね。

――確かに。ノートに搭載された音を実際に聞くと、とても現代的にアップデートされているという感じがします。その音の制作をバンダイナムコのサウンドクリエイターが行ったというのは、どのような経緯で?

バンダイナムコが自動車の“音”を作る。自動車の高級感を演出するために活きたゲーム業界の知見とは。実際に聴いて確かめた
カーナビなどを操作するセンターモニターとスピードメーター。情報提示音はこのあたりから鳴る。この音の進化のために新開発された専用スピーカーが搭載されているのだ。

髙橋当時、「ゲームの開発技術を活かして業務を拡大したい」という考えで、バンダイナムコスタジオのサウンドチームとして、とある展示会に出展しまして、会場でお声掛けをいただきました。

鈴木「ゲーム開発で培ってきた経験を活かせる場所を探している」とのことで、先程お話しした“高品質な音作り”分野で、協力をお願いできるのではと検討を始めたのがきっかけです。

――バンダイナムコで“クルマ”ということは、髙橋さんは『リッジレーサー』シリーズの開発などをされていたのですか?

髙橋いえ、『リッジレーサー』シリーズの開発には直接関わっていなかったんですが、さまざまな製品開発で使われる開発環境やツールなど、どちらかというと技術寄りの部分を幅広く見ていました。『THE IDOLM@STER』シリーズの開発にも関わっていたんですよ。

――おお。ライブシーンが非常に重要な『アイマス』ですから、やはりサウンドにもかなり重点が置かれていて、バンダイナムコスタジオが音作りを担っているのですよね。

髙橋最終的には、日産さんとバンダイナムコスタジオ、そして現在私が在籍しているバンダイナムコ研究所の3社の共同プロジェクトという形になります。

――ゲームの音作りの経験が、クルマのブザー音を作ることに活かされたわけですか。

髙橋もちろん、そのまますべてが同じというわけにはいきませんが、実際に作ってみて、「似ているな」と感じる点も多かったですね。

――どのようなところでしょう。

髙橋たとえば、ゲームのステータス変化を表す音やHUD表示に関連する音など、システム音を作る作業に似ていると感じました。“いま何が起きているのかを音によってプレイヤーに気づかせる、サウンドで理解させる”という点で共通していると思います。

――あああ。現実では毒を食らっても音が出るわけではないですけど、ゲームでは“毒っぽい効果音”が鳴りますもんね。「あっこの音の感じは主人公に何かよくないことが起きてるな」と直感的にわかるような。クルマの情報提示音も同じように、鳴る音の感じで、「シートベルト忘れてるよ」とか「障害物がある!」とかを、非言語的に知らせると。

髙橋はい。そういった意味ではこれまでやってきた仕事と近い部分はありました。逆に、もっとも違う点は、クルマの情報提示音を作る場合、一歩間違えると生死に関わる話になるんです。そういうものに対して音を作る気構えというのがいちばん異なったところです。

鈴木聞き心地がいいだけの音を作るのではなく、危険な場面ではドライバーにしっかりと注意が届かないといけませんから。

――それでいて高品質で上質で、全体として不愉快ではない音が求められるわけですよね。ある種、矛盾をはらんだ注文だと思うのですが、作るのは難しくなかったですか?

髙橋たいへんでしたよ(笑)。

――ですよね!

鈴木うちのメンバーで何度もスタジオに足を運び、その場で「ああでもない、こうでもない」と音を出してもらって、そうして作った音をまた、多くの部署の者に聞いてもらい……という作業を繰り返して制作を進めていきましたね。ちなみに今回作った音は、新型ノートだけでなく、今後の日産車にも搭載されます。

――おお! 今後は、NISSANの名だたるクルマにもバンダイナムコとのコラボレーションサウンドが搭載されるのかと思うと、なんだかグッときますね。

髙橋小型車からミニバン、SUVなどの大きなクルマまで、鈴木さんといっしょに実際に車内で聞いてはチューニングしたんですよ。ずっとやっていましたね。けっきょく全部でどのくらいやっていたんでしたっけ。

鈴木今回の音の開発は、2015年に着手し制作を始め、初搭載が2020年12月ですから、5年くらいは掛けています。ぜひ試乗して聴いてみてください。

髙橋完成したクルマには僕もまだ乗っていないので、今度、お店にうかがいます(笑)。

試乗してきた記者の目

 新型ノートは、この“音”に代表されるように、あらゆる点を現代的に進化させた1台だ。

 ガソリンで発電し電動で走るe-POWERは加速がよく、アクセルペダルから足を離したときの減速が強力で独特な操作感。これが電気自動車のライドフィールなのか。バックの際は上空からの視点でわかりやすく操作できる。クルマの周囲に取り付けられたカメラやセンサーで、人やクルマを感知して減速したりドライバーに知らせてくれたりする。

 その中で、情報提示音の「ピーッ」が「ポポポ」になったのは、小さな変化かもしれないけど、クルマの触り心地にちょっとした影響を与えている。音が変わったことで、ドライバーに生まれる感情がやわらかくなる。ときにちょっとうるさくも感じるあの音が、“頭ごなしに叱りつける教官”から、“運転のアドバイスをしてくれる友人”って感じに印象が変わった。触って気持ちよくなる進化、それが、バンダイナムコが(引いてはゲーム業界が積み上げた知見が)自動車にもたらしたものかもしれない。

 それにしても、何事にも、こういう細かいところでも、改良できる点というのはあるものだ。こうした、たゆまぬ努力というものが社会を進化させていくのだなあ。我々も進化できるように努力を続けたい。“変わらなきゃも、変わらなきゃ”。古いコピーで恐縮ですが。