27年前にウエストンよりアーケードゲーム向けに開発されたものの、“時流に合わない”との判断から開発中止となってしまった『時計しかげのアクワリオ』。そんな“幻のタイトル”が、ビデオゲームの発掘と保護を行うドイツのパブリッシャー、Strictly Limited Gamesの手により復活。2021年にNintendo Switchとプレイステーション4向けにリリースされることになった。

 Strictly Limited Gamesがオリジナルのゲームデータを発見したことが復活につながったという本作だが、開発にあたっては、当時の開発メンバーが集結。往年のテイストを忠実に再現しているという。こんな浪漫のある話を放っておけない!ということで、インタビューを申し込んだところ(メールにて)、怒涛のようなアツいコメントが! というわけで以下にご紹介しよう。

 まずは、最新プレイ動画をちょっとだけ紹介するので、こちらで気分を高めてくださいまし。

長いあいだ恋しく思っていた作品にやっと会えた気持ち

Strictly Limited Games 共同設立者 デニス・メンデル氏

デニス・メンデルの写真

――“未発売タイトルを現在に蘇らせる”ことをミッションとするStrictly Limited Gamesさんですが、今回、『時計じかけのアクワリオ』をNintendo Switchとプレイステーション4向けに蘇らせることにしたきっかけをお教えください。

デニスゲームには文化的・社会的背景、そしてそれに触発されたアイデアや経験が多く含まれています。もちろん、すべてのゲームがおのずと歴史的に価値のあるものになるわけではありませんが、すべてのゲームがアートや文化的価値のあるものになる可能性があるという考えを、私は持っています。

 しかし重要なのは、“何がどれだけいいものだったのか”ということを人はずっと後になって初めて気づくということです。残念なことに、気づいたそのときにはすでに失われてしまっているかもしれない。私たちが昨年販売したDICEの『Ultracore(ウルトラコア)』の場合も同様で、開発者たちは当時いまほど有名ではなく、チームの規模もとても小さいものでした。『Ultracore』のパブリッシャーがこのゲームの発売をキャンセルした当時、彼らはこのゲームがあとにヨーロッパでもっとも重要なゲーム開発チームの歴史の重要な一部分になるとは思っていなかったようです。しかしゲーム発売の発表と同時に受けた大きな反響を見て、やはりこれも失われた遺産のひとつだったと再認識しました。

 この状況はウエストンもまったく同じだと思います。あのころはアーケードの3Dゲームや対戦格闘ゲームが盛り上がりを見せた時代で、2Dゲームの『時計じかけのアクワリオ』が注目されにくくなっていました。しかし、何十年も経ったいま、人々はドットアートの2Dゲームをもう“時代遅れ”だとは思っておらず、単に3Dゲームと同じような最新のジャンルだと思っています。こんなに素晴らしいゲームの存在を知ってしまった以上、眠らさせたままにすることは私にはできませんでした。多くの人が楽しんでもらうためには現代のコンソールで遊べるようにするべきだと思い、プロジェクトを始めました。

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――『時計じかけのアクワリオ』のどのような点を評価されての復活となったのでしょうか?

デニスウエストンさんによる『ワンダーボーイ』シリーズは、第一作目からプレイしていますが、当時(私はまだ10歳くらいでした)は誰が作ったのか、どこから来たのかなど考えたこともありませんでした。私の出身のドイツはアーケードゲームよりも家庭用ゲームが人気のある国でしたので、私の友人はほぼ全員コモドール64を持っていましたし、私自身もそうでした。そのころに初めて『ワンダーボーイ』をプレイして、本当に夢中になりました。

 数年後に、日本でセガからメガドライブが発売され、私は両親を説得して日本から輸入されたメガドライブを買ってもらいました。その2年後にドイツでもメガドライブが正式に発売されるようになりましたが……。メガドライブで遊ぶようになってから、自分が熱中しているゲームがどこから来たのかわかるようになり、お小遣いで日本からの輸入ゲームをどんどん買っていったんです。とくに、『ワンダーボーイIII モンスター・レアー』をいつもプレイしていたのですが、忘れられないメロディーやシーンがたくさんあります。

 そんな中、雑誌でウエストンの新作についての記事を読んだのです。日本から遠く離れたドイツの小さな田舎町で、私はそのリリースをそれはそれは楽しみに待っていました。しかし残念ながらそれが実現されることはなく、何年も経ってからインターネットでゲームについての情報を見つけました。見つかった絵は少なくて画質もよくなかったのですが、『ワンダーボーイ』シリーズを手掛けた人たちが作ったゲームなので、きっといいゲームなのだろうと思いました。

 大学を卒業して、ドイツのゲームサイエンスの研究所に所属していたころにも『時計じかけのアクワリオ』についてずっと気にかけていましたが、自分にできることは何もありませんでした。しかし、そのあとでドイツ人の同僚といっしょに限定版レーベルStrictly Limited Gamesを立ち上げたとき、「絶対にこのゲームを世に出したい!」と思い、具体的に計画を進め始めました。あらゆる方法で日本の企業とコンタクトを取り、ようやくプロジェクトを正式に始められるようになるまで3年近くかかりました。

 もちろん、多くの人と同じように私も『時計じかけのアクワリオ』をプレイしたことがなかったですし、ゲームのクリアーな写真や動画すら見たことがありませんでした。ですので、そんな中このプロジェクトを開始するというのは大きなリスクだと、周りからは何度も指摘されました。しかし、私は日本のウエストンという企業に心底惚れ込んでいましたし、信頼していましたから「きっといいゲームに違いない」という信念のもと突き進みました。私には生まれながらに「いいゲームを多くの人と分かち合いたい」という本能が備わっているのかもしれません。私の本能は、「このゲームはとてもいいものになる、それだけの価値がある」と叫んでいて、私はビジネス的な考えよりも、ただ本能に従って『時計じかけのアクワリオ』復活のために動き出しました。

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――本作が開発されていたのが1992年で、なおかつロケテのみで終わってしまったということで、まさに“幻の作品”となるわけですが、海外における本作の知名度は高い感じでしょうか? 発表されたときの海外ユーザーさんの反響を教えください。

デニス『時計じかけのアクワリオ』が中止になった当時は、まだインターネットがいまのように広まっておらず、ゲームの情報を伝えるのは紙媒体の雑誌が中心でした。私のような海外のゲームファンはさらに情報をつかむことが難しかったので、当然あまり知名度はありませんでした。しかし欧米の多くのファンにとって、ウエストンはセガと切っても切り離せない存在であり、『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』が出る前から『ワンダーボーイ』は多くの人にとってセガのマスコットでした。“セガ”と聞いてすぐに『ワンダーボーイ』を思い浮かべるほどです。欧米のウエストンのファンの中には、当時新作が発売されないのは残念だと思っていた人もいましたが、そのあと情報がまったく出てこなかったために、日本と同じでいつの間にか忘れ去られていたようです。

 しかし、時代は変わり、ここ10年で2Dゲームの人気はますます高まり、多くのインディーゲームの開発者が日本の伝統的なゲームに触発されました。ファミコンミニとスーパーファミコンミニなども契機となって、レトロゲームが再びファンの心の中に浸透しています。

 おもしろいのは、昔の3Dゲームのグラフィックはもう見栄えがしませんが、昔の2Dゲームのグラフィックはいまでも十分魅力的であるという点です。2Dグラフィックは時代を超越していて、今年私たちが『時計じかけのアクワリオ』の数枚のスクリーンショットを公開しただけでも、世界中のゲーマーからの大きな反響を貰いました。人々はすぐにこのゲームの美しさに気付き、ウエストンが当時素晴らしいゲームを作っていたことを思い出してくれました。世界中のメディアが報じてくれて、こんなにも美しいゲームがやっと発売されるという喜びをみんなで分かち合えたことは本当に感動しました。

――データを発掘されたとのことですが、見つけるまでのプロセスはどのような感じだったのでしょうか? たいへんだった点などありましたらお教えください。

デニス最初のころは『時計じかけのアクワリオ』のデータがまったくないのかと思っていました。昔のゲームのソースコードが残っていないことがよくありますから。それが幸いなことに、昨年に韓国のデベロッパーCFKの『ワンダーボーイ リターンズ リミックス』のパッケージ限定版をStrictly Limited Gamesがワールドワイドで発売したときに、ウエストンの遺産を守っていらしたLATの藤原三二さんと連絡を取り合うことができたんです。何度もメールのやりとりをしたり、東京ゲームショウのときにお会いしたこともありました。また、開発についてはエムツーを始め、多くのパートナーにも相談をしました。そのころには運よくお互いによいビジネスの関係が築けていたので、ソースコードを提供していただくことができました。

 私たちの開発担当者はウエストンの大ファンなので、モチベーションはとくに高く、ソースコードを提供していただいてから数週間後には、もうゲームを動かしていました。ただ、音楽や効果音は足りない状態で、グラフィックもいくつか欠けていて、もう見つけられないものもありました。ただ、音楽に関しては『時計じかけのアクワリオ』のサントラがすでに出ていたので、その中の音楽や効果音は少しずつゲームに戻していくことができました。一方で、グラフィックのほうは、私たちは元ウエストンのチームやほかのドット絵アーティストといっしょに、足りない部分を再構築する挑戦をしています。

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――できるだけ当時のスタッフを集めたとのことですが、改めてのご質問となりますが、当時のスタッフにお願いしたいという理由をお教えください。また、当時のスタッフを探すことはたいへんでしたか? ご苦労などありましたらお教えください。

デニス当時のスタッフに集まってほしいと思ったのは、まずは私たち自身がウエストンの大ファンであるというのが大きな理由です。ウエストンを尊敬しているので、現代のコンソールに移植する中で彼ら全員に満足してもらえるようにしたいと思ったんです。当時のメンバーの意見がどうしてもほしかったのです。彼らのゲームは日本のゲーム史の一端を担っているので、復活に当たって彼らのスタイルがしっかり残るようにしたいという気持ちがいちばんにありました。

 また、昨年の東京ゲームショウでは元ウエストンの栗原孝典さんと坂本慎一さんに直接お会いすることができました。栗原さんは元ウエストンのほかのメンバーを紹介してくださいました。彼らがゲーム好きなのが伝わってきて本当にうれしいです。苦労よりも一歩ずつゲームが実現になる喜びのほうが圧倒的に大きいですね。たくさん助けていただいて感謝しています。

――移植の実作業はどのような感じで進められたのでしょうか?

デニスゲームデータを提供していただいて作業を進めました。『時計じかけのアクワリオ』は、アセンブラを使って開発をしており、現在はそういった古いプログラミング言語を知らない人が多いため、本来であればこのようなプロジェクトは非常に難しくなることが想定されます。ですが、私たちの開発担当者は古いプログラミング言語に精通しており、ウエストンの大ファンでもあるので、このプロジェクトにとても意欲的でした。数週間後にはもうゲームの短いプレイビデオを見ることができ、そのときは幼いころにクリスマスプレゼントを開けたようなワクワクした感覚が蘇ってきました。

――当時のスタッフを交えての作業はスムーズに進んだ感じでしょうか? 印象的だったやり取りなどありましたら、お教えください。

デニス個人的に直接お会いしたのは栗原さんと坂本さんだけなのですが、話してみると取引先というよりは、いっしょに夢を実現にする仲間という感じを持っています。おふたりがどう感じているのかは分かりませんが(笑)。彼らは信じられないほどフレンドリーで親切で献身的です。そしてこのプロジェクトをいっしょに喜んでくれています。これは本当に特別なことだと思います。栗原さんに初期のテスト版をお送りしたときもとても喜んでくださって、懐かしい気持ちになっておられたようです。それを聞いて私も嬉しくなったのは言うまでもありません。

――プレイステーション4版およびNintendo Switch版には、オリジナル版から何か追加された要素などはありますか?

デニスそうですね、あまりゲームの内容を変えたくないのですが、機能を増やす作業はしています。グラフィックは本当に素晴らしくて細部にまでこだわっていますが、最近は多くの家庭に非常に大きなHDテレビがあるので、ピクセルが大きく表示されることも考慮に入れなければなりません。そのためオリジナルのスタイルを少し変えることができるグラフィックフィルターを追加する予定です。また、サウンドトラックも変化を持たせたいと考えています。アーケードゲームということもあり、非常にハードルが高いですね。多くの若者はアーケードゲームでこういったゲームを遊んだ経験があまりないかもしれませんので、どのようにモチベーションを上げてゲームをプレイしていただくかが大切です。

――発売は2021年を予定しているとのことですが、具体的にはいつころになりますでしょうか? また海外ではパッケージ版も予定しているとのことですが、日本でも発売しますか?

デニス『時計じかけのアクワリオ』は全世界での販売を目指していますが、正確な販売日を発表するにはまだいくつか越えなければいけない課題があります。日本での販売ももちろん計画しています。『時計じかけのアクワリオ』は、日本の現代文化の一部ですから、日本のゲームファンがきっとお待ちになっていると思いますし、その気持ちには誠実に応えたいです。

 また、私たちの限定版レーベルStrictly Limited Gamesではコレクターの方々向けの同梱セットも予定しています。まだ誰も見たことのない資料や絵などを、皆さんに共有したいと思っていますので、ぜひ楽しみにしていてください。

――最後に、『時計じかけのアクワリオ』を心待ちにしているゲームユーザーに向けてメッセージをお願いします。

デニスこのプロジェクトが開始できたことを心から誇りに思っています。初めてテスト版を遊んだときの信じられない感覚は、まるでセガや任天堂のゲーム機で新しい2Dアクションゲームをプレイしたときの、幼いころの感動を体験するかのような素敵なものでした。カラフルで緻密なグラフィック、おもしろいアニメーション、素晴らしい音楽……すべてがとてもいい感じで、本当に長いあいだ恋しく思っていた作品にやっと会えたという気持ちでいっぱいになりました。世界中の『時計じかけのアクワリオ』をプレイする人にも同じように感じてもらえれたら本当に幸せです。

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時空を超えて登場した本作との奇妙な出会いを楽しいでほしい

オリジナル版ディレクター 西澤龍一氏

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――『時計じかけのアクワリオ』が現在に蘇ると聞いたときの率直なご感想を教えてください。

西澤「見たことのないゲームの再現って可能なのかな?」と思いました。

 「どういう映像が正しいのか?」、「どういう動きが正しいのか?」を確かめる方法がないわけで、そういう環境下でソースだけを頼りに作るのはかなり難しいだろうと想像してました。背景やキャラクターの画像って、PNGやJPEGのフォーマットでROMに格納されているわけじゃなくて、セガ・システム18専用のフォーマットで、かつ独自の圧縮技術を使って格納されているわけです。それらを正しく表示するだけでもたいへんな作業ですし、表示できたとしてそれが正しいのかどうかを確かめようがないわけですね。「たぶんこれで合っているんじゃないかなあ」みたいなところまでしかわからないはずです。色が正しいかどうかもわからないはずだし、背景なんかはバラバラになっているからパズルを解くような作業だったんじゃないかなあ。

――『時計じかけのアクワリオ』を開発した当時の、コンセプトやテーマなどをお教えください。当時のアーケード基板“セガ・システム18”のグラフィック性能を限界まで引き上げることを目的に制作されていたとのことですが、当時のご苦労の一端なりをお教えいただけますとうれしいです。

西澤開発していたのは1992年ですから、メガドライブの全盛期ですね。プレイステーションが登場する2年前ですから、まだまだ家庭用ゲーム機よりもアーケードゲームのほうがスペックが高かった時代です。家庭用ゲーム機では真似できない映像表現を追求するのが開発のお作法でしたから、大きなキャラクターに多彩なアニメーションをさせるのが王道だったわけです。すなわち、デザイナーさんたちが膨大な量のグラフィックを“手描き”で作っていたんですね。それはそれはたいへんな作業なです。とはいえ、当時のアーケードゲームの開発はそれがあたりまえだったので、そこをゲームの特徴にはできないわけです。なので、“3人同時プレイのアクションゲーム”をコンセプトにしていました。が、当初予定していた3人同時プレイのコンパネ筐体が発売されないことになり、しかたがないのでふたり同時プレイに切り替えました。とまあ、話し出すとキリがないほどに、このゲームには苦労話がたくさんあります、ハイ。

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――本作の開発に関わったとのことですが、具体的にはどのような役割分担でしたか?

西澤じつは、開発当初は『Ghost Hunter』というタイトルでお化け退治の内容だったんです。横スクロールのアクションシューティングで、それが開発が進んでもなかなかおもしろくならないということで、テコ入れをするために開発途中から企画担当として参加しました。けっきょくは完成に至るまでずっと続けて、完成した後もロケテストの成績がおもわしくないので何回か改善をしてました。

――プレイステーション4版およびNintendo Switch版の開発にあたって、心がけた点をお教えください。

西澤今回のリストア開発にはノータッチです。7割くらい完成した時点で初めて動作するものを見せていただきました。27年ぶりで見たゲーム画面の映像は、それはそれは衝撃的でした。とおい記憶が蘇ってきて懐かしい……という意味ではなく、「ああ、こんなに苦労を重ねて皆でつくりあげたのにリリースしなかったんだ」という事実に改めて愕然とした感じですね。

――当時の開発者が多数参加されているとのことですが、お集まりになって打ち合わせみたいなことはあったのでしょうか。当時のスタッフの皆さんとの関わりのなかで、印象的なエピソードなどありましたら、お教えください。

西澤開発するために当時のスタッフが集まるということはなかったのですが、開発が進んで、いよいよ本当に販売するらしいぞという時期になって、宣伝用の素材提供の話が持ち上がってきて、「パッケージ用のイラストを誰が描くんだ?」ということで、かなり久しぶりに当時のデザイナーさんと連絡を取り合って打ち合わせとかをしたみたいです。

 ボクは『ワンダーボーイ アーシャ・イン・モンスターワールド』のリメイク版開発で手一杯だったので、当時『時計じかけのアクワリオ』のメインプログラマだった栗原さんにぜーんぶお任せしました。また、でき上ってきたゲームの動作を検証するのも、何が正しいのかは、当時の開発メンバーしかわからないので、それも含めてぜーんぶ彼にお任せしています。ふたり同時プレイのゲームですから、テストプレイするのもたいへんだったようです。

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こちらはキービジュアル。ただいま制作中のパッケージ用のイラストはこれとは違ったものになる。どんなビジュアルになるか、楽しみ!

――ふわっとしたご質問になってしまって恐縮ですが、今回のプロジェクトが進行していたあいだの心境などをお教えください。

西澤「本当に作れるのかな?」、「やっぱり作れませんでしたってまだ言ってこないな」とか、「どーにか進んでいるんだろうか?」という心境でした(笑)。

――こうして27年ぶりに『時計じかけのアクワリオ』が蘇るわけですが、いまこそ注目してほしいポイントは?

西澤やはりドット絵アートの集大成的なグラフィックが印象的なので、そこに注目してほしいですね。いまのハードに比べて画素が粗いので、それが逆にドットを強く感じるおもしろい映像になっていると思います。色もカラフルだし、いまのゲーセンに置いても目立つんじゃないかな。

――最後に、『時計じかけのアクワリオ』を心待ちにしているゲームユーザーに向けてメッセージをお願いします。

西澤27年前に作られて、一般公開されないままになっていたゲームが、こうして現代に蘇るのは、とても素敵なエピソードだと思うんです。古いのに新しいという、まるでタイムカプセルを開くときのような、もしくは“ジュマンジ”を発見しちゃいました的な、ある種の発掘感のある、とても珍しいタイプのゲームだと思います。当時のゲーセンの雰囲気を知っている人も知らない人も、時空を超えて登場したこのゲームとの奇妙な出会いを楽しんでいただけたらと思います。できればふたり同時プレイで遊んでほしいですね。

 最後になりますが、当時の開発メンバーにも感謝の気持ちを込めて贈ります。完成するまでつきあってくれてありがとう。途中で開発をやめないでよかったね。

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