アーティストとしての活動に加え、YouTubeチャンネルを立ち上げ、自身が撮影・編集した動画をアップしたり、小説家としても活躍するなど、さまざまな分野で大活躍中の声優・夏川椎菜さん。そんな彼女が、ミニアルバム『Ep01』から約1年ぶり、シングルとしては前作『パレイド』より約2年ぶりとなる最新シングル『アンチテーゼ』を2020年9月9日にリリースする。

 同シングルの発売を前に、夏川さんのアーティスト活動に対する姿勢や、楽曲の制作秘話などをたっぷり語ってもらうロングインタビューを実施。動画編集や小説の執筆といった活動についても、リアルな本音を聞かせてもらった。

夏川椎菜(なつかわしいな)

千葉県生まれ。24歳。声優としての出演作は『アイドルマスターミリオンライブ!』シリーズ(望月杏奈役)、『マギアレコード魔法少女まどか☆マギカ外伝』(由比鶴乃役)、『えんどろ~!』(セイラ役)など多数。アーティストとしてはユニット“TrySail”として2015年から活動を開始し、アリーナライブなども成功させる。2017年からはソロシンガーとしても活動を開始。最新アルバム『ファーストプロット』はオリコンTOP10入りを果たす。(文中は夏川)

「いまの原動力は“復讐”」。夏川椎菜が語る4thシングル『アンチテーゼ』へ込めた想い
「いまの原動力は“復讐”」。夏川椎菜が語る4thシングル『アンチテーゼ』へ込めた想い
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アンチテーゼ(初回生産限定盤)(Amazon.co.jpで購入) アンチテーゼ(通常盤)(Amazon.co.jpで購入)

これまででイチバン棘が残った楽曲『アンチテーゼ』

――本作『アンチテーゼ』は、2019年にリリースされたミニアルバム『Ep01』以来、約1年ぶりとなるニューシングルになりますが、発売を迎えた現在の率直な気持ちをお聞かせください。

夏川無事に発売できたのはもちろん、それまでの制作過程に関しても、トラブルなく乗りきることができて本当によかった……というのが正直な感想です。制作スケジュールが先送りになったり、発売日が延期になったりと、本当にいろいろなことがあったので。ファンの皆さんも、ヤキモキしながら待っていてくれたんじゃないかと思うので、無事に発売できたことが素直にうれしいです。

――レコーディングができず、作業がどんどん先送りになっていく期間はどんな気持ちでしたか?

夏川「でもまあ、しかたないよね」と、自分に言い聞かせるしかなかったですね。ライブやイベントが中止になることも悔しいですが、“制作する”という行為自体がなくなると、まるで時間が止まってしまったかのような感覚になってしまって。何も前に進めていない感覚が辛くて、すごく歯がゆい気持ちでいました。

――そんななか発表された『アンチテーゼ』は、ボカロPのすりぃさんが書き下ろされた楽曲ということでも注目を集めていますが、すりぃさんにはどういった経緯で依頼されたのでしょう?

夏川新曲を作るにあたり、スタッフ間で「どういう曲調にしようか」と打ち合わせをする機会があったんです。そこでなにげなく、最近聴いている曲や、つぎにシングルを出すならこういう曲がいい……みたいな感じで、いろいろなアーティストさんの名前を出させていただきました。その中にすりぃさんもいて。

 すりぃさんのことは、YouTubeチャンネルを登録して、毎日聴くくらい大好きだったので、「すごくカッコいい曲を書く人なんだよ」と、スタッフさんに勝手にプレゼンとかしていましたね(笑)。そうしたら、いろいろなご縁がつながって、本当に曲を作っていただけることになった、という感じです。

――もともとご存じだったんですね。すりぃさんの楽曲の中で、とくに好きなものは?

夏川私がすりぃさんを知ったのは『テレキャスタービーボーイ』という曲からなので、この曲にいちばん思い入れがありますね。『テレキャスタービーボーイ』が出たくらいのタイミングで、チャンネル登録もさせていただきました。

 それから数ヵ月後に発表された『ジャンキーナイトタウンオーケストラ』もすごくカッコよくて、こちらもお気に入りの1曲です。たしか同時期に同人的な形でアルバムもリリースされると聞いたので、そちらも即、ネットで購入しました。

――完全にファンですね(笑)。

夏川いまでも大ファンですが、そのころは影ながら勝手に追いかけていた感じです。

――「すりぃさんにお願いしましょう」となったときは、どのような心境でしたか?

夏川「本当にそんなことが可能なの?」って思いました。「業界すげぇ!」って(笑)。それと同時に、誰がどこでつながっているのかわからないので、たとえ雑談レベルでも、自分が好きなものはしっかり共有しておくことが大事なんだな、ということに気づかされました。

――レコーディングは、すりぃさんも立ち会われたのでしょうか?

夏川来ていただきました。それ以前にもミーティングに参加していただいて、何度かお会いしていたので、そこで初対面というわけではないんですけど。

――最初にお会いしたときに、大ファンであることは伝えられたのですか?

夏川そうですね。せっかく、すりぃさんにお願いするからには、手掛けられた曲の中で、とくにこれとこれが好きです……みたいな部分はお伝えしておいたほうがいいなと思って。『テレキャスタービーボーイ』や『ジャンキーナイトタウンオーケストラ』だけでなく、アルバム収録曲も引っ張ってきて、「この曲のこの部分がすごく好きです」みたいなお話しをさせていただきました。「あなたの曲のこの部分が好きなので、こんな感じの曲をください!」というような、完全なゴマすりモードでしたね(笑)。

――(笑)。その思いが通じて、『アンチテーゼ』が制作されたわけですね。ちなみに、大ファンだったすりぃさんに会ってみての印象は?

夏川じつは、直接お会いするまでは、怖い感じの人だと思っていたんです。というのも、これまでの楽曲ですりぃさんが書かれている歌詞を見てみると、世界を皮肉っているようなものが多くて。「この歌詞を書く人には、世界はどう見えているんだろう? 自分以外の人間のことをどう見ているんだろう?」と感じていて。勝手に委縮してしまっていたんです。けれども実際に会ってみたら、すごく話しやすい方で。爽やかな好青年といった雰囲気の方でした。

――すぐに打ち解けて、フランクに話せるようになった感じですか?

夏川チャラチャラしているわけではなく、かといってフワフワでもなく、飄々とした印象でしたね。“何事にも縛られたくない”みたいな信念はあるけど、誰とでもフラットに接してくださる方で。へりくだったりもしないし、かといって偉そうにすることもない。とても話しやすい方でした。

――“417の日継続”の企画として、『ジャンキーナイトタウンオーケストラ』をカバーした動画も公開されていましたが、それはやはり、すりぃさんとのやり取りがあったからですか?

ジャンキーナイトタウンオーケストラ covered by夏川椎菜(YouTube)

夏川じつは、もともとはカバーをやるつもりはなかったんです。当時、私たちの中で『アンチテーゼ』の発表をどのようにするか、という課題がずっとありまして。最初は“417の日”のイベントの中で『アンチテーゼ』を発表する予定だったのですが、イベントが中止となってそれができなくなってしまって。

 でも、私としてはサプライズ的に発表したかったので、コロナ禍のスケジュールの範囲内でできることがないかを考えたときに、『ジャンキーナイトタウンオーケストラ』をカバーして、その後にサプライズ発表をするということを思いついたんです。

 これはYouTubeをやっているからこそできるサプライズ発表ですし、すりぃさんがYouTubeで活動されている方ということもあって、すごく適したサプライズになったんじゃないかと思います。思いついたときは「これ絶対に楽しい!」と思いながら、各所に確認を取って実現しました。

――たしかにビックリしました。自分も『ジャンキーナイトタウンオーケストラ』のプレミア公開をリアルタイムで視聴していたのですが、最後にいきなりNEWシングルが発表されたので。

夏川動画の編集も自分でやっているので、自分がカッコいいと思うサプライズ発表のアイデアをふんだんに盛り込みました。夢だったものがひとつできましたね。大勢の方に喜んでもらえたようで、本当によかったです。

――そうして、ついに発売された『アンチテーゼ』ですが、最初に曲を聴いたときの感想を教えてください。

夏川自分が好きなものや書いてほしいものを、最初にたくさん共有させていただいていたので。いい意味で、私の中でイメージしていたものと大きな差がなく、「やっぱりこうだよね!」という感じでした。そこに「ライブで歌ったら、一瞬でお客さんのテンションを上げられるような疾走感や、一発で好きになってもらえるような爆発力を加えたい!」となって。ちょっとずつ調整を加えていきながら、いまの形に落ち着きました。

――具体的に、どういった調整をされたのでしょう?

夏川最初にいただいたデモでは、完成版と比べると少し、イントロの曲調やテンポが違っていたんです。「『テレキャスタービーボーイ』が好きです」とお話ししていたこともあり、それに近いテンポ感の、クセの強い曲になっていたんですけど、『アンチテーゼ』ではそれに加えて、『ジャンキーナイトタウンオーケストラ』のような疾走感と、キャッチーな方向性ももう少し欲しい、ということになって。

 イントロを少し変えていただいたり、テンポを調整していただいたりして、よりテンションの上がる“ボカロ曲”に寄せるような形で仕上げていただきました。それと歌詞は、すりぃさんに自由に書いていただいたんですけど、ちょっと尖り過ぎている表現があって。大枠のストーリー展開は変えずに、単語や言い回しなどを、少しだけ丸くしていただきました。

――そこはコンプライアンス的な意味合いで?

夏川そうですね。でも、そういった作業も、すりぃさんとごいっしょしたからこそ生まれたやり取りだと思いました。YouTubeという環境で自由に活動されている方の表現なので、それをそのまま私たちがやることが難しくて(汗)。私たちの環境下だと、そういったやり取り自体がないので、すごく新鮮でしたね。ふつうだったら絶対に見られないような表現も提案していただけたので。

――かなり過激な表現もあったのでしょうか?

夏川目を通した瞬間、マネージャーなり、もっと偉い人なりにストップをかけられると思ったんですよ。それが意外と通ったな、という印象でした。

 作家さんにお願いする場合、作詞の部分では変に守りに入られることがあって。かわいい言葉だけで構成されていたり、私のもとに来るまでに角がすべて削られて届くことが多いんです。ふだんなら、そこにもう少し棘を足す形でディスカッションをするんですけど、今回は逆に棘だらけの状態で歌詞が届いたので、いままでの曲の中で、いちばん棘が残った状態の曲になっていると思います。

――作家さんとしてはイメージだったりとか、コンプライアンスだったりとかを加味して、丸いものを書いているのだと思いますが、もっと尖ったモノが欲しいということなんですね。

夏川傍から私を見たときに、“女の子”だし、“声優”だしということで、イメージ的に「強い言葉を使うのは避けるだろう」と思われているんだと思うんです。私としては、これまでの活動の中で、それは否定してきたつもりでいまして、実際によくお願いしている方々はすっかりなじんできているんですけれど、初めてお願いする方だと、真ん丸のものが届くことがありますね。

――なるほど。ちなみに尖るのは夏川さんの十八番といったイメージですが、今回に限っては、逆に丸くされているというのが驚きました(笑)。

夏川棘が出すぎているところを削っていった感じですね。尖ってはいるけど、刺さらないように。誰かを傷つけたいわけではないので、そこは気をつけました。

――『アンチテーゼ』のミュージックビデオ(以下、MV)もショートバージョンがすでに公開されていますが、警報灯が印象的なMVですよね。制作の裏話があれば、お聞きしたいです。

夏川椎菜 『アンチテーゼ』Music Video(short ver.)(YouTube)

夏川いままでのシングルは、ジャケットとMVを別々に作っていたので、それぞれに別々のイメージを用意して、衣装もセットの雰囲気も異なっていたんですね。今回はそれを統一しようということになり、ジャケットとMVに共通する要素を盛り込むことになったんです。それで警報灯を担ぐことになりました。

 いつもは私が「今回のジャケットやMVはこんな感じにしたいです」とスタッフさんに相談して、それをもとにブラッシュアップしたものをデザイナーさんに用意していただいているんですけど、今回は私が出したA案のほかに、デザイナーさんが考えてくれたB案があって。そのB案が警報灯だったんです。それを見た瞬間、すごくカッコよくて、キャッチーで、今回のコンセプトにぴったりだと感じて。

 折衷案ということも考えたのですが、いいとこ取りをするより、いちばん目立つ警報灯をメインに据える、1本勝負のほうがカッコいいなと思って。そちらのアイデアを使わせていただくことになったんです。MVでは警報灯があって、そこに雨も降ってきて。雨は偶然の産物ですが、カッコいい雰囲気に仕上がっていますよね。

――MVの雨は偶然だったんですか?

夏川偶然です。撮影が6月で、雨がたくさん降っている時期だったので。本当は晴れる予定で撮影スケジュールを組んでいたものの、途中からザーザー降りになって。みんなでズブ濡れになりながら、がんばって撮りきりました。

――『パレイド』のMVでも雨が降っていましたよね。

全員ずぶ濡れMVメイキング(YouTube)

夏川あれも狙ったのではなく、偶然降ってきた雨です。その場で急遽、傘を用意してもらうなど、演出や衣装を変更して撮影しました。個人的には『パレイド』のときも、今回の『アンチテーゼ』の撮影でも、雨が降ったことで、よりカッコいいMVに仕上がったんじゃないかなと思っています。人工的に降らせた雨だと、あの雰囲気はなかなか出ないので、「逆に運がよかったんじゃないか」とも言われていて。私も「あそこで雨が降るなんて、逆に天気に愛されているな」と思うようにしています(笑)。

――思うように(笑)。警報灯を担いで、歩き出した途中から雨が降るじゃないですか。降っていないシーンはスタジオで撮って、そこと融合させている感じなんですか?

夏川そうですね。ジャケットにも使っているんですけど、まずはスタジオでパネルの前で歌い、サビに入ったらそれが倒れて。その後ろにあるのは自動車教習所でした……という、サプライズ的な演出になる予定だったんです。でも、スタジオを出て教習所に向かうころには、もう雨が降っていて。その結果、あのような構成に仕上がった……という感じです。

――“417Pちゃんねる“でジャケットの撮影風景が動画公開されていたので、“スタジオで撮影している”という印象が刷り込まれていて、カメラが引いたら外で、しかも雨というのは本当に驚きました。

417Pちゃんねる(YouTube)

夏川よかったー! じつはジャケットも屋外で撮る案があったんです。警報灯を担いで、どこで撮るかって話になったときに、夜の街で踏切をバックに撮る案が出ていたんですけど、写真撮影の場合、いろいろと制約がきびしくて。会議の結果、ジャケットはいまのデザインに落ち着きました。ちなみに、その会議のなかで出てきた“屋外で警報灯を持っているところを撮る”というアイデアが、MVに活かされています。

――そんな屋外でのシーンに加え、MVでは黒い衣装を着た室内のシーンも印象的でした。

夏川今回メインとなっているのは、警報灯を担ぐシーンなんですが、黒い衣装を着て、部屋でタイプライターを打つシーンもあって。じつはその部分が、私が最初に提案していたA案なんです。そういうところでちょっとずつ、私がやりたかったことも採用してもらえているのがうれしいですね。

――黒い衣装は、ファンのあいだでかなり評判がよかったですね。

夏川ありがとうございます。思えば私、ソロで黒い衣装ってあまり着ていなくて。TrySailのときは、曲のイメージ的に黒を着ることもありましたが、ソロではカラフルな衣装のほうが圧倒的に多いんですよね。今回は曲がカッコいい感じで、全体的にバンドサウンド的なものを目指していたので、そこを意識して、用意してもらった中でもいちばんカッコいいと思った衣装を選びました。

――大人っぽい感じがして、すごくよかったです。あと、全体的にMVでの表情がすごくいいな、と。魅力的に感じました。

夏川そこもがんばりました! 私、ドヤ顔をすると笑っちゃうんですよ。だから苦手だったんですけど、歌詞の内容やMVの世界観を考えると、「ドヤ顔不可避だな」と思ったので、がんばりました。今回は好きな曲調だったし、歌詞にも共感していたので、ノリノリでドヤ顔ができました(笑)。やっぱり、歌詞への共感って大事ですね。

“怒り”の感情に満ちた攻撃的なシングルが誕生

――カップリング曲の『RUNNY NOSE』は夏川さんが作詞を担当されていますが、こちらはどのような曲になっているのでしょう?

夏川『RUNNY NOSE』は直訳すると鼻水という意味の楽曲です。カップリング曲を決める会議のときに、『アンチテーゼ』から遠すぎず、かといって違いも出るように……という基準で、この曲を選びました。

 『アンチテーゼ』が最近のボカロ曲的な仕上がりになっているので、『RUNNY NOSE』はもっとガシャガシャした、青臭い感じのバンドっぽい雰囲気にしていただいています。歌詞に関しては、今回は核となる感情を、喜怒哀楽の“怒”で統一したいなと思っていて。『アンチテーゼ』には、すりぃさんが考える“怒”が込められていたので、『RUNNY NOSE』では私なりの“怒”を表現しようと思って書き始めましたね。

――2曲とも怒りがテーマとなると、非常に攻撃的なシングルになりますね。

夏川そうなんです。めっちゃ怒っています(笑)。いまにして思うと、なるべくしてそうなったと言わざるをえないんですけど、制作中はフラストレーションが溜まっていたんでしょうね。それを吐き出すように作って、思いきり歌わせていただきました。

――どちらも“この時代だからこそできた楽曲”と言えそうですね。

夏川世の中がこのような状況になっていなかったら、もしかしたら、ぜんぜん違う方向性で作っていたかもしれないです。たぶん、カップリングにも『RUNNY NOSE』は選んでいなかったでしょうね。

――複数の候補曲の中から選ばれたのでしょうか?

夏川ジャンルは絞らずに、さまざまな曲調のものを候補としてピックアップさせていただきました。その中でいちばん荒れ狂っていたのが『RUNNY NOSE』だったんです。そのときの私の気持ちに寄り添ってくれたのも『RUNNY NOSE』だったと思います。

 とにかくずっと何かしらの楽器が荒れ狂っているんですよ。どの楽器も派手に主張しているんですけど、その中でもとくに、ドラムがすごく暴れているのが印象的で。ドラマーの方が髪を振り乱しながらバッシャンバッシャン叩いている、みたいなイメージ。私もそんな感じでドラムをバッシャンバッシャン叩きまくりたい心境だったので、きっとそこに惹かれるものがあったのでしょうね。

――『アンチテーゼ』が激しめの曲だったので、カップリングがそれを超える激しい曲だったことに驚きました。しかも、直訳すると“鼻水”というタイトルもインパクトがすごいですね。

夏川冷静に考えると、なんで鼻水にしたのか謎ですね(笑)。

――事前にタイトルだけ公開されていて、その時点では「鼻水?」という感じだったのですが、歌詞の資料をいただいた際に「もう隠すため覆う両手じゃない」という歌詞が真っ先に出てきて、「え? 本当に鼻水の歌なの!?」と(笑)。

夏川(笑)。歌詞を見てみても、曲的にいちばんかっこいいキメのところでだいたい、RUNNY NOSE……、「鼻水! 鼻水!」と連呼しているんですけど、この単語を当てはめたのは、作詞作業の最後だったんですね。もともとはべつの単語を入れていたんですが私の中でしっくりきていなくて。スタッフさんに提出してみても「歌詞がきれいすぎる。らしくない」と言われて、「だよね」と。そこにふさわしい単語を探しているときに、たまたま見つけたのが“RUNNY NOSE”という言葉だったんです。

 それで急遽、差し替えたんですけど、歌詞がほぼ完成してからの変更だったので、全体のバランスも見直したくなって。たとえば、さっきおっしゃっていたAメロのいちばん最初の歌詞も、本来ならぜんぜん違うものだったんですけど、最終的に鼻水に着地させるなら、Aメロ、Bメロでもそれを匂わせておきたいな、と。

 ほかにも、たとえば「ぶらさがってたい」という歌詞があるんですけど、これも最初は違う単語を使っていたんです。でも鼻水だったら“ぶらさがる”のほうがそれっぽいなと思って変更しています。そういった歌詞の中の単語選びは、鼻水に寄せる形でしっくりくるように調整しました。

――そういった言葉のチョイスが夏川さんの遊び心ですよね。

夏川鼻水という単語に出会ったときに「これだ!」と閃いたんです。今回に限らず、ひとつ素敵なアイデアが浮かんだ瞬間、作品のすべてが完成するという感覚は、これまでにもあって。逆にいうと、核となる素敵なアイデアが浮かばなければ、いつまで経ってもゴールが見えてこない……と言いますか。この単語が降りてきてくれたことで、すべてが固まった。鼻水が固まって鼻クソになった感じです。

――いや、どこに着地してるんですか(笑)。

夏川(笑)。

――話を元に戻しまして(笑)。新型コロナウイルスの影響で、今年はライブやイベントが中止や延期になってしまいましたが、そういった現状に対する、率直なご意見をお聞かせください。また、いまは何をモチベーションにお仕事をされているのか、そういったところも併せておうかがいできるでしょうか?

夏川4月くらいまでは、「長く活動を続けていたら、こういうこともあるよね」くらいの気持ちでいたんです。でも、8月に入ってからもイベントが中止になったり、延期の期間がさらに延びたりして。けっきょく今年いっぱいは何もできないかもしれない……となったときに、そこで初めて、自分の無力さを痛感したといいますか、悔しい気持ちがこみ上げてきました。自分にもっと力があったら、いろいろと発信することにも、もっと意味があったのかな、と思いますし。そういった無力感や世の中の風潮などへのフラストレーションが溜まっていたというのはあります。

 それと、改めて“当たり前のようにライブができていたことの尊さ”を実感できるようになったというのも、大きな心境の変化ですね。一方で、このような状況でも続けられるものは続けていかないと、いざ、これまでのようにライブやイベントができるようになったときに、自分はここにいられないんじゃないか……ということを感じました。だから、もはや私は“復讐”くらいの気持ちで動いていました。できなくなってしまったライブやイベントやプロモーションの分の復讐という気持ちで、いまはなんとか耐えているというか。「いつか絶対に復讐してやるぞ!」という気持ちが、いまの私の原動力ですね。

――『アンチテーゼ』の発売は、その復讐の序章に当たると?

夏川そうですね! 「“417の日”を中止にした恨みは忘れねえからな!」って感じです(笑)。それと、改めて私はライブが好きなんだということに気付けましたし、おそらく、これまでライブに遊びに来てくれていた皆さんも、あの空間で、みんなでいっしょに盛り上がることの楽しさを再認識されたんじゃないかと思うんです。

 だからきっと、私と同じように復讐の感情を持って待機している方は大勢いらっしゃると思うので、またライブができるようになったら、そういう方たちを巻き込んで、楽しい復讐ができたらいいなって思います。ウイルスに復讐するくらいの勢いで、ライブを実施したいですね。

――そういう意味でも、今回の2曲はライブで盛り上がりそうな曲調になっていますね。

夏川ライブっぽい曲というか、バンドサウンドにするというのは、もともと「つぎにシングルを出すとしたらどうする?」という構想の時点で話し合っていて。じつは半年以上前から、方向性だけは決まっていたんです。

 でも、こういう状況になって、ライブ自体が開催できない状況になったときに、それでもバンドサウンドをやりたかったというのは、いつかできると信じているライブのため、という想いがあります。復讐心もあるのですが、私はいつか絶対ライブをやれると信じているし、それが目に見える先にあることだと思っているので、こういった曲調のものにしました。いまは準備期間、充電期間だと思って制作をしています。『アンチテーゼ』と『RUNNY NOSE』で、いつか100%の復讐を果たしたい(ライブを盛り上げたい)です。

――“1st Live Tour 2019 プロットポイント”でひとつ大きな表現を完成させた後だったので、ファンの方たちも「つぎは何をしてくるんだろう?」と楽しみにしていたと思うんですよね。それがなかなか見られない状況となってしまったのは本当に残念だと思います。夏川さんの“復讐”を楽しみにしている人は大勢いると思います。

夏川完全なる復讐を果たすためには、生き永らえないといけないですし、あと“ひよこ群”(※夏川さんのファンの呼称)をもっと増やしたいと思っています。

――この記事を読まれた“ひよこ群”の皆さんからも、広めていってほしいですね。

夏川ぜひぜひ、広報にご協力ください。いっしょに復讐してくれる“ひよこ群”を募集中です!

クリエイティブな活動とゲーム

――先日『ぬけがら』が単行本化されたり、“417Pちゃんねる”で動画を投稿されたりと、夏川さんといえば声優やアーティストとしてだけでなく、さまざまな分野でもクリエイティブな活動をされていらっしゃいます。それらはどういった経緯で始められたのでしょうか?

夏川もともと自分の性質として、1を100にするのは苦手なんですけど、0から1を生み出す作業がすごく好きで。これまでの趣味も、ハンドメイドっぽいものが多かったんです。ネイルをしたり、あみぐるみを作ったり。無から有を作り出すのがすごく好きで。

 そういう意味では、動画編集や小説の執筆といった活動も、小さいころからいつかやってみたいと思っていたんです。いろいろとご縁があり、それらの活動にも携わらせていただけることになって。すごく幸せだなと思っています。

――動画は毎回、凝った編集をされていますが、どうやって勉強されているのですか?

夏川私の場合、1から2、3と順を追って学んでいくのがすごく苦手でして(汗)。基本をすっ飛ばして、いきなり100番目の工程から覚えたりします。パッといいアイデアが浮かんだら、それを完成させることだけに集中したいので、基礎知識がないまま、いきなり専門的な技術に手を出す……なんてことがよくありますね。YouTubeで技術的な動画を検索したりしながら、試行錯誤して何十時間と時間をかけたり、いろいろな機材と格闘しながら作っています。

 ゲームでたとえるなら、レベル5とか6をすっ飛ばして、いきなりレベル30の敵に挑みまくっている感じですね。レベルの高い敵を倒したら、こちらも一気にレベルが上がるじゃないですか。ものすごい荒業だけど、それでも身につくものはあるので。身につけた技術をモノにするには、継続しかないと思っているので、動画編集はずっと継続して自分の力にできたらいいなと思います。

――誰かに教わるのではなく、実践を通して覚えようとする姿勢がすごいですね。続いて小説『ぬけがら』についても、経緯を教えてください。

夏川2019年に発売した同名の写真集に、ちょっとだけ物語的な要素があって。それを見てくださった方から「ここを膨らませて、小説として出してみませんか?」というお話をいただいたのがきっかけです。写真集を小説にするという、ふつうに考えたら突飛な発想なんですけど、そんなお話をいただけたのも、以前からブログを書いたり、エッセイを書いていたりして、いろいろなところで文章を発表することを継続していたからだったんですね。改めて「継続は力なり」っていい言葉だなって思いました。

 こうしてふり返ってみると、動画編集にせよ、小説の執筆にせよ、何事も継続することが大事だなとつくづく思います。私の本来の性質は、興味を持ったことに短期間集中して、やりたいことだけやったらつぎに行ってしまう、という感じなんです。でも、こういう形でお仕事として関わらせていただいて、いろいろなところで発表することで、長い期間をかけて、いろいろな人のもとに届くんですよね。それは自分のモチベーションにもなっていて。

 突貫工事であろうが、付け焼き刃であろうが、興味を持って手を付けたからには、それを続けていくことで新しい何かにつながるんだということを、身をもって経験できたので、この体験は音楽だけでなく、それ以外の分野の活動でも活かしていきたいですね。

――さらに新たな分野でも、クリエイティブな活動に挑戦していく感じですか?

夏川いますぐ何かに挑戦するというよりは、続けていきたいという感覚です。細く長く。新しいアイデアが浮かんで、やってみたいと思ったら、未経験の分野にも挑戦したいですね。

――さまざまな活動でお忙しいなか、先日は『夏川椎菜のGAMEISCOOL!』の生放送、おつかれさまでした。生放送でゲーム実況に挑戦していただきましたが、実際に体験してみていかがでしたか?

【ホラーゲーム実況】夏だ! ホラーだ!! ゲームだ!!!夏川椎菜ホラーゲーム祭り

夏川自分でホラーゲームをやると言い出しておきながら、めちゃくちゃびびりまくって、叫びまくってしまって。情けない姿もお見せしてしまいましたが、とても楽しかったです。自分のプレイを、いままさにリアルタイムで見てくださっている方がいるんだと思うと、使命感というか、モチベーションにもつながりましたし、ライブ感もあって楽しめました。

 それと放送後に動画を見返して気づいたんですけど、家でひとりで遊んでいるときよりも、だいぶテンションが高かったと思います。ホラーゲームだったから……というのもありますが、やはり大勢の方に見られていると思うと、自然と熱がこもって、リアクションも大きくなってしまって。そんなところも生放送の顔出し配信ならではの醍醐味だと感じましたね。

――うまくいかなくて本気で悔しがっているところなど、ガチゲーマーならではの姿だな、と思いました。

夏川ホラーゲームに挑戦して、最初はめちゃくちゃ怖かったんですけど、やり込むうちにだんだん怖さが薄れていって。途中からは「クリアーしたい!」という感情のほうが強くなっちゃって。最後にプレイした『エミリーウォンツトゥプレイ』なんかは、とくにそんな感じでしたね(笑)。

――ちなみに夏川さんがパーソナリティーを務めるラジオ『MOMO・SORA・SHIINA Talking Box夏川椎菜のラジオ聞いてほしーな。』でも、「生放送の機会があれば、またホラーゲームでもいい」と仰っていましたよね。

夏川そんなこと言いましたっけ?(苦笑)。気が大きくなると何でも言っちゃうからなぁ(笑)。生放送をご覧になられた方ならおわかりの通り、ホラーゲームはめちゃくちゃ苦手なので、自分からやろうとはしないんです。

 『バイオハザード』シリーズも、ファミ通さんのゲーム実況をやっていなかったら、おそらく手を出していなかったと思います。名作であるということは当然知っているので、遊んでみたい気持ちはあるんですけど、自分ひとりだと、あれこれと理由をつけて後回しにしていたと思います。けっきょく、やらずじまいになってしまうと思うんですよね。

 そういう意味では、ふだん自分からはやれないゲームをやれる機会だと思っていますので、ぜひまた、ホラーゲームに挑戦する機会をいただけるとありがたいです。

――言っちゃいましたね(笑)。

夏川(笑)。なんだかんだありましたが、本当に楽しかったんですよ。やっぱり、自分でプレイしないとわからないことってたくさんあるじゃないですか。ゲームが好きと言っておきながら、ホラーゲームはやったことがないというのは、カッコ悪いですしね。

 『バイオハザード』しかり、『SIREN』や『サイレントヒル』しかり、ホラーゲームには名作がいっぱいあるので、それをやらずして死ぬのはゲーマーとしていかがなものか? と。『クロックタワー』とかもやりたいですし。クリアーするまで終われない配信とかも、おもしろそうですよね。

――それはぜひ、実現したいですね。ちなみに最近は、どんなゲームをプレイされていますか?

夏川いまいちばん遊んでいるのは『ファイナルファンタジーVII リメイク』(以下、『FF7R』)です。それまではずっと『龍が如く7 光と闇の行方』をプレイしていたんですけど、ようやくクリアーしたので、間髪入れずに『FF7R』に手を出しました。それと、iPhone版の『ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち』(以下、『DQ7』)もダウンロードして。いまはこちらの2作を同時進行でプレイしています。こうして見てみると、どれも偶然ですが『7』ばかりですね。

――『DQ7』はかなりボリュームがありますよ。

夏川そうなんですか? 石板を集めるゲームだと聞いたので、「それならすぐにクリアーできるでしょ」と思って、何気なく始めちゃいました(笑)。『DQ』シリーズは『1』から『6』まではクリアー済みで。つぎはいよいよ『7』だと思って、楽しみにしていたので、ワクワクしながら少しずつ進めています。オリジナル版は20年前の作品ですが、私自身は未プレイなので。2020年現在でも新鮮な感覚で遊べています。

――その一方で、『FF7』はオリジナル版をクリアーしてから、リメイク版に挑戦されていましたよね。

夏川リメイク版をプレイする前にオリジナル版を知っておこうと思って。そうしたらこちらも、ものすごくボリュームがあって、クリアーするまでにメチャクチャ時間がかかりました。いまはオリジナルのストーリーを知ったうえで、リメイク版をプレイしているんですけど、比較してみるとオリジナル版がかわいく見えるくらい、とんでもないボリュームになっていますよね。この調子で、本当に最後まで描ききれるのか、ちょっと心配になるくらいです。といっても私自身はまだ、ウォールマーケットの地下下水道でウロウロしていますが(汗)。

――地下下水道はサハギンが強いんですよね。

夏川毎回、苦戦しています。私はどちらかというと、『DQ』シリーズのターン性コマンドバトルのほうがしっくりくるので、『FF』シリーズのアクティブタイムバトルシステムはいまだに慣れなくて。リメイク版では、戦闘が始まったら□ボタン連打で突っ込む……といった戦いかたをしているんですけど、それだとあっさりやられてしまうことが多くて。まだまだ不慣れですが、本作ならではの戦略性の高いバトルはおもしろいので、しっかり練習してクリアーを目指します。

――両タイトルの進捗状況も、また随時聞かせてください。続きまして、ゲーム以外の趣味であったり、休日のリフレッシュ方法がありましたら教えていただけますか?

夏川7月、8月はとくにですが、この時期は外に出てちょっと歩くだけでも、ものすごく汗をかくじゃないですか。しかもこの仕事をしていると、いろいろなところを転々とするうえに、現場と現場のあいだに待ち時間もあったりするので、そういった時間を利用して銭湯や温泉に行くというのが、私なりのリフレッシュ方法……だったんですけど、今年はなかなかそれができなくて。朝、家を出たら、帰宅するまで汗をかきっぱなしなので、今年の夏は一度も銭湯に行けなかったことが、いちばんツラい思い出です。

 それ以外の趣味となると買い物ですね。ふらっと出かけて、気に入った服を衝動買いするのが好きなんです。……でも、今年は買い物にもなかなか行けなくて、せっかく新しい服を買っても、それを着て出かけることもできず、そういった状況になるたびに、深くため息をつきながら愚痴をこぼしています。

 あと、観たい映画がずっと公開延期になっているのもつらいところですね。マーベルの映画が好きで、本当なら5月に公開予定だった『ブラック・ウィドウ』を楽しみにしていたんですけど、11月まで延びてしまって。私はもう灰色です。9月に発売予定のゲーム『Marvel’s Avengers』をプレイしながら、公開を楽しみに待とうと思います。

――リアルなご意見、ありがとうございます。それでは最後に、最新シングルを楽しみにしているファンの皆さんに向けて、ひと言お願いします。

夏川長いあいだ温めてきたといいますか、シングルとしてはじつに2年ぶりとなる新曲が、いよいよリリースされます。新しい夏川を発見してもらえるような、攻めたシングルになっていますので、ぜひ、こちらをお聴きいただいて、溜まりに溜まったストレスを発散してください!

 先ほども言いましたが、私はコロナ禍の世界に復讐してやろうと思っているので、復讐に参加する意思がある方は(ライブに参加する意思がある方は)『アンチテーゼ』と『RUNNY NOSE』をたくさん聴いて、待っていてほしいと思います。ライブが開催できるようになったら、いっしょに復讐しましょう!(盛り上がりましょう!)

アンチテーゼ/夏川椎菜

発売日:2020年9月9日発売予定
価格:初回生産限定盤 1750円[税抜]
   通常盤 1270円[税抜]

CD収録曲
M1:アンチテーゼ【作詞・作曲・編曲:すりぃ】
M2:RUNNYNOSE【作詞:夏川椎菜 作曲・編曲:森宗秀隆】
M3:アンチテーゼ(Instrumental)
M4:RUNNYNOSE(Instrumental)

初回特典DVD
アンチテーゼMusic Video
アンチテーゼTV SPOT 15sec+30sec

「いまの原動力は“復讐”」。夏川椎菜が語る4thシングル『アンチテーゼ』へ込めた想い