インディーゲーム開発者がインディーパブリッシャーと契約する時、どんな契約が一般的で望ましいのだろうか? オンライン開催されたゲーム開発者向けのカンファレンス“GDC Summer”で、インディースタジオ向けの契約周りなどを専門とする弁護士のケレン・ボイヤー氏がその知見を披露した。
同氏がさまざまなインディースタジオの契約内容を精査してきた中で、開発側は「契約内容の核となる部分の意味するところがよくわかっていない」、そして「何が一般的な契約で何がそうでないのか知らない」という2点において情報的に不利であると感じてきたそう。
何十年もインディーという人はなかなかおらず、場合によっては学校出たてで業界経験ゼロなんてこともありうるわけで、例えば契約時にパブリッシャー側担当者から「この項目は一般的なんで」と言われても、それが本当なのかわかる人はそういない。「せいぜい周囲の知り合いの開発者に聞いてみるというぐらいですが、それがスタジオの今後に関わる重要項目をこれから交渉するにあたっての最高の方法なわけがありません」とボイヤー氏は語る。
そこで「友達に聞くのをやめて、民主的なデータ分析で見ていきましょう」というのがこの講演の趣旨(もちろん同氏の業務の宣伝にもなるわけだが)。実際にあった30のケースから7つのポイントに着目して分析が披露された。30のケースの条件は以下の通り。
- すべてインディーゲーム(プラットフォーム問わず)
- ただしモバイルは除く。基本無料モデルが主流で利益分配などが異なるため
- 移植やローカライズが含まれない契約に限る
- 利益分配の内容が変わってきて、単純に開発のみのケースとデータの整合性が取れなくなるため
- 基本的にすべて異なるパブリッシャー
- まったく異なる契約内容だった2ケースのみ同パブリッシャーが入る
1.前払金(Advance)
ゲームを完成にもっていくための前払金は、パブリッシャーと契約する上でもっとも重要な項目のひとつ。前金なしのケース(18%)も含めて平均すると31万8000ドル(約3350万円)で、前金なしのケースを除いた場合は46万ドル(約4850万円)。ちなみに最低は10万ドルで最高は200万ドルだとか。
なおここでの金額の数字については、今回の話はあくまで契約に専門弁護士を雇えるようなケースであることを留意する必要がある。筆者がインディーパブリッシャー関係者に話を聞いたところ、これはある程度大きいタイトルだろうとのことだった。ボイヤー氏は開発者コミュニティが参加して自分たちのケースを追加していく公開型のデータベース構築を目指しているそうなので、より小規模なタイトルの契約が加わることによってこの数字が変わってくる可能性があることも頭に入れておいてほしい。
そしてここでもうひとつ注意したいのは、そもそも必要な前払金はタイトルによって違ってくるし、高ければいい契約というわけでもないということ。というのは前払金がなくとも利益分配の条件がいいケースなどもあるからだ。いい契約かどうかは他の項目と総合したケースバイケースだと言える。
話を戻そう。68%のケースでは開発のマイルストーン達成(α版完成、β版完成などの区切り)に応じて分割で支払われているそうで、これは一般的な内容とのこと。「一括で支払われないのは騙されてるんじゃ?」と思うぐらいならマイルストーンの内容が達成可能かに着目して交渉すべきだという(達成できなかったという事になるとそこから先が支払われないからだ)。
一方残りの32%の一括で支払われるケースだが、これは新プラットフォームが登場する際などにタイトルが欲しいプラットフォーマーなどが契約するケースが多いとか。
前払金はパブリッシャーとしては完成したゲームで商売するための投資になる。81%のケースは前払金の回収が条項に入っており、42%のケースでは発売後の利益で前払金が回収されるまで利益分配が行われない契約になっていたそう(58%では利益分配しながら回収が行われていく)。
つまりこれは、ゲームの収入が前払金回収に至るまで、発売後にまったく収入がないことを意味する。42%もあるにも関わらず「この形には同意しないほうがいい」というのがボイヤー氏のアドバイスだ。
2. 利益分配 (Revenue Share)
利益分配は、ゲームが1本売れた時に利益の何%がパブリッシャーに行き、何%が開発側に渡るかという配分率で示される。「なぜか50:50という数字が業界でひとり歩きしていますが、それは迷信です」とボイヤー氏。実は平均的には開発に渡るのは60%だとか。
もちろんこの数字は前払金によって変わってくる。前払金がない場合は71%が開発側の取り分という平均になり、(主に開発費よりもパブリッシャー主導のマーケティングなどを目的に)完成間近のゲームが前払金なしで契約するような場合では8割とか9割が開発側というケースもあるという。
ちなみに前払金がある場合の開発側の取り分の平均は55%。では前払金の額によって変わるのかと言うと、10万ドルから50万ドルの前払金を貰った場合は55%で、それ以上の場合は53%。つまりあまり変わらないらしい。
また配分率が変動する仕組みになっていることもある。45%のケースでは時期によって配分率が変わるようになっており、そのようなケースでは前払金が回収されるまで平均して68%がパブリッシャー側の取り分で、回収が終わると60%が開発側という形に切り替わるそうで、両者のリスク(パブリッシャー側は投資の回収、開発側は発売後の収入)に配慮した形になっている。
ここでのボイヤー氏からのアドバイスは「50%という契約には同意しない方がいい」、「開発後期からの契約はいい配分率になる」、「配分率は変動型などへの交渉をやる余地がある」というもの。
3. IPの所有権(IP Ownership)
お次は知的財産権(IP)について。IPにはゲームのソースコードや画像素材などの著作権が含まれる場合もある。そしてこれはこの次に出てくる、続編についての条項とも関係している部分となる。ファンが続編を望んでいてクリエイターがやる気満々でも作れなかったりするのは、IPがパブリッシャー側の保有になっていたり続編の権利が縛られていたりするからだ。
「幸いにも……」とボイヤー氏が明かしたのは、93%が開発側がゲームの権利を保持しているという数字。
「開発が間に合わなかった時はパブリッシャー側に権利が移る」というような条項など、契約違反などで権利が移る条項があるケースは22%。比較的まれなものの、(例えば新型の感染症のパンデミックで全員自宅作業になるとか)開発中には予期せぬ延期が起こるものなので、ボイヤー氏は「パブリッシャーは常に上手に出ようとするもので、パブリッシャー側が何が違反かを規定できるので、この手の条項には注意したほうがいい」と懸念を示していた。
ここでのアドバイスは、「IPを手放すな」と「契約違反での権利移譲は同意せずに他の方法を模索した方がいい」。
4. 続編についての条項(Sequel)
では続編についての権利はどうだろうか? 68%のケースで何らかの形で続編の権利や契約オプションが含まれるという。
それがいいのか悪いのかは、実際どういう形で縛られるかによって異なる。ボイヤー氏は、同氏が「交渉権(Right to negotiate)」と呼ぶパターン、例えば開発が続編の開発を決めて(前作の)パブリッシャーと契約について交渉し、物別れに終わったら次のパブリッシャーに持ち込めるといったものであれば問題ないとする。
そうでないのは「Option」と呼ぶケース。これは続編を作りたい場合に契約するかしないかパブリッシャー側が行使可能な選択肢(オプション)を持っているというもので、たとえもうそのパブリッシャーと仕事したくなくなっていたとしても、前作での契約に縛られてしまう。
また前作での契約内容が続編でのそれに影響するようなケースもありうるそうで、これは例えば、第1作を50対50の利益配分をのんで契約してゲームが幸いに大成功するものの、そこに続編でも同じ利益配分になる条項が付帯していて、結果的に続編を作らない選択をしたくなる、といった事に発展しかねない。
まとめるとここでのアドバイスは「続編についての条項があること自体は一般的」、「ただし交渉権に留めるべきで、将来的な作品での関係を現在の契約に縛られないように」ということ。
5. 期間(Terms/Duration)
契約の有効期間は、平均で6.5年。これは交渉しても少ししか短くならないそう。また64%が固定の期間になっており、自動更新条項がついているよりは一般的。
そして更新条項が付いている場合はその延長内容をしっかり見たほうがいいとする。というのは、大抵更新日を忘れてしまうので、そこで1年延長なら追加は1年で済むが、2年延長だとさらに2年縛られてしまう、という現実的なお話。
なお期間が永久となっているケースも38%あり、これはパブリッシャー側が契約違反をしない限り死ぬまで永久にその契約に縛られることになる。例えばリマスター版のようなものを出したいとか続編をやりたいような場合も影響されるので、これは中々大変だ。
もし永久契約を持ち出された場合は、(10年などの)長い期間で代えられないか交渉するとか、続編等に関する権利の有効期間は限定するといった交渉を推奨するとのこと。
6. 監査権(Audit Rights)
開発への支払い金額が正しく計算されているかの監査権は、79%の契約に含まれるそうなのだが、「正直に言ってすべての契約に含まれるべき」とボイヤー氏。じゃあなんで100%になっていないのかと言うと、直接的に交渉に関わったタイトルだけではないかららしい。
7. 価格(Pricing)
最後の項目は価格について。価格統制などは各国の法律にひっかかることもあるので、開発側でコントロールしようとしない方がいいと言う。その代わりに関わるべきとするのがセールやバンドルについて。
例えばセールをしていい最速の日付などを決めておけば、資金繰りに困ったパブリッシャーが目先の金のために早々にセールをしてしまうといったケースを防げる。これはHumble Bundleなどのバンドル(他のソフトとのセット売り)も同様。
というわけでラストに示された、以上の要素をすべて集めた(30ケースの中の)「平均的に売れたインディーゲームの平均的契約」は以下の通りになる。繰り返しになるが、これは決して“北米のすべてのインディーゲームの平均予算”などを示しているわけではない。しかし、どんな感じに契約が行われているのか、また注意すべき点はどこなのかを示唆する興味深いデータであるのは間違いないだろう。
- 前払金31万8000ドル
- マイルストーンごとに分割
- 利益分配は前払金回収と並行して行われる
- 60%が開発側に
- または最初は60%がパブリッシャーで、前払金回収後に60%が開発側の変動制
- IPは開発側が保持
- 6年から6.5年の契約期間
- 開発側が監査権を持つ
- 価格はパブリッシャーが決める
- セールとバンドルは制限が設定されている