1960年(昭和35年)6月3日は、セガの前身となる日本娯楽物産株式会社が設立された日。すなわちセガは、本日で設立60周年を迎えたことになる。

 あまりに歴史が長いため、筆者の独断で選んだゲームにまつわるトピックを中心に書かせてもらうが、より詳細な歴史に興味があれば公式サイトをぜひチェックしてもらいたい。

セガ設立60周年特設サイト

 セガはアーケードゲームやコンシューマーゲーム、スマートフォンゲームなどを始めとする、さまざまな娯楽作品を手掛けている企業。我々ゲームファンにとっては、昔からなじみ深いゲームメーカーの一社だ。よく「10年早い」&「時代を先取りしすぎ」などという言葉を投げかけられているが、それは正しくその通りで、モノクロ画面がふつうな時代にフルカラーの携帯ゲーム機を出したり、ネットワークインフラが整っていない時代にインターネット通信機能を標準搭載したハードを発売したりするなど、早すぎる……いや革新性に富んだ製品を作り続けている。そのせいか、熱心なファンも非常に多い。

 セガ公式サイトにいくつかある歴史年表を確認したところによると、セガの歴史は国産初のジュークボックス“SEGA1000”の開発からスタートしている。ここでSEGAの名前が初登場するのだが、これは日本娯楽物産のさらに前身となる会社“Service Games(サービスゲームス)”の頭文字を取って付けられたもので、後にこれがセガという社名の由来になっていく模様。セガがサービスゲームスの頭文字というのは、ゲーム雑学としてはなかなか有名な話だが、ジュークボックス云々までは聞いたことがなかったので、知らなかった人はこれを機にセットで覚えておくといいだろう。

 セガと言えば、やはりアーケードゲーム。80年代は『ハングオン』や『スペースハリアー』、『アウトラン』といった“体感ゲーム”が一大ブームを巻き起こした。体感ゲームというのは体を動かして操作したり、プレイヤーが大型筐体に乗り込んで操作するタイプのゲームで、ちょっとした遊園地のアトラクション気分が味わえる。とくに乗り込むタイプはゲームの状況に合わせて筐体がグイグイ・ガタガタ動くので、キッズの憧れの存在と言っても過言ではなかった。筆者などはまさに直撃世代で、『アフターバーナーII』をとくにやり込んだ記憶がある。“R360”という360度筐体が回転する最終形態みたいな筐体も後年出てきたが、1プレイの値段が高かったのとギャラリーの注目度が高すぎてプレイを断念した苦い思い出もある。ちなみに、クレーンゲームの代名詞的存在である“UFOキャッチャー”もセガが生み出したもので、このころ登場して薄暗いイメージのゲームセンターを一気に華やいで見せていた。

『アウトラン』(左)と『アフターバーナーII』(右)。画面はアーカイブ版のものです。

 3D対戦格闘ゲームという新たなジャンルを生んだ『バーチャファイター』シリーズも忘れてはならない。当時はポリゴンを使ったグラフィック自体が新鮮で珍しいものだったが、ゲームファンの多くはリアル過ぎるモーションのほうに衝撃を受けたのではないだろうか。『バーチャファイター2』でグラフィックに磨きをかけて登場した際は、「もはやこれを超えるゲームは出ないだろう」と本気で思ったほどだった。いまでは想像つかないくらいの格闘ブームが訪れ、どこのゲームセンターも熱気で溢れかえっていたのだからすごい時代だった。新宿ジャッキーやブンブン丸のようなスタープレイヤーも生まれ、遠方から根城にしているゲーセンに戦いを挑みにいくといった“遠征”も流行。筆者も新宿のゲーセン、ゲームスポット21やスポラン(スポーツランド)へ足を運んでみたことがある。その後、まさかファミ通編集部でふたりと同僚になるとは……。

『バーチャファイター2』。

 アトラスと共同開発したプリント倶楽部もブームになり、ひと通りゲームで遊んだ後にプリクラで撮影して楽しんでいた人も多いんじゃないだろうか。その後も『ダービーオーナーズクラブ』、『WCCF』、『甲虫王者ムシキング』、『オシャレ魔女 ラブandベリー』、『三国志大戦』など、枚挙にいとまがないほどヒット作を作り出している。

 コンシューマーゲームでは、初の家庭用ゲーム機SG-1000を1983年に発売。奇しくもファミコンも同月同日に発売されており、このときから家庭用ゲーム機のライバル争いは始まっていた。SG-1000 II、セガ・マークIIIに続いて発売したメガドライブは、海外ではジェネシスという名称で知られ、『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』の登場をキッカケに北米で1600万台以上、欧州で900万台以上の大ヒットを記録した。2019年には日本でもメガドライブミニが発売されたので、これで初めて遊んだ若いユーザーもいることだろう。

SG-1000
メガドライブ

 1994年にはセガサターンが発売。日本国内ではセガにとってもっともヒットしたゲーム機で、アーケードのヒット作『バーチャファイター』の移植版と同時発売だったため、ゲームファンの注目を大いに集めた。『サクラ大戦』シリーズもここからスタートしており、2019年12月12日には『新サクラ大戦』が発売されたばかり。藤岡弘、さんが演じる“せがた三四郎”が出演するCMが当時話題になったが、現在その息子である藤岡真威人さんがセガ設立60周年記念プロジェクトのアンバサダーに就任し、“せが四郎”として活躍中なのがおもしろい。

セガサターン

 1998年にはドリームキャストが発売。ネットワークに接続するモデムを標準装備した業界初のゲーム機で、セガが最後に発売した家庭用ゲーム機でもある(メガドライブミニは含めず)。『ファンタシースターオンライン』や『シェンムー』、『シーマン』など、ゲーム史に名を残すゲームはたくさん発売されているものの、ハード事業はここで幕を閉じてしまう。以降はソフトハウスとして大活躍しているが、中でも『龍が如く』シリーズはその代表格として、あまりにも有名。大人向けのエンタメ作品というコンセプト通りの年齢の高いファンも獲得し、同時に女性ファンも一挙に増加したように思える。なお、同作の主人公と言えば桐生一馬だったが、2020年1月16日には春日一番を新主人公に据えてジャンルをRPGに変更した最新作『龍が如く7 光と闇の行方』が発売された。

 商号は1965年に日本娯楽物産株式会社から株式会社セガ・エンタープライゼスになり、2000年に株式会社セガとなった。それからセガネットワークスの分社、セガゲームスを経て、2020年からは再びセガに戻っている。

 以上、セガ60年の歴史をかいつまんで紹介した。もっと詳しい情報はセガ設立60周年の特設サイトを見るといいだろう。今後も時代を先取りした先進的な作品をたくさん生み出してくれることを願って、セガの活躍を期待したい。

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