突然ですが、オタマジャクシのような楽器、“オタマトーン”をご存じでしょうか? オタマトーンは、まるで音符のようでキュートな見た目の電子楽器で、長年電気屋さんスタイルでアート作品を発表してきた“明和電機”が生み出した、大ヒット商品です。
2009年の発売以来、2019年10月で10周年の節目を迎え、さらに同年12月に10周年記念モデルとなる“オタマトーンneo”が発売。2020年には、最新モデルのオタマトーン クリスタルが登場するなど、長年愛されているロングセラー商品でもあります。
じつはこのオタマトーン……これまでの10年間には、『星のカービィ』とのコラボモデルが発売されたり、かの『ファイナルファンタジーXIV』の演奏会でも取り上げられるなど、ゲーム業界でも大活躍していました。ゲームファンにも縁があるという、かわいい見た目からは侮れない(?)オタマトーンですが、はたしていったいどんな発想から、こんなユニークな楽器が生まれてきたのでしょうか。今回は、その誕生秘話に迫るべく、生みの親であるアート・ユニット“明和電機”社長の土佐信道氏にインタビューをしてきました。
取材で社長が語った、“プレイ=演奏”するための物体としてオタマトーンを創り上げていくまでの発想と制作についてのお話は、どこか“ゲームやハード作り”にも似たエッセンスを含むものでもありました。また、大ヒットを生んだきっかけは、なんと大ピンチの厄年をチャンスに変えたからだった(?)という、マイナスの状況がポイントだったというお話も飛び出すことに。きっと、ヒット商品やゲーム作りなどに興味がある方は、興味深くお読みいただけるはずです。
そしてさらに! 大人気MMORPG『ファイナルファンタジーXIV』のサウンドディレクターにして、ゲーム業界屈指の愛用者かつオタマトーン・エバンジェリスト(伝道者)としても知られる(?)、スクウェア・エニックス祖堅正慶さんからも、オタマトーンが10周年を迎え、11年目に突入したことを受けて、祝電ならぬ、お祝いのコメントをいただきました! こちらも、併せてご紹介します。
ちなみに、祖堅氏が関わる『ファイナルファンタジーXIV』は2020年の今年で正式サービス開始から7年目を迎えます。しかもゲーム内では、くしくも現在はモノづくりに励む職人たちのための遊びが追加され、たいへんにぎわっているところでもあり……本作のプレイヤーたる光の戦士の方なら、今回の現実世界で本物の職人としてクラフトを続けてきている社長の言葉や思想からは、職人の魂のようなものを感じられるのではないでしょうか。もしかすると、ゲームプレイの深みを増すための補助線になるかもしれません。
前置きが長くなりましたが、まずは祖堅氏からのオタマトーンへのコメントをご紹介します。その後は、明和電機社長へのロングインタビューをお届け。ピンチを乗り越えて愛され続けている電子楽器オタマトーンにまつわる、アートとゲームと技術と呪術(?)へとつれづれなるままに逍遥するインタビューをお楽しみください。プワワワ。
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祖堅氏の祝電をご紹介!
スクウェア・エニックスの『ファイナルファンタジーXIV』というタイトルで、サウンドを担当させて頂いております、祖堅と申します。
たいへんありがたいことにこのタイトル、プレイヤーさんたちのサウンドへの関心が非常に高く、ピアノコンサート、ROCKライブを数千~数万人の規模で行っているのですが、毎回私はこの子(オタマトーン)を会場へ連れていき、大事な箸休めとして共演をしております。
最近では箸休めに留まらず、フルオーケストラのコンサートで主役も担当したりと、無くてはならないパートナーとして活躍しております。この楽器はPSG音源の持つ独特なデジタルさと不安定なトリガーが織りなすアンポンタンな出音が非常に魅力です。
“音楽に国境はない”とはよく言いますが、アメリカ、ドイツ、フランスなどで演奏しましたが、お客さんが全員笑い出すんですよね。なんの説明もしてないのに。なんて不思議な楽器なんだろう! オタマトーン!!
これからも世界に笑いのサウンド旋風を引き起こしてくれるでしょう! これからもよろしくな! オタマちゃん!
スクウェア・エニックス祖堅正慶
土佐信道(とさ のぶみち)
土佐信道氏(文中は社長) 明和電機代表取締役社長。1993年に兄の土佐正道氏とともにアート・ユニット“明和電機”としてデビューし、電気屋さんスタイルでアート作品やオリジナル楽器を駆使したパフォーマンス&楽曲などを発表。2001年に信道氏が社長に就任し、2009年に大ヒット商品となるオタマトーンを発売した。サンフランシスコの科学館エクスプラトリアムでも、声の楽器をテーマに制作・展示を行った。
第一部 オタマトーン誕生秘話編
『FFXIV』の祖堅さんに、ただただ感謝
――ゲーム業界では、『FFXIV』の祖堅正慶さんがオタマトーンを愛用されているのをご存知でしたでしょうか。
社長はい。祖堅さんのことはもちろん知っていましたし、映像ですが演奏も拝見していました。本当にありがたいですよ。なんせ、明和電機は20年以上活動してきて、これまでいろいろな楽器を作ってきたんですけど……なにひとつ、誰も使ってくれなかったですから(笑)。
――明和電機製楽器を誰も演奏に使わなかったのは、社長しか持っていない独自の楽器だからですよね(笑)。でも、いまはヒット商品としてだれでも手に取れるようになったオタマトーンは、祖堅さんが『FFXIV』のどえらいコンサートで満員のお客さんの前で歌わせて笑いの渦を生んでいます。
社長祖堅さんはエンターテイナーですよね。いや、もうあんな風に、世界中の舞台でいつも演奏していただけるなんて、ただただ、ありがたいです。
――それにオタマトーンは、発売以来10年以上にわたっていろいろな人が演奏動画を作って公開したりと、とても愛されている電子楽器です。
社長たしかに、明和電機の活動から見ても、オタマトーンを発売するまでは、ずっと自分で楽器を作っては見せつけ続けてきたようなものでしたからね(笑)。……あ、いや。すいません。つい誰も使ってくれなかったと言いましたが、作曲家の川井憲次さんとは仲よくさせていただいていて、明和電機の“セーモンズ”というロボットなら、『GANTZ』の実写版で劇伴に使ってくださったことがありました。
ロボットの歌声は切ない?
――押井守監督作品などでもおなじみの川井さんが『GANTZ』の実写映画に!? いきなりオタマトーンの話からそれますが、セーモンズは社長がオタマトーンより前に発表していた、人口声帯を搭載して“人間のように歌うロボット”ですよね? それをBGM制作に使われたと。
セーモンズが歌う動画
社長ええ、そうです。川井さんとは前から知り合いだったのですが、いったいどうしてセーモンズを自分の楽曲制作に使いたくなったのか、その理由も気になって聞いたんです。そうしたら……「すっごい気持ち悪いからおもしろい」んだと(笑)。
――「気持ち悪いから」。……すごい採用理由ですね。
社長ですよね(笑)。セーモンズというロボットは、MIDI(音楽を自動演奏するためのデータのこと)の指示で動いていて、ドレミファ……と音階を歌い分けられるんです。また、息を吸う・吐くという行為もパラメータとして鍵盤と対応するように割り振られているので、楽器のように自在に歌わせることができるものなんですね。もちろん実際に川井さんにも演奏してもらったわけですけど、やはり最初は演奏方法が分からないんですよ。
――オタマトーンの演奏に比べると、セーモンズを歌わせるためには、かなり込み入ったMIDI制御などが必要になるからでしょうか。
社長ええ。まあ、言うなれば車の乗り始めみたいな感じですからね(笑)。でも流石は音楽家の方なので、少しずつ触っていくうちに、すぐに理解されて。
――セーモンズはロボットですが、歌うという点ではやはり楽器でもあり、そこは作曲家の領分なのですね。それにしても、“気持ち悪さ”が使用の理由だったとは(笑)。祖堅さんは、きっとオタマトーンを“笑い”の観点からも愛されているのだと思いますが、なんだかオタマトーンのルーツにつらなるセーモンズは対称的と言いますか……。
社長そうかもしれませんね。作った自分でも思いますが、どちらもそれぞれが声を発するロボットではあるものの、“ロボットの歌声”というものは、聴く人・弾く人によってそれぞれ個別の思い入れを持つものなのでしょうね。
“自分の声を制御する”試み
――そういえば、社長は以前から“声の持つ呪術性のようなものにも興味があった”とうかがいました。それが声の楽器を作るきっかけのひとつだったとか。
社長はい。そうですね。そもそもオタマトーン制作の動機も、大元を辿ると1995年に“サバオ”という腹話術銃を開発して、自分の声で「コンニチハー!」とサバオを手にひとりで話していた体験なんかがあります。つまりその、声そのものの、おもしろさがあって。
社長このサバオを手に自分でしゃべるという腹話術的な行為は、最終的に“サバオ型のマスクをかぶって自分で話す”というものになっていきまして。
――……なんだか元も子もないと言う感じもうっすらとしてくるのですが(笑)。でも、自分の声を他者の声として捉える魅力を探るうち、腹話術人形からマスクへ……自分自身へとギリギリまで肉薄していったなんて、すごくおもしろいですね。
社長そうなんですよね。つまるところサバオのプロジェクトというのは、“自分の声を客観的に制御する試み”なんですね。こうした過程を経るなかで、やがてサバオから“自分の声だけをはぎ取れないものか”と考えるようになりました。それが“声の楽器”への着想でした。
――なるほど……声だけを。
社長ええ。そうして、2003年に“ボイスメカニクス”と呼ぶ一連の作品群の制作に着手するんです。そこでさきほどのセーモンズを作り、そして次に“ワッハゴーゴー”という「笑う機械」を作って。
――歌から笑い声に。それにしても、セーモンズやワッハゴーゴーが発する“人工の声”を聴くと、そのたたずまいも相まってか、どこか悲しくなるようなところがありますよね。
社長ああ……そこも“人形の悲しさ”みたいなものだと思うんですけど。感情がないから感情移入しちゃうみたいな。“初音ミク”なども、きっと同じだと思うのですが、やっぱり心がないものが歌うからこそ、そこに人間は“思い入れを持つ”ということはあるでしょうね。
――オタマトーンも演奏の様子がかわいらしく感じますが、たしかに自然と感情移入をして観ているからこそ、よりかわいらしく感じている気がします。
社長ええ。セーモンズも、いまでもよくLIVEで歌わせるんですけれど……自分でも起動するたびに、切なくなりますから。
――社長も切なく感じられていたんですか。
社長最初に起動したときも、そう感じました。
――それはどうしてなのでしょうか?
社長うーん、そこには、おそらく感情に訴えかける“音楽の機能”というのもひとつあるはずですが……やっぱり、究極的には“生きていない”からだろうと。
――生きていないものの歌声……ゲームでも人間とロボットの交流をテーマにした作品などでは、わりと“心”について探求するような物語も多いですが、“歌うロボット”というテーマには、そうした相反するものが同居するような魅力も感じます。
社長ロボットらしさと人間らしさが逆転しているような気がしますね。車や機械とかに名前をつけて、えらい大事にする人がいますが、セーモンズの合成音声による歌声も、すべて電子的に制御しているはずなのに、どうしてか“僕が調整しないとちゃんと歌わない”、なんて不思議なことがわりと起こるんですよ。
――そうなんですか!? それこそ、まるで“人形に魂が宿る”的なお話ですが、それは技術的な調整だけではなく、ということでしょうか……?
社長そうなんです(笑)。科学的な設定やアプローチに漏れがあってうまく歌えないわけでは決してなくて。それこそ、“心”と呼びたくなるような何かが……あるような感じがする(笑)。機械なのに、音痴になったり、制御が効かなくなったりするんですよ。あと、リハーサルでは壊れまくるのに、本番では動く、みたいな。
――本番に強い歌手のようですね(笑)。
社長それこそ、歌のコーチのような気分になりますよ。「本番で、練習の成果が出せたじゃないか!」と。感動の瞬間ですね(笑)。
笑う機械からオタマトーンへ
――セーモンズで歌声を制御することに着手にし、今度は笑う機械を作ることになるんですよね。
社長そうなんです……と、ここまでオタマトーンもゲームもあまり関係のない話を前のめりでしていますけど、大丈夫ですかね(笑)。
――いえいえ、歌と笑い、となるとだんだん話もオタマトーンに近づいてきているはずですので、たぶん大丈夫です(笑)。アート作りについてのお話は、きっとゲーム作りとも、どこか共通するものがあるのではないかと!
社長あははは。オタマトーンに近づく、と言うとですね。サバオで声に興味を持ち、実際にセーモンズで“声”に着手したことで、声を発する“声帯”の仕組み自体もおもしろいなと思ったんですよね。そこで、次にこの声帯から出る人工的な声に加えて、口の動きを再現したいなと。
――声から声帯、そして次は“口の動き”ですか。
社長そうして作ったのが、“ワッハゴーゴー”という“笑う機械”だったんです。
ワッハゴーゴーの動画
――見た目も声も、どこかの笑顔のセールスマンかのような不気味な感じの笑い声に聴こえますが……この大きな口の動き方もポイントなんですね。
社長じつは、この口の機構はオタマトーンにも使われているものと同じで、口を開けることで声色が変わる“フォルマント”という仕組みです。そのときに、後にオタマトーンにも取り入れる「口のパクパクで音が変化するおもしろさ」を発見したんです。
――ワッハゴーゴーで、オタマトーンの口パクに直結するフォルマントの技術が取り入れられた。でも、どうしてここからオタマトーンを作ろうという考えに行きつくことになったのでしょうか? 笑う機械から、今度は笑みを生む“楽器”を作ろうと考えた発想の源泉というのは……?
社長あ、いや。それはですね、思想というよりかは……セーモンズとワッハゴーゴーの開発でお金を使いすぎて、そろそろもっと広く売れる商品を作って回収しないと笑えないぞ、と(笑)。
――え!?(笑)。
社長はい、文字通りに(笑)。それで発想を転換して、この声の楽器のアイデアを基にして、“おもちゃ”を作っていこうと考えたのが……オタマトーン企画のきっかけなんです。
楽器に顔を取り戻す
――ここでオタマトーン誕生のお話にたどり着いたわけですが、振り返ると、明和電機が取り組んできた“声の機械の遺伝子”を確かに受け継ぐ楽器でもあったが、会社的に重い使命も背負っていたと。
社長そうです。でも、最初に声のおもちゃとして考えた企画は、もっと素朴で。ケラケラと笑うボールやキーホルダーでした。やはりワッハゴーゴーから出発しているので、そうしたイメージから出発したのですが……「笑うだけのボールなんてあまりにニッチすぎる」、とどれもが没になり(笑)。
社長じゃあ今度は笑いではなく、“歌わせる”ことができたら、楽器になるのではないかと思い立ったんです。
――セーモンズのように歌う楽器の、おもちゃ版という発想に。
社長そうなんですよ。でも、実際に歌わせられるものを作るとなると、今度は作るうえでの制約がいろいろと浮上してきまして。まず楽器なので、“音階の入力装置”が必要になりますよね。
――ピアノの鍵盤や、ギターでいうところのフレットに当たる部分ですか。
社長そうです。でも、セーモンズのようにお金はかけられない。予算的に鍵盤を搭載するなんていうのも難しいだろうと。そこで思案した結果、低コストの“スライドスイッチ”を採用して。
――指で押さえて音階を変える、フレットの部分ですね。
社長まさにそのフレットと顔の組み合わせを試していたとき、ひょろ長いスライドスイッチ+口のパクパクする様子を見て……「あ、オタマジャクシ!」とひらめいた瞬間が到来したんですよ。
――オタマちゃんの発想はいったいどこから来たのだろうかと思っていたのですが、素材の組み合わせから思いついたものだったとは……! デザインが優先されてオタマ型に作られていったわけではなかったというのは、機能からデザインが生まれることの多かった昔のゲーム作りにも似ているようにも思ってしまいました。
社長オタマの造形については完全にパーツの形状からでした。ちなみに顔については、埴輪のイメージからです。ほら、埴輪って……目が死んでいるんですよ。オタマトーンよりも前に、音を出すおもちゃとして“ノックマン”シリーズという製品を作ったのですが、こちらは全体的に“もろ埴輪”的なデザインだったりしました。
――ノックマンのポーズ、たしかに埴輪のようです。しかし、このかわいい目が死んでいるイメージだったなんて。埴輪自体が死者の代わりとして生まれたものですけれど、先ほどの「生きていない歌声だからこそ、観客が感情を込めて聞いてしまう。人形に魂が宿る」という話にもつながっていくようですね。
社長ええ。死者の無表情というか……。また、これは僕の製品の特長だと思いますが、“無表情がかわいい”ということについてもけっこう考えていて。顔については、その無表情のさじ加減が重要だと思っていつも考えながら作っています。それとですね、オタマトーンについては、“楽器に顔がついている”というところ自体もポイントだったりするんです。
――顔……! たしかに言われてみるとそうですね。楽器なのに顔がある。
社長大昔の楽器を見てみると、神様などの顔が掘ってあったりと何らかの装飾があるんですよ。つまるところ、おそらくは呪術的な道具として楽器に“キャラクター“が込められていたんですよね。
――顔が付いた楽器は、ただの演奏用の道具ではなく、個性が宿るものになる……?
社長ええ。しかもそうした古い楽器は、たいてい特別な演奏技術が必要なので、特殊技能として演奏方法をマスターした人たちだけが、儀礼などで演奏をするものでした。
――現実から離れた儀礼的な空間で、顔のついた楽器が演奏されていた……そう考えると、ファンタジックな別世界でもうひとつの現実を楽しむかのような『FFXIV』の音楽の演奏会に登場したことさえも、なんだか妙な納得感も感じてしまいます(笑)。
社長異世界の音ですから。顔が付いた楽器での演奏があってもいいですよね(笑)。少し楽器そのものの歴史を見てみると、市民社会以降は専門の演奏家による儀礼用の演奏よりも、次第に「みんなも演奏したいよね?」という流れが生まれてきます。さらに工業技術が発達していったことで、楽器も「みんなが演奏できるものを量産しましょう」と、大量生産ができて誰にでも共通の音階とチューニング機構を兼ね備えた工業製品になっていくんですよ。ほら、サックスとかって……見た目が“バルブ機構の鬼“みたいでしょう?(笑)。
――そうですね(笑)。
社長ピアノも鋳造技術の鬼、かのような構造の楽器ですよ(笑)。こうした楽器が生産されるようになったことで、演奏技術は広く共有されて音楽的には向上していくことになります。でも、演奏技術自体はどんどん難しくなっていくんですよね。そして、同時に呪術性も消えていきました。
キャラクターとしてのプロモーション
――なるほど。そうした楽器の進化の中で、オタマトーンにはふたたび顔がついたことで、かつての呪術性を取り戻したからこそ……キャラクターも宿ることになったと。オタマトーンは、まさにそのキャラクター性でも人気を博していますよね。
社長キャラクター性があるというのは強いですよ。たとえば、楽器なのに着せ替え人形のようなこともできますからね。「着せ替えをして演奏している動画を撮れば、それだけでプロモーションビデオになるのではないか」、といった宣伝アイデアなんかも同時に浮かんでいました。結果、オタマトーンはおかげさまで人気が出ることになったのですが、その理由としては、こうしたキャラクター性を獲得したことが、ちょうどYouTubeが流行り出すタイミングと重なったことも大きかったと思います。
――オタマトーンに衣装を着せて、背景のセットを作って演奏するプロモーション動画を配信されていましたね。
オタマトーンのプロモーション用動画
社長はい。10年前にオタマトーンはこうした動画による宣伝戦略を取りましたが、そのときに初めて“インフルエンサー”に広めていくべきなんだと気づいたんです。ほら、それまでの明和電機は、僕が作った製品を僕が見せつけることで、お客さんを楽しませるスタイルでしたから。“触っていいのは僕だけ“、という(笑)。
――(笑)。それが、オタマトーン発売後は、お客さんが勝手に楽しんで、しかもその様子も動画でシェアされることで、さらに認知されていくようになっていったわけですよね。
社長それまでは“抱え込んでいた”明和電機だったのですが、オタマトーンの誕生をきっかけに、“解き放ってみんなに勝手にやってもらう時代”に転換したような印象ですね。僕自身でも、このタイミングからオフ会や展覧会など、これまであまりやらなかったコミュニティー作りも積極的に行うようになりましたし、いま祖堅さんがオタマトーンを演奏して『FFXIV』ファンのみなさんが楽しんでくださっているのなんて、まさしくその最たるもので。
ニセオタマトーンあらわる
――オタマトーンの誕生は、楽器が顔を取り戻しただけでなく、明和電機の活動にとっても転機となった。それにしても、この10年間でオタマトーンはすっかり定番になったような印象すらあります。
社長でも、ここ10年でオタマトーンにとってはいいことばかりだった、というわけでもありません。普及したからこそ、ニセモノが現れたりもしまして。
――あ! オタマトーンのコピー商品がオンライン上で販売されていた事件があったそうですね。
社長驚きましたよ。以前、“魚コード”という商品のニセモノが作られたことはあったのですが、オタマトーンでは出ないだろうと思っていましたからね。
社長明和電機は、かつてソニーミュージック・エンターテインメントに所属しているアーティストとして、“音楽CDを量産して販売する”という業界で商売をしていました。このレコード業界というのは、プラスチックの板に音楽というコンテンツを書き込んだCDというものを販売している業者ですよね。
――そんなふうに考えたことはあまりなかったのですが、たしかにそうですね。
社長でも、コンピューターが登場したことで、CDから音楽だけがはぎ取られてしまったという。しかもはぎ取られたコンテンツは、PC1台あれば無限にコピーできて、ネットワークを介して広がっていきます……結果、CDは売れなくなった。
――ゲーム業界でも、コピー商品や情報流出は大きな問題です。
社長そうですよね。なので2000年くらいからCDではなく、おもちゃを作り始めたんです。CDと同じくおもちゃもプラスチックなどにコンテンツを刻み込んだ商品ですが、おもちゃは機構も複雑で、素材同士が合体しているため「このコンテンツははぎ取れないぞ」と。オタマトーンもそういう流れの中で生まれた商品でしたが、しかし……この10年でデジタルファブリケ―ション(3DCGなどのデジタルデータを成型する技術)で3Dプリンターが普及したことで「……オタマトーンはぎ取れるやん!」って。
――こればかりは、ちっとも笑えないですよね……。技術の進歩で、おもちゃさえもコンテンツがはぎ取られて、ニセオタマトーンが発売されるようになってしまったと。たしか、オタマトーンメロディという小さいモデルのニセモノが出回ったんですよね。
社長そうなんです。商品をスキャンして、仕組み自体をデータ化する。そのデータがあれば、3Dプリンタを使っていつでも同じものを作れてしまうわけです。しかも、ネットワークがあるのでどこでもニセモノ商品を捌けます。データさえ持っていれば、プラスチックの金型すらいらない時代になってきました。
――まさか、プラモデルなども3Dプリンターで作れてしまう時代に?
社長買ってきてデータをスキャンすれば作れてしまうのかもしれないですが、本物を買ったほうが安いし質もいいはずです(笑)。でもフィギュア業界も、原型師など作り手の方は非常に労力をかけて製作しているにもかかわらずデータのコピーは簡単で一瞬なので、きっとたいへんなのではないかと思います。比較的単純な構造のオタマトーンメロディはコピーされてしまいましたが、そんな中でもオタマトーンがまだ踏ん張れているのは、まだ再現する技術が追いついていないからなんですよね(苦笑)。
コラボモデルとオタマトーンのこれから
――コピーできないような仕組みが大切になるけれど、技術はどんどん進歩していく……そんな中ついに発売から11年目に入ったオタマトーンですが、時代の変化に合わせて、これからどんな風に進化していくのでしょうか?
社長そうですね……じつは、オタマトーンについてはとくに何も考えていないんですよね。キャラクター展開としての横軸については、これからも展開していくと思いますけれど。
――なんと、そうなんですね。そういえば、『星のカービィ』とのコラボモデルも発売されていましたよね。
社長ここぞとばかりに、ゲームの話になりましたね(笑)。『星のカービィ』コラボについては、じつはずっと、「オタマトーンとゲームの相性はいいはず」と思っていたときに、タイミングよくお声がけいただいたお話だったんですよ。
オタマトーンカービィVer.の購入はこちら (Amazon.co.jp)――ちょうど『星のカービィ』が25周年記念でいろいろなコラボレーションを展開していた中に、いいご縁が。
社長たまたまカービィはオタマトーンにハマるぞ、という話が上がって「じゃあ、やりましょうか」、という流れになって。
――大きな口で何でも吸い込んでしまうカービィというキャラクターにもピッタリのコラボですよね。『星のカービィ』シリーズは音楽も人気なので、演奏したくなる人も多いでしょうし。
社長おかげさまでとても好評だったので、こうしたコラボレーションはこれからもいろいろ展開したいとは思います。ですがオタマトーンは、楽器自体の仕組みとしては、いまの形でもう完全に出来上がっているというか。機構的な進化はないんじゃないかと思っているんです。
――サメは太古の姿からあまり進化していない、完成した生物だという話を聞いたことがありますが……。
社長ああ、そんな感じですね。最新機種である“オタマトーンneo”もまだ発売したばかりですけど、楽器として進化したわけではなく、エフェクターとしての機能が追加されている形ですから。
社長きっとこれからさらに新しいオタマトーンが生まれるとしても、自分が演奏した瞬間にフレーズがスマートフォンと連動してクラウド上に保管される、など機能の拡張は時代や技術に併せて行われていく可能性はあるかもしれないですが……基本構造としては変わらないんじゃないかと。なので、これからは新しいものも作りたいですね。
――新しいもの。
社長そうですね。次はしゃべるロボットを作ろうと考えていたりして。
――歌から笑い、そしてついに言葉ですか。
社長なのですが、これがまた困難でして。人間って、母音と子音を巧みに使い分けてしゃべっているんですね。VOCALOIDの初音ミクなども同じなのですが、音程はそこまで重視されていなくて、音色と時間軸で音が変化する量がとくに重要だ、ということはわかってはいるものの……それを装置化するのは……無理ッ! (笑)。
――文字通り言語を絶する困難さですか(笑)。
社長でも、音階の変化で、言葉のようなものを伝えられないかと考えてはいるんです。何かしらを“伝える”ことはできるのではないかと割り切って構想中で、いくつか取り組みもしています。
厄年にヒット商品は生まれやすい?
――声の楽器を作ろうとの企画から、セーモンズ、ワッハゴーゴーを経て生まれたオタマトーンが、ひとつの完成した楽器として人気商品になって、次は言葉へとチャレンジしているだなんて、こうしてお話を伺ってきたので、感慨深いです。
社長いやあ、じつは厄年に開発を始めた商品だったんですけどね(笑)。
――え! そうなのですか(笑)。
社長むしろオタマトーン開発を通じて、「厄年ってこういうことか」と思いましたね。
――と、いいますと?
社長いや、一般的に厄年って“厄が来る悪い年”ですよね。これって、自分の解釈では“厄年はひとつの生物的限界を迎えるタイミング”だと捉えていてですね。
――生物的……限界???
社長どういうことかというと、厄年を迎える前までは男だったり、女だったりとして生きてきたわけですが、厄年のタイミングを契機に……男として、女として、ひとつの終わりを迎える時期ではないかと(笑)。
――そんな(笑)。
社長生物として、もう若くないというかね(笑)。でもそれはネガティブなことではなく、むしろ厄年からは、男だの女だのといった性別に由来するものに翻弄されることもなく、これからは“人間として生きなさいよ”と言われているのかなって、勝手にそう思っています(笑)。
――そんなタイミングで、オタマトーンの開発は始まることになったとは(笑)。
社長そうなんですよ。つまり、生物としてひとつの転換を迎える時期だったんですよね。だからこそ、厄年って“内に籠って守りに入ってはいけない、攻めの姿勢が大切”だとも言われますから。
――財政のピンチに加えて厄年までが重なってきたところでアイデアが形にできたのは、その攻めの姿勢もあったのでしょうか。たしかに、それまでは内側に展開してきた明和電機さんの活動も、オタマトーン開発をきっかけに外側に向かっていく転機を迎えられたからこそ、いまやオタマトーンは10周年を超えて愛される人気商品になったことを思うと、これまた感慨深いです。
社長ちょうどそういう時期だったんでしょうね。よく「ヒット商品をどうやって生み出したの?」とか訊かれることもあるのですが、だからもう「タイミングが……運がよかったんです」としか言えないんですよ(笑)。