“ファミキャリ!会社探訪”第79回はサイバーコネクトツー

 ファミ通ドットコム内にある、ゲーム業界専門の求人サイト“ファミキャリ!”。その“ファミキャリ!”が、ゲーム業界の最前線で活躍している、各ゲームメーカーの経営陣やクリエイターの方々からお話をうかがうこのコーナー。今回は、サイバーコネクトツーを訪問。

 1996年に設立された同社は、家庭用ゲームソフトの企画・開発を中心に、『.hack』シリーズや『NARUTO-ナルト- ナルティメット』シリーズなど、多くの人気タイトルを世に送り出してきた。現在では福岡本社に加え、東京とカナダ・モントリオールに開発スタジオをかまえる。また、同社を舞台にしたお仕事マンガ『チェイサーゲーム』がファミ通ドットコムで連載中で業界内外から大きな反響を呼んでいる。今回は、ワールドワイドでのさらなる活躍に向け、積極的な人材採用を行っている同社について、同社代表取締役・松山洋氏に話を聞いた。

松山 洋(まつやま ひろし)

サイバーコネクトツー
代表取締役

ゲームに感じたエンターテインメントの可能性

――まずはいまさらではありますが、松山さんがゲーム業界を志し、起業をしてからいまに至るまでの経歴を教えてください。

松山ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』は全作遊んでいましたし、流行ったものはひと通り押さえてはいたんですが、私は最初からゲーム業界を目指していたわけではないんですよ。子どものころから「週刊少年ジャンプで連載を持つマンガ家になりたい」と思っていて、学生時代はマンガばかり描いていました。大学に進んでも漫画研究同好会、いわゆる漫研に入ったのですが、そのころに転機が訪れました。

 私が通っていた大学は、当時九州で唯一芸術学部があったこともあって、芸術肌の人間が多かったんです。とくに、漫研もメンバーはつぎつぎにマンガ家やアニメーターとしてデビューして、どんどん上京していきました。へんな話ですが、当時は「大学に4年間通うのは売れない奴だ」といった風潮すらありました(笑)。

――そこまで聞いていると、そのままマンガ業界に進まれそうですね。

松山みんな大学を中退してどんどん東京に出ていったのですが、そういう人間ほど数年で「あの業界は働きかたがおかしい」みたいなことを言って、夢破れて帰ってくるんです。大学の4年間でそうした人間をたくさん見て、私自身も大学でマンガを描くなかで、「マンガだけがすべてではないな」と思うようになっていきました。

 たとえば自分がマンガを描かなくても、出版社に入って担当編集となって、マンガ家さんとタッグで作品を世に送り出すこともクリエイティブだ、と考えるようになったんです。

――夢の捉えかたが広がっていった。

松山大人になるにつれて興味の幅も広がっていって、映画やアニメ、テレビ番組も作ってみたい……制作会社に入社するか、何なら自分で会社を立ち上げて番組を作るのもいいかもしれないと、あれもこれもやりたい気持ちが生まれていました。

 同時に、大学を中退してマンガ業界などに進んだとしても、まわりと同じ結果になるのではないかと思って、まずは1回、ちゃんとした社会経験を積もうと考えました。それで、九州に残り、地元の公共工事を行うコンクリート二次製品のメーカーに入社し、大阪への転勤を含めて3年半勤務しました。

――そこからゲーム業界に進むことになったきっかけというのは?

松山当時は1994年にプレイステーションやセガサターンが発売された時期で、ソニー・コンピュータエンタテインメント(現:ソニー・インタラクティブエンタテインメント)さんが“ゲームやろうぜ!”という施策を行い、ゲーム業界全体の起業、独立を支援していたんです。ですので、プレイステーション用のタイトルであれば、開発費も安くなるという背景がありました。

 そんなとき、大学時代の同級生が「いっしょにゲーム会社を作らないか」と声をかけてきたんですよ。「いまのゲーム業界はこうなっていて……」という話を聞きながら、平林久和さんが出されていた『ゲーム業界就職読本』を読んだりして、自分でもゲーム業界のことを調べていきました。

――そこがスタートだったんですね。

松山ゲーム業界にも大きな変化が起きていて、ちょうど2Dからポリゴンに移る時代だったんですよ。ゲームセンターで『バーチャファイター』を見かけたときには、「画面の中で人が動いてる!」ってびっくりしました(笑)。

 それぐらい、ポリゴンというものの意味すらわかっていなかったんですよ。これからのゲーム作りは、3DCGで作ったキャラクターを空間に配置して、舞台となる背景や敵を用意して、カメラを中に入れて演出をしていくようになる、と考えたときに、「これはもう映画なのではないか!?」と思ったんです。

――2Dから3Dへの変化というのは、大きな時代の分かれ目でしたね。

松山ゲーム作りが総合エンターテインメントになっていくなら、自分がやりたいと思っていたマンガやアニメなども、すべてゲームで実現できると思ったんですよ。それなら一生この世界でやっていこうと思って、声をかけてくれた友人に返事をしました。友人と私の地元が福岡だったこともあり、1996年の2月に福岡で立ち上げたのが、前身のサイバーコネクトという会社になります。

――ゲーム業界に進むきっかけができたタイミングと、ゲーム業界自体の大きな変化のタイミングが重なったんですね。

松山一般企業に3年半勤めた後というタイミングもよかったと思っていて、やはりそれぐらい仕事を続けると、組織の構造や業界の仕組みがだいたいわかってくるわけですよ。個人、チーム、そして会社、それぞれでできることとできないことの境界線が見えるというか。多分、社会人1年生で独立していたら、仲間に何をすればいいか聞いて動くだけになっていたと思います。

――業界は違えど、社会人経験をしっかりと積んでいるというのは大きいですよね。

松山おかげで、ゲーム業界を俯瞰で見たときに、どこにウィークポイントがあって、どんな部分がまだ誰もやっていないことなのかというのが見えるようになってきました。会社を立ち上げてからの4年間は、いちばん身近な先輩である9人のメンバーの家に毎日泊まりに行って、彼らがゲーム会社で働いていたときのできごとを、根掘り葉掘り聞いていました。ゲームがどんなふうに発売され、お客さんの反応はどうだったのかとか、メディアに載っていることと現場のメンバーが実際に体験したこととの違いなど、学べることはたくさんありました。素人だったので、以前はこういったインタビュー記事も話していることがそのまま全部載っていると思っていたんですよ。でも実際には校正やチェックが入っていて、ときには発言が丸ごとカットになっていたりして(笑)。話を聞くなかで、コンクリート業界で起きていることはゲーム業界でも起きていて、応用が利く部分もあるなと思いましたね。

サイバーコネクトからサイバーコネクトツーへ

――会社を立ち上げた当初から、10年後、20年後といった将来を見据えていたのですか?

松山いえ、最初の4年間はとにかく私自身が足手まといにならないよう、いっぱしの兵隊になることに決めていたので、そこまで先のことはまだ考えていませんでした。私の担当は背景グラフィックと……いまで言うレベルデザインでした。初代プレイステーションのころは、ステージ担当者がレベルデザインをして背景を作るというのが当たり前でしたからね。

 本当にその4年間はほとんど家にも帰らず、ずっと会社に寝泊まりしていました。空気を入れて海に浮かべるビーチマットがあるじゃないですか、あれを席の後ろに置いて、そこで寝ていましたね。

――いまからすると考えられないですね。

松山さすがにいまはそんなことはしていませんよ(笑)。私以外のメンバーは元々タイトーさんにいたのですが、当時はトップダウンの傾向がかなり強いという話を聞いていたんです。いまはそんなことはないと思いますけどね。

 そういった話を聞いていたので、サイバーコネクトではトップダウン型ではなく、皆で納得するまで話し合う会社にしようということになりました。ただ、それでは誰も責任を取らない形になってしまうので、正直「よくないのでは?」と思っていました。そして、当時バンダイさんから発売した1作目の『テイルコンチェルト』は、売り上げがワールドワイドで15万本、2作目の『サイレントボマー』は7万本。正直数字として大きく満足できるものではありませんでした。

――制作時の手応えほど売り上げが伸びなかった。

松山『テイルコンチェルト』は肌感覚で言えば30万本は売れるだろうと思っていたのですが、その半分しか売れず、そういった結果が出ていたのに、あまり反省をしていなかったんですよ。「皆で話し合って決めたから、納得してるよね。切り換えて、つぎはがんばろう」という雰囲気になってしまっていて、皆で話し合って作ることの限界のようなものを感じました。しかし、ゲームは作品であり、エンタメですから、作家性が出て当然だと思うのですが、そこの部分が弱かったのかなと思います。

 『サイレントボマー』ではさらに売り上げが落ちてしまったのに、バンダイさんはプレイステーション2の開発機を送ってくれて、まだ私たちに期待してくれていたんですよ。しかし、このままでは恩が返せないし、チームとしても勝てないままだと思っていたら、4年目に社長が唐突に蒸発したんです(笑)。

――何の前触れもなしにですか?

松山あるときから連絡がつかなくなって、突然いなくなりました。「人っていなくなるんだな」と思いましたよ(笑)。会社もなくなってしまうことになったので、当時17人いたスタッフを集めて、私から事情を説明しました。どのメンバーもモノを作る能力はあったので、再就職することもできましたが、「もう一度やり直すチャンスがほしい。俺に社長をやらせてくれないか」と言ったんです。

 「4年間いっしょにやってきて、あくまで個人的な意見だけど、このままではずっと勝てない。せっかく皆、能力も才能もあるのに、それを活かしきれていない。皆で話し合って決めるのもいいけど、仕事はそんなに甘くない、責任の所在がハッキリしない仕事に結果はついてこない」みたいなことを言って、当時の資本金300万円も私がすべて買い取って、あらゆるルールを私が決めることにしました。

――全員体制から松山さんがリードする形に大きくシフトした。

松山「俺がルールになる代わりに、責任は全部俺が取る。お前らを歌って踊れるデベロッパーにしてみせるし、金持ちにもしてみせるから、言うことを聞いてほしい。イヤなら解散しよう」と話したら、全員残ってくれたんです。そこから社名をサイバーコネクトツーと変えて再スタートしました。その後『.hack』シリーズが立ち上がり、『ナルティメット』シリーズ、『ジョジョの奇妙な冒険 アイズオブヘブン』、『ASURA'S WRATH(アスラズ ラース)』などのゲームを生み出し、そしていま『ドラゴンボールZ KAKAROT』を作っている……というのがこれまでの経歴ですね。

――まさしく酸いも甘いも嚙み分けたというか。

松山サイバーコネクトツーがほかの会社と違う点としては、たとえば朝9時から出社するとか、あいさつの練習などの社員教育が徹底しているとか。それは私がコンクリート業界での一般企業を経て、サラリーマンからクリエイターになっているところが大きいのだろう、というふうに、以前浜村さん(※ファミ通グループ代表・浜村弘一氏)がおっしゃっていたことがありますよ。だから独自の視点が生まれ、そこがサイバーコネクトツーの強さの秘密なんでしょうね、と。

強み……好きなことをやってこそ

――松山さんから見て、サイバーコネクトツーの強みはどういった部分だと思いますか?

松山クリエイティブにおいては、やはりマンガやアニメの、いわゆる少年マンガ的なノリのアツさや演出のようなところが強みだと思います。逆に、リアルなサッカーゲームやクルマのシミュレーターみたいなゲームを作れと言われても、スタッフも私も作れないですね(笑)。

 この業界の常ですが、人の弱点には目をつぶり、いちばんの必殺技で勝負をする。これが基本だと思います。子どものころにはよく、「苦手なことをがんばれ」と言われますが、この業界に限って言えば、苦手なことをがんばる世界ではなく、得意なことを伸ばす世界だと思っていて、弊社はそういう方針でやっています。

 人を採用するときにも、とにかく何が好きか、何がやりたいのかを確認します。どうしてもやりたいものがあって、それを仕事にできれば、ノリノリでやれるじゃないですか。でも、たとえばメカが好きな人に美少女モノを作らせると、歯を食いしばりながら作業をすることになると思うんです。とくに、この業界は仕事を嫌々やるような世界ではないと思うので、弊社では好きでものづくりをする人間を集めています。そこが強みにつながっていると思いますね。

――昨今では世界市場を視野に入れていかなければ、という風潮も強いですが、日本のメーカーならではの強みというものはありますか?

松山プレイステーション2のころから、日本がゲーム先進国という状況ではなくなってきていると思います。海外のメーカーが参入し、ゲームはビッグビジネスになっていく一方で、日本では少子化が進んで、そもそものお客さんの数が減っている。そうなると必然的に世界でも売っていく必要が出てきますが、海外のメーカーはファンドで豊富な資金を集めて、フォトリアルな、圧倒的な規模の作品を作っていますよね。

 同じ土俵で勝負したら、資金力でも宣伝力でも勝つのは難しいと思います。ただ、エンタメの極意は“ほかの何にも似ていなくて、人を振り向かせるほどの圧倒的な魅力”だと思っていて、だからこそ苦手なことではなく、いちばんの必殺技で勝負するべきなんですよ。そして、我々の特性を最大限に活かせるのは、純日本的なマンガ、アニメ文化だと思っています。

――日本らしい強みを活かしていくべきだ、と。

松山これはスタッフや学生さんにもよく言うのですが、世界中で大ヒットしているようなフォトリアルのTPSやFPS作品の画面写真を机に並べてシャッフルすると、正直どれがどの作品なのかパッと見ではわからないじゃないですか。でも、日本で売れている、たとえば『ゼルダの伝説』や『スーパーマリオブラザーズ』、『星のカービィ』、『鉄拳』、『ナルティメット』シリーズなどは、同じようにシャッフルしても全部見分けがつきますよね。それだけ日本のゲームは個性的なんです。それに、我々は生まれたときから浴びるようにマンガやアニメに触れてきています。深夜アニメや週刊マンガといったコンテンツがあるのは、日本ぐらいなものです。それだけ、言わば恵まれた環境がある日本で生まれ育った時点ですでに地球育ちのサイヤ人みたいなもので、エンタメの申し子なんです。

 「自分に向いているならゲーム業界でがんばってみたいけど、才能があるかわからない」と言う学生さんがすごく多いのですが、日本で生まれ育った時点で圧倒的に有利なので、やらない手はないんですよ。もちろん、ガソリンスタンドの店員でもファミリーレストランの店長でも、何にだってなれるし、なっていいと思います。でも、ゲームクリエイターがいちばん楽しくて、恐ろしくて、お金持ちになれるよ、という話を毎回しています。

――言われてみればその通りですね。

松山ただもちろん、自分が望んでいなければゲームクリエイターにはなれませんけどね。アイデアひとつで10億円のようなイメージを持っている人もいると思いますが、実際は思いのほか地味で、努力の積み重ね。作っては壊しの連続です。ですから、何度作っても何度壊しても、それでも折れない心、やる気が必要なんです。

 逆にそれさえあれば、あとはどうとでもなります。技術が拙い、能力が足りないというのは、ハッキリ言ってつねにそうですから。技術は日々進歩していくので、毎日、毎年勉強しないといけない。それをやり続ける心の強さが必要です。好きじゃないとできませんよね。

できるクリエイターは後輩の指導もしっかりと

――サイバーコネクトツーさんはクリエイター育成のためのセミナーなども積極的に開催していますが、こちらはどういった意図で行っているのですか?

松山基本的に人手が足りませんからね(笑)。クリエイター育成は社外だけでも、2段階で行っています。まず中心に弊社の社員が200人いて、その外側にいる人たちというのは、すでにゲーム学部のある大学やゲームスクールに通っている、言わばすでにゲームの世界を向いている人たちです。まずはこの人たちに正しい努力をしてもらうための勉強をしてもらわないといけません。

 学校の先生が何を教えればいいかわからない、というのがゲーム業界の現状です。こればかりは私が直接行って、現場の生の声を伝えています。弊社の人事担当やクリエイターも定期的に学校を回って、ゲーム業界を目指すならこうしたほうがいい、というアドバイスをさせていただいています。

――まずはゲーム業界を目指している人たちの育成支援が必要だと。

松山ただ、その人たちのなかにも、「ゲーム業界は楽そうだから選んだんですけど、意外とマジメに勉強しないといけないんですね。やっぱりもういいです」といって、けっきょくはゲームクリエイターを目指さない人がびっくりするほどいるんですよ。ということは、そのさらに外側から埋めていかないといけない。

 これは、「そもそもゲームクリエイターって職業として成立しているの?」、「ゲームクリエイターっていう仕事があるんだ」というぐらいによくわかっていない子どもたち、小学生、中学生、高校生、早ければ早いほどいいと思います。ゲームクリエイターという道があること、そのために何をすればいいかを教えていく。段階を踏んでやらないといけないことなので、これを広げていく努力をしています。

――そこまで若い世代ですと、将来サイバーコネクトツーさんに入ってくるとは限りませんよね?

松山もちろん、ほかのゲーム会社に行くかもしれません。弊社としても誰が来てもいいというわけではなく、適した人材でないと続かないので、できれば弊社で働ける人材が育ってほしいとは思いますが、そこだけを目的にはしていません。能力が足りなくても、弊社とは合わなくても、せめてほかのゲーム会社に入って、業界をいっしょに盛り上げてほしいんです。

 逆に言えば、それぐらいのつもりでやらないと人は育たないと思います。たとえば将来的に社員として入れることを前提にスクールを開くこともあるでしょうが、そういう下心があると、どうしても広がりが生まれないんですよね。ですから業界全体として盛り上がってくれればという思いでやっています。そのなかで、ひとりかふたり、弊社に合っている人材が振り向いてくれればいいな、と。

――社内のクリエイター育成については、どのように進められているのでしょうか?

松山そこは、いままさに直面している課題です。現場というのはけっきょくは“OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)”で、働きながら成長してもらうことになるんです。ただ、研修を終えた人間の能力はそれぞれにバラバラですから、同期で入社しても、段階ができるんです。

 ある程度能力があれば、即戦力としてラインに入って、先輩たちと肩を並べるいちクリエイターになります。まだそのレベルではない場合には、先輩から手取り足取り、チェックを受けながら仕事をする“ミドル層”。ラインに入れるにはまだ拙いという“ライト層”は、さらに研修を続けて、育ってきてから“ミドル層”として同様に先輩をつける、といったイメージですね。

――個々人の能力に合わせて対応も変わってくる。

松山昔は皆現場に放り込んで、後は叩き上げで学んでいくような形でしたが、いまはやらないといけないことも多いし、プログラムのレベルも作るデータの量も、比べものにならないほど違うんですよ。中途半端な状態でラインに入れるとバグが出てしまって、それを解消するためにエースが本来の作業を止めることになったりするんです。そういう意味でも、適材適所で人材を活かせるような研修、教育の方法を探す必要があります。いま弊社では人材管理、マネージメント面の教育を進めています。

――クリエイター育成でマネージメントというのは、あまりイメージにないですね。

松山人数が多いと、人の管理が重要になってきます。しかし当然ながら、皆がマネージメントのプロというわけではありません。昔であれば、経験を積んだ人間が周りから尊敬されて、その人の言うことなら皆聞くようになるので、そういった人にマネージメントがまかされていました。しかし、そういう人ほどものづくりのエースです。本人も本来は人の管理をしたいわけではないんですよ。それでも無理やりに管理をまかせると、「俺は人の管理じゃなくて、ゲームを作りたいんだ」となってしまうわけです。もちろん気持ちはわかるんですが、たとえば15年間勤めてきて、いまだにひとりで作業をするだけ、というのはどうなのか、とも思うんですよ。この問題は弊社だけでなく、ゲーム業界全体を見てもそうだと思います。いちばんの理想は、現場から上がってきた人間がマネージメントのプロになることです。アニメ業界で言うところの、いわゆる進行管理の役割ですね。いま弊社ではそこを育てています。

――クリエイターを目指す人は、ずっとクリエイティブに集中したいという人も多そうですね。

松山若いうち、入社して5年ぐらいまではそれでいいんですが、10年目に向けて、いずれ自分が上に立つという意識を持ってほしいんですよ。そのぶん給料も一段階あがりますし(笑)。自分ひとりががんばっても1馬力ですが、自分の下に3人の部下を育てれば、3馬力になるじゃないですか。そうやって効率を上げていくんだよという基本的な説明を、どこのゲーム会社もやっていないんです。クリエイターとは言っていますが、じつはサラリーマン的なクリエイターなので、まずはサラリーマンの仕組みをちゃんと理解しよう、というところから説明をしています。

――ある程度の時期が来たら後進の指導もしないといけない。

松山そういうことです。それができない人はエグいほどのスペシャリストになって、人と話さなくてもいいから、圧倒的に売れるものを作ってくれ、と。そのどっちかなんですよね。そこまでの能力がないと認めたら、マネージメントも道として選ばないといけないんです。

 それから、新人教育の研修期間も長く定めました。10年前、20年前は本当に新人が入った途端に現場入りという形でしたけど、いまは4月に入社してから6月までの3ヵ月間、全員キッチリ同じ課題をやらせています。

――専門学校などですでにスキルを学んでいる場合でも、ですか?

松山たとえば学校の課題ですごくいいものを作った人でも、実際にやらせてみると意外につまづくことがあるので、経験の有無に関係なく同じ課題を出します。そうするとかなり明確に差が出るんですよ。「やっぱりできるな」という人もいれば、全然実力を発揮できない人もいます。成長曲線は人それぞれなので、そこでつまづいたから即座にどうするということはありません。3ヵ月間の研修が終わると、つぎはレベル2の研修に進むのですが、そこからすぐ現場に入る人間と研修を続ける人間とが分かれ始めてきます。こういった研修を通して各人の適性を確かめ、より適した仕事を与えられるようにしています。

ライバルでもあり、同志でもある福岡のゲーム会社

――福岡には、御社以外にもレベルファイブやガンバリオンといった多くのゲームメーカーがありますが、交流はどの程度あるのでしょうか?

松山多分、皆さんが想像しているよりも福岡のゲーム会社のつながりは濃いですよ。福岡市の調べでは、いま福岡にはゲーム関連企業が35社ほど、クリエイター人口が1500人ほどいると言われています。これはスマートフォンのアプリ制作を行っている企業も含めた数字ですね。

 そのなかでも、弊社とレベルファイブさん、弊社とガンバリオンさんは技術的な交流があって、情報の交換は頻繁に行っているんですよ。実際にあった話なのですが、本当に困った状況になったときには、お互いに助け合っています。『NARUTO-ナルト- 疾風伝 ナルティメットストーム4 ROAD TO BORUTO』の開発序盤で炎上してしまったときには、頭を下げてガンバリオンさんにVFXを作れる人を2週間貸していただいて、出向で弊社に来ていただきました。

――そんなことがあったんですね。

松山そのときに助けてもらったお返しに、ガンバリオンさんが困っているときには弊社から開発ツールを貸し出すなど、お互いの貸し借りというのは行っています。もちろんお互いにライバル関係にはありますが、ゲーム業界という意味では仲間でもありますからね。こういう関係は、福岡以外だとあまりないんじゃないかと思います。“GFF”(※)は所属している12社で毎月集まって情報交換をしていますし、イベントやゲームコンテストの運営なども共同で行っているんですよ。

※GFF:GAME FACTORY'S FRIENDSHIPの略称。九州、福岡のゲームメーカーなどが結成している任意団体。

――確かにそれはユニークなポイントですね。

松山また弊社の特性ですが、私自身がゲーム業界だけでなく出版やアニメ業界にも知人、友人が多いので、公開前のテレビアニメの上映会を開いてもらったりしています。それに対して、こちらでもおもしろいものができたときには、守秘義務に違反しない範囲で情報を公開したりなどしていますね。私がプライベートでマンガ家さんを福岡に招待して、飛行機や宿泊をこちらで手配する代わりに弊社にも来てもらい、トークイベントみたいに60分ほど話してもらったりもします。福岡のゲーム会社さんにも声を掛けているので、客席には他社のスタッフさんもいるんですよ。

 東京にはゲームやアニメの会社が多いので、情報量では東京が有利、というのは間違いなくありますが、そういう弱点がわかっているので、私が定期的に人を連れてくるようにしています。スタッフに聞き込みをして、話を聞きたいという人にコンタクトを取って、という感じですね。毎日のようにお酒の席に行っていますが、それもあくまで仕事なんです(笑)。

会社の将来像

――これまでデベロッパーとして活躍してきたサイバーコネクトツーですが、ホームページにはパブリッシャーとしての将来像なども書かれています。会社ができて24年目のいま、今後のゲーム業界についてはどうお考えですか?

松山多分誰もが感じている通りのことが起きると思います。まず5G、そして次世代ゲーム機が出てきますよね。これによって、二極化がさらに進むと考えています。おそらく、またギネス記録を更新するんじゃないかというぐらいの、とてつもない予算と時間を使ったスーパービッグタイトルが増えていく一方で、いわゆるインディーゲームと言われるような、もっとカジュアルに遊べて、もっと自由に作られた作品も増えていくと思うんですよ。

 我々も、パブリッシャーさんと仲よくしながら大きなタイトルを作ることは続けていく一方で、もう少し自分たちでわがままで、小粒なんだけど光るものがある、トガったタイトルを自社パブリッシングで出していきたいですね。

――従来のような作品も作りつつ、ある種、より密度の濃いタイトルも作っていく。

松山やはり、ゲームクリエイターは作品を1本作って半人前、2本作ってようやく一人前みたいなところがあるので、成長を早めるためのプロジェクトはすでに始めています。今後は大型タイトルと小粒ながらに光るタイトルの両方をがんばっていくことになるかな、と。

――となると、スタッフの人数も増えていきそうですね。

松山いま社員数が200人ぐらいですが、そこからあと100人増やします。ざっくり言うと、福岡にあと80席ほど用意してあって、東京のスタジオに20席、モントリオールのスタジオに20席の空きがあるので、120人くらいを向こう1年、2年で採用する計画です。

 人材採用に関しては、いま世界計画として外国人の積極的な採用を行っています。これまでは、最低でも日本語でコミュニケーションが取れないと難しいと言っていたのですが、日本語ができなくても実力があればいい、という方針に変えました。入社後はこちらでもサポートをするので、1年、2年、あるいは3年かけて日本語も勉強してもらいます。

 今年の頭ぐらいから、台湾や中国、韓国、アメリカの西海岸と東海岸、カナダ、フラスやドイツなど、世界中を半年ほどかけて、ずっと回っています。日本語ができなくてもいいという話をすると、「そんなことを言ってくれる日本企業は初めてだ」という声がすごく多いんですよ。彼らも、ものを作る能力はあって、日本への憧れもあるんですけど、日本語を勉強する時間というのが大きな障害になっているんです。たとえばフランス人であれば、母国語であるフランス語とは別に英語があって、さらにドイツ語やスペイン語も勉強しているので、さらに日本語もできるというのは、かなり特殊な人材になってしまうんですよね。

――だからいっそ日本語は喋れなくてもいいと。

松山そこは通訳を雇えばいいわけですし、後から学んでもらえば解決する話ですからね。日本語がわからなくてもツールは使えるし、絵も描ける、プログラムだって書けるんです。そこは不問にして採用を始めたら、いま韓国人2名とフランス人2名が決まって、思っていたよりも早く反応が出てきている状況です。

採用について

――松山さんがサイバーコネクトツーに来てほしいと思うのはどのような人材ですか?

松山弊社が望む条件として、プログラムやCGなどを作る能力は、業界のなかでも一定水準以上のものを求めているのは事実です。作っているものが大きいですし、使われている技術も高度なので、プログラマーであればまずプログラムの基礎がしっかりとできていること、そこにプラスアルファが必要ですね。やっぱり、基礎だけではきびしいと思います。

 世の中の学生のほとんどは基礎が固まっていないことも多くて、さすがにそこからは選べないですね。基礎ができて、たとえばシェーダーが組めるとか、この分野が得意だというものがあって、初めてスタート地点に立てると思います。とにかくゲーム業界に入って、ゼロから学びますという人は、弊社には向いていないですね。

――ある程度のレベルは最低限として必要だと。

松山ハードルが低くないのは事実です。ただ、技術も日進月歩なので、つねに勉強し続けないといけません。そういった能力面以上に求めているのは、ものを作りたいという強い心、平たく言えばやる気ですね。ゲーム業界を目指しているのにやる気を疑われるようでは、そもそも論外だと思いますけど(笑)。

――いま転職を考えている人に向けてアピールするとしたら、どんなことを伝えますか?

松山サイバーコネクトツーを選んでもらうためのポイントは3つあります。ひとつは、弊社はものづくりにこだわりを持った会社であること。ふたつ目は、作品を最大限に活かしてくれる頼もしい業務部がいること。そして、改善や改良の判断が非常に早いことですね。

――それぞれについて、詳しく聞かせていただけますか?

松山まずひとつ目ですが、どうしても私がメディアなどで目立っているイメージが強いと思うのですが、弊社はあくまでもゲームを作る会社です。私の持論ですが、ものづくりの世界においては、ものを作っている人間がいちばん偉くて、いちばん格好いいんです。

 弊社のスタッフには格好よくあってほしいので、外の会社さんに助けてもらうことはあっても、制作を丸投げするようなことはしません。ゲームに限らず、マンガやアニメーション制作においても、つねに自分たちで作ることに誇りを持てる、自分たちの作品に胸を張れる会社でありたいと思っています。

 第2に、業務部の強さですね。ゲーム会社は作ることが仕事なので、そこだけに集中しがちなのですが、弊社はクリエイターを支えるためのスタッフが多くて、200人中30人が総務や経理、秘書、人事に宣伝、広報、開発サポートなどの業務部に所属しています。宣伝と広報だけでも10人いて、正直パブリッシャーでもこんなにはいないと思います(笑)。

 そのおかげもあって、弊社はすごく異質な目立ちかたをしているじゃないですか。それは、それだけの情報発信力を持っていて、そういう行動を起こしているからなんです。いくらゲームを作っても、作りっぱなしでは売れるものも売れないんです。でもクリエイターに宣伝をさせようとすると、「そんなことをやるためにゲームクリエイターになったわけじゃ……」となってしまうんですよ。

 インタビューですら受けたがらない人もいるんですよね。ものさえよければ売れるだろうという考えかたには、僕は正直まったく賛同できません。

――クリエイティブに集中したい、という意味では先ほど出たマネージメントの話と同様ですね。

松山宣伝をただまかせるのではなく、宣伝と広報のスタッフが手厚く事前準備をして、クリエイターは最低限のことをやればすぐ現場に戻れるようにしています。こういった部分も弊社の強みだと思いますね。クリエイターが作ったものを放っておかず、最大限に活かす形で宣伝をして、ひとりでも多くの人に届けるための努力をするスタッフが揃っています。

 人に届ける努力という意味ではSNSも大事で、これはデータとしても出ている話なのですが、映画でもマンガでもドラマでも、出版社などのいわゆる公式運営が宣伝をするより、作家や出演者本人が自分のアカウントで、自分の言葉で伝えたほうが伝わるんです。これからは作り手が情報発信力を持たないといけない時代だと思っています。弊社では100人以上のスタッフがツイッターアカウントを持っているんですよ。そこで情報発信をして、バズったりフォロワー数が増えたら、そこもちゃんと評価するシステムも用意しています。もちろん、苦手な人と得意な人がいるので、やりたくなければやらなくてもいいけど、やるといいことがあるという形になっています。

――SNSも評価の対象になるというのはおもしろいですね。

松山ちゃんとバズるとはどういうことか、という話もしていて、単に「腹が減った」みたいなことを書くのは情報発信じゃない。我々はクリエイターなんだから、ちゃんとツイッターやSNSを攻略した状態で情報発信をしろ、と伝えています。私自身、1000リツイート、1000いいね以上が押されるような、バズるツイートを毎月必ずしているんです。ツイッターのインプレッションを見て、今月はまだ超えていないと思ったら、敢えてバズらせるようなツイートをしています。

 少し話がそれましたが、ふたつ目のポイントとしては、クリエイティブを支える業務部が強いので、自分の仕事に集中できる、それ以上に、皆さんが作ったものを最大限活かしてくれる、ということですね。

――そして3点目が、改善や改良の判断の早さ。

松山弊社はハンコの数が異常に少ないんですよ。場合によっては社長への直談判で物事がきまることもあります。もちろんそれは反則で、基本的に上司としっかり話をつけるようには言っているのですが、その意気やよし、となるんですよね。杓子定規な会社にはしていません。

 現場や業務部のスタッフに言っているのですが、新入社員が「このルールはどうしてあるんだろう?」と思ってしまうようなものは、多分意味がないんですよ。理由を説明した結果、ものすごく納得がいくようならいいのですが、昔に何かしらの理由があって決まったルールで、いまは疑問が出てくるようなものは、それだけ現状に合っていないということですから。

 そういったルールへの疑問が出た場合には逐一報告してもらって、すぐにルールの改定を行っています。疑問に対して答えられなかったり、説明をしてもわかってもらえないようなルールはダメで、時代に合わせて変えるべきだと考えています。そういった改善、改良のスピードは異常に早いと思いますよ。

――最後に、現役のゲームクリエイターやクリエイター志望者に対して、メッセージをお願いします。

松山ゲーム業界を学生から目指す人も、いまゲーム企業に務めていて転職を考えている人も、あるいは別業界からの転職を考えている人も、入りたい会社をどうやって調べたらいいかというのは迷いますよね。“○○(会社名) 評判”みたいな形で検索していただくのもいいと思いますが、人は感情によってものの見えかたも伝えかたも変わるので、正しい情報を集めるのはなかなか難しいと思います。いまのゲーム業界がどうなっていて、どんな企業があるのか、そういった情報を調べたければ、いま見ているこの“ファミキャリ!”を見ていただくのがいいと思います。

 また、ゲーム業界やエンタメ業界にどんな仕事の楽しさ、苦しさが待っているのかを知りたい人は、『チェイサーゲーム』という、松山洋原作のマンガがありますので、こちらを読んでいただきたいですね。ファミ通.comに無料で掲載されていますし、単行本も発売されています。単行本には原作コラムや描き下ろしも収録されていて、非常にお買い得ですよ!

サイバーコネクトツーってどんな会社?

 2001年に松山氏が代表取締役に就任するタイミングで、社名を変更。“もっと面白いものを”“もっと斬新なものを”“もっと楽しませるものを”を旗印に、企画からプログラムやデザイン、サウンドなど、ゲーム制作におけるすべてを行う。『.hack』シリーズのほか、『NARUTO-ナルト- ナルティメット』シリーズや『ジョジョの奇妙な冒険 アイズオブヘブン』など、人気IP(知的財産)のゲーム化も多数。
 福岡に本社を持ち、松山氏は任意団体“GFF”(GAME FACTORY'S FRIENDSHIP)の副会長を務めるなど、九州・福岡のゲーム産業に貢献。また、ゲームクリエイター育成のための会社見学やセミナーなども積極的に開催している。

株式会社サイバーコネクトツー

●代表取締役:松山 洋
●設立年月日:1996年2月16日
●従業員数:219(2019年11月現在)
●事業内容:家庭用ゲームソフト企画・開発

奥のモニターでは、福岡本社と東京スタジオの様子を見ることができる。
現在は、外国人クリエイターも積極的に採用している。
『戦場のフーガ』(PS4/Switch/Xbox One/PC)
完全オリジナルタイトルの三部作を自社パブリッシングで展開予定、本作は、第一弾となるシミュレーションRPGで、2020年発売予定。
『.hack//G.U』をHDリマスター化し、PS4/Steam向けに『.hack//G.U. Last Recode』として発売(発売元:バンダイナムコエンターテインメント)。