魔法少女。心の奥がむずむずする言葉だ。僕、ミス・ユースケは魔法少女もゲームも好きなので、DMM GAMESで配信中の魔法少女RPG『マジカミ』を遊んでいる。

 そんな『マジカミ』のキャッチコピーは「人生を変える魔法少女体験」。

 ふーん……。

 人生を変える魔法少女体験ってどういうこと?

この記事は『マジカミ』の提供でお送りします。

 魔法少女を体験できるの? 僕も魔法少女になれるの? ゲームで?

 何となくスルーしていたが、冷静に考えるとよくわからない。真実をたしかめるために開発スタッフを直撃した。魔法少女好きの知人を連れて。

魔法少女にこだわりを持つ人を3人連れてきました。僕らを納得させてください。

お手柔らかにお願いします。

※『マジカミ』のプロデューサーは人前に出るときはかぶりものを装着する。

僕の古い友人、声優の白石稔さんです。職業柄、いろいろなアニメを勉強していて、魔法少女以外にウルトラマンや仮面ライダーといった“変身ヒーローもの”全般を愛しています。

いきなり有名どころが出てきて引いてます。たしかお子さんもいらっしゃるんですよね。お父さん視点の変身もの観は興味あるなー。

プリキュア好きの知人も連れてきました。いまは魔法少女と言えばプリキュアかなと思って。プロフィールはこんな感じです。

  • Twitch Japan 第一号社員
  • 一般社団法人令和トーナメント理事
  • 東京大学工学部電子情報工学科卒
  • 自称、東大史上最もプリキュアに詳しい者
  • ゲーム界隈に生きる元塾講師

いわゆるeスポーツ界隈のことにも詳しい人でして、頭がいいからなのか、理論的にプリキュアを勧めてくるんですよ。Twitterでこの企画の参加者を募集したら「こんにちは。趣味でプリキュアをやっている者です」というリプライをもらいました。

やばい人じゃん。

3人目はこの人です。

脱法VTuber?

バーチャルYouTuberからバーチャル成分を抜いたわけではなくて、僕の友人です。“ドーラー”と呼ばれるタイプのコスプレイヤー。魔法少女に憧れるあまり、こういう風になりまして。あと、そもそもVTuberは合法です。

おれたちを満足させられるかな?

 魔法少女や変身ものにこだわりがありすぎて、まあまあ厄介な大人3人組。彼らが納得できたら、「人生を変える魔法少女体験は誇大表現ではない」と胸を張れるはず。

 今回は『マジカミ』のコンセプトを説明してもらいつつ、魔法少女ものの魅力について座談会を開くことにした。

 紹介してくれるのはこの人。

ブラインドの妖精?

奇跡的にブラインドと一体化してしまいました。『マジカミ』のコンセプトを作った石原と申します。よろしくお願いします。

本題に入る前に、『マジカミ』の概要を簡単にプレゼンしてもらった。
石原さん「魔法少女をサポートする立場となって、彼女たちといっしょに悪魔を倒していくゲームです。アドベンチャー的な物語も楽しめて、お話はダーク寄りな感じです」。
石原さん「魔法少女たちが着るドレスを集めたり強化したり、いわゆる収集要素もありますね。現段階で12人の魔法少女が登場。彼女たちとの恋愛も魅力のひとつです」。

『マジカミ』はもともとR18のアダルトゲームとして開発されています。大人向けの要素を除いた全年齢版もあって、ファミ通.comで取り扱っているのはこっちのほう。大人向け版では恋愛の最後の最後までいけます。

※ファミ通.comではR18ゲームを“アダルトゲーム”と称することが多いですが、開発スタッフの信念を表現するため、本記事内では“エロゲ”や“エロゲー”という言葉も使っています。

 さぁ、ここからが本番。ブラインドの妖精こと石原さんは見事に『マジカミ』の魔法少女感を伝えることができるのだろうか。

ゲームの詳細が気になった人は公式サイトへ。

理論派アユハさんが早くも取り込まれそうに

「人生を変える魔法少女体験」が『マジカミ』のキーワード。最初は女の子のバトルものをやろうと思って、親和性の高いジャンルとして魔法少女がパッと浮かんだんです。

魔法少女というと、女の子が変身して魔法で問題を解決するような作品をイメージしますね。スタジオぴえろのアニメシリーズみたいな。セーラームーンなんかは魔法少女というか変身ヒロインって感じ? だいたい90年代くらいから増えてきて、最近だとプリキュアシリーズになって、バトルものにつながったのかな。

厳密にはプリキュアは魔法少女とは違うと思いますが、流れは汲んでいるでしょうね。広義における魔法少女・変身ものということで。

さすが変身もの好き。理解が早い。

ただの後追いもアレなので、差別化が必要です。ブレイクスルーするための発想が、バトル、魔法少女に加えて、青春だったんですよ。

へえ~。どうして青春なんですか?

『マジカミ』のプロデューサーが『アイドルマスター』のかわいさに気づいたからですね。アイドルが成長する姿に感動して、「青春ものがやりたい!」って言い出したんです。

お、おう。

人って反応に困るとほんとに「お、おう」って言うんですね。

アイドルの成長=青春だと思います。それを『マジカミ』ではどう表現するか。何と言いますか、青春って一般的にはキラキラしたイメージだと思うんですけど、

果たして本当にそうなんでしょうか。けっこう辛くないですか?

完全にやっかみじゃないですか。

青春をきれいに描いた名作はたくさんありますし、『マジカミ』のベースは何だかんだ言ってもエロゲ。青春をキラキラのままやるのはちょっと。……アンダーに響かないと思うんですよね。

言いかたはファミ通さんに配慮してるけど、すごく正直ですね。

よろしいですか?

「キラキラしたものがアンダーに響かない」というエビデンスはあるのでしょうか?

理論的なツッコミを入れてもらうために、元塾講師のアユハさんをお呼びしております。

いや、えーっとですね……。単にキラキラしたものは性癖が許さなかったんです。

なるほど。性癖なら仕方ないですね。

性癖によるゲーム開発が理論的に認められてしまった。

ゲームクリエイターたる者、信念にもとづいてゲームを作るべきですから。性癖の研究をしている人はいるでしょうし、ユーザーアンケートなどがあったら見たかったんですけどね。

性癖は信念。

開始早々、すばらしい見解が出てきたので胸に刻もう。

「青春とは何ぞや?」と開発チーム内で話し合った結果、苦悩や挫折の克服を通して、人として成長すること=青春という定義に行きつきました。

苦悩・挫折という単語から、めちゃくちゃエロくしてやろうという鉄の意志を感じる。

“青”には未熟という意味もあります。でも、自分が未熟なときはその未熟さに気付かないもの。現実を認識した大人による第三者的な視点も含めて青春だと思うんですよね。

“青”はもともと未熟という意味じゃないんですよ。陰陽五行思想では春に対応する色が“青”で、“青春”自体が春を表す言葉なんですね。同じく陰陽五行思想で、春は15歳から29歳のこと。これらが転じて、青春は若々しい頃を示す言葉になったんです。

まじで下手なこと言えないんじゃないか? という空気を察した石原さん。

でもまあ、成長しないと「あの頃は未熟だったな」って気付かないというのはわかりますね。その感覚が、青春。たしかにそういうものかも。

その考えかた、おじさんが魔法少女を見る感覚に似ていると思いませんか?

急に話が飛んでない? どういうことです?

『マジカミ』にはもうひとつ重要な言葉があって、それが「無限の可能性を信じますか?」。青春と魔法少女の共通点は無限の可能性を信じていることだと思うんですよ。昔の魔法少女アニメでは“大人”とか“アイドル”みたいに、憧れの存在に変身しました。たぶん将来の夢のメタファー。

「なるほどね」と言わんばかりの表情。

そういう意味では、プリキュアも根幹は似ているのかもしれません。『HUGっと!プリキュア』の1話目には「そんなの私がなりたい野乃はなじゃない!」ってセリフがあって、終盤で「私のなりたい野乃はな」になるんです。キャッチコピーは「何でもできる、何でもなれる。輝く未来を抱きしめて」。言葉のニュアンスは「無限の可能性」に近いような。

早くもアユハさんが取り込まれそうになってる。

まさにその通りで、そのまっすぐな姿に感動して、批評家界隈が盛り上がりました。たぶん僕と同じくらいのおっさんが多いと思うんですけど。

『HUGっと!プリキュア』はとくに議論が白熱した作品だと思います。男女比率にも差があることが、NHKの番組でもわかりましたよね。15作品の人気投票で、奇数作品は女性から、偶数作品は男性から支持されていたという。

その作品愛と盛り上がりこそが、僕らがアプローチしたい部分なんじゃないかと思いまして。

なるほど。つまり、『マジカミ』は、

おっさんの盛り上がりにフィーチャーしたゲームなんですね。

未来のなさそうな言葉でまとめないでもらえません?

 石原さんによると、大きなテーマである“無限の可能性”をゲーム内で表現したのが、“ドレスストーリー”システム。

 魔法少女たちが着るドレスはいろいろなデザインがあって、それぞれに物語が設定されている。メインストーリーとは異なるifのお話だ。「もしかしたらそういう未来もあったのかな、みたいな」(石原さん)。

エロゲ(美少女ゲーム)にした理由

…………。

スッ……。
「性癖の話なんですが……」
……。

性癖が大切だという話はわかったんですけど、青春と魔法少女がテーマだったら、そもそも全年齢向けの美少女ゲームでもいいんじゃないですか?

あ、失礼しました。こういう“ドーラー”の人は無口なんです。

どうしてしゃべらない人を座談会に呼んだの?

友だちから性癖に関する話の伝言を頼まれるって、ユースケさんは前世でどんな罪を犯したんですか?

そこまで言わなくてよくない?

いい質問ですね。

エロゲについて語る池上彰さんが出てきた。

ちょうどこの後エロゲにした理由も話すつもりだったので。『マジカミ』のプロジェクトというより、僕の中にこういう目的意識があったんですよ。

スライドの“あの頃のエロゲをもう一度”という言葉を見て、白石さんは「ほほう……」と声をもらした。

「あの頃のエロゲをもう一度」。2000年頃のいちばん売れていたエロゲの空気をリバイバルしたかったんです。その頃のエロゲは、テーマ性にもストーリーにも重厚感があって表現も骨太。青春時代はほんとに助けられました。

ちなみに、石原さんのご実家はもともとPC系のショップなので、リアルな意味でも助けられています。売り上げ。

テーマを難解にしたり表現を文学的にしたり、深いものを好んだクリエイターさんも多かった。18歳以上にしか届かないわけですから、大人だったら理解してくれるという前提もあって、すごく尖っていたんです。

90年代のゲームもおもしろかったですよね。『下級生』とか。当時は恋愛シミュレーションゲームの全盛期。伝説の樹の下で告白されたりしたもんだけど、「3年間も仲よくしてて何もなかったの?」ってところから、その先も描いた純愛エロゲの人気が高かったんだと思いますね。その反動なのか、2000年代はちょいハードめというかね。女の子にも宿命を背負わせてもいいんじゃないの? みたいなゲームが多かった記憶があるなー。

白石さん、詳しいですね。

すごい笑顔。

当時は“作りたいものを作る”という感覚が強かったのかなー。先輩クリエイターへの憧れもあって、『マジカミ』開発チームは自分たちが好きなダーク路線を選んだという感じですか?

そうですね。それと差別化の意味もあります。開発が始まった当初はイチャラブなゲームを作るメーカーさんが多かったんですよ。あとはとにかくエロく! みたいなものも。後追いだと市場が拓けないので、お話に読み応えがほしかったんです。

多様性を受け入れる大器=エロゲー。

あの頃のエロゲをそのまま持ってきても、単純に古く感じます。リバイバルするにはいまふうの箱が必要なので、造語を作りました。それが“アーバンポップ魔法少女”。魔法少女にポップさと疾走感を加えて。ひと言で表すとエモさ

ビビッドな色遣いが、ビジュアル面における『マジカミ』の特徴。全体的に“ポップさ”を強調しているという。

いまの時代に疾走感は大切ですよね。2000年代は若者が「だりぃ」って言ってる時代でした。技術的にもゲームで疾走感を演出しやすくなっていて、世の中全体もそういった流れなのかなと感じます。

いまふうのエモさで包んだ、あの頃のエロゲを作りたくて。2000年代の作品には、いまとは違うエモさがあると思うんです。じくじくと心に刺さるような。

爽やかじゃなくて、スカッとしてなくて、心にささくれを残すような感覚ありましたね。でもまた、それがいいんだ。

エロゲーというよりエモゲー。

メノコマキリさんの発言が少なく、全体的に短文なのは、筆談で座談会に参加しているからです。

あっ、そうだ! 女子向けの魔法少女ものには仲のいい男の子がいますよね。ファンからはヒロイン扱いされがちの。男性向けというか大人向けというか、そういう作品は恋愛要素を出さないじゃないですか。その辺はどうなんですか?

男の影をちらつかせないのは暗黙の了解だもんなー。『マジカミ』は、基本的には出てくる男は主人公くらいでしたっけ?

その主人公すら邪魔に感じる人もいると思うので、なるべく共感して入り込めるように作っているつもりです。恋愛要素もあって、それがメインストーリーとは別の“キズナストーリー”。女の子ごとに用意してます。

日常のひとコマのような恋愛模様が描かれる。ちなみに、ヒロインのひとりである環はなびのストーリーのテーマは“ホモソーシャルっぽい恋愛”だそうです。

遊んでて思ったんですけど、だいたい女々しいラブストーリーじゃないですか?

キズナストーリーは魔法少女との恋愛模様じゃないんですよ。ヒロインたちが魔法少女じゃなかった場合の話と言いますか、ふつうの女の子とふつうの恋愛をする話なんです。

ふつうの恋愛をしているような女の子がメインストーリーでひどい目にあったらぞくぞくしますもんね。

そういうこと!

じくじくと心に刺さるようなエモさにふれたい人は公式サイトへ。

主人公は魔法少女本人ではない。それなのに、体験?

最初の説明でもありましたけど、主人公は魔法少女本人ではないんですよね。それなのにキャッチコピーは「人生を変える魔法少女体験」。“体験”というには少しずれているように感じるのですが。

スッ……。

それについては『マジカミ』プレイヤーである僕の考えをお話ししましょう。話を聞いていたら我慢できなくなってきたので。

語りたくなるのはおたくのサガ。

たしかに主人公は魔法少女ではありません。主人公は、これ。

主人公の量とびおは私のかぶりものと同じ“オムニス”という存在として、悪魔と戦う魔法少女をサポートします。申し遅れましたが、私、『マジカミ』のプロデューサーです。

ここに来てようやくプロデューサーが会話に加わった。頭が重くて、どうしてもボーっとしてしまうらしい。白石さん「丸いのいるなーと、ずっと思ってました」。

主人公はマスコットキャラ的な立ち位置なので、自分では戦えないんです。戦闘では指示を出したりするんだけど、その戦闘も劣勢が続くイメージ。

ピンチになったら誰かが助けに来たり、力が覚醒したり?

いや、もうずっと生きるか死ぬかです。何なら死にます。

ハードコアな魔法少女だな。

女子たちが命がけで戦ってるのに、いちばん近くで見ている自分は何もできない。ピンチになっても手を差しのべることすらできない。つねにもどかしさを感じる仕組み。

それでも可能性を信じて諦めない。ままならない運命に抗って、何度失敗しても諦めない。そんな姿勢を見せて、奮起するようにプレイヤーを焚きつけるんです。

悪魔が出てくると、女の子のスマホから「無限の可能性を信じますか?」という音声が鳴るんですね。承諾すると魔法少女に変身できるんですけど、それは画面の向こうでゲームをしている人へのメッセージなんですよ。

おたく特有の早口。

大人になるときに何かを諦めてしまったかもしれない。もしかしたら、いまはくすぶっているかもしれない。「お前の可能性はそんなもんじゃねえだろ?」って『マジカミ』は問いかけているんですよ。

その可能性に気付くことが、魔法少女と重なる瞬間なんです!!!!!!!

語りきってしまった。

何だか気持ちよさそう。

想像以上の熱量にびびってますけど、イメージは僕らと近いですね。主人公に自分を重ねて、同じ体験をしてほしいという気持ちはたしかにあります。

主人公の量とびおは、超越的な場所からPCを通してオムニスを操作し、女の子たちとコミュニケーションを図る。プレイヤーはPCを通して魔法少女の活躍に触れる。似ている。

可能性を信じることを、大人は諦めがちです。可能性はいくらでもあるぞってことを物語に乗せて、自分と同じ世代のおっさんに伝えたかった。だから、我々が愛したエロゲを作るし、魔法少女という希望を描くし。

失敗するとやり直すのは難しいけど、やり直してもいいんです。メッセージを受け取ってくれた人は、その人自身の力で人生を変えられるはず。無限の可能性を信じて戦い続けること。そして、いつしか困難を乗り越えること。これが、私たちが考える“魔法少女体験”。

誰もが自分の意思で魔法少女になっていいんです。

さらに言えば、

おじさんにもその権利はあるんです。

ありがとうございます……。

白石さんが救われてしまった。自己啓発セミナーみたい。

諦めないおじさんを作るゲーム。

神学などの考えかたなんですけど、“おじさんだから魔法少女になれない”としてしまうと、魔法少女の能力の否定になりますよね。仮に“魔法少女にはあらゆる可能性がある”とするなら、ある意味で全能の存在ですから、おじさんも魔法少女になれることを否定できません。そういう意味で、『マジカミ』のテーマは理解できます。

アユハさんが理論的に肯定してくれるから最高に心強い。

物心二元論ですね。自分の意志で身体を変えられるという。『キラキラ☆プリキュアアラモード』にも共通する点があって、プラトンやデカルトの物心二元論を教えるのに便利な教材なんです。

この人まじで隙あらばプリキュアを勧めてくる。

なっていいんです(力説)。

もともとのテーマは“魔法少女でグレンラガン”

「魔法少女でバトルものをやりたかった」と言いましたよね。とにかくアツくしたかったんですよ。すべての男子は魔法少女とグレンラガンが好きなので。エロゲの重さとグレンラガンのロマンが合体して、それが魔法少女だったら最強なんです。

近距離パワー型の暴論。

アツい作品と言うと、僕の好きな変身ヒーローものとも共通点がありますね。

そうですそうです。戦う変身ヒーローを応援するのって燃えるじゃないですか。だから、女の子が戦うようにしたんです。そのほうが応援したくなるから。

あっはっはっはっは! ものすごくシンプルな男子の発想!

だって、いい男ががんばったところで感動も共感もできませんよね?

フルスロットルで負の面を出してきた。

もちろん燃える部分はありますよ。でも、どうしても自分と比較するというか、「どうせかっこよくて才能があるからでしょ。おれにはできない」って思っちゃいませんか? 昔は素直に応援できたけど、いまはもう無理。

大人になると卑屈さが出てくるのはわかるなあ。あとまあ、かわいい女の子は応援したいですもんね。

女の子だったら一生懸命な姿を受け入れられると思うんです。魔法少女はヒロイックな話のほうが、おたく的には好まれるんじゃないかなあ。スーパーヒーローを男でやられると、“俺TUEEEE”を感じちゃうんです。

“俺TUEEEE”のおもしろさは共感とは違うもんなー。ダメなやつだけど人間味があって、努力するからいいんですよね。大人になってからは三枚目が努力してるだけで泣ける。

やっぱり主人公に共感してほしいので、その隣りに応援される対象を置いてます。それが魔法少女。おじさんにとって魔法少女はいちばん共感できないキャラ属性ですからね。若くて、異性で、魔法なんていう理解に苦しむ力で物事を解決しているわけで。

ある意味で真逆の存在だから、相対的に主人公に共感しやすくなる、と。

しかも、魔法少女たちは明るい未来をピュアに信じてますからね。そういうのは大人になるときに全部捨ててきたじゃないですか。

ちょいちょい闇が出てくる。

最初に出てくる遊部いろはは少年マンガの主人公をモチーフにしていて、徹底的にピュア。真っ直ぐすぎるので、大人は共感しにくい。

 とはいえ、ヒロインの中にも多少の共感ポイントは必要ということで、ふつうの女の子もいる。いろはの幼なじみ・朝永花織だ。

 周りと違って自分はふつうであると強く自覚していて、しょうもない劣等感ばかり抱えてる。「人間ってわりとそんなものだから共感しやすいかなって」(石原さん)。

 そんな花織をいろはは大事にしているようで、ゲーム内にはふたりの関係を描いたエピソードも登場。これがすごくグッと来るので、ぜひ見てほしい。誰もが一目置くスーパーヒーロー(ヒロイン)がふつうの自分を特別な存在だと思ってくれる。泣けます。

そもそも「可能性を信じてがんばる」って、あらゆる魔法少女もののテーマなんじゃないですか? この記事、『マジカミ』というより魔法少女もの全体のPRになってる気が。

魔法少女作品が秘めたテーマってほんとにすばらしいんですけど、大人はストレートに受け取れないじゃないですか。魔法少女アニメは見なくなったけどゲームは好きって人はたくさんいますよね。そういう人にもゲームを通して魔法少女のよさを伝えたい。『マジカミ』のPRはそのついでみたいなものですよ。

あのー、できればちゃんとPRしてもらいたいんですけど。

マジカミPの背中には、「Make Eroge Great Again(エロゲを再び偉大にする)」という決意が。

魔法少女や変身ものの魅力

3人とも魔法少女なり変身ものなりがお好きですよね。何か人生変わりました? 変身ものの魅力ってどこにあるのかなって。

変身することでひとつ強いものを手に入れる。“強いものへの憧れ”が好きな理由なんじゃないかなあ。うちの息子を見ていてもそう思う。その瞬間、ただの子どもではなくて、誰かを救える何者かになれる。ヒーローへの憧れが、将来の夢をかなえる力になるんだと思う。

変身ものは人生の教本。間違った人は変身できないから。最近は信念を持ったダークヒーローも人気だけど、「人は何のために戦うのか」とかを学ぶのに、変身ものはいい教材ですよ。本気で。

なるほど……。

変身ものってフィクションの中でも独特なんですよね。作品の分析や批評を楽しむ人は多いですけど、変身ものは考えることが少し違って、頭の体操になるんです。そういう点が好きですね。

考えることが違うって、どういうことですか?

変身ものは日常から非日常にシフトする瞬間がありますよね。ファンタジー作品だったら「この世界には魔法があるんだな」とわかってる前提で見ますけど、ふだんの姿のときは魔法がない世界なんですよ。変身すると何でもありな世界にシフトするので、独特な価値観が生まれるんだろうなと。そのうえで小さなお子さんへのメッセージも入れている。すごいですよ。いままでにない脳への刺激があります。

わかる……。

Go!プリンセスプリキュア』は最高傑作。

わかる……!!

メノコマキリさんは、

こいでたく先生の『魔法少女マジカルシンシア』(※)という作品と出会って、何かがスパークしてこうなったらしいです。

※魔法少女マジカルシンシア:魔法少女が悪の組織と戦うコミック作品。マジカルシンシアの正体は、悪の組織に改造された“少年”。

無限の可能性を信じてしまったんだね。ずっとなりたいなりたいと願い続けて、実際になってしまったという。

ものすごい力技。そういうかたちで実現する方法もあるんですね。

本業とは別に着ぐるみ関連の活動もしていて、趣味も充実。いまもヒロインらしい立ち居振る舞いを研究してますし、彼女(?)にとって、変身は現在進行形。憧れてきた結果の成功例のひとつなんです。

わからないから、わかる。ふしぎな心理を言語化

キャッチコピーの「人生を変える魔法少女体験」なんですけど、個人的には“経験”じゃなくて“体験”なのがおもしろいと感じます。日本語は体験と経験が分かれている言語なんですね。経験は体験が累積したもので、英語だと両方とも“experience”。体験の刺激の大きさに関するウェーバー‐フェヒナーの法則というものがあるんですけど、ご存知ですか?

難しいことを言い出したぞ……!

すみません。まったくわからないです。

新たな刺激の感じかたは、累積した刺激の強さに影響を受けるという法則です。ほんとはもっと細かいんですけど、とりあえずそう覚えていただいて。

ここで言う“累積した刺激”というのは、これまでの人生で自分が得てきた経験。それをある種のフィルターとして、新しい刺激を受け止めるわけです。

これまでの人生経験があったうえで、新しい刺激として『マジカミ』で“魔法少女”を“体験”するってことですか。

さっき「魔法少女はわからないものだから素直に受け入れられる」みたいな考えかたが出てきました。これはウェーバー‐フェヒナーの法則と合致するところもあるのかな、と思ったんです。

私たちも魔法少女たちと同じ世代だったことがあるはずなんですけど、価値観も経験も違います。つまり、知らないからフィルターが働かない。知らないがゆえに受け入れられる。理論上、わからないはずなのに、わかるんです。

フランシス・ベーコンなどの哲学者が説いた“経験主義”という思想があります。経験を知識として蓄積するのが大切ってことなので、「経験に合致しないんだったら正しくない」とも言えます。その思想からすると「魔法少女は知らないから受け入れられる」って意味がわからないですよね。でも、「うん、そうだよね。たぶんそれが正しいんだよね」ってなっちゃうんですよ。

理論的に否定されたらどうしようと思ったら、要は心に響いたってことですよね。理論を越えたエモーショナルの部分にグッときたのかな。

中途半端に知ってると、自分の経験と照らし合わせて判断しようとする。経験がノイズになって素直に楽しめなくなることってあるかもなー。

弓道経験者がアニメの弓道シーンにツッコミ入れちゃうやつですね。

弓道警察だ! わからないからこそ、魔法少女警察にならずに済む。そういうことか!

諦めないおじさんを作るゲーム『マジカミ』

 じつを言うと、少し前にメノコマキリさんとお酒を飲みながら話した内容が本企画のもとになっている。

メノコマキリ「ユースケさん、おれ、プリキュアになりたいんです」
ユースケ「きみならなれる。諦めるなよ」

 字面だけ見ると冗談みたいだが、シンプルに大切なことだと思う。

 『マジカミ』というゲームを通して、おじさんたちが胸に秘めた魔法少女のような気持ちに気づいたら。無限の可能性を信じて困難に立ち向かったら。ほんとに世界が変わるかもしれない。

 もちろん、そんなに単純な話ではないことくらい、誰しもわかっている。それでも、もしかしたら。

 あなたは、

 
 無限の可能性を、信じますか?
 
 

無限の可能性を信じる人は公式サイトへ。