2019年9月4日~6日、パシフィコ横浜にて、日本最大級のゲーム開発者向けカンファレンスCEDEC 2019が開催。初日の4日には、ゲームクリエイター水口哲也氏による「ゲームの、そのさらに先へ―新たな体験の創造に向かって」と題した基調講演が行われた。

水口哲也氏(エンハンス代表取締役)

 1990年にセガ(当時)へ入社し、現在は米国法人エンハンスの代表取締役を務める水口氏のゲーム業界歴は、およそ30年。そんな水口氏が、いままでやってきたことの先に見ている未来を聴講者と共有することが、本講演のテーマだ。

 初めに、水口氏が考える“ビデオゲームとは、何か?”が語られた。導き出された定義は「テクノロジーと共に進化する“体験のメディア”」というものだった。

 時代が進むにつれ、さまざまなテクノロジーが登場する。インターネットやVRもそのひとつだ。そうした技術を、その時代の人々の夢や欲求に即した形で取り込みながら、エンターテインメントや遊びに変えていくのがビデオゲームの企画である、と水口氏。常に進化しひとつの形に留まらないユニークなメディアであり、言語や国境を超えるパワフルなメディアであり、“体験”を提供する代表的なメディアであると、ビデオゲームを表現した。

街で見かけたR360がゲーム業界入りのきっかけに

 では、なぜ、水口氏はゲーム業界へ入ったのか。そこにはふたつのインスピレーションがあった。ひとつは、セガのR360。360度回転する体感型ゲーム筐体だ。ある日、ロケテスト現場を見かけた水口氏は「ワーォ、すごいな、ゲーム業界!」と、メーカー名をチェック。「それでセガの受付に行って、この会社に入るにはどうしたらいいですかとお姉さんに聞いたら、ちゃんと人事通してくださいって(笑)」。

 もうひとつは、学生時代に雑誌で見た、NASAの仮想環境表示システム。火星など、人間には過酷な環境での調査を、遠隔操作で行おうとした研究されていたものだ。水口氏は、このとき初めてVRというものを知る。

 そしてセガの面接で、バーチャルリアリティーをやりたいと熱く語り、採用に。「まだ世の中にバーチャルという言葉がなくて、役員の方にそれは冷蔵庫か?って聞かれて(笑)。当時、菅原文太さんが“時代はパーシャル”って冷蔵庫のCMをやっていたんです」。

このように、水口氏は当初から“VR信奉者”であり、「その先にある新しい体験を作りたい」という強い思いを持ったクリエイターであった。

VRを一時封印、『セガラリーチャンピオンシップ』を開発

 これまでに水口氏が携わってきた作品は、約20タイトル。セガに入って一番最初に取り組んだ仕事は、「誰にも頼まれてなかった」ARのプロトタイピングだった。セガの携帯ゲーム機ゲームギアを改造して発泡スチロールに組み込み、ハーフミラーを付け、空間で『コラムス』を遊べるようにしたものだそうだ。役員会議に持っていったものの、「けっこう簡単にスルーされた」とか。

 その後、VRのゲームを開発することになり、2年ほど実験を続けたものの、当時の技術は遅く、重く、3DCGもまだ一般的ではなかった。そこで「この先、必ずいつか時代が来る」と信じ、一時的にVRを封印。アーケードゲームの開発に携わることに。

 初プロデュース作品となったのが、実際のWRC(世界ラリー選手権)で活躍していたセリカなどが登場する『セガラリーチャンピオンシップ』。ちなみに1994年の開発当時、実在のクルマが登場するゲームは珍しかった。その頃のアーケードゲーム開発部門は、「R360を作っちゃうくらい」予算の上限がなく、最新の技術に触れることのできる環境だったそうだ。もちろん、リアルタイム3DCGもいち早く導入されたが、『セガラリーチャンピオンシップ』は、さらにテクスチャーマッピング機能が使えるよう進化したシステム基盤MODEL 2で開発された。

 数年後には、油圧モーションベースで動く本物のセリカを筐体とする特別なバージョンも、セガのアミューズメント施設ジョイポリスで稼動。ビデオゲームをテクノロジーを取り入れた体験型メディアと位置付ける、水口氏らしいプロジェクトと言えよう。

音楽とゲームの融合を模索した『スペースチャンネル5』と『Rez』

 ところで、水口氏は音楽が大好きで「もしゲームクリエイターになっていなかったら、ミュージックビデオの監督になっていた」ほどだとか。「音楽をゲームにどのように落とし込んでいくか、どのようにデザインして新しい体験を作っていくか」という構想をずっと膨らませていたが、技術的に実現できない時代が長く続く。ようやく可能になったのが、家庭用ゲーム機ではドリームキャストやプレイステーション2の時代で、水口氏は『スペースチャンネル5』(1999年)をプロデュース。宇宙人とダンスバトルをする、ミュージカルのような作品だ。マイケル・ジャクソンも登場して話題となった。

 「このころからキャラクターがしゃべるとか、いままでのゲームでできないことができるようになってきて、新しいストーリーテリングの形が少しずつ見えてきた」と、水口氏は回想する。

 同時に取り組んでいたのが『Rez』(2001年)で、「高解像度の音を体験に盛り込みながら、気持ちいいとか、感じるとか、そういうことをゲームと融合できないか」「ゲームを遊んでいるつもりが音楽を演奏している感覚になって、でもリズム感とかは必要としない体験はどうやったらできるのか」ということをテーマとしていた。

 ただ、頭の中では3次元でイメージしている企画も、けっきょくは、四角いフラットな画面の中に、すべての体験を押し込むことになる。水口氏にとって、これはたいへんなストレスであったとのことだ。

 ところで、USBポートが付いたプレイステーション2向けには、トランスバイブレーターという振動発生装置が別売されたが、これは「体感ゲームみたいなものを『Rez』に持ち込めないか」という、アーケード出身の水口氏ならではの発想だったそう。

“インタラクティブウォークマン”PSPのイノベーション

 2000年に水口氏は独立。やがてPSP(プレイステーション・ポータブル)が発表され、「PSPはインタラクティブウォークマンである」という言葉に強いインスピレーションを得て開発されたのが、ローンチタイトルとなった『ルミネス』(2014年)だ。ウォークマンといえば音楽。そこで「簡単に音楽とじゃれあいながら楽しいものって何かな、と考えて生まれてきた」、音楽を演奏しているかのような気分になれるパズルゲームである。

 水口氏は、PSPにヘッドホンジャックが付いていたことを「大きなイノベーション」と評価。「ゲーム機は音が冷遇されてきた。PSP以前のコンソール機でヘッドホンジャックが付いたものって、ほとんどない。今ではスマホで当たり前になっているけど、いつでもヘッドホンとともにゲームが遊べる体験は、PSPからはじまった」と言及した。

VR元年に『Rez infinite』で最優秀VR賞を受賞

 進化するテクノロジーを取り込んだ体験の創出への、水口氏の挑戦は続く。2011年には、Xbox 360向けにはモーションセンサーのKinectに、プレイステーション3向けにはモーションコントローラのプレイステーション Moveや3Dディスプレイに対応した『Child of Eden』がリリースされた。手の動きで敵をロックオンし、レーザーを発射するような体験ができるシューティングだ。

 しかし、どんなにがんばってモーションセンサーや3Dテレビに対応しようが、けっきょくは四角い画面に向かってゲームするということに喪失感を覚え、インスピレーションも途切れてきた。そこでゲーム開発を3年ほど休むことに。

 そのあいだにアメリカでは、VRヘッドマウントディスプレイがつぎつぎと発表され、水口氏に再び創作意欲が。といっても、日本ではVRへの関心が薄く、「アメリカで起業したほうが早い」と判断。2014年にエンハンスを米国法人として立ち上げるに至った。

 エンハンスからリリースされた『Rez infinite』(2016年)は、『Rez』のVR版というだけでなく、VRに特化したステージが追加された作品だ。体感したプレイヤーの感想で共通していたのが「言葉でうまく説明できない」ということ。『Rez infinite』の、いままでのゲームが表現し得たものではない、新しい体験への反応である。

 2016年はいわば“VR元年で”、いろいろなVRゲームが発売され、アメリカのThe Game AwardにVR部門が新設された。『Rez infinite』は、みごと初代最優秀VR賞を受賞。「人生の中で一番嬉しかったことのひとつ」、と水口氏は振り返った。

音とビジュアルとの組み合わせで、泣ける『テトリス』が誕生

 最新作は昨年発売されたVRゲーム『テトリス エフェクト』となる。進化しきった題材とも思える『テトリス』だが、水口氏は「『テトリス』で人を泣かせることができるのか」という挑戦を掲げ、ディレクターの石原孝士氏と約2年かけてプリプロダクションを行った。途中で飽きてしまえばお蔵入りにするのが水口氏の作法だそうだが、2年経っても飽きることがなかったため、「タイムレスな体験のゲームになる」自信を深めたという。

プリプロダクションで描かれたコンセプトアート。

 この企画に対し、「音楽やビジュアルとの組み合わせでエモーショナルなものができたら本当に嬉しい」と期待を述べたのが、『テトリス』の権利を有するザ・テトリス・カンパニーCEOのヘンク・ロジャース氏。ロジャース氏は、白黒でも十分おもしろい『テトリス』を、今後どう進化させ続けるかで悩んでいたところだった。

 実際、『テトリス エフェクト』を遊んだプレイヤーによる「泣いた」というSNSへの投稿が散見され、水口氏の試みは成功したと言える。「解像度が可能にする新しい表現の組み合わせによって、体験が共感覚化していくという流れは、今後強くなっていく。ゲームもアートの領域に入っていくんだろうなという直感がある」と語る水口氏は、シナスタジア(共感覚)をテーマに、すでにメディアアートやインタラクティブアートなども手掛けている。

インタラクティブアート“Synesthesia Whale”

シナスタジアがゲームをさらに力強いメディアに

 水口氏の言う共感覚とは、「数字を見ると色が見える」といった特殊な話ではない。

 たとえば、ゲームのアイデアを思い付いたとして、それは決して文字だけでも音だけでも映像だけでもない、もっと有機的なイメージのはずだ。そのイメージをアウトプットしようと、文字化したり絵にする段階で、表現しきれない“ビット落ち”が起こってしまう。しかし、共感覚により音や映像の統合が進めば、ビット落ちも避けられるだろう。そして、統合を進めるのはVRではないか、という話だ。

 100年以上前の画家であるカンディンスキーもシナスタジアという言葉を使っていたという。彼はパリの街を1日かけて歩き、人々の会話や街の喧騒、鳥のさえずりといった印象で絵を描く、という手法をとっていたらしい。当時はキャンバスしかアウトプットの手段がなかったわけが、ハイスペックなデバイスがありプログラミングが可能という現在、新しい体験としてデザインするときにどんなものであるべきか。水口氏も日々模索しているそうだ。

 プレイヤーを泣かせるようなエモーショナルな体験を生み出すため、「すごい映像を組み合わせたストーリーテリングだけではない、なにかもっと深いレベルで融合していく設計思想みたいなものが出てくれば、ゲームはさらに力強いものになる。もしかしたら映画や音楽を取り込んでいくことになるかもしれない。その強さを、ゲーム産業に感じている」と、水口氏は述べた。

水口氏が予想するゲームの未来とは?

 さて、ゲームの未来はどこへ向かうのか? 水口氏は「つぎの10年で、AR、MRのデバイスは軽量、高解像度、ハイスペックとなり、IOTやAIなどほかのテクノロジーと交わりながら、生活の中に浸透してくる」と予想。

 さらに、これからゆっくり起こることをスライドにまとめ、次のように説明を加えた。

「20世紀は情報の時代で、それが一大産業になったが、これからは体験産業に変わってくる」
「共感覚化が進むことで、情報ではなくて体験として感じられることの送受信が可能になる」
「二次元と四角いフレームの時代がようやく終わり、デザインの考え方も二次元から空間的で体験を前提としたものに変わってくる。1990年代初頭に、スプライトやビットマップから3Dに移行したとき、みんながゼロからやり直す新人状態になり、先輩もいないので自分たちで考えなければならなかった。それと似たようなことがこれから起こる」「結果的に、一人称と三人称がハイレベルで融合して、映画とゲームの真ん中のような、新しいタイプのゲームが出てくるんじゃないか」
「人間の眼では8K以上の解像度を判別できないため、解像度の進化は頭打ちになる。進化のエネルギーは、感情移入の模索に向かうだろう」
「変化は指数関数的に急激にやってくる。600年前に活版印刷が発明されたのと同じくらいの大きな革命が起こるんじゃないか。ここからの変化はすべて空間的になって体験化していく」

 これらを総括し、最後に水口氏は「ゲームはゲームとしてあり続けるが、ゲームだけではなく、ゲームからはじまるものを含めて何が生み出せるのかといった、挑戦的な発想をみんなが持ったらいいんじゃないか」と、メインホールに集まったクリエイターたちに呼びかけ、基調講演を締めくくった。