「時間がない」と嘆くそこの勇者よ
毎日、忙しい。何しろ時間がない。でも、ゲームは遊びたい。
「世界を股にかけて旅するRPG、魔王軍から全人類を救うような大作RPGをクリアーしたい。けれど、時間がない……」。こんなアンビバレンスな悩みを抱えているゲーマーは多いのではないだろうか。
そんなあなたに教えたいのが、2019年7月18日にNintendo Switch向けにリリースされた“短編RPG”『獅子王の伝説』だ。
本作の特徴は「2~4時間ほどでクリアーできます」と、メーカー自らがアピールするプレイ時間の短さ。実際に遊んでみたところ、本当に2時間弱でクリアーできた。
こう書くと、「ということは、難度が低くて、ボタン連打だけで勝てるような戦闘の、ナンチャッテRPGなんじゃないの……」とやや斜め方向からファイティングポーズを取りつつ睨みつけるように疑問を投げかけてくる人がいるかもしれない。
いやいや、それがそれが。
仕上がりは意外なほどに本格派RPG。懐しさを感じる2Dグラフィックで、旅から旅への大冒険が待っていた。
戦闘はきちんとスキル(必殺技)の特性を覚えて使いこなさないと割とあっさり全滅するくらいのほどよい歯応えで、ストーリー面も、わずか2時間のプレイのあいだに、主人公の出立、謎めいた紋章の秘密、個性的な仲間集め、思い出に残る出会いと別れ……と、印象的なイベントがテンポよく立て続けに起こる。旅が進むにつれて、レベルが上がったり装備を変えたりして強くなっていく実感もちゃんとある。
いわばRPGのおいしいとこどりで、短い物語の中で凝縮されたRPGの楽しさがしっかりと味わえるのだ。
ラスボスを倒し、世界に隠された秘密が明らかになり、迎えるエンディング。最後に主人公に向けて語られるひと言のセリフは、プレイヤーの胸を打つことだろう。
何より「RPGを全クリしたぞ!」という満足感がうれしい。世界を救った清々しい気持ちよさと物語の切なさを胸に、夏の青空を見上げて深呼吸でもしたくなる気持ちだ。
そんな異色の、でも本格派の“時短RPG”はいかにして生まれたのだろうか? 発売元のケムコと、開発元のヒットポイントにインタビューを行った。
野吹修平氏(のぶき しゅうへい)
ケムコ所属。『獅子王の伝説』ディレクター。amphibian名義でシナリオも担当。文中は野吹。
上田泰裕氏(うえだ やすひろ)
ケムコ所属。『獅子王の伝説』プロデューサー。文中は上田。
中出勝大氏(なかで かつひろ)
ヒットポイント所属。『獅子王の伝説』ディレクター。文中は中出。
元ゲーマーにも遊んでほしい
――本作は『レイジングループ』のケムコと、『ねこあつめ』のヒットポイントの2社共同による制作なのですね。いま挙げた2作品で両社を知ったゲームファンにとっては、意外な組合せに映るかと思います。
上田まず、ケムコとヒットポイントさんの組合せについてお話しましょう。じつは両社は、10年以上前の2008年に制作した『オルレアンの乙女』というフィーチャーフォン時代のRPGタイトルからお付き合いがあるんです。『獅子王の伝説』もSwitch版に先んじて、2018年にスマートフォン向けに配信していました。
『オルレアンの乙女』の後も、2社のタッグで、おもに携帯電話、スマートフォン向けにRPGを多数リリースしていました。ケムコブランドのRPGの強みは“携帯電話なのに、ゲーム機並みの本格的なゲームが遊べる”という点にあると思っています。携帯電話の進化とともに歩んできたRPGづくりが、ゲーム機を持たない層、ゲーム機から離れてしまった層に響き、ご好評をいただけていたのではないかなと。
――その2社で、“短編RPG”というユニークなコンセプトのゲームを作ることになった経緯を教えてください。
野吹うちのトップの者にはその“ゲームから離れてしまった層”にも遊んでほしいという思いが強くあります。かつて時間を忘れてのめりこんだゲームというものへの郷愁を感じてもらいたい、と。
そういった思いから「長時間遊ぶことは難しい時間のない人でも楽しめる、短編RPGを企画してほしい」いうオーダーが下りてきました。
――ということは、企画自体もケムコさんからの立ち上げで?
野吹そうですね。ケムコは、ふだんは開発会社さんの意思を重視して、企画も開発会社さんから出していただいき、それを尊重しつつよりいいものになるようお手伝いする……という立場なのですが、本作は弊社からの企画ですので、じつは珍しいパターンだったりします。
――そうなのですね。
野吹“短編RPG”というコンセプトでゲームを成立させるには、ゲームのフレームワーク……つまりゲームを成り立たせるためのシステムやルール、フロー、インターフェースなど……短編RPGを実現するためには、既存のRPGを作るためのフレームワークをそのまま使ってコンテンツを縮めるだけではダメで、短編RPG用にゲーム全体のデザインから切り詰めて考え、デフォルメする必要があります。
変わったコンセプトの作品で、ゲーム作りの土台から……となると、考えるべきことが多すぎて、すべてを開発会社さんにお願いするのは負担があまりに大きいと思われたため、企画については私のほうで担当することにしたんです。
要件としては
- 短く終われるもの
- きちんとRPGができるもの
- やろうと思えば量産も可能なもの
と、結構高いハードルがありました。「社内では無理だ」という声も多かったのですが、腹案がいろいろあったので、やらせてほしいと。
――腹案ですか。
野吹“仲間加入エピソード1本で1章を構成する4幕構成”、“それに適した世界設定”、“シンプルかつ、遊んだ実感が得られる戦闘の基本システム”などです。本当はまだまだアイデアはあったのですが……残ったものは将来使うかもしれないので秘密です(笑)。
――なるほど(笑)。結果として、短いプレイ時間でも“しっかり遊んだ感”が味わえ、狙い通りに仕上がっていると思います。これを実現するためにどのような工夫をされたのでしょう。
野吹ゲーム全体としては“RPGでできることをデフォルメしてでも全部入れる”ということです。たとえば、アイテム使用での回復は、削除してもゲーム的に成立するのですが、“買い物ができる”、“準備ができる”というのも体験として重視している方がいると思いましたので、入れてみようと。
シナリオ面では、“出会い、成長、劇的展開、偉業の達成”など、大きな物語で実現すべきことをきちんと入れ込めたことです。短いからといって話が小さくまとまらないよう、ツボを押さえたストーリーにしていただけるようヒットポイントさんにお願いしました。
――“ツボを押さえたストーリー”というオーダーを受けたヒットポイントさんは、どのように物語を構成されたのですか?
中出そうですね、ストーリー面では、プレイ時間に関わらず、遊び終わったときに、物語がどこに辿り着いたかという着地点をきちんと示すことが、“しっかり遊んだ感”につながると思っています。なので、エンディングを印象的に作ることについては、他作品でもそうなのですが、本作ではとくに重要視したポイントです。
我々も、RPGを長く作ってきたノウハウと感性がありますので、“RPG制作の基本から逸れない”というのがいちばんの工夫だったかもしれません。
――確かに実際に遊んでみて、RPGの基本形が詰まっているという感じがしました。プレイ時間を短く凝縮するために、あえて削ったボツネタなどはあったのでしょうか?
野吹企画段階では、よりシンプルで隠喩的、しかし表向きは明朗で勇壮な英雄譚っぽく見えるというものだったのですが、開発を進めるなかで、「キャラクターへの共感や、世界の真実への言及を強めるべきだ」という意見が出て、プロット段階での想定よりも、テキストやシナリオはむしろ増えているかな、という印象ですね。
――ちなみに、「このイベントは見てほしい!」というオススメしたいパートやセリフは?
中出迫力あるラスボスとの対峙シーンですね。デザイナーがイベント用に専用の大きな絵を用意してくれて、プログラマーがイベント中のカメラの拡縮を追加してくれたことで実現できました。ぜひ見てください、3時間で辿りつけるので(笑)。
広島×京都の制作環境は?
――本作は広島に本社があるケムコと、京都にあるヒットポイントによって制作されたわけですが、開発時は物理的な距離による不便などはありませんでしたか?
野吹すでにこの体制で長く続けているので、実務的な困難はとくに感じませんでしたね。でも、この短いお話を実現するだけでも、創作性の違いからの議論や検討がたくさんありました。もっとたくさんお会いして打ち合わせる機会があれば、より議論を深められたかな……とは思います。
一度、京都のヒットポイント様にうかがって、近くの“餃子の王将”でお昼を食べながら打ち合わせた記憶が懐かしいですね。やたらオシャレな内装の王将でした(笑)。
中出連絡手段をメールからチャットワークに変えたり、細かい意見や要望をGoogleスプレッドシートで共有したりと、フットワークよくやり取りできるツールを使っているので、不便はないんですよ。いちプロジェクトのために遠方から足を運んでいただいたケムコ様にはとても感謝しています。
――そうして開発された本作ですが、すでに配信されていたゲームアプリ版と今回配信Nintendo Switch版で、変更点はあるのでしょうか? アプリ版は基本無料、Switch版は約500円での買い切り形式という違いもありますが。
上田どちらも、ほどよいゲームバランスを基本とした設計にしていますが、スマホアプリ版の制作時はとくに、“ふだんRPGを遊ばない”どころか“ゲーム自体をほとんどプレイしない”というような、より広い方々に遊んでほしいと思っていました。そこで、ゲームバランスを調整できる“スター”という救済要素が生まれたんです。
スターはフィールドで入手できるのですが、アプリ版では広告を見てスターをさらに入手、課金要素としてその広告をなくせるという仕様でした。
これを使えば、経験値や敵に与えるダメージを一時的に倍にしたり、ゲームオーバー時に復活することができます。
上田ただ、まったく同じバランスでSwitchに移植すると、スターのせいで遊び応えが弱いという問題が生じました。
ですので、Nintendo Switch版ではスターの入手量を減らして、ゲームにある程度慣れた方も楽しめるバランスに調整しております。
逆に、Switch版は「難しいかも?」と思う方もいるかもしれないのですが、じつは、スターは時間経過で自動入手が可能ですので、放置しておけばいつの間にかスターが増えているという状態に持って行けます(笑)。
――なんと、そんな秘技が(笑)。
上田あとは、Switch版では、せっかくのJoy-Conを活かすために、“片手持ちプレイ”をオプションで選択できるようにしました。Joy-Conを初めて見たとき、昔、『ダービースタリオン』を遊ぶときに流行った“アスキーグリップ”みたいに使えるなと思いまして。
――ああ、ありましたね。懐しい。
上田ちなみに、片手持ちプレイは、本作だけではなくケムコの多くのSwitch向けタイトルで選択できるようにしています。スタッフの身内に片手が不自由な方がおりまして、そういった方々も遊べたらいいなという思いもあるんですよ。
――片手持ちプレイは気軽に遊べる本作のコンセプトにも合っていますね。ちなみにお聞きしたいのですが、本作には“隠し要素”は何かありますか?
上田あるキャラクターが仲間になった後、スキルで各ボスから使い勝手のいいレア装備を盗めたりするので、試してもらいたいですね。あと、Switch版独特の要素ですが、クリアー後に“Record画面”にアクセスできるようになり、ラスボスの撃破ターン数を確認できます。
――レア装備というと、小数点以下の確率で盗めたり……?
上田いえ、もっとふつうに盗めますので(笑)。気軽に盗んでください。
また、クリアー後のデータ引継ぎやスターの活用で、レベル99に到達させる楽しみと、ラスボスを最短で倒すチャレンジとして遊んでもらえたらなと思っています。
――なるほど。
上田そのほかに、開発時はクリアーまでのタイムアタック的な遊び方も考えたのですが、“がんばってプレイする”という感じになっちゃうと、当初のコンセプトから外れてしまうので、やり込み要素はあえて上記程度に留めていて、ストーリーも2周目で変化することはありません。
一度クリアーすれば、ほぼすべての要素を楽しんでいただけるので「何周もプレイしてね!」とは言えないのですが、時間が経って同じ映画を観るような感じで、何かの折に「久しぶりにサクッとクリアーしてみるか」という気分で遊んでもらえたらうれしいですね。軽い気持ちで!
――ありがとうございました!