E3 2016のプレイステーションのプレスカンファレンスのステージで、コントローラーを持って座ったコーリー・バルログは大変な問題を抱えていた。

 「これまで遊んだあらゆるゲームのことは思い出せるけど、よりによって今からプレイしなきゃいけないゲームのことだけが思い出せないんだ」

 これから披露するデモは決まったとおりにプレイしなければすべてが台無しになる可能性がある不安定なものなのに、極度の緊張で最初に押すべきボタンすら思い出せない。すでにフルオーケストラの前奏が流れ始め、これから数十秒後に全世界の注目が自分に向こうというタイミングで、段取りのすべてがすっ飛んでいたのだ。

 「でもタブレットに写っていたオーケストラ用の楽譜を見た時に、1-10と書いてあるところでスタートするのを思い出した。オーケー、なんとかなるさ」

 そのゲームは『ゴッド・オブ・ウォー』。ゲーム開発者向けの国際カンファレンス“GDC”(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス)で、年間最優秀ゲーム(ゲーム・オブ・ザ・イヤー)に選ばれたアクションゲームだ。

 アメリカのサンフランシスコで行われた今年のGDCの最終日、『ゴッド・オブ・ウォー』のクリエイティブディレクターのコーリー・バルログ氏が本作の開発を振り返る講演を行った。この記事では、その苦難の道をご紹介しよう。

絶対的な正解のない場所で心の中の不安と戦い、チームを導く。『ゴッド・オブ・ウォー』クリエイティブディレクターが振り返る、ピンチだらけの苦難の日々【GDC 2019】_06

リブートとは言ったがリブートではない

 企画が最初に提案されたのは2013年4月のこと。「『ゴッド・オブ・ウォー』ですげぇ大胆なことがしたいんです。伝説を変えるってだけじゃなくて、いろいろひっくり返してみんなをビビらせるような」と大げさなジェスチャーでまくしたてたその内容には「まったく中身がなかった」(本人談)が、なんとか説得に成功し、7月に同氏はサンタモニカスタジオに帰還して数人のスタッフと方向性を模索する作業に入る。

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シリーズに関わってきたバルログ氏がすげーやる気出しているっぽいという以外は中身ゼロ。

 そして4週間後、今度はワールドワイドスタジオのアメリカ統括であるスコット・ロード氏へのプレゼンで示されたのは、“全世界の伝説は同じ世界に存在した。そしてそれぞれが文化の起源となり、今は地理的な理由によってのみ分かれている”というユニバース構想だ。

 北欧神話の神々にギリシャ神話の存在である主人公クレイトスが関わっていくという今回の新『ゴッド・オブ・ウォー』の原型をここに見ることができるが、反応があまりよろしくなかったため、バルログ氏は流行りの“リブート”の概念を利用して切り抜けることになる。

 リブート(再起動)とは、シリーズ物を一度リセットしてフレッシュにやり直す時に使われる言葉だ。だが企画を通すためにリブートの概念を利用し、かつ実際に新『ゴッド・オブ・ウォー』は2013年版『トゥームレイダー』などと並んでリブート物として捉えられる事が多いものの、実は当時からバルログ氏は本作をリブートとは考えていなかったという。

 ここで違いとなるのが、これまで積み上げてきたストーリーのリセットの有無だ。リブート物では話をリセットし、物語やキャラクターの関係性などの起源に立ち返って再スタートすることが多いが、バルログ氏は新『ゴッド・オブ・ウォー』で話をリセットすることは考えていなかったのだ。

 これまでの7本のシリーズ作で語られてきたことをリブートでリセットするのではなく“第1章”のような扱いで維持し、新『ゴッド・オブ・ウォー』はそこから繋がる第2章として継続するものにして、一方でゲームとして新たな雰囲気を与える……というのが真の狙いだった。

 あとは大げさなジェスチャーで「アクションアドベンチャーとは『ゴッド・オブ・ウォー』のことです!」とか「ゲーム・オブ・ザ・イヤーにしてやりますよ!」といったような口から出まかせで切り抜け、まずは初期予算をゲットすることに成功する。

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ラスト2つは完全に口からでまかせなのだが、それでゲーム・オブ・ザ・イヤーを取ってしまうのがすごい。

父と子の物語

 このようにリブートではないリブートとして進み始めた本作だが、数々の失敗を経験していく事になる。方針がしっかりしていなかったため、最初の1年に書かれた脚本を全部捨てて書き直すハメになったことすらあるという。「リブートのリブートだ」とバルログ氏は自嘲的に語る。

 一方で、スタジオの代表からアメリカ統括、さらに上のSIEワールドワイド・スタジオのプレジデントである吉田修平氏、その会長であるショーン・レイデン氏……と、より上位のエグゼクティブへのプレゼンで微妙なリアクションを受けたりするうちに、コンセプトもより磨かれていく。

 最初にキーとなったのは“サイクルを壊す”ということ。シリーズ開発を通じてそれだけ年を食った自分たちが再び新たなことにチャレンジするのと同時に、それまでの神々に振り回されながら暴れる怒れる神の僕・クレイトスから、新たなクレイトス像を目指すというふたつの再出発を意味する。

 そしてここに“父と子の物語”という軸が与えられ、中年風になり息子を持つ親となった新『ゴッド・オブ・ウォー』のクレイトスとなっていく。

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最初の「ストーリーはシンプルに、キャラクターを複雑に」というのは、バルログ氏が『ゴッド・オブ・ウォー3』の完成後にスタジオを離れていた頃に学んだ脚本執筆の金言だそう。

 2014年、吉田修平氏にプレゼンをする頃にはストーリーの書き直しも終わり、プレゼン内容もより明確なものに。“父と子の物語”、“戦闘”、“探索”という3つのコアの要素が、“キャラクターの成長”という核と結びつきつつ、お互いにも繋がっている形になるようまとめられた。

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 たとえば、子アトレウスに戦いを教えることは戦闘の新たな要素と結びついており、戦闘そのものは当然キャラクターの成長と繋がりつつ、カメラが近い肉体的な戦闘となってキャラクターの物語を文脈として持つ。そして探索も父と子の物語と接続されていて、そこでの発見は戦闘やキャラクターの成長にフィードバックされる……といった塩梅だ。

内なる声とE3への道

 かくして失敗と修正を繰り返しつつ開発は続いていき(いわく「この部屋にいるゲーム作ってる人間は全員、毎日失敗して、4分おきにこれでいいか疑ってるだろ?」)、やがて2016年のE3で発表が行われることが決定。

 当初はロゴだけ発表するのか、ちょろっと映像を出すのか、ステージでデモをやるのかまったく決まっていなかったそうだが、「ゲームのすべての要素が揃ってるわけでもないのに大ステージでデモをやるってのは正気の沙汰じゃないよな。……デモするのを選んだんだけど」。

 当時、開発は中盤部分に注力しており、ゲームの序盤の構成はほとんど決まっていなかったそう。山エリアを舞台にラストでデカいモンスターが出てきて暗転という「今考えると安っぽい」アイデアが湧いてチームに提案してみたところ「いいんじゃない」という程度の反応はあったため、とりあえずその方向で進めることに。

 しかしバルログ氏本人の頭の中では常に「こりゃあ駄目なんじゃないか」という囁きがあったという。「でもどんな時でもその声は自分の中にあるんだ。だから無視することにした」。そしてスタジオにやってきたPR&マーケティング系のスタッフへのプレゼンをすることになったのだが、これが大失敗となる。

 携帯を弄り始めたスタッフを見ながら、同氏は再び壁にブチ当たったことを確信する。「開発は正直だからクソって言う時は言うけど、PRはいい人たちだから言わない。彼らや俺たちが会議室からいなくなってから言うんだ」

 そしてバルログ氏の思考は別の方向に進み始めたという。失敗したプレゼンを表向きは続けながら、修正案を考え始めたのだ。そして脳裏にはオープニングのイメージが断片的に浮かび上がってくる……。

 その後、仕切り直しの電話会議はなんとかうまく行き、改めてやることになったプレゼンも成功。安堵から思わずジョークで「フルオーケストラがデモの間ずっと演奏してるとかできますね、はっはっは」と口走ってしまった所、数週間後に見せられたステージのジオラマにはオーケストラの席が用意されていたという。

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2016年のE3では本当にオーケストラが投入された。

 もう完全に後には引けなくなった状況だが、システムはまだ不完全でアートスタイルや戦闘すらも固まっておらず、「飛び立った飛行機の中で飛行機を組み立てるどころか設計図を引いてさえいる」状態だったという。しかも『ゴッド・オブ・ウォー2』の頃はE3当日の朝にデモディスクを焼いていたそうだが、今回は2週間前に仕上げなければならなかった。

 それでも、行ったらヤバい場所には透明の壁が設置され、ボタンを押し間違えなければなんとか、という状態にまではたどり着く。そしてデモ機のバックアップも用意され、さらにそれすらも失敗した時のためにマイクでお詫びしてトレイラーを流す段取りまで準備。そうして迎えたのがこの記事の冒頭の場面となる。

 結果的にステージデモはうまくいき、新たな『ゴッド・オブ・ウォー』を印象づけることに成功する。その後の成功はご存知のとおりだ。

 バルログ氏は「周囲の人から、あるいは自分の中で、こりゃ駄目だ、最悪だって声が聞こえるかもしれない。でも覚えておいて欲しい。それらは間違ってるんだ。……でも時にそれは合ってることもある」とこぼす。

 なんとも締まらないが、これは絶対的な正解がない中で、「きっとうまくいくから」と不安なチームを導きながら、心の中で「ファ●ク」と絶叫し続けるディレクターの孤独の話だ。

 「それぞれの人のそれぞれの状況で、自分たちに正直になれるか、自分たちや自分たちの周りのすごいことをやってくれる人々を信じられるか、それはすべて我々次第なんだ。すべての失敗をかき分けて進め。だってその向こう側には、いつでも最初にいた所より少し進んだ場所があるんだから」と締めくくると、長い拍手が続いた。