サンフランシスコで開催中のゲーム開発者向けの国際カンファレンス“GDC”(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス)で、『テトリス エフェクト』の開発チームによる講演が行われた。

 『テトリス エフェクト』は、プレイステーション4向けに配信中のパズルゲーム。PlayStation VRにも対応しており、音とビジュアルエフェクトが融合したリッチな演出による新たなテトリス体験を味わうことができる。

 「テトリスなのに泣いた」といった感想もしばしば聞かれる本作はどのように開発されたのか? 講演の模様をお伝えしよう。

目指したのは、テトリスでプレイヤーの感情を突き動かす“最高に気持ちいいテトリス体験”。『テトリス エフェクト』の開発トークをリポート【GDC 2019】_09
左から、石原孝士氏(ディレクター/Resonair)、水口哲也氏(プロデューサー/エンハンス・ゲームズ)、マーク・マクドナルド氏(プロデューサー/エンハンス・ゲームズ)

テトリス+音楽+ビジュアル

「え、もうコレできてるじゃん」

 いい感じのダンスミュージックが流れる壮大な背景の中をテトリミノが落ちてきて、キラキラしたパーティクル(光の粒子)がブワッと広がっていく。本開発を開始する前に作ったというイメージ動画が講演会場に流れる中、率直にこう思った。

 テトリス、音楽、そしてグラフィックの連動という、『テトリス エフェクト』の基本的な要素はほぼ完全にイメージ動画の段階で揃っている。もうここに向けて作っていくだけで完成したんじゃないか?

 もちろんそんなことはなかった。その後に実際の開発が始まり、深海のステージのデモができあがってテストプレイしてみると、食後の眠気で寝落ちすることもあるほどパッとせず、ステージ演出で何があったか気づいていなかった人がいたぐらい、演出とゲームプレイが融合していなかったのだという。

 芸術や建築方面でよく言われる“神は細部に宿る”という言葉があるが、開発チームが求める“最高に気持ちいいテトリス体験”には、その細部を見つけだすことが必要だったのだ。

目指したのは、テトリスでプレイヤーの感情を突き動かす“最高に気持ちいいテトリス体験”。『テトリス エフェクト』の開発トークをリポート【GDC 2019】_01
ゲーム体験と映像体験と音響体験の融合は、エンハンス・ゲームズの作品に共通するテーマ。

コードネーム“ZEN TETRIS”

 本作のそもそもの発端は、本作のプロデューサーであるエンハンス・ゲームズの水口哲也氏と、テトリスの諸権利を管理するザ・テトリス・カンパニーの創設者であるヘンク・ロジャース氏との交友関係から生まれたのだという。

 ロジャース氏の本拠地であるハワイで「テトリスと音楽を組み合わせたゲームを作らないのか?」と問われた水口氏は、最初は「『ルミネス』があるから」と自作を挙げて返したそう。

 しかし、ロジャース氏からテトリスにおける“ゾーン”(極度に集中し直感的に操作している状態)について説かれ、サウンドやビジュアル、そしてVRなどの新たな技術やストーリーテリングの可能性について議論を深めていくうちにインスピレーションを得た水口氏は、日本に帰国後にResonairの石原孝士氏にコンセプトの模索を依頼することになる。

 そして上がってきたコンセプトアートがいくつか披露されたのだが(撮影不可だったのでお見せできないのが残念)、この段階からかなり現在の『テトリス エフェクト』を感じさせる、ビジュアルからサウンドやゲームプレイとの繋がりを感じ取れるものになっており、VR対応も念頭に置かれていた。

 そして手応えを得た水口氏と石原氏はプリプロダクション段階に移行し、イメージやコンセプトを突き詰めていくことになる。両氏がリリースに向けて開発を進めていた『Rez Infinite』と並行する形で、プリプロダクションはじっくりと2年ほどかけて行われたそう。

 コードネームはロジャース氏から得たインスピレーションのひとつ“禅”を取って、“ZEN TETRIS”に。先に触れたイメージムービーは、そういった本開発に向けてイメージを固めていく流れの中で作られたものだ。

 ムービー自体は素晴らしいもので、水口氏は石原氏をディレクターとすることを決定する。しかし、元ゲーム雑誌編集者でもあり本作ではプロデューサーも務めるマーク・マクドナルド氏は、ムービーの素晴らしさについては同意しつつ、一抹の不安があったという。

「……でも新しいゲームプレイやギミックがなくて大丈夫なんだろうか?」

テトリスか、エフェクトか

 ディレクションを任されることになった石原氏は、まずは単独でそれぞれのステージのVR空間の構築に必要な情報を30枚の仕様書にまとめていった。

 並行してサウンドのイメージの模索も行っていたそうで、これは「この段階でビジュアルとサウンドがどう融合するのか考えておかないと、最終的な演出の深みが出ず、プレイに気持ちよさが生まれないためです」(石原氏)と語る。

目指したのは、テトリスでプレイヤーの感情を突き動かす“最高に気持ちいいテトリス体験”。『テトリス エフェクト』の開発トークをリポート【GDC 2019】_02
ステージ演出の仕様例。
目指したのは、テトリスでプレイヤーの感情を突き動かす“最高に気持ちいいテトリス体験”。『テトリス エフェクト』の開発トークをリポート【GDC 2019】_03
目指したのは、テトリスでプレイヤーの感情を突き動かす“最高に気持ちいいテトリス体験”。『テトリス エフェクト』の開発トークをリポート【GDC 2019】_04
パーティクル演出の仕様。

 そして2016年末、『Rez Infinite』の開発がひと段落したことで、前述の深海ステージデモの開発がスタート。3ヶ月で形ができあがったそうなのだが、テスト結果は先に書いた通り。

 石原氏が考える問題はふたつあった。まずは目指していたはずの気持ちよさが感じられないこと、そしてゲーム部分に注意が行き過ぎて肝心の演出やサウンドが気づかれないこと。

 解決に取り掛かったのは2つ目の問題から。ビジュアルやサウンドがスルーされてしまうのならば、それは単なる普通のテトリスであって意味がない。そこで演出を派手にしてみたり、カメラアングルを変えてみたりしたそうなのだが、あまり効果は出ず。

 「演出を優先すればテトリスのプレイの邪魔になり、テトリスのプレイを優先すれば演出を失う」というどっちつかずの袋小路に入ってしまった石原氏は、寝ても覚めてもテトリスのブロックが浮かんでくるほど悩んだという(バッド・テトリスエフェクト!)。

目指したのは、テトリスでプレイヤーの感情を突き動かす“最高に気持ちいいテトリス体験”。『テトリス エフェクト』の開発トークをリポート【GDC 2019】_05

ドライブとテトリスの関係

 そこでテトリスを遊び直し、その間に起こるプレイヤーの感情の流れを分析し直した石原氏は、実は「集中力を要する操作の間に、気持ちの余裕が生まれる間が存在している」というヒントを発見する。

 これは、ドライブ中に渋滞を抜けてひと息ついて、景色に目が行ったり、音楽をかけはじめたり、助手席に話しかけたりするような瞬間にたとえられていたのだが、確かに言われてみると、難所を切り抜けた時などに視界が開けるような感覚がある。

 では、そうした瞬間をこの作品で活かすには? まずは光や音や色や動きなどの演出の変化を、プレイヤーの感情が動くポイント(テトリミノをドロップしたりラインを消した時)に凝縮させ、一方で演出の構成自体を中央寄りに。

 こうすることで、ドライバーが前方に注意している時でも視界の端にギリギリ風景を捉えているように、プレイヤーが演出の変化をすぐに感じ取れるようになり、演出に気付かない問題は解決。

目指したのは、テトリスでプレイヤーの感情を突き動かす“最高に気持ちいいテトリス体験”。『テトリス エフェクト』の開発トークをリポート【GDC 2019】_06

 そしてもうひとつの“気持ちよさ”の問題では、エンハンス・ゲームズの作品では「ゲームプレイ・ビジュアル・サウンドが1対1対1」で融合するよう心がけてきたのに対し、この時点の『テトリス エフェクト』ではゲームプレイの印象が突出しており、ビジュアルとサウンドの強化が必要であると判断。

 そこでこちらでは、『Rez Infinite』などでも使っている、パーティクルや音の演出を司るシステム“シナスタジアエンジン”に、物理演算やモーフィングなどの機能を追加。緩急のある動きのリアリティを加えることで演出の空気感、温度感などを強化し、モーフィングによってパーティクルが魚に変化するような演出で感情を動かす物語性が与えられるように。

目指したのは、テトリスでプレイヤーの感情を突き動かす“最高に気持ちいいテトリス体験”。『テトリス エフェクト』の開発トークをリポート【GDC 2019】_07

 そして本作ならではの演出として、一方的にゲームスピードが上がっていくのではなく、一旦遅くなってまた早くなるといった、演出と連動して可変させる形も導入されている。

 また順番にステージをクリアーしていくメインの“Journey”モード全体でも、「パーキングエリアのように」中断ポイントを設けていくことで、疲労感や眠気の問題も解決。

目指したのは、テトリスでプレイヤーの感情を突き動かす“最高に気持ちいいテトリス体験”。『テトリス エフェクト』の開発トークをリポート【GDC 2019】_08

 こうしてテトリスとVRがちゃんと融合した“気持ちのいいテトリス”へとなってきて、ザ・テトリス・カンパニーからのフィードバックも上々。

 しかしマクドナルド氏は、以前抱いた不安感が頭から消えていなかったと振り返る。やっぱり何かオリジナルのフックとなるギミックがいるのではないか?

「もしテトリミノが消えなかったら?」

 テトリスに新たなギミックを入れることで、下手をするとテトリスゲームとしてのコアを壊してしまうかもしれない。議論の結果それでも模索してみることになり、時間がスローになるとか、盤面を一回全部クリアーにするといった「救済システム」(石原氏)の方向で試してみたものの、テトリスゲームとしての緊張感が失われてしまうことに。

 きっかけとなったのはメインプログラマーからの「テトリミノが消えなかったらどうだろうか?」という提案で、これが本作の“ゾーン”システムへと発展することになる。

 ゾーンシステムは、発動すると一定時間のあいだ揃えたラインが消滅しなくなり、終了後にまとめて一気に何段も消えるというもの。発動中は(ラインを揃えているにも関わらず)盤面がそれだけ埋まっていくので緊張感も維持され、ロジャース氏が語った“ゾーン”を体感できる表現にもなっており、バッチリ。

 こうして本作を象徴するオリジナル要素も備わり、後回しになっていたオンライン要素は難航したものの、最終的には好みのテイストのモードを個々が遊び、そのスコアを競ったりイベントとしてみんなでプレイするという、本作の色にあった“Effectモード”へと結実する。

 最後に残ったのはタイトルだ。コードネームそのままに“ZEN TETRIS”という製品名になる方針だったようで、講演ではいくつかのロゴデザインも披露された。

 それが現在のタイトルになったのは、(タイトルの話とは全く関係なく)マクドナルド氏らがPR・マーケティング面で“テトリス効果(エフェクト)”を使おうと進めていたところ、これこそタイトルに最適なことに気がついたから……というのがよくできた冗談のようで面白い。

ビデオゲームはもっと新たな感覚を目指せる

 そしてマクドナルド氏は、聴講者に向けた言葉として「内なる囁きはしまっておかないように。それを人に説明してみるといい」と自身の体験を踏まえてアドバイス。

 続いて石原氏は、テトリスとVRを融合するための調整は大変だったものの、その苦労は決してマイナスではなかったと振り返った。本作のように本来は2Dベースのゲームでも、プレイヤーをVR空間へ誘うポイントを見出したり作り出すことで、魅力的なVRコンテンツへと発展できる可能性が秘められているとコメント。VRならではの深い体験を活かしたタイトルのさらなる登場を願った。

 最後に水口氏は発端にあった“ゾーン”という言葉に立ち返り、それはリラックスした感覚とエキサイトする感覚の間のわずかな隙間に存在するものではないかと語った。そして『テトリス エフェクト』ではそのとても微妙な感覚に到達することを目指したゲームであり、ビデオゲームはVRなどの新たな表現も活用しつつ、もっと新たな体験、新たな感覚を目指していけるはずだと激励し、講演を締めくくった。