ゲームファンが思う横須賀とはどんな街だろうか
突然だが、皆さんは神奈川県横須賀市という街にどのような印象を持っているだろうか。軍港、米海軍基地、『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』……。いろいろ思い浮かぶものがあるだろう。
しかし、ゲームファンが思い浮かべるのは、1999年12月29日に発売された伝説的アクション・アドベンチャーゲーム『シェンムー 一章 横須賀』ではないだろうか。なぜならタイトルに横須賀と書いてあるから。
やや強引かもしれない。
なにはともあれ、本稿では、2018年12月14日、横須賀市観光協会により行われた“シェンムー聖地巡礼視察ツアー”の模様をリポートする。『シェンムー 一章 横須賀』にまつわる場所を巡り、街なかからシェンムーの面影を追い求めた行程を詳しく紹介しよう。
芭月涼は横須賀港から船に乗り、旅立った
よく晴れた冬の日、京急線汐入駅に集合した我々は、まず“YOKOSUKA軍港めぐり”に参加することにした。これは、横須賀湾から海上自衛隊基地、そして米海軍基地を解説のアナウンスとともに見られるという珍しいツアーで、出発の波止場にはすでに玄風丸(芭月涼が乗る船)のような感じの遊覧船が待ち構えていた。
芭月涼もこの海風を肌で感じ、すこし不安な気持ちを感じながら香港へ向かったのだなあ……と感慨にふけっていると、倉庫街が見えてきた。このあたりが『シェンムー 一章 横須賀』でバイトをしていた港のモチーフになっているとのことで、なるほど、確かに、倉庫の扉には“アルファ貿易”と書いてあってもおかしくない。
米兵が愛する肉汁たっぷりのバーガー
船は香港には向かわず、小一時間で再び横須賀に戻った。12月の潮風にすっかり冷え切ったカラダを温めるべく、昼食のお店に向かう。
そのお店は、店主が脱サラして始めたバーガー屋“ファニーベア”……ではなく、
そのモデルとなったお店、ハニービー。この店の名物料理と言えば、
“ハニービーバーガー”。ふかふかのバンズ、肉厚のパティ、シャキシャキのレタスにトマトの輪切りを挟み、手に持つとほかほかと温かい。全高15センチはあろうかという巨大なバーガーを食べるには作法がある。
まず全体を裏返し、バンズをめくって現れるパティにマスタードとケチャップを思う存分振りかけたら、両手で上下にぎゅぎゅっと潰してから、かぶりつく。そうしないととてもじゃないが口に入り切らない。水兵さんが食欲のおもむくままに食べつくす、海の男のバーガーなのだ。
いざ“聖地・ドブ板”へ。スカジャンとアーミーウェアが待ち受ける
おなかいっぱいになったところで、いよいよドブ板通りへ向かう。ドブ板通り商店街では現在、“シェンムー聖地巡礼キャンペーン”として、対象の店舗で500円以上の買い物をすると、特製“シェンムーオリジナルコースター”がもらえるのだ。
前述したハニービーもキャンペーン協力店となっているので、ドブ板を訪れたらどんどん食べてコースターを受け取ろう。ほかのキャンペーン加盟店をいくつか紹介する。
コースタープレゼント協力店について詳しくは、キャンペーン公式サイト(https://www.cocoyoko.net/event/shenmue.html)をご参照いただきたい。
昭和を感じさせる街の定食屋 一福
原崎望が待っている生花店 花松
海軍払下げ品がミッチリ! ミリタリーショップカキタ
米海軍の放出品が数多く並ぶミリタリーグッズショップ“カキタ”は、キャラクターの立て看板があるように、ゲーム中に出てくる“クリタ”のモデルとなった店だ。
ちなみに、カキタでは扱っていないものの、横須賀で生まれた独特のファッションアイテム“スカジャン”を扱う店も近隣には多く並ぶ。
ゲーム中で主人公の芭月涼はトラの刺繍が入った革のジャケットを着用しているが、厳密に言うと刺繍入りの革ジャケットというのは街のどこにも売っていない。なぜなら革ジャケット(軍用品)と刺繍は、それぞれ別個の文化だからだ。当時の開発陣は、本来はスカジャンに入れる刺繍と、海軍の革ジャケットを組み合わせることで、“横須賀”という街の特徴をあの一着に閉じ込めたのだ。たぶん。
お土産もの&フォークリフト顔出し看板でインスタ映え 艦マニア
しらせペンギンソフト(左/400円)と迷彩ソフト(右/380円)が人気のお土産ショップ“艦マニア”も、『シェンムー』ファン必見のお店だ。なぜなら……
芭月涼の立て看板と、フォークリフトの顔出しパネルがある。世界広しと言えども、フォークリフトを運転している風に写真が撮れる顔出しパネルは唯一ではないだろうか。
坂の上にあります 諏訪大神社
なんでもない駐車場も『シェンムー』の聖地に見える
舞台は倉庫街へ……
続いて、涼と望も通ったであろう国道16号を通って、倉庫街へ向かう。この倉庫街は、ふだんは入れないところを取材ということで特別に立ち入りが許可された場所だ。そんな貴重な倉庫の写真をどうぞ。
この倉庫の近くには、門のような形が特徴的な“ガントリークレーン”が、2013年まで設置されていた。
うわーこれ、見たことある! 涼がこの近くでお弁当食べたりしていたよ!
夜のドブ板は雰囲気が一変する
そんなことをしているうちに日が沈んだ。「ドブ板は、昼と夜とでは雰囲気がガラリと変わって、まったく違った表情を見せるんです」と、市観光課の古崎さんは語る。なるほど、ゲームでも確かに19時で短いムービーがムーディーなBGMとともにインサートされ、ドブ板は“夜モード”になる。
米兵たち憩いの場(バ)ーを巡る
ドブ板通りには、短い商店街の中に、乱立と言っていいほどバーが多く建つ。その中の何軒かを訪れた。1軒目の“BUFFALO”。
バーである。「ハッハ、スクーゥボーイにはミルクがお似合いだぜぇ↑」と言われたい気持ちが胸の中に生まれる。もちろんワイワイガヤガヤと騒いではいるが、ガラの悪い人はいない。
そんなこんなで横須賀の夜を満喫していると……
バーを3軒ハシゴすれば、それはもう足取りもふらつき千鳥足になる。交通標識にぶつかりそうになるところをQTE気分で避けつつ歩く。気づけば夜も更け、取材の終了時間となった。そのとき、空から白くチラつくものが……。
雪だ!
写真に映らないほど細かな粒だったが、間違いなく、雪が降り始めた。これが本場のマジックウェザーか!(※『シェンムー 一章 横須賀』に実装されていた、天気が自然に変わっていくシステム)
稲さんが心配するといけないので、走って帰った。
取材を終えて
『シェンムー 一章 横須賀』にはドブ板商店街が登場するが、それは決して街を精密に再現しているものではない。ゲームでは、街を再現するというベクトルは希求しておらず、再現度を求めて街を訪れると、すこし肩透かしを食うかもしれない。
しかしそれでも、『シェンムー』らしさを感じるポイントは随所にある。それは“どこそこ”とポイントを挙げて紹介するというより、なんというか、街全体の雰囲気だ。急にあらわれる登り坂といったような、細かなニュアンスだ。
そもそもが発売された1999年からもう20年近く経っているし、その中ではさらに1986年という時代が描かれている。1986年というのは昭和61年で、平成が終わらんとしているいま思うと、それはもう大昔だ。だから、ゲーム中の街がそっくりそのまま現実にあるということはない。
だけど、だからこそ、2018年のドブ板通りを歩くと、リアルさを感じる。街を歩きながら「いまは時間が経って街並が変わってしまったけど、きっと1986年までさかのぼれば、ドブ板はゲームのああいう感じだったんだろうなあ。ああだったに違いない」と想像してしまうのだ。
それはたとえば、『竜馬がゆく』を読んだ後に現代の京都や高知を訪れて、主人公の坂本竜馬の活躍を想像することに近い。現実とフィクションの舞台は同一のものではないけれど、自分の想像力でふたつを結びつけることができる。それは知的好奇心を刺激して不思議な楽しさがある、すこし知的な遊びだ。
街の中に芭月涼の影を見つける。彼はこの街で育って、壮大な目的のために、この街から旅立った。おしゃべりなおばさんがいて、ちょっと怖いゲームセンターがあって、夜になると船員が酔っ払って千鳥足で管を巻く。花屋にはかわいい看板娘がいて、公園では子どもたちが遊び、軍のアイテムを売る店の前ではとっぽいお兄ちゃんが立っている。
この街がそうだ。あの街が30年経つとこうなるのだ。
横須賀・ドブ板を訪れたら、きっとそう感じることができる。『シェンムー』ファンならぜひ一度訪れてみてほしい。