2018年8月23日に発売となる『最悪なる災厄人間に捧ぐ』は、KEMCOとウォーターフェニックスのコラボで制作されたノベルアドベンチャーゲーム。透明人間の少女・クロと、彼女しか見えない少年・豹馬がくり返される悲劇に立ち向かう壮大なストーリーが描かれる。
練りに練られた世界設定や、クリアーまでの平均プレイ時間約30~40時間(メーカーアンケートによる)、文字量100万字超(文庫本で6冊ぶんほど)という大作ながら価格は3000円台(※)というコストパフォーマンスでも話題となっている。
※パッケージ版は3333円[税抜](3600円[税込])、ダウンロード版は2778円[税抜](3000円[税込])
本作の発売を記念して、クリアーまで遊んだライターによる最速プレイインプレッションをお届けする!
アドベンチャーゲーム好きに捧ぐ!
のっけから欠点を言ってしまうのもなんですが、本作は『最悪なる災厄人間に捧ぐ』(略称『さささ』)という、一風変わったタイトル名だったり、パッと見では頭に入ってこない複雑な世界設定で、正直、幾分か損をしていると思います。もちろん、そこが本作のうま味でもあり、題名も最後までプレイすると込められた意味がちゃんとわかるのですが……。
読めばグイグイ引き込まれる物語なのに、入り口で遠慮されてしまうのはあまりに惜しい。そこで、本作がどのようなゲームなのか、少し踏み込みつつ、魅力を紐解いていきたいと思います。
まずは、簡単に特徴をまとめました。
(以下、重要なネタバレは避けておりますが、まっさらな状態で物語を楽しみたいという方はご注意ください)
【『最悪なる災厄人間に捧ぐ』の特徴】
●現代が舞台となっているが、“神隠し”や“幽霊”など若干のオカルト要素もある
●ヒロインはクロのみ(5人いる)
●好感度などを上げるシステムのアドベンチャーではない
●マルチエンディング
●100万字超の大ボリューム
この箇条書きだけでも、よくあるノベルアドベンチャーとはちょっと違う作品だとおわかりいただけたのではないでしょうか。設定や物語は凝っていますが、イラストCGを鑑賞できたり、フローチャートがあったりと、アドベンチャーゲームには定番の機能は揃っているのでご安心を。
クロがかわいいと思えたらクリアーしたも同然
(暴論)
本作のヒロインである、クロという名の少女。登場するヒロインは彼女だけなのですが、クロはひとりだけじゃないんです。
早速、アタマにハテナが浮かんだかもしれません。説明します。主人公の豹馬はある日、いわゆる並行世界の、さまざまな世界にいるクロと出会うことになるんですね。5つのパラレルワールドが扉でつながったことで、5人のクロが目の前に登場することになります。
ギャルゲーなどでは、髪色や服の色がカラフルで、ズラリと色とりどりの女の子が並ぶものですが、本作はクロ一色! 「どう区別するのよ!?」という問題が出てきますが、彼女たちは便宜上、ニックネームをつけて呼び合っています。出会ったころは見た目が変わりませんが、成長するにつれ次第にそれぞれの個性が出てきて、服装の好みもハッキリしていきますよ。
ニックネームは彼女たちが食べたソフトクリームの味に由来しています。とうふソフトを食べたクロは、ふーちゃん。キナコ味はキナちゃん、みそ味はみーちゃん、納豆入りはなつちゃん、豆乳ソフトはにゅーちゃんです。
さて、そんなクロと主人公の豹馬くんは不思議な共存関係となり、ともに生活していくことになります。クロは、“クロ以外の生きている人間や動物の姿が見えず、声も聞こえない”という不条理な状態の豹馬くんのサポートをし、逆に、豹馬くんは身寄りのないクロを居候させ、衣食住を提供するという、持ちつ持たれつの間柄です。
出会ったばかりのとき、クロはまだ6歳なのに、本当に健気。
豹馬くんが人とぶつからないように腕を広げて先導してくれたり、豹馬が知覚できない学校の授業内容を伝えてくれたり……。
たどたどしい会話も愛らしく、怖がりな一面もあるけれど、クロは皆、強い子なんです。プレイを始めてこの辺りでグッとハートをつかまれたら、もう後は進むだけ。本作の物語は難しい設定も多いですが、クロと触れ合いたい気持ちが読み進める原動力となるはずです。
幼少時のクロは、立ち絵のポーズも小さな子どもらしくて微笑ましい。そのパターンもかなり多いです。
クロが5つの世界を図解で説明。これに限らず、複雑な設定はその都度、情報を整理してまとめてくれるので、置いてけぼりにされることもありません。
物語が進み、10代になったクロたち。同じ顔でも、性格や口調が全然違います。仲よしですが、たまにケンカすることも。
成長したクロひとりひとりと向き合う場面もちゃんと用意されています。彼女たちの秘めた想いに触れることで、ますます愛着が沸いてくるのです。
個人的にお気に入りなのが、キナちゃんと呼ばれる子。キナちゃんは真面目で賢く、自然とツッコミ役になるからなのか、よくジト目をしています。融通が利かなかったり、ツンとして見えることもありますが、それは責任感の表れ。本当に豹馬くんのことが大好きで、彼のためにしっかりしなきゃと一生懸命だからなんです。
そんなキナちゃんと名コンビなのが、なつちゃん。なつちゃんは、自由奔放で遊ぶのが大好き。暗くなりがちな物語を明るくしてくれるムードメーカー的存在です。
キナちゃんとは正反対なので衝突することもあるのですが、なつちゃんはなつちゃんで、ちゃんと考えているんですよね。そのことがわかった瞬間、一気に好感が増した子です。
ゲーム中ではクロが紙を見せている絵がよく見られますが、これは筆談しているシーンです。別の世界から来たクロの声は聴こえないので、文字にしてもらっているんですね。
5つのパラレルワールドには、それぞれの豹馬くんとクロがいるわけですが、クロだけが扉をくぐって互いの世界を行き来できます。
例えば、「今日はキナちゃんの世界に集合して相談ね」という場合、クロ5人+キナ世界の豹馬くんというメンツになります。このとき、いわゆる地元の豹馬くんは、キナちゃんとはふつうに会話できますが、ほかの4人のクロと話すときは筆談となるのです。
ちなみに、クロのボイスはすべて声優の小鳥遊ゆめさんが担当されています。声色を変えているわけではないのに、それぞれのクロの個性がしっかり伝わってくるのがスゴイ。
会話ウィンドウにも注目。フレームの色は、その世界のクロのテーマカラーと同じになっています。緑担当のにゅーちゃんの世界なら緑、青が好きなみーちゃんの世界なら青に。また、話者の表記を見ると、地元の子は“クロ”と書かれてあるのがわかります。ほかの世界のクロは、ニックネームで表記。
フローチャートを見ると、そのチャプターがどの世界での出来事なのかが色でわかるようになっています。
クロに愛着が沸くもうひとつの理由があります。それは、いつでも豹馬くん(プレイヤー)の味方であるということ。ふたりで支え合っていかなければならないので、そうなるのは当然のことかもしれないけれど、どんな状況でも、例えつらく当たってしまっても豹馬のことを第一に考えてくれているのがわかるんです。これは5つの世界のどのクロもいっしょ。
やさしくて愛嬌があって、芯が強い。あれ、これは最強の嫁なのでは……?
『最悪なる災厄人間に捧ぐ』にまつわる七つの謎
本作はクロを愛でる作品でありますが、それも本作の一部分に過ぎません。ここからは、物語の謎を追いながら、さらなる深みへとご案内。プレイされる前に、これらのポイントを踏まえておくとスムーズかも!?
【謎1】クロ以外が見えない主人公の不可思議
ゲームをスタートして「え!?」と最初に戸惑うのが、豹馬くんが“人間や生き物の姿が見えない・声が聴こえない”こと。建物や風景、無機物は見えるのに、生物が目で確認できなくなってしまったのです。
人々が何を言っているのかも聴こえない。これでは日常生活が送れないうえ、周囲に理解されず精神的にも参ってしまった豹馬くんは入院させられます。そこでクロと出会うのですが、なぜ彼女だけが見え、会話もできるのか……? 序盤の大きな謎としてプレイヤーを惹きつけます。
【※ネタバレ注意!】
豹馬くんがそんな状況に陥ったのは、神隠しの扉が原因のようです。あるとき、不思議な空間に現れた扉。豹馬くんは、扉についていた覗き窓を見、伝声管に耳を当てたことから、扉の向こうの世界に視覚と聴覚を持っていかれてしまったのです。
【謎2】クロは誰にも認識されない透明人間
クロは、豹馬くん以外の人間・生き物から視認されない、透明人間のような状態です。クロからは人々が見えるし、声も聴こえるのですが、周囲の人の目にはクロが映らないという……。
豹馬くんとちょうど逆ですね。ただ、クロはそれ以外はふつうの人間と変わりません。能力者や霊的な存在でもないのです。彼女が透明人間状態になったことと、豹馬くんの視覚・聴覚の異常は関係がありそうです。
しかし、豹馬と出会うまで、6歳の小さな女の子が誰の保護も受けられずに、どうやって生活していたのでしょう。そこには壮絶な背景があったようです。
【※ネタバレ注意!】
クロは神隠しの扉をくぐったのだとか。ということは……?
【謎3】なぜか選べない選択肢
序盤では、選択肢が自分の選んだ通りにならないことがあります。RPGなどでたまに見かける“はい”か“YES”の2択というような、実質同じ選択肢みたいなものでしょうか。「クロに声をかけさせろよ!」、「みそ味のソフトクリームを買いたいのに!?」とちょっぴり憤ったりもしましたが、これには理由があり、ゲームを進めるとその意図がわかるようになります。
ちなみに、そういった演出があるのは序盤だけで、後はプレイヤーの思うままに選択肢を選んでいけますのでご安心を。
【謎4】主人公がものすごく大人びている問題
ゲーム開始時の豹馬くんの年齢は8歳。小学生です。しかし、彼の言葉遣いはアドベンチャーゲームの青年のそれです。豹馬くんは、変にこじらせていたり、難解な言い回しを好むようなタイプではないので、テキストは読みやすいのですが、まさか8歳がしゃべっているとは思いもしませんでした。
「医者を目指す賢い子で、周囲からよく大人びた子だと言われるといっても、無理があるんじゃ……」とも思いましたが、それにもまた仕掛けがあるわけです。
なお、物語を進めると、豹馬くんも青年へと成長するので、そのころには口調もしっくり馴染んでいます。
【謎5】世界の滅びは突然に
平和な日常から一変、“世界の滅び”が始まると、豹馬くんとクロの身に危険が及びます。モノが飛んでくるなど、超常的な力が全方位から殺しにかかってくるとも言えます。
慎重に回避しながら、安全な場所を求めて走るふたり。ここでの選択肢はとても重要で、うかつな判断が命取りになります。でもこんなときに限って、いつも前向きな豹馬くんとは思えないネガティブな言葉が飛び出したり……。しかもカタカナ交じりのセリフなのはナゼ?
【※ネタバレ注意!】
滅びにはじつは予兆があるようです。豹馬くんの振る舞いが影響しているのかも……?
【謎6】鮮血、ビューティフォー!?
世界の滅びを境に、豹馬くんは“災厄人間”になってしまいます。災厄人間とは、文字通り災厄を呼ぶ人であり、そこにいるだけで周りが不幸になる存在。その影響はケタ違いで、世界中を破壊し、滅亡に追い込むほどです。
それでも豹馬くんだけはなぜか無事で、ひとりで生き続けることになります。その孤独な年月の中で、彼の精神はボロボロになり、しまいには血だまりの中「鮮血、ビューティフォー!」と叫ぶまでに……。
そんな地獄絵図のところへ、5つの世界とは別の世界からクロが現れます。彼女らは“リーダー”のメッセンジャーとしてやってきたとか。
どうやらその“クロのリーダー”は豹馬に協力してくれるようですが、何やらまだ知っていることがありそうで……?
【謎7】憑りつく幽霊
少しずつこの世界の仕組みを暴いていく中で、豹馬くんに幽霊が憑りついていることが浮かび上がってきます。世界の滅びにも、この幽霊が関係している様子。豹馬くんは幽霊に対抗するため、その正体を探ろうとしますが……。
この犯人捜しは難航し、推理も二転三転。物語の核心ともいえる部分なので伏せますが、ある人物の可能性がチラついたときから、本作の見かたが大きく変わりました。
すべてはすべてのクロのために
先ほども出ましたが、世界が滅びゆく中、ひとり生き残ってしまった豹馬くんは、クロとの未来を取り戻すため、あらゆる可能性を試し、あてどなくさまよいます。豹馬くんはクロのことをずっと考えているのだけど、精神はもう擦り切れる寸前。ずっと彼の世界にはクロしかいなかったのですから、無理もない……。私自身も、世界の滅びを迎えるたびに気が滅入っていました。無常観というのでしょうか……。
でも同時に、各世界のクロと豹馬くんはふたりで1セットなんだなあとしみじみ感じました。それというのも、終末の場面にやってくる別の世界のクロ(メッセンジャーのクロ)を見ていると、彼女らは自分の世界の豹馬くんを彼に重ねているようだったからなんです。
クロにしてみたら、別の世界の豹馬くんも守るべき大切な存在だけど、“私の豹馬くん”は自分の世界の豹馬くんだけなのだと。また豹馬くんも、自分の世界のクロだけを「クロ」と呼び、便宜上のあだ名では呼ばないのです。そういった些細な部分からも各セットの強い結びつきが感じられました。
本作はクロを5倍……いや、クロの5つの面を堪能できると同時に、それぞれから「あなただけ」と愛される、前代未聞にお得な作品なのではないでしょうか。アドベンチャーゲームファンだけでなく、たくさんの方に触れていただきたい『最悪なる災厄人間に捧ぐ』。
本当なら、もっともっと、もっとネタバレ全開で最後までお話したいところですが、グッと堪えて今回はこの辺りで……。
ちなみに、出会ったことのあるクロは、後から図鑑である“ヒロイン紹介”からプロフィールを確認できます。中にはコスプレっぽい服装のクロもいたりして……?
2018年8月23日追記。本作の略称が『さささぐ』に変わりました。