2018年5月31日にニンテンドースイッチ、プレイステーション4、プレイステーション Vitaで発売された、日本一ソフトウェアのアクションゲーム『嘘つき姫と盲目王子』。狼のような化け物と人間の王子の切ない物語が描かれる本作だが、特徴的な温かみのあるアナログ調のビジュアルなど、こだわりの光る世界観はどのように形作られたのだろうか。本作の企画立案者であり、キャラクターデザインも務める日本一ソフトウェアの小田沙耶佳氏にお話をうかがった。

『嘘つき姫と盲目王子』企画・キャラクターデザイン担当者、小田沙耶佳氏インタビュー 「私の“好き”をありったけ詰め込みました」_01

小田沙耶佳氏(おださやか)

『嘘つき姫と盲目王子』の企画を発案し、キャラクターデザインも担当する。おもに世界観の構築に携わっている。(文中は小田)

ブラッシュアップを重ねて生まれた企画

――まず、『嘘つき姫と盲目王子』の開発のきっかけを教えてください。

小田 『嘘つき姫と盲目王子』が生まれたきっかけは、年に1回開催される社内コンペ“日本一企画祭”(※)です。私は第1回の企画祭から参加していたのですが、当時はまったく目にとめてもらえずに1次審査で落選しました。その後、しばらく企画祭に参加していませんでしたが、第4回の企画祭でふと思い立ち、“しあわせなゆめを”という、目が4つある不気味な顔をした獏のような生き物と、気弱そうな男の子が登場する企画を持ち込みました。

※日本一ソフトウェアで毎年1回開催されている社内コンペ。所属部署を問わず全社員が参加可能で、『htoL#NiQ-ホタルノニッキ-』や『夜廻』などが生み出されるきっかけとなった。

――『嘘つき姫と盲目王子』の設定に似ていますね。

小田 そうですね。『嘘つき姫と盲目王子』の狼と王子を思わせる、繊細なアナログ調のタッチのデザインで、ダークな成分も多めでした。この企画はゲーム化にはいたりませんでしたが、新川(宗平氏)社長から「この雰囲気と物語性を大切にして、絵本として出版するのはどうか」というコメントをいただいたときに自分の中で何かが弾けました。学生時代、絵本作家になりたかったからです。それからは、ゲームの枠を越えた何かが作れるのではないかと、視野を広げて、企画をさらに練り直しました。そして、第5回の企画祭に持ち込んだ企画が『嘘つき姫と盲目王子』です。

――計3回の企画祭での苦労を経て開発に漕ぎつけたわけですね。実際に開発が始まってから苦労された点は?

小田 企画が通ったことがうれしくて、しばらく余韻に浸っていたのですが、ある日「小田さん! 作業は進んでいますか!?」と言われて、初めてかなりタイトなスケジュールで進むんだということを知りました(笑)。それからすごく慌ててシナリオのプロット作業に打ち込み、毎日シナリオメンバーと1対1でミーティングしていましたね。

――開発が始まっていたことを、小田さんご自身が知らなかったのですか(笑)。

小田 そうなんです(笑)。あとは、『嘘つき姫と盲目王子』の仕事と、もともと自分が持っている仕事を両立するのがたいへんでした。私は開発部ではなく営業部所属なのですが、つきっきりでゲーム開発に関わるというよりはシナリオ、キャラクターや背景デザインのイメージボード、イベントシーンの1枚絵やステージ名の作成など、世界観に関わる部分におもに関わっていて、ゲーム部分は開発スタッフにお任せしていました。

――ふだんの業務と並行してゲーム制作に関わられていたということですか?

小田 はい。がっつり開発に関わっていないとはいえ、ふだんの仕事に加えて『嘘つき姫と盲目王子』のイラスト制作などの作業をすることになったのでたいへんでした。しかも、開発が佳境に入ったあたりで、営業部の仕事も山のように増えたんです! 猫の手も借りたい思いでしたよ(苦笑)。

目指したのは絵本とゲームの融合

――制作中とくにこだわった部分はどこですか?

小田 『嘘つき姫と盲目王子』では、ビジュアル、物語ともに“まるで絵本がゲームになったような”世界観を目指すことにこだわりました。ビジュアル面では、手描きのアナログイラストを思わせる繊細なタッチで表現することを絶対に譲れないものとして掲げています。デザインスタッフと共有する設定画でも、キャラクターごとに線画のタッチイメージをそれぞれ描き込みました。

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――キャラクターごとにですか……! かなり手が込んでいますね。

小田 ストーリーパートの一部には実際に鉛筆で描いて取り込んだ画像を使用することで、ゲームでの新たな表現に挑戦しています。また、パッケージイラストや店舗特典などの販促イラストでは、つけペンや水彩筆を使って描いたアナログイラストを使用して、温かみのあるグラフィックになるように意識しました。

――イラストでは、使用する紙の材質にもこだわられたそうですが、どのような基準で選ばれたのでしょうか?

小田 メインビジュアルや店舗特典といった、たくさんの色を使うイラストでは水彩の色が繊細に表現できる水彩紙を使用しました。水彩紙の中でも、主線を描く際に使用するつけペンのペン先が引っかからないようにできるだけ凹凸が少ないものです。『嘘つき姫と盲目王子』公式Twitterの記念イラストなどの色がほぼないものは、つけペンのインクの黒い線がはっきり描写できる材質の紙を、そして、ゲーム内のストーリーパートで出てくる鉛筆で描かれる一枚絵は、さまざまな種類の紙を用意し、自分の中でイメージする鉛筆のタッチが表現できる紙を選びました。さまざまな紙を使い分けることは、私としても手探り状態でした。今後も『嘘つき姫と盲目王子』とともに勉強を重ね、成長していければと思います。

――そのこだわりのかいあって、温もりを感じる仕上がりになっていますね。ビジュアル、物語ともに絵本を目指したとのことでしたが、物語のほうではどんなことを意識されましたか?

小田 物語のプロットの内容では、どのような展開を描けば、よりユーザーの心を揺さぶることができるのか、ということで悩み、何度も作り直しました。当初から絵本を読み聞かせるような朗読調の文章で物語を描いていたのですが、初めは情景や心情描写が妙に詩的になったり、ロマンチックになりすぎたりして……。シナリオスタッフとは、細かい調節をくり返し、納得できる物語に仕上げました。

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――世界観とのバランスに気を配りながら、プレイヤーが感情移入できる物語を作られていったのですね。

小田 ええ。ゲーム全体の目標として掲げていた絵本というのは、子ども向けのものではなく、大人向けの絵本です。でも、やさしく柔らかい表現は残して、心にじんわりと染みてくるような物語を目指しました。また、大人向けの絵本を意識していますが、親子で体験会に来て遊んでくださったり、お子さんが興味を持っているという話を耳にしてほっこりしています。幅広い年齢の方に愛されるようなゲームになるとうれしいですね。

――発売前には体験会などが盛況でしたよね。ところで、発売後にはどんな展開を予定されているのでしょうか?

小田 現時点では多くを語ることはできませんが、4月に開催したイラスト原画のコラボ展示会のように、ゲームという枠を飛び越えた『嘘つき姫と盲目王子』ならではの展開を予定しておりますので、楽しみにお待ちいただけますと幸いです!

『嘘つき姫と盲目王子』のルーツは『赤ずきん』

――『嘘つき姫と盲目王子』の特徴でもある、おとぎ話のような世界観設定はどのようにして考えられたのですか?

小田 じつは『嘘つき姫と盲目王子』の企画は、企画祭募集期間にプライベートで“涙を流す狼と赤ずきん”の絵を描いたときに閃いたものなんです。そこから自然とその絵をベースに童話のような世界観で設定を膨らませていきました。私自身、「むかしむかし……」とか「あるところに……」という、時代も場所もわからない、想像力をかき立てられる出だしがたまらなく好きなんですよね。

――正体が化け物の姫と目の見えない王子という設定は最初からあったのでしょうか。

小田 先ほどの“涙を流す狼と赤ずきん”の絵を描いてネタを思いついたときから、姫と王子は存在していました。絵本や童話の世界観をイメージした物語を作りたかったので、それらの世界でメジャーな登場人物を無意識に選んでいたんです。いちばん初めに残したアイデアのメモには“嘘をつくたび化け物になっていく”、“嘘つき姫と盲目王子”、“姫は化け物、王子がいないあいだ化け物になる”という設定が書かれていましたが、ここからさらにネタのメモを増やしていくにつれて、いまの形に変化していきました。最初のメモにあった“嘘つき姫と盲目王子”が最終的にタイトルとしてそのまま残っているのがおもしろいですね。

――タイトルはあくまでアイデアのひとつだったわけですか。それにしても、王子ではなく、姫が化け物という設定はかなり意外に感じました。この設定にされた理由は?

小田 見た目に似合わないギャップを持つ化け物たちを描写するのがとても好きなんです。4つの目に、鋭い牙が並ぶ口、人間よりも大きな体躯……でもオスではなくてメスで、しかもかなり乙女な思考の持ち主、みたいな。私としても、異種間の交流を描いた作品は、どちらかといえばオスの化け物と人間の女の子の組み合わせで描かれることが多い印象があったので、あえて逆の設定にすることで興味を持ってもらえるようにしました。ヒロインを守るために勇敢に立ち向かうヒーローではなく、好きな男の子を守るために牙をむいて、果敢に敵に食らいつく女の子に、驚きと愛しさを感じてほしいと思っています。

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――そんな狼と姫など、本作にはデザインも性質も異なる個性的なキャラクターたちが登場しますが、とくに思い入れのあるキャラクターとその理由をお聞かせください。

小田 すべてのキャラクターが平等に愛しいのですが、強いて挙げるならやはり狼と姫でしょうか。王子は目が布で覆われ、魔女はお面のような顔をしているので表情がわかりにくいのですが、狼と姫はその分感情がそのまま表情に出るようなイメージで描いています。恐ろしい見た目に似合わず繊細で乙女な心を持つ狼、そしてお姫様の姿になったのに中身は狼の気持ちのままなので、獣の常識のまま突っ走りあれこれやらかす姫。そんな見た目と中身のギャップが激しい彼女がとてもかわいらしいと思います。4つ目や4つ耳、蹄のついた足など、狼っぽさの中に“異形”な雰囲気の漂うデザインを意識した狼と、牙の生えた口や三白眼など、狼としての要素を残した姫のデザインもお気に入りです。

小田氏の“好き”が詰まった、姫と王子のおとぎ話

――ついに発売された『嘘つき姫と盲目王子』ですが、開発をふり返ってみての手応えはいかがですか?

小田 『嘘つき姫と盲目王子』は、私の考えた企画書の内容を、開発スタッフが最高の形で実現するために熱意を持って最後までともに駆け抜け、制作してくれたゲームです。私自身も、自分ができる限界に挑戦し、命を燃やし尽くすほどの熱量で制作に臨みました。アナログ調のグラフィックや、絵本のような世界観、異種間の交流を描く物語など、私の“好き”をありったけ詰め込んだこのゲームが、少しでも多くの方の“好き”になって、その心を揺さぶり、姫と王子のお話がプレイヤーの皆さんの記憶に残るといいなと思っています。

――ちなみに、小田さんがいちばん好きなおとぎ話は何でしょうか?

小田 あまりに難しい質問! 好きなお話が多すぎて絞りきれませんが、過去に私がよく絵の題材として描いてきたおとぎ話を思い返してみたところ、狼が登場するものがいちばん多いかもしれません。先ほどの『赤ずきん』もそうですし、『七匹の子ヤギ』も題材にしたことがあります。ほとんどのおとぎ話で狼は凶悪な悪者として描かれ、懲らしめられるキャラクターです。そんな役回りの彼らが、なんだかかわいそうに思えて仕方がありません。ちなみに、自分としてはまったく無意識だったのですが、『嘘つき姫と盲目王子』では、狼の化け物が魔女に歌を捧げて人間になる魔法をかけてもらうことから「人魚姫に似てるね」という声を耳にして、改めて『人魚姫』のお話を読み返すと、やはり異種間の交流を描いた作品ははかなく切ない雰囲気がたまらないなと。

――『人魚姫』は悲しい結末ですが、『嘘つき姫と盲目王子』も同じ異種族間の交流を描くということで、結末が気になります。ふたりの物語はハッピーエンドを迎えるといいのですが……。

小田 物語の結末に関しては、現時点では語れないのですが、過去に発売した『htoL#NiQ-ホタルノニッキ-』、『ロゼと黄昏の古城』、『夜廻』シリーズといったタイトルの影響か、切ない結末を予想されている方が多いですよね。ふたりの物語の結末は、はたしてハッピーエンドなのかバッドエンドなのか……ぜひゲームを購入してご自分の目で確かめていただけますと幸いです。ゲームがお手元に届きましたら、ネットやSNSをすべて封印して最後までゲームをプレイされることをお勧めいたします!

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