アメリカのサンフランシスコで開催中のGDCから、Onion Games代表の木村祥朗氏の講演を紹介。最新作『ミリオンオニオンホテル』を作ることになったのも、実はGDCがきっかけだった。

 「僕のゲームづくりを振り返ると、なかなかピンチな時、しんどい時というのがあって、僕はよくこの単語を思い出すんですね」Onion Games代表の木村祥朗氏は、サンフランシスコで開催中の国際カンファレンスGDC(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス)の講演会場で、そう言ってスライドを進めた。

 そこに書かれていたのは「Escape」(逃げる)という単語。そして自虐気味に語られる過去のエスケープの数々。ゲームデザイナーという肩書と同時に“旅人”を名乗ることを好む木村氏は、そのたびに外国などに行き、絵を描いて道端で売ったり、自分のための小さなゲームを作ったりして過ごし、回復してきたのだという。そしてその度にやがてゲーム作りへと帰ってきた。

 そして2012年。さまざまな会社に売り込みに行っても、求められるのは当時伸びていたソーシャルゲームのような企画。「ゲームを作ることからもエスケープしなければいけないのか」しかしそうはならなかった。最新作『ミリオンオニオンホテル』はいかにして生まれたのか?

 転機となったのは、GDC会期中に行われるインディーゲーム賞IGFアワードを目撃したこと。3日目の水曜日に行われるIGFアワードは、超大作ゲームが集まるGDCアワードと同じ豪華な会場で行われ、インディーゲーム開発者だけでなく世界中から集まった一般の開発者も交えた中で、盛大な演出とともに表彰が行われる、目玉イベントのひとつだ。

 当時の様子を収めた映像には、「これ、これなんだ!」「俺も選ばれてみたい!」と興奮気味に叫ぶ木村氏の姿が映っている。その興奮が去った後、華々しいアワードが続く中で、木村氏の目からは静かに涙が流れてきたのだという。

 「お金が儲からないから」とか「パブリッシャーが企画を通してくれない」といったことで自分はゲームを作れていないけども、ここにはこれだけさまざまなゲームが出ている。自分もこうなれたかもしれないんじゃないのか? 自分がここで見せられるようなものを作れるのか、自分だけでもチャレンジすべきじゃないか?

会場で流れた当時の映像。

 そして決意とともに帰国した木村氏は、新作の構想に取り掛かる。まずはひとりでの作業。それでも次第に仲間ができ、「3メートル×3メートル」(木村氏)という狭いスペースで数人での開発が進んでいく。

 企画を進めていくうえで、木村氏は「まじめに考えるのをやめた」と語る。ゲーム作りを夢見ていた12歳の頃のような楽しさを取り戻すためだ。そしてスケッチブックにゲームデザインやキャラクターのアイデア、メニューなどの画面の遷移の構想を手描きで書き連ねていく。

“凶暴なパックマン”ことオニオンイーターのデザインなどからは、昔から続くナムコゲーからの影響があらわれている。
画面の遷移のアイデア。
左は100レベルまで考えていた当初の構想(実際は70まで)。また「ストーリーとパズルを合体させよう」と思っていたことから、ストーリーの絵コンテとギミックの仕様が混ざったようなメモが残っている。
ラストの展開のスケッチ。当時は2012年で地震からまだ間が経っていなかったため、そういう要素を入れようと試みたが、まだ自分の中で消化しきれていなかったため、ボツに。

 気がつけば2014年。開発は順調に進んでおり、京都のビットサミットと、ロサンゼルス近郊で行われるインディーケードのふたつのインディーゲームイベントに無事出展も完了。

 後者は当時筆者が木村氏を取材しているのだが、リリース時期についての質問に「年内には」と回答しており、実際に少し遅れたとしても翌2015年の早い時期にはリリースできる予定だったのだという。

 だがここで大問題が起きる。一番大事なデータが入っていたマシンが壊れてしまったのだ。バックアップはしておらず、オンラインサービスのGitHubなども知ってはいたものの、信用できるのか二の足を踏んでいる内に、すべては飛んで消えてしまった。木村氏自ら「馬鹿でした」と語る信じがたい展開に、記者の席の後ろで聞いていた若いエンジニア風の聴講者からは「ヒュウ!」と口笛。

 落ち込んでも落ち込みきれない状態だが、実はその頃には『ミリオンオニオンホテル』の目処が立ったことでチームは『勇者ヤマダくん』の開発にシフトしてきており、立ち止まるわけにはいかない。かくして、ひとまずは『勇者ヤマダくん』を完成させるために、『ミリオンオニオンホテル』は凍結となる。

 2016年1月に『勇者ヤマダくん』日本版がiOSとAndroidでリリースされ、翌2017年1月には海外版もリリース。ローカライズなども優秀で、めでたしめでたしと行きたい所だが、心には『ミリオンオニオンホテル』が引っかかっており、複雑な心境だったと木村氏。しかし、プログラムコードは飛んでしまってもうない。

 だが、『勇者ヤマダくん』の開発を手伝ったプログラマーのひとりが、自分に任せてくれればゼロから作り直せると宣言し、半信半疑でお願いしてみたところ、本当に『ミリオンオニオンホテル』が蘇っていく。しかも、C++でフルスクラッチで書かれたそれは、見た目は元に近く、内部的には各種処理も速くなっているというものだった。

 「これなら行ける」と仕切り直しが決まり、ビットサミットで新たな発売日を発表。『ミリオンオニオンホテル』のゲームそのものについては、後はご存知の通り。iOS/Androidでグローバルにリリースされている。

 木村氏は『ミリオンオニオンホテル』について、「スマートフォンを使ったビデオゲームを作りたかった」と表現した。主流のF2P(基本プレイ無料)ではなく、少額課金や広告表示もない、遊び始めたらそのゲームデザインに惹き込まれていくような、そんな売り切り型の昔ながらのゲームのイメージだ。

 しかし実は、これが欧米でのメディア展開のブレーキとなってしまう。というのも、スマートフォンゲームを扱うメディアはF2Pゲームが中心で売り切り型の有料ゲームはあまり扱わず、逆に従来のコアなゲームを扱うメディアはスマートフォンゲームをあまり扱わないという隙間にハマってしまっていたのだ。

 それでも、そこは海外でもコアな人は知っているベテランのこと。YouTubeなどで幅広い支持層を抱えるジム・スターリング氏の紹介や、人気インディーゲーム『アンダーテイル』のトビー・フォックス氏の応援コメントなども得られたものの、残念ながらそれらの伸びは一時的で、なかなか継続的なセールスまでは繋がっていないそうだ。

 そしてすべての発端であったIGFには、応募したもののファイナリストには残れず。

 また“エスケープ”のターンが来てしまうのだろうか? その心配は必要なさそうだ。木村氏は2012年にひとりで帰ってきた当時と現在を比較し、8人ほどに増えたチームを持てているのは「とても幸せな状態」だと述べ、自分と仲間を宝島探しのトレジャーハンターにたとえつつ「今でも戦っている」と表現する。

 質疑応答によると、Onion Gamesでは新作としてシューティングゲームを開発している模様。「アーケード的なゲーマー向けのシューターか?」という追加質問には「イエス」とニヤリ。多分、こっちの旅はまだまだ続く。