「ゲームは世界中で遊ばれています。でもゲームを作るための教育はそうではありません。国境が閉じられようとも、我々にはできることがあるはずです」
アメリカの首都ワシントンDCにあるアメリカン大学のリンゼイ・D・グレース准教授は、ゲームデザインについて教える専門家だ。そしてその活動は、アメリカ国内に留まらない。
サンフランシスコで開催中のゲーム開発者向けの国際カンファレンスGDC(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス)で、同氏はキューバ、ケニア、マレーシアでの活動について語った。
まず紹介されたのは、ケニアのナイロビについての経験。ガーナの知人がナイロビ工科大学に縁があったことで始まったこのプロジェクトは、アメリカの学生とナイロビの学生がナイロビでともに学び、エコツーリズムをテーマにしたゲームを作るという計画だった。
アメリカの学生を連れて行くという点でコスト的に高くつくのは、同氏の研究補助金などを利用することである程度カバー。当時関わっていたマイアミ大学からの承認も降りて、告知も実施。順風満帆……に見えたところ、ナイトクラブに手榴弾が投げ込まれるなどの事件が立て続けに発生。治安悪化を懸念する大学によって中止が決まってしまう。
グレース准教授は、手痛い失敗の教訓として「特に海外経験の足りない学生が関わる時には、政治的・経済的安定の双方がある場所にした方がいいでしょうね」と振り返る。
次はボルネオ島での事例。ボルネオにはインドネシア、マレーシア、ブルネイの3カ国の領土が存在するが、グレース准教授が挑んだのは北のマレーシア側だ。
今度の任務は、マイアミ大学の“プロジェクト・ドラゴンフライ”と呼ばれる環境系の国際学習プログラムの一環として、社会的影響を意図したゲームや教育目的のゲームについて教えるというもの。アメリカ、ヨーロッパ、アジアからの25名の学生に指導を行うのがメインの目的だが、その中で地元コミュニティの人にも教えるというチャンスも得る。
地元の家に一週間泊まりながらの日々は、野生の象とも遭遇するワイルドな環境。デジタル環境にも乏しい中ではあるが、デジタル/非デジタル双方のゲームについてディスカッションを行うとか、紙ベースでゲームを作ってプロトタイピングするとか、地元の球技“ペタンク”について学んでみるといった感じに、さまざまな手法にトライ。
今回は予算のやりくりなどもしなくていいので、自分の専門的知識を提供して別ジャンル(環境系)の学びを助けることに専念でき、これはこれでいい感じ……なのだが、あくまでオプション的な内容であり、ゲーム開発そのものの専門的教育ではなかったのが残念な部分。
それでもグレース准教授の挑戦は終わらない。今度はキューバだ。共産主義国家であるキューバの月給は、一般的に25ドルと言われている。とはいえ実態を調べた別の調査でも、トップ5%が稼いでいるのは500ドルといったところ。物価が違う。
一方で、伝統的に“コンピュータークラブ”の文化が存在し、ゲーム開発と無縁というわけでもなく、政府支援によって作られたキューバ革命を描くドキュメンタリースタイルのゲーム『Gesta Final』まで存在するという。
また、実は国際的なゲーム開発イベント“グローバル・ゲームジャム”(GGJ)にも参加しており、その数字は年々増えて、2018年には127名が登録。この数字は人口が3倍近くあってゲーム会社もいろいろあるマレーシアに匹敵する数字になってきている。
ちなみにキューバ政府の公式な数字としては320名が参加したそうなのだが、これは数字のマジックなのか、なんなのか……。
今回組んだ相手は、キューバの映画学校であるEICTV。ノーベル文学賞作家であるガルシア=マルケスらによって設立され、ジョージ・ルーカス監督やブライアン・デ・パルマ監督らも招聘されたことのある、非常に由緒正しい学校だ。そのEICTVからのオファーは、「ビデオゲームにおける脚本のライティングを教えてくれ」というもの。
それで渡りに船とばかりに本当に教えに行くのがスゴいところだ。というのも、オバマ政権下で国交正常化交渉が進んで在キューバ大使館が復活したものの、トランプ政権になって関係は再び冷え込み、2017年9月には必須の要員を残して大使館関係者や家族の撤退命令が出て、渡航自粛の呼びかけが始まっている。グレース准教授がキューバで授業を行ったのは11月で、キューバ便が運行停止されたり、制裁強化が行われた頃だ。
行ってみると、停電はしょっちゅうあり、ネット回線も超不安定で、速度は毎秒4800ビットといったところ。なかなか厳しい環境だが、中南米から集まってきている生徒たちはゲームの経験があり、ゲームのストーリーメディアとしての側面に対する認識を持つ人も多かったという。
40時間の授業では、『コール オブ デューティ』シリーズや『カウンターストライク』などのゲームにおけるキューバ描写についての議論などもできたとか。西側諸国からの実態と異なる描写を好ましく思っていない生徒が大半で、ある生徒は「私はラテンアメリカについてのゲームをラテンアメリカからの資金で作りたい」と語っていたという。
このように自分たちの経験や文化についてゲームを通じて表現したいという欲求は強く、結果として2本のゲームが完成。
メディア教育を専門とする同校でゲームの授業が行われたのは初めてで、グレース准教授はこのことを「ビデオゲームにとっての大きな収穫」であると語り、(映画業界のように)ウィル・ライト氏などのトップクリエイターがキューバでゲームを教える姿を夢想する。「ただし、あまり批判的側面が強かったりすると、逮捕されるリスクもあるわけですが」
こういった活動を行うための注意点を解説していく中でも、キューバなどに行った場合には政府機関から監視される可能性についても指摘していた。実際それぐらいヤバい時期に行っていたわけで、陰謀論というより実際の体感がそうだったのではないだろうか。
なお準備する上では、現地機関にヒアリングをきっちり行って費用やニーズや教育環境を認識すること、まずは自国の地元コミュニティで教える練習をすること、ネットがなくても教える方法を考えておくこと、バックパックジャーナリストのように装備を絞り込む一方、どんな環境でも教材となるゲーム画面を見せられるようバッテリー駆動の小型プロジェクターなどを用意することなどを挙げていた。
最後に「では、その先に待っている可能性をお見せしましょう」と紹介されたのが、Talegamesによるダンジョン探索型アクション『Faeland』だ。
描き込まれたドット絵が美しい本作、開発しているのはキューバ出身のカルロス・ゴンザレス氏。キューバのハバナで育ち、独学でゲーム開発を学んで2年間をかけて本作を開発してきたという(現在はマイアミ在住)。
「ゲームは世界中で遊ばれています。でもゲームを作るための教育はそうではありません」そして教育を提供することができれば、世界からもっとこんなゲームが、もしかするとこれまでにない視点や感性に満ち溢れたゲームも出てくるかもしれない。
『Faeland』はPC/Mac/Linux向けに開発中で、現在はスクウェア・エニックスのインディー支援プログラムであるSquare Enix Collectiveにエントリー中。KickStarterでのクラウドファンディングも予定している。