『電車でGO! PLUG & PLAY』制作経緯を業界の重鎮たちに聞く、いまだから語れるコントローラにまつわる当時の秘話の数々

『電車でGO! PLUG & PLAY』制作経緯を、担当者たちに聞く!

 タイトーの鉄道運転シミュレーション『電車でGO!』シリーズは、ゲームユーザーなら知らぬ人のいない存在と言えるだろう。1997年3月にアーケード版の稼動開始以降、家庭用ゲーム機やPC、携帯電話向けなどにも展開され、数多くのユーザーに親しまれてきた。移植を除いても、そのシリーズ作は9タイトルにも及び、タイトーを代表する人気IP(知的財産)と言っていいだろう。

 そんな『電車でGO! 』の近辺が、ここへきて賑やかだ。2004年に“ファイナル”と銘打たれてリリースされたプレイステーション2用ソフト『電車でGO! ファイナル』以降大きな動きが見えなかった同シリーズだが(携帯電話向けのアプリなどは配信されていたが)、アーケード版の稼動から20周年(!)を迎え、11月7日にはアーケード版の新作『電車でGO!!』がリリース。翌2018年2月8日には『電車でGO! PLUG & PLAY』の発売が予定されているのだ。

電車運転士体験ゲーム『電車でGO!!』11月7日より稼動開始

タイトーは、『電車でGO!』シリーズ最新作となるアーケードゲーム『電車でGO!!』について、2017年11月7日より順次稼動を開始することを発表した。

『電車でGO! PLUG & PLAY』の予約受付が“エビテン[ebten]”とAmazon.co.jpにて7月10日より開始

マスコン型コントローラをHDMI端子で直接テレビにつないで遊べる『電車でGO! PLUG & PLAY』がタイトーより2018年2月8日に発売。同作の予約が、Amazon.co.jpおよび“エビテン[ebten]”にて2017年7月10日午後6時から開始された。

 この『電車でGO! PLUG & PLAY』について少し説明しておくと、『電車でGO!』シリーズでおなじみのマスコン型コントローラの中にゲームソフトを内蔵。HDMI端子で直接テレビにつないで遊べてしまうという、その名の通り“プラグ&プレイ”(つないだらすぐに遊べる)の機器だ。まさにアイデア賞ものと言える本機器は、Amazon.co.jpおよびECサイト“エビテン[ebten]”のみの限定販売商品として7月10日から予約開始されるや、注文が殺到したというから、ファンの皆さんの“ツボ”に触れたということなのだろう。

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『電車でGO! PLUG & PLAY』通常版(左)とAmazonプライムデーの限定カラー(右)。限定カラーは瞬時にして予約数に達してしまった。

 そんなある日……タイトーさんから「『電車でGO! PLUG & PLAY』の開発に深く関わっているユニオン電子工業さんを取材しませんか?」とのご提案をいただいた。当方寡聞にしてあまり詳しくなかったが、ユニオン電子工業というのは、ゲーム業界において知る人ぞ知る周辺機器製作メーカーであったのだ。こんなおもしろそうなインタビュー、お願いしないわけがないじゃないですか! とふたつ返事で、ユニオン電子工業さんにうかがった次第。

 インタビューに対応してくださったのは、タイトー在籍時にマスコン型コントローラの制作を担当した元タイトー CS開発部 部長、亀井道行氏(2009年にタイトーを退社)と『電車でGO! PLUG & PLAY』の開発を主導したユニオン電子工業 取締役 相談役 磯脇康三氏、そしてタイトー ゲーム開発3部 椎木庄平氏(取材の立ち会いで同席されていたのですが、アツい思いがあふれて後半から対談に参加されます)の3名!

亀井道行氏(左)文中は亀井

ユニオン電子工業
取締役 相談役
磯脇康三氏(右)文中は磯脇

道なき道を行くが如き“電車でGO!コントローラ”制作に至る日々

――本日は、『電車でGO! PLUG & PLAY』の開発の経緯をお話しいただけるとのことでうかがいました。

磯脇 『電車でGO! PLUG & PLAY』は、私たちのほうでタイトーさんからお話を受けさせていただいていて、設計から生産、出荷まで一手に引き受けています。本日亀井さんにご同席いただいていますが、20年前にプレイステーション版の『電車でGO!』が世に出たときに、トータルでコーディネートされたのが亀井さんなんです。マスコン型コントローラの歴史には亀井さんがあり、という感じですね。

――なるほど。となると、亀井さんの人となりから始めさせていただくのが、話の筋としてはいいように思いますね。

亀井 私は昭和51年にタイトーに入社して、大雑把に言うと当時は基板の設計や開発を担当していました。社内でアナログ回路をいじって遊んでいたら、いきなり「音をやってくれよ」って言われたんですね。それが後に一世を風靡することになる『スペースインベーダー』でした。

――ああ! 僕も子どものころ遊びました。

亀井 「ピュー、ピュー」っていう電子音をご記憶の方もいらっしゃるかと思いますが、あれを作ったのが僕です。いわゆる効果音ですね。「UFOの効果音を作ってくれ」とか言われました。UFOが実際に飛んでいる音なんて誰も聞いたことがないわけで、頭を悩ませましたが、まあ、「こんなもんだろう」というイメージで(笑)。まあ、当時は技術屋というよりは電気屋と社内で呼ばれていました。回路屋。サウンドはたくさんの機種を担当しました。

――ああ、そうなんですね。

亀井 『ブルーシャーク』とか……。『ブルーシャーク』は『スペースインベーダー』と同時期に発売したのですが、当時はメインの販売促進タイトルだったんですよ。『スペースインベーダー』は西角さん(西角友宏氏。『スペースインベーダー』の生みの親)の性格で、ずっともくもくと開発していたんですね。それができあがったころになってようやく上司に見せるや、「(近々行われる)新作発表会に出展しよう」となった。あれは6月だったかなあ……。上司から、「『ブルーシャーク』が終わったんだったら、新作発表会に出すから『スペースインベーダー』の音もつけてね」と言われて。通常だと、回路図に書いたものをプリント基板屋さんに“アートワーク”としてプリント基板のパターン設計をしてもらうのですが、到底そんな時間がなくて、とにかくギリギリのタイミングで、手作業で基板に回路を組んでいきました。手作りですね。新作発表会に出すぶんの7台か8台を作らないといけなかった。当時上司も含めて5人くらいが部署に所属していたのですが、僕の作った汚い回路図をみんなに渡して、一生懸命組んでもらったなあ。徹夜で。でも課長に組んでもらった基板はどうしても音が鳴らなかった(笑)。

――なんか、心温まる話ですね(笑)。

亀井 それが、タイトーが家庭用ゲーム機に参入するのをきっかけに、コンシューマーのほうに引っ張られて……。本格的にやりだしたのは、1983年に発売されたファミコンからかな。富山県の工場には頻繁に足を運びました。そのほか、ソニーさんやセガさんなど、僕自身としては、ハードメーカーさんとの橋渡しの業務に携わった時期が、いちばん長かったです。

――その流れの中で、プレイステーション版『電車でGO!』のマスコン型コントローラを担当されることになったのですね?

亀井 家庭用ゲーム機向けに『電車でGO!』を作ろうとなったときに、当然のこと、「専用コントローラがあるほうがいいよね」ということになったのですが、どういうふうに作ったらいいのか、よくわからない。実際のところ業務用ゲーム機は自社でゲームを作って、筐体を作って……というのは自由ですよね。もちろん、法的な規制の中においてですが。それが、家庭用ゲーム機だと、ハードメーカーさんが設けられた規格があるわけで、その許可も取らないといけないということで、交渉の必要が生じるわけです。そもそも専用コントローラなんて、ハードメーカーでも前例がないわけで、勝手がわからんわけです。

――道なき道を行くが如しですね……。

亀井 半ば強引にサンプルを作って、「これどうですか?」と、笑って許可をいただきました(笑)。

――強引な(笑)。

亀井 まあ、ある程度は見込みはありましたけども……。とはいえ、当時ユニオン電子工業さんとしては、すごく辛かったと思うんです。だって、最初から何万個も売れるという目算があって、専用コントローラを作ってもらっているわけじゃないですからね。最初は、「20,000個くらいで採算が合わないと……」というところから入っていって、「なんとか、金型を安くしていただけないでしょうか」とお願いしたりしていたわけですからね。

――ユニオン電子工業さんとは、『電車でGO!』で初めてお付き合いすることになったのですか?

亀井 というわけでもないんです。僕はハード部分を担当していたのですが、抽選機の“プレゼンター2000”のスイッチを作ってもらったのが、タイトーとは最初のお付き合いになるようです。これがけっこう売れたのですが、当時はユニオン電子工業さんだとは知らなくて、後々磯脇さんから、「タイトーさんとは以前にもいっしょに仕事をしているんですよ」と言われて、「ああ、そうだったんですか!」という。

149機種の周辺機器を制作するユニオン電子工業

――ではここで、読者のためにユニオン電子工業さんの何たるかをちょっとご説明ください。

磯脇 うちの何たるか……といったら、いままで手掛けてきた周辺機器をご覧いただくのが手っ取り早いわけですが、タイトーさん以外のもいろいろと携わっております。

――創業は何年ですか?

磯脇 1968年ですね。創業者が27歳で会社を作っています。創業当初は、テレビやステレオの部品を作っていたんですよ。それがいつしか、ゲームの周辺機器も手掛けるようになりまして……。最初はセガさんのマークIIのコントローラですね。

――そこからゲーム業界と関わるようになった?

磯脇 そうです。そこからは、任天堂さんやソニーさんともお付き合いするようになって……。セガさんがけっこう多いですかね。ちょっとうちの商品をご紹介しますね。(机の上に周辺機器をつぎつぎと並べつつ)これは、ソニーがVAIOのずっと前に展開していたHiTBiTというパソコン用のコントローラで、少しデザインを変えてJALの機内用コントローラとしても採用されました。このコントローラはその後、ソニーさんからユニオンが許諾を受けて、任天堂さんにサブライセンスを行い、“NES MAX”として生まれ変わり、米国と欧州で累計360万個販売されました。うちの中では数字的には最高ですね。

ソニーJAL機内用ジョイパッド(写真はユニオン電子工業からのご提供)。

任天堂の“NES MAX”(写真はユニオン電子工業からのご提供)。

――おもしろい座組ですね。

磯脇 これは、SHARPさんが“ツインファミコン”というファミコン互換機を販売していた時期にSHARPのパソコン“X68000”用に開発・生産したアナログ入力の“サイバースティック”というコントローラで、特徴はコントロールグリップとスロットルグリップを左右交換できるところです。グリップ装着時の感触と音が一眼レフレンズの交換時のイメージで作っています。これは、岩田さん(故・岩田聡氏)がハル研にいらっしゃったころに作った“JB KING”というコントローラです。電波新聞社さん向けもいろいろなコントローラを作ったのですが、全部うちで担当しました。これが、レバーの4方向:8方向の切り替えを外からできるものです。

SHARPの“サイバースティック”(写真はユニオン電子工業からのご提供)。

ハル研の“JB KING”(写真はユニオン電子工業からのご提供)。

電波新聞社の“XE-1PRO HE”(写真はユニオン電子工業からのご提供)。

ユニオン電子工業が手掛けた周辺機器を並べていただいた。ここにあるのはほんの一部だが、まさに壮観。

――とんでもない数ですね……。

磯脇 機種の数は日本でいちばんです! お付き合いがないのはXboxくらいで……。数で言ったら、じつは今回の『電車でGO! PLUG & PLAY』が149機種目なんですよ。

――なんと! 150機種目は?

磯脇 ぜひタイトーさんと実現したいなと(笑)。

椎木 おっしゃられると思っていました(笑)。ぜひ!

――では、150機種目も取材させてください! と、そんなことはさておき、149種類も手掛けられるということは、それだけゲーム業界におけるユニオン電子工業の評価が高いからだと思うのですが、それだけの高い評価を集める要因はどこにあると自己分析されていますか?

磯脇 そうですね。みんな好きだったからではないでしょうか、ゲームが。最初の段階は図面をメーカーさんからいただいて作っていた時期があったのですが、途中から自分たちで図面を書いて「こういうのを作りませんか?」みたいに提案するスタイルに変わっていきました。

『電車でGO!』のヒットを記念して、限定3000個で“電車でGO!コントローラ”金””が生産されたのはファンならご存じのとおりだが、こちらは、ユニオン電子工業がタイトーのために制作したという特別なコントローラで、何と金箔(!)。亀井氏が退社するときに、記念に贈呈されたという。

ユニオン電子工業のノウハウが集結した“電車でGO!コントローラ”

――さて、ここからが本番なのですが、どのように『電車でGO!』のマスコン型コントローラのプロジェクトは進んだのですか?

亀井 ご存じのように、業務用のコントローラって、すごくがっちり作ってありますよね。シャフトも太いですし。家庭用ゲーム機向けにコントローラを作ったサンプルを、業務用の開発を担当している開発者に見せたら「こんな強度だったら、壊されてしまうよ」とか「不良品の山だよ」とか、「こんなに細かったらポキっと折れちゃうよ」とアドバイスを受けたくらいで。

磯脇 その辺についてはですね、タイトーさんと『電車でGO!』をやらせていただいたときには、周辺機器を作って10数年経っていたので……。

――ああ、ある程度ノウハウはあったということですね?

磯脇 そうです。ここに来るまでにいろいろな機種をやっていますから、そういう意味での経験値はあるわけです。

――ある程度のコストでしっかりしたもので、ユーザーさんに満足していただけるものはできる手応えはある状態で……。

磯脇 『電車でGO!』を迎えたというわけです。たとえば任天堂さんにしても、品質管理は本当にきびしいわけです。そういうメーカーさんといろいろな経験をさせていただいてからのタイトーさんの『電車でGO!』ですから、そういった意味ではタイトーさんから「こういったものを作りたい」というご要望があれば、私たちの中では「こういうふうにしたほうがいい」という感じで、道筋はある程度見えるわけです。まあ、それでも『電車でGO!』のマスコン型コントローラは、一筋縄ではいかなかったわけですが……。

――どのような点で?

磯脇 まずはプレッシャーがありましたね。『電車でGO!』がアーケードで大ヒットを記録したタイトルだということは当然存じ上げていましたから、下手なことはできない。さらに言えば、専用コントローラなんて、当時そうそう世の中にはなかった時代ですからね。当然ジョイスティックはあったわけですが、格闘ゲームを中心としつつも、汎用性はある。ところが、このコントローラですと、『電車でGO!』にぴったりフィットしたものじゃないといけないので、いろいろと考えないといけないところが出てくるわけです。強度はその最たる例と言えるかもしれません。

亀井 まあ、業務用の強度はもう半端じゃないですからね。当然のこと、ユーザーの方も壊すつもりはないかと思うのですが、プレイしていて興奮するとどうしても力が入りますからね。タイトーの業務用チームの心配はごもっともだったのですが、その点はユニオン電子さんは見事にクリアーしてくださいましたね。たとえばですが、マスコン専用コントローラの軸はふつうの材質ではなくて、ポリカーボネートを使用しているんですよ。通常だとABSを使うのですが、ポリカーボネートはABSよりも衝撃に強い材質なので、なかなか折れにくい。一方で、それだけ硬い材質だと上から強く押さえるとぽきっと折れてしまう可能性があるので、中にスリットを2本入れて、曲がらないようにしています。という例に代表されるように、ユニオン電子さんは本当に細部にいたるまで工夫してくださるんです。

――そのへんは、培ったノウハウですね。

亀井 あと、なかなかわかりづらいところでは、輸送コストと金型の兼ね合いもありまして……。中国からの輸送費を考えると、商品をできるだけコンパクトにする必要があるのですが、望む通りのコンパクトさにしようと思うと、金型から抜くのにちょっとつらい角度になってしまうんですね。もっとゆるい角度だったら大丈夫なのですが、小さくするためにキツイ角度にしないといけない。このサイズの箱にすれば、コンテナに何個乗るか……ということもちゃんと計算しないといけないわけです。

――そういう計算もしないといけないのですか?

亀井 はい。全部していただいているんです。1個1個の商品を入れる大箱があるのですが、そこに何個入れるかもちゃんと計算します。1個ずつ買うお店はいないので、お店に何個単位で入れるかというのも考えますね。何個入っていましたっけ?

磯脇 6個でしたね。

亀井 ということを考えると、あれがギリギリの角度だったんですよ。だから、中国に視察に行ったときにそのことを確認したかったのですが、磯脇さんがなかなか工場に連れていってくださらなくて……。いろいろな最新の工場を見せていただいたのですが、肝心の『電車でGO!』のマスコン型専用コントローラを作っている工場は見せてくださらないままで。僕は中国は初めてだったので、いろいろと見せてくださるのかな……とも思ったのですが、あまりもに時間がかかり過ぎる。さすがに「なんでだろうなあ」って僕もしびれを切らせて、「工場に行かないんですか?」と聞き出す始末で。そうしたら「できているから大丈夫ですよ! 明日いけばいいんですよ」って言われて(笑)。

磯脇 なつかしいですね(笑)。あのとき、亀井さんは深センは初めてだったので、亀井さんと資材部の方をふたりご案内して、最初は(『電車でGO!』の専用コントローラを作っていた)工場とはぜんぜん関係ないところにいって、「いいでしょう?」って紹介するんですよね。まあ、たしかにいい工場なのですが(笑)。そこで1泊して翌日また移動して……となると、さすがに亀井さんも、「まだ?」と思うわけじゃないですか。

――さすがに、それはそうですよね(笑)。

亀井 初日はそうは思わなかったですよ。「中国は広いんだな~」と思って(笑)。そのときは位置関係もわかっていなかったですから。

磯脇 要は納得のいくものができていなかったんですね。金型というのは、プロセスがありまして、我々の中だと、T1からTエンドという言いかたをするのですが、まだT3くらいだった。Tエンドまではまだいかないから、工場からは「まだ来てもらっちゃ困る」と言われていたんですよ。当然のこと、我々ユニオン電子のスタッフとしても、あまりみっともないものはお客様に見せたくないわけですよ。ある程度納得がいくところで見ていただくというのがうちのスタンスなんです。「あと1日半待ってくれ」という連絡が来たので、じゃあ、しょうがないから別の工場に行くか……ということで。工場からは順次私のほうに連絡が来るのですが、いつまで待ってもゴーサインが来ない。そうしたら、亀井さんから「いつ行くの?」みたいなことを言われてしまいまして。

――さすがに業を煮やしましたか。

磯脇 亀井さんも業を煮やしてしまって……。それで慌てて、うちのスタッフがお見せできるレベルのものを持ってきたんですよ。私はそのときの亀井さんの着ていた洋服も、いまだに鮮明に覚えているのですが、亀井さんは、スタッフの持ってきたサンプルを掲げるように受け取って……。

亀井 うれしかったですね!

磯脇 ほぼ完成形でしたね。

亀井 ユニオン電子さんがどれだけご苦労されたかは、正直なところよくわからないのですが、磯脇さんの顔色を見たときに、「ああ、相当苦労したんだろうなあ」と思いました。とにかくキレイにできあがっていましたから。

――そんなお話を聞くと、ノウハウがあったとはいえ、難易度は高かったんですねえ。ノウハウが結集されている感じかしら?

磯脇 そうですね。

亀井 できあがってしまうと、ほっとしていろいろと辛かったこともどこかにいってしまうのですが、できあがるまではいろいろと、ひとつひとつたいへんですよね。いま思い出したのですが、マスコン型コントローラの重量ひとつとっても試行錯誤がありました。あまり重くしても、振り回されて怪我でもされたら困るし、かと言ってあまり軽くしてもプレイするときに動いてしまって安定しないという。結果として、110グラムになったのですが、ちょうどいい感覚ですよね。いまのバージョンはモーターが入っているので、もう少し重くなっていると思うのですが。ちなみにちょっと話は変わりますが、“電車でGO!新幹線 専用コントローラ”には鉄芯が入っているんですよね。重くしないと、重量感が出ないんです。

――ああ、コントローラは安定感は大事ですね。

2001年にリリースされた『電車でGO! 新幹線 山陽新幹線編』に合わせて新幹線用のマスコン型コントローラも発売。LEDがインディケーターに連動して動くというすぐれもの。この画期的なアイデアは磯脇氏の発案によるもの。ユニオン電子工業さんに保管されていたものを撮影させていただきました。取っ手がないのはご愛嬌ということで……。

亀井 あと感触も大事にしました。運転ハンドルは手前に引くと、カクカクと段階ごとに感触があるのですが、途中で戻すと、すっと止まらずに最初まで戻るんです。これは忠実に再現されています。ユニオン電子工業さん、さすがだと思いました。あとはステッカー。これが貼るのがたいへんで。

――これって貼るの手作業なんですか?

亀井 そうなんです。何ミクロンだか忘れてしまいましたが、最初は薄かったんですよ。中国のワーカーの方たちが一生懸命貼ってくれるのですが、熟練の腕を持ってしても、どうしても気泡が入ってしまう。それで、急遽厚みを変えてもらって。最初に作ったステッカーは全部処分しましたよね。

磯脇 そうですね。薄いとどうしても気泡が出てしまうんですよね。腰があって、気泡が弾けるような厚さにしないといけなかった。材質も変えたりしましたね。

――試行錯誤の連続ですね。

磯脇 まあ、でも楽しかった!

亀井 ユニオン電子工業さんは、感覚がいいんですよね。たとえば音。ハンドルを動かすときの音をうるさいと感じるか心地よいと感じるかはまさに感覚の兼ね合いです。さらに、ハンドルを動かすときのガクガクという手触り。中の鉄板の突起の厚みにより、このタッチがすべて変わって来てしまうんですよ。これは数値だけでは図り切れないところがあって、実際にやってみないとわからない。そのへんの感覚は、富永さん(富永謙二氏。ユニオン電子工業 技術部長)の感性のなせる技なんでしょうねえ。

――職人技ということでしょうか。

亀井 ユニオン電子工業さんのお仕事は本当にきめ細かいです。たとえば、“電車でGO!コントローラ”は、初期タイプはボタンが下3つなんですよ。といいますのも、初期段階では、コントローラ向けにソニーさんの指定チップが1個支給されていまして、そのチップではポートが足りないので、たとえボタンをつけても反応しなかったんです。だったらユーザーの皆さんの混乱を招くだろう……ということで、わざわざボタン用の穴を埋めてもらってボタンも減らしているんです。後々、タイトーでコントローラ用のチップを作ることができるようになったので、Type2ではボタンは4つになりましたね。(『電車でGO! PLUG & PLAY』を改めて見て)あ、これはType2だな。

“電車でGO!コントローラ”の初期タイプ。ボタンは3つになっている(写真はユニオン電子工業からのご提供)。

――Type2ですか?

亀井 タイトーで専用のチップを作ることができるようになったので、モーターを回したりすることも可能になったんですね。さらに言えば、プレイステーション2ではUSB対応になっていたので、そのフォーマットに則れば何でもできる。5ボルトの電力を供給することもできたんです。5ボルトあれば、ランプも付けられるし、モーターも回せるということになって、2001年にリリースされた『電車でGO!3 通勤編』からType2に代替わりしています。

椎木 『電車でGO! PLUG & PLAY』はType2をベースにしていますね。