あのころのビデオゲーム プラチナゲームズ神谷兄弟特別対談【後編】

ビデオゲームが世に出始めた時代に幼少期を過ごしていた兄弟は、どのようにゲームと接してきたのか? プラチナゲームズ所属のゲームデザイナー、神谷英樹氏とその弟さん(非ゲーム業界勤務)の特別対談。後編では、PCゲームとの出会い、クラシックゲームへの想いなどを当時のエピソードを交えながら語っていただいている。

 ビデオゲームが世に出始めた時代に幼少期を過ごしていた兄弟は、どのようにゲームと接してきたのか? プラチナゲームズ所属のゲームデザイナー、神谷英樹氏とその弟さん(非ゲーム業界勤務)の特別対談。後編では、PCゲームとの出会い、クラシックゲームへの想いなどを当時のエピソードを交えながら語っていただいている。

――PC時代はどのようなゲームを遊ばれたのですか? 5インチフロッピーディスク(※1)時代ですよね?

※1:5インチフロッピーディスク……ミニフロッピーディスクとも呼ばれる。5.25インチディスクの通称。ディスクの書き込み保護をするには、外装の切り欠きにライトプロテクトシールを貼る。

神谷英樹氏(以下、) 5インチ時代ですね。ホワイトボードに“PC-8801MA10月”(※2)って書きましたが、自分でも新発見だったんですけど、高校に入ってすぐにMAを買ったと思っていたら、高校1年の終わりぐらいに買っていたんですね。『ハイドライド3』(※3)といっしょに購入したので、11月以降に買っているわけです。親父に高校に入ったらパソコンを買ってもらうという約束を取り付けてたはずなのに、値段を聞いたとたんに「そんなの買うわけねえじゃねえか」とサラッと反故にされて(笑)。バイトして20万くらい貯めて買ったんですね。本当はX68000(※4)が欲しかったんですけど、学校の情報処理の授業で使う機器がPC-8801だったんですよ。学校で習うパソコンと同じだから家でも勉強で使うと説得して、足りない分を親に出してもらってようやくPC-8801MAを買えた。そこがお互いの妥協点だったんです(笑)。だから『ハイドライド3』も親に内緒で買ってきて、しばらくタンスに隠してました。

※2:PC-8801MA……日本電気(NEC、現日本電気ホームエレクトロニクス)から販売された、パーソナルコンピュータPC-8801、通称PC88シリーズの機種。1987年発売。当時の価格は19万8000円

※3:ハイドライド3……T&Eソフトから1987年に発売されたPC-8801MkIISR以降対応のアクションRPG。前作からグラフィック、サウンドが大幅に強化されているほか、時間や食事、睡眠や重量といった、現実に則したシステムが導入されているのが特徴。

※4:X68000……1987年、シャープから発売されたパーソナルコンピューター。名前の由来は、CPUにモトローラのMC68000を採用しているから。同時期の他パソコン機種が16色表示だったのに対し、X68000は65535色表示が可能。価格は専用モニター込みで約45万円。

実家に置いてある、僕の愛機PC-8801MA、弟のX68000XVI、その他コンソールです。すべていまも動きます。コンソールは実家在住から学生までのものが置かれています(写真提供、解説:神谷氏)。

――PC-8801MAは拡張音源ボードが入っているモデルですよね。

 サウンドボード2(※5)相当の機能搭載です。対応しているソフトはそんなになかったので、恩恵はあまり得られなかったんですけど。でも、そもそも“FM音源”(※6)というものをいまいちよくわかってなくて、シマコーにPC-8801MAのデモ機が置いてあって、機能を説明するデモソフトが動いていたんですけど、それを毎日学校の帰りに見にいって「やっぱFM音源はすげえなあ」と感動して、そのあと弟をシマコーに連れていったんですよ。で、そのデモでキャラクターの歩く足音が「カツーン、カツーン」ってものすごくリアルな音で鳴るところで、ドヤ顔で「な、これがFM音源だぞ」って。でも後で知るんですけど、それ、FM音源じゃなくて、サウンドボード2の機能のひとつのサンプリング音だったんです(笑)。

※5:サウンドボード2……PC-8801FA/MAでは、音源チップをYM2608に変更。サウンド機能がステレオFM音源6音+リズム6音+SSG3音+ADPCM音源1音へと強化。サウンドボード2とは、同機能を旧機種に対応するための拡張ボードの呼称。

※6:FM音源……FMとは、Frequency Modulation(周波数変調)の略。周波数変調を応用した音色合成方式を用いた音源。周波数変調によって波形を変形させることで、さまざまな音を作り出せる。実際の楽器にもアナログシンセサイザーにもない、独特の響きがある。

神谷氏弟(以下、) そりゃリアルだよ(笑)。

――(笑)。パソコンゲームを遊ぶためのPCを購入するきっかけはあったのですか? たとえば、ゲーム情報誌を見てほしくなったとか、友だちが買って衝撃を受けたとか?

 『Beep』、『コンプティーク』、『マイコンBASICマガジン』(以下、『ベーマガ』)に掲載されている記事や広告を見て、ファミコンでは出せない画の美しさに魅せられたという感じですね。いまでも覚えているんですが、『リグラス』(※7)というゲームの広告には強く惹きつけられました。立体的なグラフィックやカラフルな色使いも新鮮だったんですが、当時はまだファミコンにRPGがない時代でしたから、キャラクターとの会話シーンの画面写真を見て「パソコンには、こんな未知のゲームがゴロゴロしてるのか!」とワクワクして。あと、高木がX1(※8)を持っていたので、それに触発されたのもあるかもしれません。『ハイドライド3』といっしょに買ったということからおわかりかもしれませんが、PCゲームの盛り上がりからはちょっと遅れて買っていて。そのあとに『ソーサリアン』(※9)を買って、PCゲームのファンタジーRPGの世界にハマったという感じでしたね。

※7:リグラス……『森田将棋』を生み出した森田和郎氏が設立したランダムハウスから発売された、PC-8801SR以降対応のアクションRPG。奥行きのあるサイドビュー画面や練り込まれたアドベンチャー要素が人気を博した。フルグラフィックによる左右への高速スクロールは、技術的な評価を得ている。

※8:X1……1982年に発売されたシャープのパーソナルコンピュータ。X1発売当時、シャープのパソコンには電子機器事業部製造による“MZ”シリーズがあったが、テレビ事業部が製造を手掛けたX1は従来パソコンとは一線を画す。テレビ画面とパソコン画面を重ね合わせる“スーパーインポーズ”機能を有しており、“パソコンテレビ”と呼ばれた。本体、テレビチューナー内蔵モニター、キーボードで構成されている。

※9:ソーサリアン……1987年、日本ファルコムより発売されたPC-8801MkIISR以降対応のアクションRPG。追加可能なシナリオと、拡張性のあるシステムで注目を集めた。

――『ドラゴンスレイヤー』(※10)でも『ザナドゥ』(※11)でも『イース』(※12)でもなく、いきなり『ソーサリアン』だったというのが意外です。

※10:ドラゴンスレイヤー……1984年、日本ファルコムより発売されたRPG。国産のPC用RPGの代表格。時間制限のあるターン制ロールプレイングゲームで、ダンジョンを探索し、ドラゴンを倒してすべてのクラウンを持ち帰るとステージクリアー。

※11:ザナドゥ……1985年、日本ファルコムが発売したアクションRPG。『ドラゴンスレイヤー』シリーズの第二弾。マップ構成はサイドビュー。シンボルエンカウントによってトップビューの戦闘画面に切り替わる。戦闘はドット単位の移動によるアクションで行われる。武具、防具、アイテムの熟練度のほか、倒してはいけない敵を倒してしまったときに増加してゲーム進行に影響を及ぼす“カルマ”という独自のシステムが導入されている。ボスキャラクターの巨大さも特徴。

※12:イース……1987年、日本ファルコムより発売されたアクションRPG。PCゲーム史に燦然と輝く、金字塔的作品。美しいFM音源サウンドは、古代祐三氏の名前を一躍有名にした。

 『イース』はそのあとに遊んだんだっけ?

 『イース』はそのあと。持ってなくて、友だちから借りたから。……ちょっと話変わるけど、お前の思い出のゲームは何? お前がよく遊んでいて覚えているのは『テラクレスタ』(※13)なんだけど。

※13:テラクレスタ……1985年に稼働となったアーケードゲーム。開発、販売元は日本物産。現在はハムスターが権利を受け継いでいる。機体の合体とフォーメーション攻撃が特徴的な縦スクロールシューティングゲーム。

 ファミコン?

 いや、アーケード。イトーヨーカドーに行ってよくやってたじゃん。

 やってた。プレイしているときに親父が100円玉を横に積んでくれたの覚えてる。

 『テラクレスタ』の稼働開始時期は85年の10月……。85年って、お前は小学校3年生だよな?

 そうだね。

 はっきり認識しているゲームって何?

 『テラクレスタ』とか『ワンダーボーイ モンスターランド』(※14)ぐらいかな。

※14:ワンダーボーイ モンスターランド……1987年、セガ(現セガ・インタラクティブ)より稼働となったアクションゲーム。モンスターを倒してゴールドを獲得することで盾や鎧といった装備や魔法、回復アイテムを購入できるほか、キャラのセリフがウインドウ画面にテキストで表示されるなど、RPG的な演出要素が盛り込まれていた。

 『スーパーワンダーボーイ モンスターワールド』(※15)じゃなくて? アーケードで?

※15:スーパーワンダーボーイ モンスターワールド……『ワンダーボーイ モンスターランド』の移植作。1988年に発売されたセガ・マークIII用ソフト。移植にあたって、新ステージやボスが追加された。

 そう。あとはカタクラモールのゲームコーナーで『大工の源さん 〜べらんめ町騒動記〜』(※16)や『パックマニア』(※17)を遊んだこととか……。

※16:大工の源さん 〜べらんめ町騒動記〜……1990年に稼働となったアーケードゲーム。木づちを持った江戸っ子、大工の源さんを操作し、私腹を肥やす建設会社を成敗するアクションゲーム。

※17:パックマニア……ナムコ(現バンダイナムコエンターテインメント)による『パックマン』を立体的にアレンジしたアーケードゲーム。1987年稼働。クォータービュー画面で、パックマンがジャンプによって敵モンスターをかわすことができる。

 ファミコンで『ドラゴンスクロール 蘇りし魔竜』(※18)をよくやってなかった?

※18:ドラゴンスクロール 蘇りし魔竜……1987年、コナミ(現コナミデジタルエンタテインメント)から発売されたファミリーコンピュータ用ソフト。8冊の魔術書と竜の鱗を集め、復活した魔竜を倒すのが目的のアクションRPG。弟さんが以下で述べている魔法の鍵は、クリアーに必要なアイテムであるにも関わらず入手方法が複雑で、入手するためのヒントがまったくなかった。そのため、魔法の鍵が手に入らずに挫折するプレイヤーが続出した。

 ああ、中学生のころ近所の同級生に借りてやってたね。魔法の鍵の取り方がわからなくて、ファミリーコンピュータMagazine(以下、ファミマガ)の攻略コーナーにハガキを送ったんだけど、旬を過ぎたゲームだったから当然採用されず……。それで「やっぱり俺たちはファミマガに嫌われてる」と盛り上がったりして(笑)。

――やっぱりというのは?

 確か、最初に僕がファミマガにハガキを送ったんですよ。もう大学生になってからなんですけど、『スーパーマリオワールド』(※19)の記事で「Xボタンに割り振られたダッシュ機能は不要」みたいなことが書かれていたのに対して、「Aボタンジャンプをするためにむしろ使える機能です」というようなことを書いて。当然なんの返事もなかったんですけど、その後ファミマガのウル技コーナーにハガキを送って不採用になったりするたびに「あのハガキで俺たちは目をつけられたからやっぱり採用されないな」とネタにしてたんです(笑)。

※19:スーパーマリオワールド……1990年に任天堂から発売されたスーパーファミコン用ソフト。スーパーファミコンのローンチタイトルのひとつ。分岐ゴールや特殊コースの追加、スピンジャンプやマントマリオ、ヨッシーの登場など、多くの新要素が加わり、奥深いアクションを味わうことができた。また、セーブが可能になったことで、高難度コースへのチャレンジ、新ルートの発見など、やり込み要素も充実している。

 しょうもない(笑)。

 思い返すと、お前とデパートでアーケードゲームを遊ぶことはあっても、いっしょにゲーセンに行くってなかったな。

――僕は北関東の田舎で育ったため、当時のゲームセンターは不良のたまり場のような場所だったという実体験があるのですが、長野もそのような感じだったのですか?

 そういうところですね、完全に(笑)。お前の時代って、どこのゲームセンターが栄えてた? 伊勢町のUFO?

 じゃないほうのUFO。

 2階にビリヤードがあるほうのUFOか。俺は中学のころはパルで、高校になってからはレディビートルとか、マイコンランドとか。

 マイコンランドって、カタクラモールのほうの?

 そう、市民プールの近くの。あと、駅前にもけっこうゲームセンターがあったんだよな。サンシャインとか。

 そこは知らないなあ。キャロットは知ってるけど。ゲームセンターに行き出したのは『ストリートファイターII』(※20)のころだから。

※20:ストリートファイターII……1991年に稼働がスタートとなったカプコンのアーケードゲーム。対戦格闘ゲームの礎を築いた作品。