2007年8月31日に誕生した、歌声合成ソフト『初音ミク』。その歌声と、ひと目で印象に残るキャラクターデザインでまたたく間に人気となり、動画投稿サイトを中心に大ヒット。その活躍の場は、日本から世界へと広がった。そして今日も、さまざまなメディアで、さまざまなクリエイターが生み出したコンテンツが展開されている。

 セガゲームスのリズムゲーム『初音ミク プロジェクト ディーヴァ』シリーズも、そうして生み出されたコンテンツのひとつだ。2009年にプレイステーション・ポータブル(PSP)用ソフトとして第1作が登場した後、さまざまなハードで展開。2017年11月22日には、シリーズの集大成ともいえるPS4用ソフト『初音ミク プロジェクト ディーヴァ フューチャートーン DX』が発売された。同作は、収録曲数は238曲、収録コスチューム数は396着と、これまでにないボリュームになっている。

 本記事では、『初音ミク』の生みの親として知られるクリプトン・フューチャー・メディアの佐々木渉氏と、『初音ミク プロジェクト ディーヴァ フューチャートーン DX』のクリエイティブプロデューサーであるセガ・インタラクティブの大崎誠氏のインタビューをお届け。『初音ミク』の10年の歩みや、大崎氏が手掛けたアーケード版『プロジェクト ディーヴァ』や『プロジェクト ミライ』シリーズの思い出、そして『フューチャートーン DX』の見どころをうかがった。

『初音ミク』の10年と、『ディーヴァ』シリーズの歩みを振り返る。クリプトン佐々木氏&セガ大崎氏インタビュー_03
左:クリプトン・フューチャー・メディア 佐々木 渉氏
右:セガ・インタラクティブ 大崎 誠氏

この10年、初音ミクが日本のインターネットシーンを変えた

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――初音ミクさんがついに誕生10周年を迎えますが、これまでを振り返って、改めて思うことをお聞かせください。

佐々木最初は続けるうちに慣れてくるかな? と思いながら取り組んでいたのですが、歌声合成ソフトの企画開発からクリエイターさんたちとのお仕事、ファン層の変化まで、10年間のなかであまり落ち着いた印象はないですね。これだけミクという存在が広がっても、自分たちも飲み込めていないことがたくさんあり、状況を見ながら経験や勉強をしつつ……といった感じで、試行錯誤することが多かったです。この10年間自体が大きな山だったと感じています。

――まさに、ひと息つく暇もなく駆け抜けてきたのですね。大崎さんは、10年前の段階ではミクさんとどのように接していましたか?

大崎ミクを知ってまず驚いたのは、テクノロジーの進化のすごさ。ふつうに聴ける音声合成ソフトが出た! って。すごい歌がネットで公開されてる、って会社で話題になったんですよ。そのころに盛り上がっていたのは、だいたいプログラマーでしたね。

佐々木そうなんですよ、最初はテクノロジー大好きな方が、わーっと広めてくれたんです。

大崎何これ、やべー! いま、こういう時代なの!? と、2007年夏の後半に思い知りました。それから、『みくみくにしてあげる♪【してやんよ】』を聴いて、また驚いて。でも、キャラクターとしてミクが知られ出したのは、『メルト』以降なのかな? それまでは、オリジナルのミクの立ち絵だけを使って曲を公開している人が多かったと思いますけど、ユーザーが絵を自分で描くようになりましたよね。

――『メルト』の歌詞は、いわゆるふつうの女の子の心情を表現したもので、それも「こういう歌を歌わせてもいいんだ」と皆さんの創作意欲を刺激したんだと思います。

大崎それと、ニコニコ動画とYouTubeがしっかりしたサービスとして立ち上がってきたことと重なって、みんな「楽しいことをやって、お披露目するぜ!」という風潮になって。おとなしめの日本人がですよ? 初音ミクがやってきたことで、ネットのノリが変わった、と思いましたね。すごいシーンが見られました。

佐々木ニコニコ動画もそうですし、pixivもミクと同じころに立ち上がりましたね。本当に、タイミングが合っていたんです。先ほど大崎さんが言っていた通り、『メルト』をきっかけに“ミクをどういう女の子に設定して遊ぶか”と皆さんが考えるようになって、それからwowakaさんやハチさんが登場して、“自分の音楽を、ミクでどう表現するか”を模索するようになって。皆さんの曲作りに対する姿勢は、風向きが変わるように、何度か変化していったと思います。

大崎最初は、いわゆるキャラクターソングのようなものが多かったですからね。音としては、ギターがない曲のほうが多かったけど、後からロックな曲が出てきたり、ジャズが出てきたり。

佐々木当初のミクの声はか細かったので、ギターなどとは音がぶつかってしまうんですよね。ですから、ミクの声を聴かせるために、ほかの楽器が場所を空けている状態だったのが、ほかの音と混ざったり戦ったりするようになっていきました。

大崎そしてそれを、ネットで公開するというね。さっきも言いましたけど、本当にインターネットシーンは変わりましたよね。

佐々木ネットだから、しがらみがなかったんでしょうね。たとえばクラブミュージックにしても、ロックにしても、それぞれのジャンルに先輩後輩の関係が存在していましたが、ネットではそれは関係がなかったので、いきなりたくさんの曲が登場しました。もう先輩後輩の時代じゃない、というのもあったかもしれませんが……VOCALOIDのプロデューサーは、世代が違うとそんなに交流していないのですが、それはいいことでもあるんじゃないかなと思います。

大崎ゲームでも同じことが言えますよね。インディーゲームを作って、いきなり大ヒットする人もいますし。でも、ネット自体は昔からあったんですよ。やっぱり、ミクが出てきたころを境にネットの質が変わったと思います。

AM2研(第二研究開発本部)と初音ミクのゲームの歩み

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――大崎さんが、ゲーム作りの中でミクと関わるようになったのは、いつからですか?

大崎最初に佐々木さんにお会いしたのは、『ディーヴァ』関連じゃないんですよ。

佐々木バーチャファイター』なんです。

大崎2008年に、『バーチャファイター5 R』のキャラクターの腰につけるアイテムとして、ねんどろいどのミクを出させてもらったんですよ。そこで佐々木さんに挨拶させてもらって、クリプトンさんが出している効果音集を売り込まれました(笑)。

佐々木そうそう、そうでした(笑)。

大崎あとはAM2研としては、『R-TUNED:Ultimate Street Racing』のバイナルにミクを登場させたり。最初の『ディーヴァ』が出るまでは、コラボ系の取り組みが多かったんですよ。

――それからだいたい1年後に、PSPの『ディーヴァ』1作目が出たんですよね。

大崎1作目、社販でも買えなかったんですよ。在庫が枯渇して、社販している場合じゃないと。店を駆けずり回って買って、それからニコ動にエディットデータが上がったのを見て、「ピコーン」としちゃったんです。

――アーケード版のアイデアが!

大崎ほんと、ピコーンと。そこで、まず内海さん(内海洋氏。昨年までSEGA feat. HATSUNE MIKU Projectのプロジェクトマネージャーを担当。現在はDMM.futureworks代表取締役)に話に行ったら、「ライブやってくれないか」って言われて。ぜんっぜん意味がわからなかったですね(笑)。

――アーケードゲームを作りたいと言ったのに、「ライブをやって」ですからね(笑)。

大崎2009年8月31日のミクフェスのライブを担当してくれと。でも、話をしに行った段階で、7月下旬ですよ。1ヵ月とちょっとしかないんですよ。その年の夏休み、なかったですからね?(笑)。そうして、『バーチャファイター』のシステムを使ってミクを動かしたのが始まりです。

佐々木それも、もともと皆さんがライブの話以前に、「『バーチャ』のシステムでミクを動かして遊んでみよう」と試していなければ、間に合わなかったんですよね?

大崎そうですね、PSP版のモデルのデータをもらって、先に試していたんです。『バーチャ』のキャラクターに比べると頭身が低くて、骨の構造も違いますから、動かすのはたいへんなんですけど、プログラマーとデザイナーがちょちょっとやったら動いちゃって……。

――さすがAM2研の技術力!

大崎デュラルのデータを置き換えてやってみよう、とか(笑)。そのバージョンは佐々木さんにも見てもらいましたよ。

佐々木めちゃくちゃでした(笑)。でも、楽しかったですね。

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AM2研が試作した極秘映像のワンシーン。『バーチャファイター5』のステージでミクが歌っている。

――その後ミクフェスを終え、いよいよアーケード版を手掛けるわけですが……2010年3月には、ライブ“ミクの日感謝祭”もありました。

大崎アーケード版は2010年6月に稼動開始したんですが、ロムの締めは2010年3月の終わりだったんですよ。ライブもあるのに。気合と根性と漢気でやってました。

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同時進行で制作が進められた、2010年開催のライブ“ミクの日感謝祭”と『初音ミク プロジェクト ディーヴァ アーケード』。

――以前、ゲーム作りとライブの同時進行は『シェンムー』のつぎに辛かった思い出だとおっしゃっていましたが……。

大崎あ、『シェンムー』のつぎに辛かったのは、2012年のほうです。あのときはライブと『初音ミク アンド フューチャー スターズ プロジェクト ミライ』が同時進行だったので(笑)。白髪が『シェンムー』のつぎに増えました。

――気合と根性と漢気の連続ですね……。

大崎電子の歌姫をAM2研が預かって手掛けるなら、ヘタなものは出せないなと。もうそれだけです。初音ミク=未来感なので、それにふさわしい演出をやらなきゃと。それまでは、「技がドーンと当たったらどう気持ちいいか?」くらいのことしかやっていなかったのに。でも、スタッフには「(こういうIPを)やってみたい」って気持ちがあったんです。それが爆発した感じですね。

――ミクを演出するうえで、佐々木さんはどのようなリクエストをしたのですか?

佐々木ミクは基本的に自己表現はしないので、その範囲でということはお伝えしつつ、元動画の世界観などに従ってください……という感じで、ほとんどリクエストはしていないです。女の子……という印象はあまりなかったので、アイドルを扱うというよりは、メガドライブ時代の『ファンタシースター』に出てくるアンドロイドのようなイメージで……とお話ししたと思います。

大崎若干、最初のうちは拙い演出でしたが、それが当時のイメージにあっていたかもしれませんね。いま見返すと、やっぱり初期は表情が乏しいんです。それがだんだんエスカレートしていくんですけど。あと、内海さんがアイドルのライブ映像とかめっちゃ見てて、「歌うときしか口を動かさないのはおかしい」って言うんですよね。「マイクは入っていないけど、ちょっと声を出したりとかするでしょ?」って。そういう教えもありつつ、スタッフもこなれていって、いまにいたります。

――最近のライブシーンでは、ミクさんがめちゃめちゃ表情豊かに動きますよね。何気ない仕草もかわいいですし。

大崎ああそうだ、ミクフェスのとき、セルフシャドウ(キャラクターモデル自身に影を落とす技術)をつけたんです。ミクをアニメキャラクターのように捉えている人からは「ないほうがいいんじゃない?」と言われたりしたんですけど、「これはぜったいあったほうがいい」って。存在感が出るので。実際、ミクフェス本番を見て「いいな」と思ったので、感謝祭でもセルフシャドウをつけました。やっぱり、(ミクを)預かって取り組んでいることなので。下手な仕事はできないなと。

――そうしてアーケード版、ライブに続いて、ニンテンドー3DSの『プロジェクト ミライ』シリーズも手掛けるようになるわけですが、当時の思い出は?

大崎当初は、こちらで独自に頭身を下げたモデルを作っていたんですよ。なんですけど……いまでも覚えているのは、目黒の喫茶店で佐々木さんに会ったとき。「もう、グッスマ(グッドスマイルカンパニー)さん10周年だし、ねんどろいどでやったらいいんじゃない?」って言われて、「あ、いいっすね」って。それで決まったっていう。自分の私物のねんどろいどをデザイナーに渡して、「これを作れ!」と言いました(笑)。グッスマさんはチェックがめっちゃ的確で厳しいので、なかなかたいへんでしたが。

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ねんどろいどモデルのキャラクターたちの姿がかわいらしい『プロジェクト ミライ』シリーズ。

佐々木でも、そうやってクオリティーを高めよう! と取り組んでいる狭間から、ぽーんとミクダヨーが出てきたんですよね。あれがデジタルデータだったら、完全に修正されたはずなのに、アナログだから取り逃しちゃったんですよね……。

大崎ミクダヨーの初お披露目は東京ゲームショウでしたけど、会場の裏に内海さんを呼び出して「マジで出すの止めてください」って本気で怒りましたからね。イメージが悪くなると。でも、いま思えば、すいませんでした(笑)。

佐々木グッスマの担当の方も、当初はミクダヨーを認めていなかったんですが、後に「すいませんでした」と言っていました(笑)。

大崎ほんと、オーパーツですね、あれは。自分のゲーム屋人生の中で衝撃でした。もうぜったいに「ダメだ」って思ったやつが当たる、っていう。ゲームって、だいたい「ダメ」か「わからない」なんですよ。発売前から「これはいい感じだ」って思えたのは、『バーチャファイター2』と『プロジェクト ミライ 2』だけで。あとは「俺らはがんばったけど、わからん」なんですね。で、自分は見る目がそれなりにあるつもりだったんですけど、ミクダヨーに関してはまったくありませんでしたね(笑)。

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狭間から生まれてしまったミクダヨーさん。いまではすっかり大人気キャラクターに。