アメリカのカリフォルニア州サンフランシスコで行われたGDC(ゲーム・デベロッパーズ・カンファレンス)開催5日目、Blizzard Entertainmentでリードライターを務めるMichael Chuによる『オーバーウォッチ』の世界観やヒーローキャラクター構築についての講演が行われた。
“地球”という舞台への挑戦
Blizzard Entertainmentには『ディアブロ』、『ウォークラフト』、『スタークラフト』の3種類のユニバース(宇宙/世界観)があり、例えば『ハースストーン』は『ウォークラフト』のユニバースに属する。その中で約20年ぶりにまったく新しい世界のゲームになる『オーバーウォッチ』を作っていくにあたって、これまでと違う世界に挑戦するために、まずはこれら3種類のゲーム世界を見直すことから始めたそう。
ダークファンタジー、ファンタジー、スペースSF……そして決まったのが、Blizzardバージョンの地球を作ろうということ。現実の延長としての地球がテーマとなることはなかったのだ。
一方で、いずれも歴史あるフランチャイズとなっているため、その語られ方はゲーム内だけでなく、マニュアルから小説、コミックまで、さまざまなコンテンツを通じて多面的・重層的に構成されているのも重要な点だ。
5つのガイドラインと8つの柱
そこで世界を作っていくために、どんな世界をどういう趣旨で作っていくかについて、5つのガイドラインが設定される。
1.ヒーローたちが戦うに値する未来を作る。
2.ヒーローにフォーカスし、たくさんのヒーローが出てくる
3.ゲームデザイナーが考えたヒーローの能力の特徴から来るイメージと、アーティストが作るビジュアルデザインから来るイメージを一致させる
4.ヒーローがゲームプレイだけでなくユニバースのストーリーを動かしていく
5.ゲームの中でストーリーは語らず、その文脈をゲームの中にちりばめる
対戦アクションシューティングという、素早くかつプレイ時間が短いゲームであるため、ゲーム中ではストーリーを長々と語ることをせず、その文脈を踏まえてストーリーを匂わせるに留めるというのは面白い部分。結果的に『オーバーウォッチ』はヒーローそれぞれのショートムービーが作られ、コミックなども出て、じっくりと語るのはゲームの外側に出すと言う形になっている。
また、どういうものを目指すかという具体的なデザインの柱は8つ。これは現在でも共通しているそうだ。
理想的な未来: 馴染みのある国、ランドマーク、歴史などの要素を取り入れつつ、具体的な場所やイメージを発展させて、理想的な明るい可能性の中に未来を作る。
キャラクターの構築: ヒーローたちは『オーバーウォッチ』世界の核となる存在なので、ダイナミックにある種の感覚やビジュアルを体現するヒーローを作る。
グローバルな多様性: グローバルでかつ本物らしく感じられるものにする。それぞれ世界中のさまざまな国を代表するものを内包する。一方でステレオタイプなキャラクターに収まらず、さまざまな個性・多様性を代表できるものにする。
恥を知らないほど楽しい: ヒーロー固有のアビリティは奇想天外で、ユーモアやワクワク感を大切にする。
サプライズとインスパイア: 可能性のある世界を見られるきっかけを作る。
投資には見返りを: ヒーローのバックストーリーはゲームの中では明確に語らず、キャラクター同士の掛け合いなどから繋がりを、そして各マップの環境からヒントが得られる。グラフィックノベルやショートストーリーなどゲームの外側で理解を深める。
プレイヤーを信用する: ストーリーを単に語るのではなく、それぞれのエピソードの繋がりや結論はプレイヤーに見つけてもらう。興味深いプロットとキャラクターを提供することで、プレイヤーにストーリーを深く掘りたいと思わせる。
シンプルにする: ヒーローはプレイヤーが瞬時に理解できるように。ビジュアル、能力、インターフェース、そしてストーリーも、基本はシンプルに。
楽観的な未来の地球
さてここからは実例を交えながら、実際にどう『オーバーウォッチ』の世界観が構築されていったかが示された。
まず未来観については、あらゆることが可能で、さまざまな課題が大方解決され、テクノロジーが開花した“楽観的な未来”を目指した。これは人を歓迎し惹きつけるような力があり、そこに住んでいるような感覚を得られるからだという。「2019年くらいかな」と思えるような未来だと言うのだが、確かに「『オーバーウォッチ』世界に住む自分」というのはなんとなく想像しやすい。
次に、『オーバーウォッチ』世界のルック&フィールで重要な役割を担うのがロボットたちだ。人間とロボットが対等に交流する世界である一方、バックストーリーとしてはロボットとの戦争“オムニック・クライシス”などの設定があって、楽観的ではあるもののユートピアでも完璧な世界でもなく、闘争まではなくなっていない感じ。
またSF設定についてはオーグメンテーションや高度なAIなどのテーマが扱われているものの、先程挙げたシンプルさをキープするために、テクノロジーについてはそれほどフォーカスしていない。
例えばシンメトラの場合、“硬質光テクノロジー”を使って光から物質を生み出すという設定だが、当初は“フォトニック・エンジニアリング”という名前だったものの、大げさすぎてわかりにくいので、現在の名前になったのだという(英語ではHard Light Technologyなので、何か光で硬くするっぽい技術であることはすぐわかる)。
リアルな地球とフィクションな地球
実際の地球の国や文化などを取り入れることにはなったものの、そこにはフィクションがある。例えば現実の地球とユニークな架空の地球はそれぞれ制作上のメリット・デメリットが存在する。
例えば場所は、現実に近付けると実際にある場所を使うしかないが、ユニークな架空の地球では自由に作れる一方、本物らしさに欠ける。文化的配慮については、現実の場合はかなりしなければならず、ユニークな架空の地球でもある程度の配慮が必要。名称については実在の場合は法的課題が残り、ユニークな架空の地球では名前を考える作業が発生する。
そして『オーバーウォッチ』では、“リアリズム”よりも“本物らしさ”を優先しつつ、両者をミックスすることになる。イギリスならばロンドンよりいい名称は思いつかないので、その一地区としてKing's Rowを設定し、“King's Row, London”という形に合成。
Valskayaはサンクトペテルブルグを参考にしつつ、それをそのまま企業名に使いたがったが、ローカライズ上の都合でロシア語では無理があると言われたため、言葉を追加して“Valskaya Industries, St. Petersburg”とする。
またハリウッドにおいては、現実のハリウッドに実際に行ってみると、楽しそうなイメージと異なり、往々にしてがっかりすることになるため、『オーバーウォッチ』では“より楽観的な未来”として、人々がイメージする華やかなハリウッドを採用することにしたとか。
多様性のあるヒーローたち
ヒーローの作成にあたっては、それぞれが独自のゲームのヒーローキャラクターだと思えるように、違いをはっきりさせたかったそう。その上で役に立っているのが多様性で、もとからさまざまな多様性を持たせようとしていたことが貢献している。
興味深いのは、「キャラクターは特徴がミックスされたもの」と位置づけ、単に出身国に親しみを感じるのではなく、特徴に共感を覚えるのだという点。つまり国だけでなく、肌の色、身体的特徴、パーソナリティ、文化的背景、ゲーム的な能力の特徴、性的指向など、さまざまな点について多様性を与えることで、多様な世界のプレイヤーがそのどれかをフックに愛着を抱いてくれるというわけだ。
プレイヤーができるだけ自分をキャラクターの中に見出だせるようにするためにも、「多様性を受け入れることはクリエイターの責任だと思う」と同氏は語る。しかし一方で個人的な特徴を持ったものを作ろうとするが故に、どれだけリサーチしても、誤った問題のある描写になってしまったり、あるいはそう感じてしまう人が出てくることもある。だが失敗については仕方がないもので、それを恐れるよりも、まずちゃんと敬意を払ってリサーチをし、他の人の気持ちを理解して努力することが肝心だと述べていた。
では、どのようにパーソナリティを形作るのか? まず出てきたのがラインハルト。オリジナル“オーバーウォッチ”のメンバーで61才のドイツの兵士で、正義を重んじるキャラクターだが、彼はゲーム的な能力の特徴が土台になっている。
例えばシールドは人を守るという意志であり、タンクタイプであるのは敵をひきつけてダメージを吸収する自己犠牲。一方で突進して壁に叩きつけるチャージ攻撃は、「決断が甘く熱くなりやすい」という性格に反映されている。
一方メイは、最初はバウンティハンターという設定で、そのほかに環境問題と戦う戦士、エベレストにも登頂した著名な冒険家……などのアイデアがあったが、ストーリーが複雑になってしまって、「シンプルに」という柱と合わなくなってしまう。
そこで立ち返ったのが能力。“クライオフリーズ”に目をつけて、9年間極低温で凍っていたという設定を採用。目覚めたらオリジナル“オーバーウォッチ”がいなくなって世界が変わっていたという視点の違いも生み出せた。
他のキャラクターとの(恋愛に留まらない)関係性も重要な部分で、例えばファラはアナとの関係でヒーローに囲まれて育ったということが、彼女の正義感やヒーローとして貢献したいという願望に反映されているほか、ラインハルトなどのオリジナルメンバーとの関係性も生み出している。
一方リーパーとソルジャー76では、友情と、お互い意見があるがゆえの亀裂という、『オーバーウォッチ』のストーリーを定義づける関係となっている。彼らの過去と現在の関係が、オーバーウォッチチームが組織としてどう成長し、どう限界を示したかと並行しているのだ。
またキャラクターの視点の違いがストーリーに多面性を与え、ファンはキャラクターの考え方を知ることでユニバースへの独自の見解を抱くようになる。ジャンクラットとロードホグがそのいい例で、核爆発後のオーストラリアで、ロードホグは核以前の世界を知っているために現状を悲しく見ているが、ジャンクラットはそれ以降しか知らないため、楽しくアナーキーにやっているという具合に、性格の傾向は合っていても視点の違いがテンションなどの差を生んでいる。
なお、悪役についても、ただの悪人ではなく、それぞれのストーリーのヒーローであり、カリスマ性を持っていて、共感を呼び理解されるような存在として設計しているという。
キャラをどう掘り下げるか
このように背景や特徴も大事なのだが、ヒーローの違いを一番はっきりさせるのは声の演技だとして、かなり重要視している模様。話しているトーンで、兵士なのか市民なのか、興奮しているのか落ち着いているのか、どんなユーモアを持っているかなど、聞くだけでキャラクターの人となりがなんとなく察せられるようになっている。
このためキャスティングでは、キャラクターに近い人物で、本人もキャラのプロファイルにできるだけ近く、またネイティブであるような人物を選ぶように最大限努力したという。しかし、ルシオの場合は最適な人物を見つける時間が足りず、声優はブラジル人でもポルトガル語話者でもないそう(それでもルシオを演じるJonny Cruz氏がTwitterで公開している他の演者との掛け合いの動画は、彼自身もかなりルシオっぽい人であることを示していて最高)。一方アナの場合はカイロまで出張して探し回ったとか。
Lúcio runs into Overwatch Characters. @PlayOverwatch @matthewmercer @SilverTalkie @CaraTheobold @carolinaravassa https://t.co/7rfchgJtrA
— Jonny Cruz (@JonnyCruzzz)
2016-11-09 06:07:47
発表されたばかりの新ヒーロー“Orisa”は、ストーリーがビジュアル面とゲーム的特徴のギャップを埋めるいい例だという。Orisaはまずゲームデザインから生まれたタンク型のヒーローで、アシスタントアートディレクターはビジュアル的な掘り下げを狙い、護衛ロボットで4つ足でロボコップ+Gladosのような性格を持つ少しシリアスなキャラクターとなっている。
ちょっといろいろ要素が多い感じになってしまったが、それをまとめているのがOrisaと一緒にいるサブキャラであり天才的な子供イフィだ。現在公開されているストーリーは、彼女の目を通してOrisaを知ることができるという内容になっている。
全体のストーリーについては、まずオムニック・クライシス→ゴールデンエイジ(オリジナルオーバーウォッチとしてヒーローが活躍)→オーバーウォッチの失敗(スキャンダルや陰謀によりオーバーウォッチが崩壊)→再招集(闘争が激化し、オーバーウォッチが復活する)という流れ(タイムライン)を設定。
アナの設定にあたっては、ファラの母親の話は重要だと考えられていたため、兵士という設定が決まっていたこともあり、オリジナルオーバーウォッチメンバーとして追加キャラクターのひとりに決定。しかしローンチ時のヒーローではないため、ストーリーへどう参加させるかを考えることになる。
そこでタイムラインを検討した所、ウィドーメーカーとのスナイパー対決でミッションに失敗し、姿を消していたという設定が決まった。ゲームだけでなく、ショートストーリーやコミックを作れるよう、新たなものを入れる余地を用意しておくのも有効とのこと。
世界は常にヒーローを必要としている
すでに紹介したように『オーバーウォッチ』は幅広い多様性を持てるよう模索してきたが、多様性にはセクシュアリティも含まれる。しかし、それが前面に出ることが目的になってしまって、キャラクターがセクシュアリティに縛られるようでは本末転倒だ。開発では自然に取り入れる機会を待っていたそうで、それがトレーサーを中心にしたコミック“Reflection”で結実する。
Reflectionでは、クリスマスの夜、トレーサーがプレゼントを手に入れようと奔走する姿が描かれるのだが、これは時間を操るトレーサーですらも、クリスマスギリギリですべてをやろうとすればツケが回ってくるというジョークにもなっている。
そして後半部では、ウィドーメーカーが亡くなった夫の墓を訪ねていたり、ウィンストンがクリスマスディナーを用意していたり、それぞれのクリスマスが描かれる。そしてプレゼントを手に入れたトレーサーは女性の恋人からキスされる。そう、トレーサーはレズビアンだが、それはただ他のヒーローと同じ個性のひとつだ。
Chu氏は「現実の世界がそうであるように、多様性が世界を形作る織物のようにしたかった。人間関係も同じだ。トレーサーはたまたま女性を愛したんだ」と述べる。彼女は同性愛者を入れるためのキャラクターではなく、楽観的で懸命で勇敢な、もっとも『オーバーウォッチ』らしいキャラクターで、幅広い人が繋がりを感じられるヒーローだ。そしてそれは彼女のセクシュアリティとはあまり関係がない。「トレーサー本人が言うように 、世界は常にヒーローを必要としている」。だからBlizzardはさまざまな人が自分に近いヒーローを見つけられるようにしたのだ。