「毎日ゲームを作るのがとにかく楽しい」

 2016年10月13日に発売されるや大きな話題を集めているプレイステーション VR。その対応ソフトとして、記者が個人的に大いに注目しているのが『ローラーコースタードリームズ』だ。お好みの遊園地を作って、世界中のユーザーと共有できるという本作。とくに楽しいのがジェットコースターの作成で、多彩なエディター機能を駆使して、自由自在にジェットコースターを制作できるのが魅力だ。

 注目は、何といっても同作の開発を手掛けているのがびんぼうソフトであるという点だ。びんぼうソフトという、なんとも貧相なネーミング(失礼!)のこのスタジオは、開発者の服部博文氏がひとりで切り盛りする有限会社。もともとバンプレストに所属していた服部さんは、「好きにゲームを作りたい」との思いから1997年に独立。ほぼひとりでプレイステーション用ソフト『ワールドプロテニス’98』(発売元:アイマジック)を手掛けたあとは、1999年にびんぼうソフトを設立。1999年12月9日に『ジェッドコースタードリーム』をリリースした。

『ローラーコースタードリームズ』 ひとりでゲームを開発する恍惚と不安を、服部博文氏に直撃_10

 記者が服部さんの存在を知ったのはそのころ。“たったひとりでドリームキャスト用ソフトを開発するクリエイター”の存在を知り、当時ドリームキャスト専門誌の編集部に所属していた記者は、取るものも取りあえず服部さんに取材のお願いをしたものだ。インディーゲーム華やかなりしいまでこそ、“ひとりでゲームを作る”ということにあんまり驚きは感じられなくなったが、あのころは「家庭用ゲーム機向けのソフトを、本当にひとりで作れるのか?」と驚愕したのを覚えている。いま振り返ってみると、“自分の好きなようにゲームを作る”という点において、服部さんはインディーの走りだったと言えるのかもしれない。

 “ひとりで家庭用ゲーム機向けゲームを開発した”という話題性もあってか、『ジェッドコースタードリーム』はそこそこ売れたようで、服部さんはその後『ジェッドコースタードリーム2』(2000年)、『ぼくのテニス人生』(2001年)と、ドリームキャスト用ソフトをひとりで開発することになる。ドリームキャストの終焉後は2003年にプレイステーション2向けに『SIMPLE2000シリーズVol.33 THE ジェットコースター 遊園地をつくろう!』(発売元:ディースリー・パブリッシャー)をリリース。そこから家庭用ゲーム機のジャンルで、びんぼうソフトと服部さんの名前を聞くことは、しばらくなくなってしまった。

 そのあいだ服部さんはゲームを作っていなかった……というわけではなくて、販売の手軽さなどを理由にPC向けゲームにシフト。2005年~2011年の6年間で5本のタイトルをリリースしたという。「PC系はいろいろな配信サイトに、片っ端から登録しまくりました。セールス的には、日本よりは海外がメインでした。ただ、セールス的には正直言って相当きびしかったです。PC向けゲームはたくさんの方に知っていただくのが難しいですし……」と振り返るとおり、PCでゲームを配信していたときはセールス的にはあまり振るわなかったようだ。ハッカーがゲームのプロテクトを外してタダでコンテツを配布してしまう“クラック”にも悩まされたようだ。

 さすがに「生活していくことの不安を感じました」という服部さんは、「これはちょっとやってられない……」ということで、家庭用ゲーム機での開発に戻ることを決意。2013年にプレイステーション3用にダウンロード専売BATTLE OF TILES EX(バトル・オブ・タイルズ イーエックス)』をリリースするにいたる。同作は、戦力である“タイル”の配置により戦果が大きく変わる戦略的なRPG。2008年にPC向けにリリースした『Battle Of Tiles』が好評だったことから家庭用ゲーム市場への“復帰作”として選択したものだ。

 12月22日に配信予定の『ローラーコースタードリームズ』は、家庭用ゲームへの復帰2作目として、自身がもっとも大切にしてきた、“遊園地とジェットコースター”をモチーフにしたゲームを、満を持してプレイステーション4向けに投入したものだ。これまでの開発歴で4本のジェットコースターモノを手掛けてきた服部氏だが、2011年にリリースした『Maximum Rollercoaster』は経営要素などがなく、少し物足りなく感じていたので“決定版を”との思いから開発に取り掛かったのだ。

 『ローラーコースタードリームズ』の開発に着手したのは、『BATTLE OF TILES EX』配信直後の2013年から。当時はプレイステーション VRが発表されていなかったこともあり、そもそも『ローラーコースタードリームズ』は、VRは想定していなかったという。VR対応のきっかけとなったのは、ふらりと出かけた秋葉原でたまたまOculus Riftを体験したこと。そこで衝撃を受けた服部さんは、VRとジェットコースターとの親和性の高さを確信。開発中の『ローラーコースタードリームズ』を、「ぜひVRに対応させたい!」との思いから、ソニー・インタラクティブエンタテインメントジャパンアジア(SIEJA)に「プレイステーション4でOculus Riftを遊べるようにしませんか?」とお願いしようとしたほどだという。いかに服部さんがVRに惚れ込んでいたかがわかる。その後、2014年3月にProject Morpheus(名称・当時)として発表されるや、服部さんはすかさずSIEJAにコンタクト。VR化に向けての開発に着手することになる。

 プレイステーション4向けソフトでなおかつVR対応ソフトをたったひとりで作る……となると、相当な苦労がともなったであろうことが容易に想像されるが、とくにたいへんだったのが、立ち上がったばかりのハードにありがちな仕様変更や不具合で、「開発の初期段階ならではのたいへんさがありました」(服部さん)という。

 とはいえ、そこは服部さんのこと。持ち前の堅実さでコツコツと開発。プレイステーションVR用の開発キットが充実していたこともあり、“VR化に際してプラスアルファの労力”という点では、こちらが思ったほどの苦労はなかったようだ。ただし、ゲームの処理スピードを保つのには服部さんも苦慮したようだ。「フレームレートは60fpsを保たないといけないので、処理落ちしないようにするのがたいへんでした」と服部さん。さらには、VR酔い対策なども大きな課題だった模様だが、そこはSIEJAからのアドバイスなども参考にしつつ、適宜調整していったという。

 結果として、3年の期間を要して完成した『ローラーコースタードリームズ』は、『Maximum Rollercoaster』の2倍から3倍の規模となり、開発期間もゲーム自体の規模も、服部さんにとって「過去最大級の作品になりました」(服部さん)という。とくに自信を持っているのは、やはりVRへの対応。本作では、自由に遊園地を歩き回れる“フリーウォーキングモード”がVR対応となるのだが、「実際に遊園地を歩いているような気分を味わえますよ。ジェットコースターは、人によっては本当に乗っているみたいな感覚を味わっていただけるようで、錯覚でGを感じる方もいらっしゃるようです」(服部さん)と、大きな手応えを感じているようだ。そもそも、服部さんが遊園地やジェットコースターをモチーフにしたゲームを開発するきっかけは、「遊園地の楽しさをゲームで再現したい」との思いによるものだったようだが、VRという魔法のテクノロジーを得て、本作は服部さんの理想像に1歩近づいたようだ。

『ローラーコースタードリームズ』 ひとりでゲームを開発する恍惚と不安を、服部博文氏に直撃_01
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▲『ジェットコースタードリーム』のナビゲーターキャラクターとしておなじみのジェット博士も登場。いい味を出してくれる。極めて真面目な服部さんのユーモア感覚がうかがえるキャラクターだ。

 ちなみに、『ローラーコースタードリームズ』では、服部さんは今回初めての取り組みをしている。歌手の藤崎結朱さんの楽曲3曲を、『ローラーコースタードリームズ』のために提供してもらっているのだ。通常、服部さんが手掛けるゲームの音楽は、ロイヤリティーフリーの“BGM素材集”などから使用させてもらっているらしいのだが、服部さんが藤崎さんの大ファンだったことから、藤崎さんサイドにコンタクトを取り、3曲を『ローラーコースタードリームズ』に提供してもらうことになったという。「藤崎さんの楽曲はすごくいい曲で、ゲームのBGMにぴったりということで使わせていただきました。“BGM素材集”にはJポップでクオリティーの高い楽曲は入っていませんので、特別に使わせていただきました」(服部さん)とのこと。収録されているのは“Trick on eyes”、“Fuzee”、“RIDE on BREEZE”の3曲。『ローラーコースタードリームズ』の“フリーウォーキングモード”には、45曲の楽曲が収録されており、遊園地の作成者が自由にBGMを選択できるようになっている。気になる方は、藤崎結朱さんの楽曲をセレクトしてみてください。

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▲開発こぼれ話を。遊園地を歩いている3Dモデリングのキャラクターはネットにある素材屋さんから購入したとのこと。いい時代になったもので……。とはいえ、遊園地の建物などは自ら制作。大きな建物だと作るのに1週間かかることもあるという。そうやって地道に作るのが楽しいというから、まあ生粋のプログラマーさんなのだろう。
▲本作にはミニゲームも収録されている。シューティングやダンスしているゾンビから逃れるゲームなど……。どんなゲームかは実際に試してみてください。

 さて、最後に服部さんに20年近くにおよぶ“ひとり開発”の日々について聞いてみた。

――この20年を振り返ってみていかがですか?

服部 最初のころに比べると、若干変わっています。昔は、収入に対する心配もあり、“1年に1本はゲームを作らないといけない”という目標がありましたが、いまは開発には何年かけてもいいと思っています。収入は一切安定していないのですが、“とにかくいいものを作りたい”という気持ちが強いです。

――ある意味で、好きなことをして20年というには、素敵かもしれませんね。

服部 はい。恵まれていますね。

――『ローラーコースタードリームズ』の開発を終えて、ゆっくりお休みなどされる感じで?

服部 とくに考えてないです。ひとりで開発をするようになって最初のころは、1作終わったら1~2ヵ月休んだりして、“オフ”的な期間を設けたりしていたのですが、やっぱりあまり楽しくなかったんですよね……。ゲームを作っているほうが楽しくて。だんだんと休むことは減っていったような気がします。ひとつのプロジェクトが終わったら“終わってしまって寂しい”といった気持ちが強いです。

――それはまた……。“作っていること”が“生きていること”みたいな感じですね。

服部 ですかねえ……。

――『ローラーコースタードリームズ』は、プレイステーション VR対応になることで、“遊園地を再現したい”という服部さんの夢をある程度実現したわけですが、まだまだ先がある?

服部 そうですね。続編を作るとしたら、プレイステーション4のつぎとかになると思うのですが……。

――そんなに先になりますか?

服部 はい。次回作としてすぐにジェットコースターモノに着手することはないですが、やるとしたら今度はもっと時間がかかると思います。もっと細かく作り込まないといけないので……。

――その日が来ることを楽しみにしています。最後に、ファミ通.comの読者に向けて、ひと言お願いします。

服部 『ローラーコースタードリームズ』はVR対応ということで、実際に遊園地を歩いている気分を味わっていただきたいです。作れるジェットコースターの組み合わせは無限大になりますし、世界中の人が作ったジェットコースターに乗ることもできます。末永く楽しんでいただけたらうれしいです。

『ローラーコースタードリームズ』 ひとりでゲームを開発する恍惚と不安を、服部博文氏に直撃_07

■服部博文氏
 バンプレストを経て、1997年にびんぼうソフトを設立。20年近くにわたり、ひとりでゲーム開発に取り組む(開発歴は記事末のリストを参照のこと)。
 “自宅でひとり開発”ということで気になるのが服部さんの1日。「何年か前までは夜型だったが、ここ1~2年はなぜか朝方」とのことで、午前8時起床、午前9時~午後4時まで仕事。午後5時からテレビやゲームなどを楽しむ毎日らしい。テレビはテレビ東京が大好きで、「好きな番組は?」と聞いたところ、『モヤモヤさまぁ~ず2』、『YOUは何しに日本へ?』、『家、ついて行ってイイですか?』、『ガイアの夜明け』、『カンブリア宮殿』……とすらすらと列記。いま好きなゲームは『Downwell』とのことです。

【服部博文氏 ゲーム開発歴】※メーカー名は当時

1991年
FIFTEEN ALL(Tennis)』/X68000(びんぼうソフト・同人)
F1 SLIP STREAM』/X68000(びんぼうソフト・同人)

1992年
BATTLE WAR』/X68000(びんぼうソフト・同人)

1994年
GOGOアックマン』/スーパーファミコン(バンプレスト)

1995年
バトルピンボール』/スーパーファミコン(バンプレスト)

1996年
THE OPEN GOLF』/プレイステーション(バンプレスト)

1998年
チョコボの不思議なダンジョン』/プレイステーション(スクウェア)
ワールドプロテニス'98』/プレイステーション(マグノリア)

1999年
ジェットコースタードリーム』/ドリームキャスト(びんぼうソフト/ボトムアップ)

2000年
ジェットコースタードリーム2』/ドリームキャスト(びんぼうソフト)

2001年
『ぼくのテニス人生』/ドリームキャスト(びんぼうソフト)

2003年
『SIMPLE2000シリーズVol.33 THE ジェットコースター 遊園地をつくろう!』/プレイステーション2(ディースリー・パブリッシャー)

2005年
Dream Match Tennis』/PC(びんぼうソフト)

2007年
Fragile Ball』/PC(びんぼうソフト)

2008年
『Battle Of Tiles』/PC(びんぼうソフト)

2009年
Line Space Wars』/PC(びんぼうソフト)

2011年
『Maximum Rollercoaster』/PC(びんぼうソフト)

2013年
『BATTLE OF TILES EX』/プレイステーション3(びんぼうソフト)

2016年
『ローラーコースタードリームズ』/プレイステーション4(びんぼうソフト)