“創造と貢献”を基本理念に進んできた、襟川氏とコーエーテクモの歴史

 2016年8月24日~26日の3日間、パシフィコ横浜で開催されている、日本最大級のコンピュータエンターテインメント開発者向けカンファレンス“CEDEC 2016”。最終日となる8月26日、“シブサワ・コウ“こと、コーエーテクモホールディングス 代表取締役社長 襟川陽一氏の講演“ゲームの未来”が行われた。

クリエイターよ、野望を抱け! 襟川陽一氏が自身の経験から語る、ゲーム作りにおいて大切なこと【CEDEC 2016】_01
▲経営者であり、ゲーム開発者でもある襟川氏。冒頭の挨拶では、講演前日の夜、戦国死にゲー『仁王』のβ体験版をプレイしたところ、何度も死んでしまい、夢中になってやり直しているうちに3時になっていた、というエピソードを披露した。
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▲襟川氏のプロフィール。襟川氏がゲーム開発を始めたのは、奥様であるコーエーテクモホールディングス 代表取締役会長 襟川恵子氏から、PCをプレゼントされたことがきっかけだというのは有名な話。右の画像のPCが、奥様から贈られた一品。
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▲記念すべき第1作、『川中島の合戦』。パッケージデザインを手掛けたのは襟川恵子氏。

 歴史シミュレーションゲームの開発から始まり、いまでは競馬シミュレーションゲーム、恋愛シミュレーションゲーム、アクションゲームなど、さまざまなジャンルを手掛けているコーエーテクモゲームス。その発展を支えた基本理念は、“創造と貢献”。つまり、“新しい価値を創造して、社会に貢献する”ということだ。

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 この基本理念が生まれたのはなぜか。ここで襟川氏は、襟川氏の父が営んでいた染料工業薬品の卸問屋が、廃業にいたることになってしまった過去を振り返る(その後、襟川氏は家業を再興させるため、染料工業薬品の卸問屋“光栄”を立ち上げたのだが、前述の通りPCを奥様からもらったことをきっかけに、ゲーム会社へと転向する)。

 襟川氏の父の会社がうまくいかなかった理由は、他社も扱っている商品を、他社と同じように販売していった結果、価格競争になり、採算が合わなくなったからだという。他社と同じものではなく、新しいもの、新しいおもしろさを提供することによって、初めて会社が社会的に存在を認められる――襟川氏はそのように考え、“創造と貢献”と基本理念とした。

 “創造と貢献”という基本理念、そして“IPの創造と展開”という経営方針のもと、コーエーテクモホールディングスは、この6年、増収増益を達成している。今後も、新しい時代の流れとともに、ゲーム内容も時代に沿ったものにしながら、IPを展開していきたい、と襟川氏。

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▲さまざまなプラットフォームでの展開や、他社とのコラボ展開、タイアップ展開などが紹介された。

 そして襟川氏は、講演の主題でもある“ゲームの未来”について語る。いまやゲーム会社は、ゲーム開発だけを行うビジネスモデルでは立ち行かない。生み出したIPをさまざまな形で展開していくこと――まさに“IPの創造と展開”が重要になる。また、開発費が高騰していく中、いかにコストダウンをしながらIPを展開していくかがカギとなり、経営統合やM&Aも進んでいく、と襟川氏は語った。

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▲経営統合によって新たなIPが生まれる例として、昨年発売した『よるのないくに』をピックアップ。コーエーテクモゲームスとガストは2014年に合併。その後、コーエーテクモのゲームエンジンと、ガストらしいキャラクター・ストーリーが融合することで生まれた『よるのないくに』は、新規IPでありながらヒットを記録した。
▲VRなどの、近年のゲーム業界のトレンドについても語られた。

襟川氏がゲーム作りを通じて考えてきたこと

 続いて襟川氏は、ゲームの未来を担う聴講者たちのヒントになるようにと、自身がプロデューサーとして35年間取り組んできた中で考えてきたことを語った。

■好きなことを一生懸命
ゲームを作ることも見ることも好きだ、これまでの35年はとてもやりがいのあるものだった、と力強く語る襟川氏。「皆さんもきっと、35年、いや40年続けていけるはずだ」と聴講者たちを激励した。

■アイディアは実体験から
座学ではなく、実際経験したものがアイディアのもとになる。たとえば、『川中島の合戦』は、襟川氏がもともと歴史好きで、歴史小説を読み、名所旧跡を回っていたことから生まれた。『信長の野望』は、襟川氏が経営者でもあったことから、マネジメントの要素を入れたことによっておもしろいものになった。

■部下は同志
ゲーム開発のプロジェクトチームは、喜びも悲しみも共有するもの。タイトルが成功したときの喜びを分かち合うことはゲーム開発の醍醐味。

■品質納期コスト
プロデューサーは、品質、納期、コストを管理する立場。“管理”という言葉を否定的に受け止める人もいるが、管理は一定の範囲内に結果を収めるための努力。襟川氏は、とくに品質を最優先項目に置いて管理をしてきたとのこと。

■コラボはリスペクトから
コラボレーションの成功は、相手先との良好な人間関係から始まる。そして、もっとも大切なことは、お互いのタイトルをリスペクトすること。また、コラボゲームの品質の高さは、そのIPを本当に好きなスタッフでプロジェクトチームを作ることで実現される。

■決断
重要事項の決断に迷ったときは、本質的、多面的、長期的に物事を考える。それが決断する際の原則。

■最善、次善、次次善
現実主義の襟川氏は、理想を追いつつも現実を見てきた。最善の策を行うことを目指し、それが難しければ次善の策を、さらにそれも難しければ次次善の策を行う。一歩でも前に進むことを心がける。

■プロデューサーは経営者
プロデューサーは利益に責任を負う、経営者と同じ仕事をしている存在。ゲーム会社の盛衰は、どれだけ優秀なプロデューサーが多くいるかで決まる。コーエーテクモゲームスの開発系の役員は、全員がプロデューサーを兼務している。プロデューサーは、いいゲームを生み出すのは当たり前として、その結果として利益を出すことで、初めてミッションを果たしたことになる。

■OS的発想
プロデューサーは、プロジェクトチームの人、もの、金、情報、時間、ノウハウを最大化し、最大価値を生み出すこと――たとえるなら、ハードのリソースを最大活用するように――が求められる。

■顧客の創造
“顧客の創造”は、ドラッカーが『マネジメント』で語っている、事業の目的。襟川氏は、『マネジメント』をぜひ読んでほしいと薦めた。

 つぎに語られたのは、襟川氏の3つの信条。

1.好きなことを一生懸命行う
2.伸びていく業界で思いっきり仕事をする
3.幸せな家庭を築く

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 3番目について襟川氏は、「幸せな家庭があるからこそ、一生懸命仕事ができる」とコメント。事業が成功すると、夜の街にくり出すようになる人もいるが、やはり幸せな家庭を築くことがいちばんだ、とのこと。襟川氏が35年間ゲームプロデューサーを続けてこられたのは、やはり、襟川恵子氏をはじめとする家族の支えがあったからということだろう。

 そして、最後に襟川氏が提示したのは、“野望を抱け”というメッセージ。皆さんなりの野望を持って、できればプロデューサー、経営者となってほしい――そして、充実した人生を送ってほしいと襟川氏は語り、講演を締めくくった。

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▲質疑応答で、「襟川さんの野望とは?」と聞かれた襟川氏は、自身で立ち上げたシリーズのタイトルを成功させること、そして、スマートフォン用のゲームをヒットさせることだと語った。