VRビジネスの先駆者が“VRビジネスの現在と未来”を熱弁
2016年8月24日~26日の3日間、パシフィコ横浜で開催されている、日本最大級のコンピュータエンターテインメント開発者向けカンファレンス“CEDEC 2016”。会期2日目となる本日8月25日、特別パネルディスカッション“VR最前線 「VRビジネスの現在と未来」”が行われた。
VR元年と謳われる今年2016年のCEDECは、その盛り上がりを反映するかのように“VR Now”としてVR関連セッションが多数実施。とはいえ実際にVRコンテンツ製品をリリースしてユーザーに提供しているケースは少なく、今回はすでにビジネスとしてVRに携わる登壇者を招き、パネルディスカッションがくり広げられた。
本セッションでは、ジャーナリストとして活躍する傍ら、日本初のVR/AR専門のインキュベーションプログラム“Tokyo VR Startups”で取締役を務める新清士氏がモデレーターを担当。パネリストとして、東京・台場のVRエンタメ施設“VR ZONE Project I Can”の“コヤ所長”こと小山順一朗氏(バンダイナムコエンターテインメント)、同じく“タミヤ室長”こと田宮幸春氏(バンダイナムコエンターテインメント)、そしてVRヘッドマウントディスプレイ向けコンテンツ開発グループのマネージャーを務める小林傑氏(コロプラ)が登壇した。
VRを伝えるために重要なのは、能書きよりもリアルな感情
最初のテーマは「実際、VRの認知はどれくらい広がっているか?」。今年4月より運営されている“VR ZONE Project I Can”は新たなエンターテイメントを立ち上げようという目的で始まったもので、「いわゆる“リア充”層、20代~30代のグループやカップルがメインターゲットで、その人たちはおそらくVRのことは全然わからない。宣伝もほとんどできず、唯一『高所恐怖SHOW』のPVを作ったが、ここではVRの技術は説明していない」と小山氏。
オープンから約1ヵ月ほどは、「平日はここにいらっしゃるような方々(笑)、土日はカップル、ファミリー層も来ていただいた」とのこと。田宮氏によると、“VR ZONE Project I Can”運営にあたっては「プレイステーション VRの告知が多少なりとも出ていたことは、効果として大きかった」。「プレイステーション VRというものが出るらしいけれど、実際VRがどうすごいのかわからないので一度体験したかった」と、“VR ZONE Project I Can”をVR体験のきっかけの場所にする来場者も多かったようだ。“VR”という単語も浸透してはいたが、「メガネ(ヘッドマウントディスプレイ)のことをVRと言う方が多い印象」(田宮氏)とのことだ。
一方小林氏は、国内ユーザーのVR認知度について「まだまだ全然(デバイスを)持っている人がいないんですよね」と話しつつ、「ただ、少なからず全世界にユーザーはいて、そこに提供することでフィードバックがある。この状況はモバイル黎明期からコンテンツを作っていたころに似ています。基本的には、プラットフォームにコンテンツを提供するのが我々のスタイル。フィードバックを上方修正することで今後もやっていきたい」と、VRビジネスの方針を明らかにした。
続いてのテーマは「どうやって会社にVR事業の実施を納得させるか」。コロプラは代表取締役社長の馬場功淳氏がみずからオキュラスリフトの開発機を現場に持ってきたことがVRビジネスのきっかけになったというが、これに対して「トップが若いといいですね!」と切り出したのは小山氏。「ウチらのトップは50代、60代になるので、“VRガッカリ世代”(笑)」と、説得の難しさを冗談交じりで語った。そんな小山氏がチャンスだと感じたきっかけは、社名がバンダイナムコゲームスからバンダイナムコエンターテインメントに変わったタイミング。「“ゲーム”から抜け出すためには、いままでのデバイスや考え方じゃないところを組み合わせたほうが説得もしやすいだろうな」(小山氏)と、説得に乗り出したそうだ。
社内での説得は同社の原田勝弘氏もたびたび語っているところではあるが(関連記事はこちらなど)、田宮氏によると「社内の空気が変わったのは、“VR ZONE Project I Can”が走り出してからのだいぶ後期。原田もよく“とにかく体験させてオッと言わせることが重要”と言いますが、プロジェクト外のスタッフに『高所恐怖SHOW』をやってもらい、騒ぎながら体験する様子をムービーに撮って周りに見せたら“おもしろそうだな”という空気が生まれた」とのこと。こういった経験から、先述のPVも「人が感情を爆発させるところ」(小山氏)にフィーチャーされている。田宮氏も「オリンピックを見ていても思いましたが、ワッとなる瞬間は勝利の瞬間ではなく、選手や監督が顔を崩し感情を出しているところ。VRを“伝える”ことにおいては、そういうところがキーポイントとしてあるのかな、と」と、能書きで語るのではなく、体験者のリアルな“感情”を表現する重要性を語った。
コロプラもヘッドマウントディスプレイを持っていない層へのアプローチとして、今夏よりテレビ局主催イベントなどでVRコンテンツを出展しているが、「直にユーザーを目の当たりにすると、改めて気付かされることが多い」(小林氏)という。VRを直接体験することはもちろん、“体験している人を目の当たりにする”体験も、VRを伝えたり、理解する有効な手段のひとつになるだろう。
“VR ZONE Project I Can”の採用基準や危険性への対策
小林氏からは、小山・田宮両氏に対して「どういう基準で“VR ZONE Project I Can”に導入するタイトルを選んでいるのか」という質問も。これに対して小山氏は、開発者が設計したデザインにのっとり、それに対してどう攻略するかがおもしろさとなる“ゲーム”を一度引っ込めようと思っていた、と説明。そして“VR ZONE Project I Can”が目指すのは、みんなが同じ体験を共有する“アトラクション”でもない。「自分たちが行動して、それぞれ結果が違う」(小山氏)“VRアクティビティ”と呼べるタイトルが、同施設には採用されている。加えてポイントになるのが、「大人が実際やろうとしたら命の危険があったりお金がかかったりする体験が、“VRではできますよ”」というアピールのしかた。こういったアピールをすることで、いわゆる“リア充”層の取り込みを目指していたのだ。さらにバンダイナムコエンターテインメントのゲームタイトルに多い、IP(知的財産)を活用したタイトルも“VR ZONE Project I Can”にはあまりない。これは来場者がIPを目的に訪れたのか、VRを目的に訪れたのかがあいまいになってしまうからだと小山氏は解説。こうして“人がやりたくてもできない、かつ体験する人によって結果が違う”という基準で、“VR ZONE Project I Can”のコンテンツは選ばれている。
つぎのテーマは、VRの危険性について。“VR ZONE Project I Can”ではVR初体験の来場者も多く、彼らはときにスタッフの予想をはるかに超える行動をとる。体験者に自由度を与えると、その分“できることはしようとしてしまう”という、没入感の高いVRならではの危険性も生まれるのだ。「人間は考えて行動していないことも多い。それと同じで、(予想外の行動は)防げないと思います」と小山氏。体験者のケアが大きな課題となるが、“VR ZONE Project I Can”においては、事前にしっかりとアナウンスをすること、さらに実際に運営をする中で溜まった“こういうときにこういう行動をとる人がいる”という知見を活かすことが対策となっているようだ。「結局は置かれた状況次第。たとえば『トレインマイスター』(鉄道運転体験)では、お客さんは微動だにしないんです。座って体験するコンテンツは、テレビやゲームで慣れているからか、きょろきょろせず、とにかく正面しか見ないんですね。置かれた状況や姿勢、シチュエーションでお客さんの“ここまでやってもいいのかな”という認識が変わります」(田宮氏)
ゲーム性を採るか、体験性を採るかは難しい!
VRにおいて、ゲームとしての楽しさと、体験としての楽しさはどのようなバランスで作るべきなのだろうか。これは登壇者にとっても難しい議題のようで、「いわゆるゲームとしておもしろいものをVRにすると、気づけば“ゲームのルール”に集中している自分がいる。そういうときに“これじゃなくてもよくない?”と思います」と田宮氏。一方コロプラでは、VRコンテンツを作る前にゲーム性と体験性のどちらを採るかを深く議論するという。「(ゲーム性と体験性は)両天秤で、比重をどうするかが重要。もちろん双方を兼ね備えたコンテンツを作れるのがベストだが、現状はなかなか難しい」と、その難しさを語っていた。さらに小山氏は「ゲームは基本的に勝ち負けで、どうしたら勝てるか、成功するかという理屈を設計するもの。そういうエンターテインメントもあるが、ゲームではないエンターテインメントの切り口も広げていかなければならず、VRはそこに踏み込める新しいデバイスかもしれない」としたうえで、「まずは緻密なゲームデザイン設計をやめて、“これを使ったときに人間はどういう行動を起こすのか”といった心の動きを大切にしています」と、所感を披露した。田宮氏もこれに対し、「VRとゲームは違うもの。リピート性やプレイ時間といったゲームの概念、フォーマットで作るのはもったいない。じつは“VR ZONE Project I Can”でもリピート性は散々議論しました。たとえば『脱出病棟Ω(オメガ)』(ホラー体験)も最初はリピート性を担保する要素が強めでしたが、やはり怖いほうを重視しようと振り切った結果、いい意味でやりすぎなものが出来上がった(笑)」と、体験を交えてゲーム性と体験性のバランスを語った。小山氏いわく、「ゲームは失敗をすぐ切り替え、失敗を多く語らないが、VRはむしろ失敗が楽しい」。ゲーム開発者が手掛けるVRコンテンツとはいえ、“ゲーム”にとらわれない考えかたも必要なのだろう。
盛り上がりを見せたセッションの締めくくりは、「5年後のVRはどうなる?」という大胆なテーマ。小山氏は「たとえば、本当にスキーに行かなくても、VRが代替するかもしれない。メガネ型になり誰もが簡単に装着でき、そこでVRやARが楽しめるようになれば、気軽に現実に代替できる市場になると思います」と語れば、田宮氏も「(施設ではなく)家庭で気軽に楽しみたいというベクトルは絶対にありますが、その一方で、施設型ではないと体験できないものは残り続けると思います。大がかりな仕掛けが必要だったり、友だちといっしょに楽しみ、その場で共有するという、“場”を含めた楽しさとしてエンターテインメント施設は残り、いい具合に発展するはず」と熱弁。小林氏も「個人的な願望ですが、“一家に一台”という環境にならないと、僕の仕事がなくなってしまう(笑)。たとえばスマホはそもそも電話だが、大概の人にとってはゲーム機になっている。HMDもそのように、旅行をしたり家の内覧をするなど便利なツールとしての反面、ゲーム機としての発展がいちばん大きいのではないかな、と。一般家庭にHMDが普及したときのために、いまから準備をしておくことが重要だと思います」と、VRのさらなる普及に期待を寄せた。